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目つきの悪い話
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『折原さんって――がマジ怖いよね』
高校生になってまで、アホくさい言葉が繰り返される。
庇う奴の言葉だって嘘が塗りたくられた空虚な言葉でしかない。
ほとんどの奴が、あたしを見た目ぬきで見る事なんて無い。
あたしにとって、そんな学校は地獄でしかない。
イヤホンで両耳を塞ぎ、駆け足で廊下を進んだ。
あたしは昇降口で足を止めた。
今朝の天気予報では「本日の天気は曇りです」と言っていたが、イヤホン越しでもザーザーと音を立てて雨水がアスファルトを叩いていた。
「しばらく止みそうにないなー」
こんな雨の中に帰るのかと思うと、ため息がもれた。
仕方が無いけど走って帰るか。
「原ちゃん今帰り?」
背後からかけられた優しげな声が、あたしを呼び止めた。
イヤホンを外して声が聞こえた方へ振り向いた。
「なんだよ……」
あたしの事を『原ちゃん』とアダ名呼びするのはこの馬鹿しかいない。
こいつは同じクラスの男子で馬鹿のくせに、皆に優しくて、なんかむかつく。
「原ちゃんもしかして傘持ってないの?」
不思議そうな顔であたしを見た。
「まぁ」
「僕折りたたみ傘持ってるから、一緒に帰ろう?」
こいつは何でいつもあたしに話しかけてくるのだろうか?
同じクラスで話しかけてくる奴なんてこいつくらいだったから、あたしはこいつに対していつも疑問を持っていた。
「いいよ悪いし、あたし走って帰るから」
あたしは思わずこいつから視線を逸らした。
「遠慮しなくていいよ、僕の傘大きいし」
「そんな事言ってるんじゃなくて……」
こいつの何も考えてない顔が水たまりに映っていた。
「ん?」
横目でこいつを見ると、微笑んだ顔に、胸の鼓動が速くなった気がした。
そんな顔するのをやめろよ。
「わかったわよ!」
「うん」
その声色は優しさでいっぱいだった。
なぜだかあたしは、こいつの顔をまっすぐに見ることができないのである。
本当にむかつく奴だ。
降り続く雨水が傘から地面へと滴り落ちていく。
ポタリポタリと落ちていく雫をあたしは無意識に眺めていた。
たまに左隣を歩くこいつの姿を横目で見ると、楽しそうに喋る顔に吸い込まれそうになった。
それでも目が合いそうになると、すぐに目を逸らした。
あたしと喋って楽しいのだろうか?
楽しそうに喋っている顔を見るとそう思ってしまう。
「ねぇ原ちゃん聞いてる?」
「えっ!?」
あたしはいきなり名前を呼ばれたから驚いたのではない。こいつの目を至近距離で見てしまったためである。
「やっとこっち見た」
そんな満面の笑みをこっちに向けないでほしい。
あたしはあわてて目を逸らした。
「いっ、いきなり何だよ」
「原ちゃんの肩、濡れてるからもっとくっ付いてって」
「ああ……別に気を使わなくていいから、これくらいすぐ乾くし」
「でも、風邪引いちゃうかもしれないでしょ? だからもう少しくっついて」
これ以上断るとこいつに悪いと思ったのとこいつは何言っても駄目な気がして、素直に近寄ることにした。
「……わかった」
あたしは半歩分だけこいつに近寄った。
「ごめん、もう少しだけ」
こいつはそう言うと肩がぶつかる距離まで近寄った。
「なっ!?」
雨の匂い混じってこいつから石鹸の匂いが鼻腔をくすぐった。
「原ちゃんどうかしたの、顔赤いよ?」
そう言うとこいつはあたしの額に手を当てた。
「なっ……!」
「良かった、熱はないかな」
「やめろよ、バカ!」
あたしはこいつの手を振り払った。
「念のためにお家で温かくして早く寝るんだよ」
何でおまえがあたしの心配すんだよ。
あたしのことを心配したって……いい事なんてひとつもないのに。
不安な気持ちがあたしを泥沼のように沈めていった。
「ごめん。やっぱりあたし走って帰る……」
あたしは前髪でこいつの目が見えないように俯いた。
「なんで原ちゃん、濡れちゃうよ?」
「……でも私と一緒に相合い傘なんかして帰っていたら噂とかされるし!」
「別に気にしないよ」
そう言うと思ったよ。本当に優しい奴だな。
「でも好きな子とかに見られたら嫌でしょ?」
「僕にはそんな人いないよ」
少し濡れた顔が優しく微笑む、こいつの表情はあたしの言葉をためらわせた。
あたしはこいつの優しさに甘えてはいけない、一度でも甘えたらこいつまで変な噂が広がってしまう。あたしのせいでこいつの生活を歪ませてはいけない。
あたしは冷たい自分の手を強く握って、肺の空気を全て吐き出すように叫んだ。
「もういい加減にしてよ!!」
「!?」
「そうやってあんたの優しさをこっちに押し付けないでよ、正直しつこいんだよ、むかつくんだよ! あたしみたいな……」
言おうとしていた言葉が喉の奥で詰まった。
「……」
詰まった言葉を言おうとすると、今まで繰り返されてきた声があたしの頭を横切った。
『折原さんって目つきがマジ怖いよね』
『絶対に人とか殺してそう』
『この前起きた盗難の犯人って折原さんじゃない?』
『さすが犯罪者の子供だよな~』
『折原、ちょっと職員室に来てくれるか』
『折原、先生怒らないから正直に言ってくれないか』
耳を塞いでも、気にしないようにしても、あたしに向けられた冷たい言葉が重く圧し掛かった。
あたしは生まれつき目付きが悪い。
そのせいで濡れ衣を着せられる事も多々あった。いつの間にか犯罪者の子供とか身に覚えのない盗難事件の犯人になっていた。
正直に何を言っても周りは聞いてくれないのであたしは諦めた。
でも最近、こいつと話すようになってから、こいつまで悪く言われるようになった。
あたしはこいつを避けるようにしたが、人の親切も考えずにしつこく付きまとってきた。
こいつは本当に優しい奴だ。
だからこそ言わなくてはいけない、そう思うと、詰まっていた言葉が飛び出した。
「あたしみたいな目付きの悪い奴と一緒にいたらあんたまでが……」
「原ちゃん!」
こいつが話を切ってあたしの名前を呼んだ。
あたしは思わず顔を上げてしまった。
「えっ!?」
「原ちゃんは原ちゃんでしょ。それに原ちゃんと一緒にいることは僕の自由でしょ」
いつになく真剣な眼差しがあたしに向けられた。
「おまえ……あたしに何で優しくするんだよ」
「原ちゃんの笑った顔って、可愛いからいつも見たくなっちゃうからかな」
「なっ、なんでそうなるんだよ!?」
こいつの優しい言葉と笑顔があたしを包み込んだ。
それと同時に言われた「可愛い」という言葉があたしの中で響いた。そのたびに胸が温かくなった。
やばい、こいつの顔を本当に見れなくなった。
「どうかしたの原ちゃんさっきより顔が赤いよ?」
「こっち見んな、ばか!」
あたしは近づいてくるこいつの顔を右手で遠ざけた。
「原ちゃん、僕と一緒に帰ってくれる?」
「あーもーわかったわよ、好きにすれば!」
「うん、好きにするよ」
いつもの帰り道をあたしとこいつは歩き始めた。
さっきまで傘を叩いていた、雨音がいつしか聞こえなくなっていた。
空を見ると雲に穴があき、光が零れていた。
もうこいつが傘をさす意味もないが、少しだけもったいない気がしてこいつが気づくまで言わないでおこうと思った。
あたしは目つきが悪い自分が大嫌いだ。でもこいつの隣にいたら好きになっていくのだろうか。
「どうしたの原ちゃん?」
「なっ、なんでもない!」
「あっそうだ、さっき原ちゃん僕に好きな子いるか聞いたけど、原ちゃんは好きな子とかいるの?」
あたしはその質問にこう答えた。
「いるよ」
「誰、教えて?」
「あ……」
あたしはこいつの不思議そうな顔を見て、答えを言うのをやめた。
「ん?」
「秘密」
あたしは軽く舌を出した。
「え~教えてよ」
今日はまだこいつの顔を見ることはできないけれど、いつか笑顔で「あんただよ。バ~カ!」なんて、言えるといいな……。
そう思えるほど、あたしは今日こいつに恋をした。
高校生になってまで、アホくさい言葉が繰り返される。
庇う奴の言葉だって嘘が塗りたくられた空虚な言葉でしかない。
ほとんどの奴が、あたしを見た目ぬきで見る事なんて無い。
あたしにとって、そんな学校は地獄でしかない。
イヤホンで両耳を塞ぎ、駆け足で廊下を進んだ。
あたしは昇降口で足を止めた。
今朝の天気予報では「本日の天気は曇りです」と言っていたが、イヤホン越しでもザーザーと音を立てて雨水がアスファルトを叩いていた。
「しばらく止みそうにないなー」
こんな雨の中に帰るのかと思うと、ため息がもれた。
仕方が無いけど走って帰るか。
「原ちゃん今帰り?」
背後からかけられた優しげな声が、あたしを呼び止めた。
イヤホンを外して声が聞こえた方へ振り向いた。
「なんだよ……」
あたしの事を『原ちゃん』とアダ名呼びするのはこの馬鹿しかいない。
こいつは同じクラスの男子で馬鹿のくせに、皆に優しくて、なんかむかつく。
「原ちゃんもしかして傘持ってないの?」
不思議そうな顔であたしを見た。
「まぁ」
「僕折りたたみ傘持ってるから、一緒に帰ろう?」
こいつは何でいつもあたしに話しかけてくるのだろうか?
同じクラスで話しかけてくる奴なんてこいつくらいだったから、あたしはこいつに対していつも疑問を持っていた。
「いいよ悪いし、あたし走って帰るから」
あたしは思わずこいつから視線を逸らした。
「遠慮しなくていいよ、僕の傘大きいし」
「そんな事言ってるんじゃなくて……」
こいつの何も考えてない顔が水たまりに映っていた。
「ん?」
横目でこいつを見ると、微笑んだ顔に、胸の鼓動が速くなった気がした。
そんな顔するのをやめろよ。
「わかったわよ!」
「うん」
その声色は優しさでいっぱいだった。
なぜだかあたしは、こいつの顔をまっすぐに見ることができないのである。
本当にむかつく奴だ。
降り続く雨水が傘から地面へと滴り落ちていく。
ポタリポタリと落ちていく雫をあたしは無意識に眺めていた。
たまに左隣を歩くこいつの姿を横目で見ると、楽しそうに喋る顔に吸い込まれそうになった。
それでも目が合いそうになると、すぐに目を逸らした。
あたしと喋って楽しいのだろうか?
楽しそうに喋っている顔を見るとそう思ってしまう。
「ねぇ原ちゃん聞いてる?」
「えっ!?」
あたしはいきなり名前を呼ばれたから驚いたのではない。こいつの目を至近距離で見てしまったためである。
「やっとこっち見た」
そんな満面の笑みをこっちに向けないでほしい。
あたしはあわてて目を逸らした。
「いっ、いきなり何だよ」
「原ちゃんの肩、濡れてるからもっとくっ付いてって」
「ああ……別に気を使わなくていいから、これくらいすぐ乾くし」
「でも、風邪引いちゃうかもしれないでしょ? だからもう少しくっついて」
これ以上断るとこいつに悪いと思ったのとこいつは何言っても駄目な気がして、素直に近寄ることにした。
「……わかった」
あたしは半歩分だけこいつに近寄った。
「ごめん、もう少しだけ」
こいつはそう言うと肩がぶつかる距離まで近寄った。
「なっ!?」
雨の匂い混じってこいつから石鹸の匂いが鼻腔をくすぐった。
「原ちゃんどうかしたの、顔赤いよ?」
そう言うとこいつはあたしの額に手を当てた。
「なっ……!」
「良かった、熱はないかな」
「やめろよ、バカ!」
あたしはこいつの手を振り払った。
「念のためにお家で温かくして早く寝るんだよ」
何でおまえがあたしの心配すんだよ。
あたしのことを心配したって……いい事なんてひとつもないのに。
不安な気持ちがあたしを泥沼のように沈めていった。
「ごめん。やっぱりあたし走って帰る……」
あたしは前髪でこいつの目が見えないように俯いた。
「なんで原ちゃん、濡れちゃうよ?」
「……でも私と一緒に相合い傘なんかして帰っていたら噂とかされるし!」
「別に気にしないよ」
そう言うと思ったよ。本当に優しい奴だな。
「でも好きな子とかに見られたら嫌でしょ?」
「僕にはそんな人いないよ」
少し濡れた顔が優しく微笑む、こいつの表情はあたしの言葉をためらわせた。
あたしはこいつの優しさに甘えてはいけない、一度でも甘えたらこいつまで変な噂が広がってしまう。あたしのせいでこいつの生活を歪ませてはいけない。
あたしは冷たい自分の手を強く握って、肺の空気を全て吐き出すように叫んだ。
「もういい加減にしてよ!!」
「!?」
「そうやってあんたの優しさをこっちに押し付けないでよ、正直しつこいんだよ、むかつくんだよ! あたしみたいな……」
言おうとしていた言葉が喉の奥で詰まった。
「……」
詰まった言葉を言おうとすると、今まで繰り返されてきた声があたしの頭を横切った。
『折原さんって目つきがマジ怖いよね』
『絶対に人とか殺してそう』
『この前起きた盗難の犯人って折原さんじゃない?』
『さすが犯罪者の子供だよな~』
『折原、ちょっと職員室に来てくれるか』
『折原、先生怒らないから正直に言ってくれないか』
耳を塞いでも、気にしないようにしても、あたしに向けられた冷たい言葉が重く圧し掛かった。
あたしは生まれつき目付きが悪い。
そのせいで濡れ衣を着せられる事も多々あった。いつの間にか犯罪者の子供とか身に覚えのない盗難事件の犯人になっていた。
正直に何を言っても周りは聞いてくれないのであたしは諦めた。
でも最近、こいつと話すようになってから、こいつまで悪く言われるようになった。
あたしはこいつを避けるようにしたが、人の親切も考えずにしつこく付きまとってきた。
こいつは本当に優しい奴だ。
だからこそ言わなくてはいけない、そう思うと、詰まっていた言葉が飛び出した。
「あたしみたいな目付きの悪い奴と一緒にいたらあんたまでが……」
「原ちゃん!」
こいつが話を切ってあたしの名前を呼んだ。
あたしは思わず顔を上げてしまった。
「えっ!?」
「原ちゃんは原ちゃんでしょ。それに原ちゃんと一緒にいることは僕の自由でしょ」
いつになく真剣な眼差しがあたしに向けられた。
「おまえ……あたしに何で優しくするんだよ」
「原ちゃんの笑った顔って、可愛いからいつも見たくなっちゃうからかな」
「なっ、なんでそうなるんだよ!?」
こいつの優しい言葉と笑顔があたしを包み込んだ。
それと同時に言われた「可愛い」という言葉があたしの中で響いた。そのたびに胸が温かくなった。
やばい、こいつの顔を本当に見れなくなった。
「どうかしたの原ちゃんさっきより顔が赤いよ?」
「こっち見んな、ばか!」
あたしは近づいてくるこいつの顔を右手で遠ざけた。
「原ちゃん、僕と一緒に帰ってくれる?」
「あーもーわかったわよ、好きにすれば!」
「うん、好きにするよ」
いつもの帰り道をあたしとこいつは歩き始めた。
さっきまで傘を叩いていた、雨音がいつしか聞こえなくなっていた。
空を見ると雲に穴があき、光が零れていた。
もうこいつが傘をさす意味もないが、少しだけもったいない気がしてこいつが気づくまで言わないでおこうと思った。
あたしは目つきが悪い自分が大嫌いだ。でもこいつの隣にいたら好きになっていくのだろうか。
「どうしたの原ちゃん?」
「なっ、なんでもない!」
「あっそうだ、さっき原ちゃん僕に好きな子いるか聞いたけど、原ちゃんは好きな子とかいるの?」
あたしはその質問にこう答えた。
「いるよ」
「誰、教えて?」
「あ……」
あたしはこいつの不思議そうな顔を見て、答えを言うのをやめた。
「ん?」
「秘密」
あたしは軽く舌を出した。
「え~教えてよ」
今日はまだこいつの顔を見ることはできないけれど、いつか笑顔で「あんただよ。バ~カ!」なんて、言えるといいな……。
そう思えるほど、あたしは今日こいつに恋をした。
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