3 / 11
2
しおりを挟む
彼女が入学して一週間ほど経った。わかったことは一つだけ、彼女は本当に善人だった。
誰もやらないような仕事をステップしながらこなし、困っている人がいれば生徒であろうと先生だろうと、やはりステップで駆けつける。
確かに褒められた行動なのにステップのせいで台無しだ。
そんなことを校門で僕のことを待っている彼女を見て思う。僕と彼女の家は、不幸にも同じ方向らしく、彼女が転校してきた日から毎日一緒に帰る、もとい付きまとわれている。
僕がいつも通り校門に居る彼女を無視して帰ろうとすると、ステップを決めながら僕の前に躍り出て、そのままいつも通りついてくる。
「いい加減、付きまとうのやめてくれないかな」
「付きまとってないわよ。一緒に帰ってるの。青春でしょ」
僕がそう不快さを滲ませて言っても、彼女は聞く耳を持たない。
いつもだったらこのまま無視をして歩き続けるところだったけれど、今日は何となく疑問を解消することにした。
「ところで、目障りな君。君はなんで目障りなことにそんなステップを踏みながら日々を過ごしているの?」
『目障り』をわざと強調して、皮肉を混ぜて彼女に問うてみたが、やはり彼女はそんなものどこ吹く風という様子でステップをしている。本当に目障りだった。
「楽しいからに決まっているでしょう。人は楽しいから、幸せの足跡を刻むためにステップを踏むの。そんなの、当たり前じゃない?」
さも常識と言わんばかりの彼女の憮然な態度に頭が痛くなる。この女はやっぱり頭がおかしい。自分が正しいと信じて疑っていない。
「……それは君だけだと思うな。普通の人からしたら、それはただの奇行だと思うよ。」
「そうなの?皆ステップを踏むほどの楽しいことも、幸せと感じることもないのかしら。可哀そうだわ」
「ステップを踏むほどの幸せなんて、一体何があるって言うのかな……」
余りに理解しがたい彼女の言葉に僕はどこか独り言のような口調で尋ねた。事実、彼女がそれに応えなくても良いと思っていた。
そんな僕の気持ちなんて少しも理解しない彼女は嬉しそうに笑顔を向けてくる。
「あら、簡単なことよ。新しい環境に想いを馳せた時、誰かの助けになれた時、私が生きていると感じる時、貴方と友達になれた時、そして、そんな友達とこうして一緒に帰る時……幸せなんて、ふとしたところに大小関係なく転がっているものよ」
常識でしょ?と、幸せそうに彼女が笑う。
その心底幸せそうな表情に胸の内に黒い澱みが溜まっていく感じがした。内心、苛ついて仕方なかった。自分と絶対に相容れない存在が傍にいることで心が荒んで行くのを感じる。
新しい環境なんて不安で面倒なことだらけだし、誰かの助けなんて面倒なこと進んでやろうとは思えない。
なんとなく生きているだけの日々はただただ苦痛だ。
それに、僕は彼女と友達になんてなりたくなかったし、こうして一緒に帰るだけでも正直億劫でしかない。
「……僕にはわからないな」
だから、自分の一番素直な言葉を口にした。お前のことなど理解できないと、絶対の否定をそこに入れて。
「当り前じゃない。あなたは悪人で、私は善人だもの。人種が違うの」
それなのに彼女が放ったのは余りに自分本位で、それ以外の正しさを認めない強さを持った言葉だった。だから、気付いてしまったのだ。
彼女は本物だ。本物の善人だ。どんな理論も彼女の前では意味をなさず、自らの正しさ以外を認めない善人という名の暴力者。
きっと僕では彼女を否定し切ることは出来ない。するだけ、時間の無駄だ。
そう思って諦めたように溜息を吐けば、彼女は何故か嬉しそうにこちらを見ていた。
「どうしたの?そんな気色悪い笑みを向けて」
「何でもないわ。貴方って、本当に素敵な人だなって思っただけ」
「はぁ?」
本当に意味が分からない。今までの会話の流れのどこに素敵な要素があったのだろう。
やっぱり、彼女の言う通り人種が違うのだろう。常人では彼女を理解することなんてきっと一生できない。
これ以上の会話は時間の無駄だと思い歩き出そうとすれば、彼女がステップで僕の前を塞いで許してくれない。
「ねぇ、今私とっても良いことを思いついたの」
絶対に碌なことじゃない。そう思って無視しようとしても、巧みなステップの動きで僕の歩く方向を完全に塞いでくる。どう足掻いても彼女の提案を聞くまでは返さないつもりらしい。
「観念したわね。ありがたく私の素晴らしい考えを拝聴しなさい」
これ以上、無駄な体力を使いたくない僕は溜息を吐きながら、壁にもたれかかり話を聞く体勢につく。
「……聞くだけだよ」
その言葉を聞いて彼女は当たり前のように僕の隣に来て嬉しそうに話しだした。
「ステップを踏むほどの幸せが分からないなら、一緒に幸せになれることをすればいいのよ。つまり、今週末私とデートをしましょう」
「絶対に嫌だ。休みの日まで君の顔なんて見たくない」
やっぱり時間の無駄だったと、もたれた壁から離れようとすると、彼女は素早く前に回り込み僕の後ろの壁に手を突き、迫ってくる。キスでも出来そうなほどに顔が近い。俗にいう壁ドンというものだった。
「悪人に人権はないの。もちろん、断る権利も」
だがその体勢から放たれる言葉は愛のささやきなんて生易しいものじゃなく、善人という暴力者の理不尽なものだ。
悪人にだって主張する権利くらいはあると反論したがったが、彼女の前では余計な体力を使うだけなと諦めた。
「行けばいいんだろ、行けば」
「納得したみたいね。よろしい」
そう言えば彼女はやっと僕を離してくれる。その表情は何にも代えがたいほどに嬉しそうだった。
「では、当日、汚れてもいい動きやすい服装と、使い捨ての軍手を忘れずにね」
デートとは思えない服装の要求に、僕は自分の投げやりな肯定を早くも後悔した。
誰もやらないような仕事をステップしながらこなし、困っている人がいれば生徒であろうと先生だろうと、やはりステップで駆けつける。
確かに褒められた行動なのにステップのせいで台無しだ。
そんなことを校門で僕のことを待っている彼女を見て思う。僕と彼女の家は、不幸にも同じ方向らしく、彼女が転校してきた日から毎日一緒に帰る、もとい付きまとわれている。
僕がいつも通り校門に居る彼女を無視して帰ろうとすると、ステップを決めながら僕の前に躍り出て、そのままいつも通りついてくる。
「いい加減、付きまとうのやめてくれないかな」
「付きまとってないわよ。一緒に帰ってるの。青春でしょ」
僕がそう不快さを滲ませて言っても、彼女は聞く耳を持たない。
いつもだったらこのまま無視をして歩き続けるところだったけれど、今日は何となく疑問を解消することにした。
「ところで、目障りな君。君はなんで目障りなことにそんなステップを踏みながら日々を過ごしているの?」
『目障り』をわざと強調して、皮肉を混ぜて彼女に問うてみたが、やはり彼女はそんなものどこ吹く風という様子でステップをしている。本当に目障りだった。
「楽しいからに決まっているでしょう。人は楽しいから、幸せの足跡を刻むためにステップを踏むの。そんなの、当たり前じゃない?」
さも常識と言わんばかりの彼女の憮然な態度に頭が痛くなる。この女はやっぱり頭がおかしい。自分が正しいと信じて疑っていない。
「……それは君だけだと思うな。普通の人からしたら、それはただの奇行だと思うよ。」
「そうなの?皆ステップを踏むほどの楽しいことも、幸せと感じることもないのかしら。可哀そうだわ」
「ステップを踏むほどの幸せなんて、一体何があるって言うのかな……」
余りに理解しがたい彼女の言葉に僕はどこか独り言のような口調で尋ねた。事実、彼女がそれに応えなくても良いと思っていた。
そんな僕の気持ちなんて少しも理解しない彼女は嬉しそうに笑顔を向けてくる。
「あら、簡単なことよ。新しい環境に想いを馳せた時、誰かの助けになれた時、私が生きていると感じる時、貴方と友達になれた時、そして、そんな友達とこうして一緒に帰る時……幸せなんて、ふとしたところに大小関係なく転がっているものよ」
常識でしょ?と、幸せそうに彼女が笑う。
その心底幸せそうな表情に胸の内に黒い澱みが溜まっていく感じがした。内心、苛ついて仕方なかった。自分と絶対に相容れない存在が傍にいることで心が荒んで行くのを感じる。
新しい環境なんて不安で面倒なことだらけだし、誰かの助けなんて面倒なこと進んでやろうとは思えない。
なんとなく生きているだけの日々はただただ苦痛だ。
それに、僕は彼女と友達になんてなりたくなかったし、こうして一緒に帰るだけでも正直億劫でしかない。
「……僕にはわからないな」
だから、自分の一番素直な言葉を口にした。お前のことなど理解できないと、絶対の否定をそこに入れて。
「当り前じゃない。あなたは悪人で、私は善人だもの。人種が違うの」
それなのに彼女が放ったのは余りに自分本位で、それ以外の正しさを認めない強さを持った言葉だった。だから、気付いてしまったのだ。
彼女は本物だ。本物の善人だ。どんな理論も彼女の前では意味をなさず、自らの正しさ以外を認めない善人という名の暴力者。
きっと僕では彼女を否定し切ることは出来ない。するだけ、時間の無駄だ。
そう思って諦めたように溜息を吐けば、彼女は何故か嬉しそうにこちらを見ていた。
「どうしたの?そんな気色悪い笑みを向けて」
「何でもないわ。貴方って、本当に素敵な人だなって思っただけ」
「はぁ?」
本当に意味が分からない。今までの会話の流れのどこに素敵な要素があったのだろう。
やっぱり、彼女の言う通り人種が違うのだろう。常人では彼女を理解することなんてきっと一生できない。
これ以上の会話は時間の無駄だと思い歩き出そうとすれば、彼女がステップで僕の前を塞いで許してくれない。
「ねぇ、今私とっても良いことを思いついたの」
絶対に碌なことじゃない。そう思って無視しようとしても、巧みなステップの動きで僕の歩く方向を完全に塞いでくる。どう足掻いても彼女の提案を聞くまでは返さないつもりらしい。
「観念したわね。ありがたく私の素晴らしい考えを拝聴しなさい」
これ以上、無駄な体力を使いたくない僕は溜息を吐きながら、壁にもたれかかり話を聞く体勢につく。
「……聞くだけだよ」
その言葉を聞いて彼女は当たり前のように僕の隣に来て嬉しそうに話しだした。
「ステップを踏むほどの幸せが分からないなら、一緒に幸せになれることをすればいいのよ。つまり、今週末私とデートをしましょう」
「絶対に嫌だ。休みの日まで君の顔なんて見たくない」
やっぱり時間の無駄だったと、もたれた壁から離れようとすると、彼女は素早く前に回り込み僕の後ろの壁に手を突き、迫ってくる。キスでも出来そうなほどに顔が近い。俗にいう壁ドンというものだった。
「悪人に人権はないの。もちろん、断る権利も」
だがその体勢から放たれる言葉は愛のささやきなんて生易しいものじゃなく、善人という暴力者の理不尽なものだ。
悪人にだって主張する権利くらいはあると反論したがったが、彼女の前では余計な体力を使うだけなと諦めた。
「行けばいいんだろ、行けば」
「納得したみたいね。よろしい」
そう言えば彼女はやっと僕を離してくれる。その表情は何にも代えがたいほどに嬉しそうだった。
「では、当日、汚れてもいい動きやすい服装と、使い捨ての軍手を忘れずにね」
デートとは思えない服装の要求に、僕は自分の投げやりな肯定を早くも後悔した。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
くろぼし少年スポーツ団
紅葉
ライト文芸
甲子園で選抜高校野球を観戦した幸太は、自分も野球を始めることを決意する。勉強もスポーツも平凡な幸太は、甲子園を夢に見、かつて全国制覇を成したことで有名な地域の少年野球クラブに入る、幸太のチームメイトは親も子も個性的で……。
もしもしお時間いいですか?
ベアりんぐ
ライト文芸
日常の中に漠然とした不安を抱えていた中学1年の智樹は、誰か知らない人との繋がりを求めて、深夜に知らない番号へと電話をしていた……そんな中、繋がった同い年の少女ハルと毎日通話をしていると、ハルがある提案をした……。
2人の繋がりの中にある感情を、1人の視点から紡いでいく物語の果てに、一体彼らは何をみるのか。彼らの想いはどこへ向かっていくのか。彼の数年間を、見えないレールに乗せて——。
※こちらカクヨム、小説家になろう、Nola、PageMekuでも掲載しています。
透明なぼくらは、雨の日に色づく
霖しのぐ
ライト文芸
『同じ運命に乗り合わせたふたりの恋』
ある病に冒されている主人公〈ぼく〉は、静かな白い部屋でひとり、『その時』を待つ暮らしをしていた。
ある雨の日のこと、どこからか聞こえてきた歌声に心を奪われた〈ぼく〉。その歌声の持ち主に出逢った時、運命が動き出す。
雨の日にしか会えない二人はしだいに心を通わせ、やがて結ばれる。束の間の幸せに身を焦がす二人だったが、しかし、終わりのときはすぐそこまで迫ってきていた。
※以前公開していた、『雨の日に、出逢えた君と』の加筆改題版です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
かあさん、東京は怖いところです。
木村
ライト文芸
桜川朱莉(さくらがわ あかり)は高校入学のために単身上京し、今まで一度も会ったことのないおじさん、五言時絶海(ごごんじ ぜっかい)の家に居候することになる。しかしそこで彼が五言時組の組長だったことや、桜川家は警察一族(影では桜川組と呼ばれるほどの武闘派揃い)と知る。
「知らないわよ、そんなの!」
東京を舞台に佐渡島出身の女子高生があれやこれやする青春コメディー。
三度目の庄司
西原衣都
ライト文芸
庄司有希の家族は複雑だ。
小学校に入学する前、両親が離婚した。
中学校に入学する前、両親が再婚した。
両親は別れたりくっついたりしている。同じ相手と再婚したのだ。
名字が大西から庄司に変わるのは二回目だ。
有希が高校三年生時、両親の関係が再びあやしくなってきた。もしかしたら、また大西になって、また庄司になるかもしれない。うんざりした有希はそんな両親に抗議すべく家出を決行した。
健全な家出だ。そこでよく知ってるのに、知らない男の子と一夏を過ごすことになった。有希はその子と話すうち、この境遇をどうでもよくなってしまった。彼も同じ境遇を引き受けた子供だったから。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる