157 / 172
【第八章】 美少女と、研究施設で罪を知る
●157 side ヴァネッサ
しおりを挟む「お隣、いいかしら」
「どうぞ……って、昨日の生意気な子だー」
翌朝、例の彼女の隣に座ろうとすると、気の抜けたような言葉が返ってきた。
彼女に昨日のやりとりであたしに怒っている様子は無さそうだ。
とはいえ、生意気な子とは思われたみたいだけれど。
「生意気な子じゃないわ。ヴァネッサよ」
「ふーん。隣に座ってもいいけど、授業の邪魔はしないでねー」
そう言いながら彼女は椅子の上に置いていた荷物を自身の近くに動かした。
「邪魔なんかしないわよ。というか、こっちが名乗ってるんだから、あなたも名前を教えてよ。いつまでもあなたじゃ呼び辛いわ」
「呼ぶ機会なんて無いと思うけど」
「いいから教えてよ。減るもんじゃないでしょ」
「うるさいなー。私はミラだよ。これでいい?」
「ええ、よろしく。ミラ」
握手をしようと手を差し出してみたけれど、ミラの手は内職で忙しそうだった。
今日は刺繍をしているみたいだ。
器用に刺繍糸を布に縫い付けていく。
「上手ね。売り物みたいだわ」
「その通り売り物にするから触らないでねー」
あたしは思わず布に伸ばしかけた手を引っ込めた。
「どこのお店で売るの?」
「さあねー。私は依頼主に納品するだけだから詳しくは知らないんだ」
「これだけ綺麗な刺繍なら高値で買い取ってもらえるんでしょうね」
「褒めてくれるのはありがたいけど、気が散るから話しかけないでくれる?」
ミラはそれだけ言うと、あたしと喋ったせいで遅くなった作業を取り戻すかのように、ペースを上げて刺繍を進めた。
「ツレナイんだから。でも、もう授業が始まるから黙るわね」
少しして教室に先生がやって来た途端、ミラは刺繍糸と布を仕舞うと、代わりに鞄の中から三冊のノートと筆記用具を取り出した。
そして授業が始まると、ものすごいスピードで三冊のノートに授業内容を書き記し始めた。
きっと授業を記したこのノートを売るのだろう。
「すごっ!? その才能は別のことに使った方が良いんじゃない?」
「先生の話を聞き逃すから喋らないで」
「あっ、ごめん」
つい出てしまった私語を注意されて、あたしは自身の口に手を当てた。
確かに授業中の私語は良くない。
絶賛金儲けのためのノートを作成しているミラに注意をされるのは釈然としないけれど、言っていること自体は間違っていない。
一旦ミラのことは忘れて、あたしも授業に集中しよう。
* * *
授業と授業の間には、少しの自由時間が設けられている。
この間に学び舎の生徒たちは、身体を動かしてリフレッシュすることが多い。
そしてその中で生徒同士の交流を深めていく。
あたしはこの自由時間には仲良しの子と一緒にいることが多いけれど、今日は違う。
「やっぱりギャビンはすげえな」
「それはどうも」
外で男の子たちと一緒にストレッチをするギャビンに近付いて、わくわくしながら話しかけた。
「ねえねえ、ギャビン。もしかして授業が終わるとすぐに帰っちゃうのって、冒険者として依頼をこなしてるからなの!?」
「まあ、そうだな」
「すっごーい! 一日勉強した後に依頼をこなすなんて、体力があるのね」
「別に勉強には体力を使わないだろ」
あたしが話に割り込んできたからか、ギャビンと一緒にいた男の子はムッとしている。
「そんなことないわ。一日勉強した後はくたくたになっちゃうもの。身体というより頭が疲れる感じだけど」
「頭が疲れたときこそ、身体を動かすと気分転換になっていいぞ……俺がやるのは草むしりだけど」
「薬草採りを草むしりって言わないで。なんだか夢が無いわ」
「そもそも薬草採りに夢は無いと思うが」
「あたしにとっては薬草採りも夢いっぱいなの! その薬草でたくさんの人が助かるんだもの。すっごく大切な仕事よ」
薬草採りを草むしりと評するギャビンに、あたしは力説した。
薬草は冒険者にとって欠かせないものだ。冒険者じゃない人たちだって、ケガをしたら薬草のお世話になっている。
だから薬草採りは素晴らしい仕事のはずだ。
「ギャビンには聞きたいことがいっぱいあるの。例えば、冒険者はダンジョンに潜るんでしょ? ダンジョンってどんな場所なのかしら」
「ダンジョンに潜る冒険者は少数派らしいぞ。多くの冒険者は地上で依頼をこなして生活している」
「そうなの!? ダンジョンって楽しそうなのに!」
目を大きくして驚くあたしを、ギャビンは微笑ましいといった表情で見つめていた。
「ダンジョンに潜る冒険者が少ないのは、ダンジョン内で瀕死になっても自力で生還するしかないからだろうな。偶然誰かに助けてもらえるなんて奇跡は、ほぼ無い。ダンジョンはリスクとリターンが釣り合っていないんだ」
「じゃあダンジョンに潜る冒険者は、どうしてダンジョンに潜るの?」
「リスクは高いが、ダンジョン内にはレアアイテムがあるからだろうな。あとは修行として潜ったり、単純にダンジョンに魅せられている、とか。未知のものに対する好奇心が抑えられないのだろう」
レアアイテム狙いとか修行としてダンジョンに潜るのは何となく分かる。
でも未知のものに対する好奇心だけで、死ぬ可能性のあるダンジョンに潜るものだろうか。
「そういう顔をするということは、君は無鉄砲なタイプではないみたいだな」
あたしは今、どういう顔をしているのだろう。
ダンジョンに魅せられる冒険者のことを信じられないと思っている顔、だろうか。
「ダンジョンに魅せられる冒険者は多い。冒険者は大抵、未知のものに対する好奇心が強いからな。だがそういった輩は、己の好奇心に従いすぎて命を落としてしまう」
冒険者は大抵、未知のものに対する好奇心が強い。
……あたしはどうだろう。
あたしも、好奇心が強いから冒険者になりたいのだろうか。
それとも……。
「だから、ダンジョンには軽率には潜らないことをオススメする。ダンジョンに潜って帰って来なくなった冒険者は多い。まずは冒険者になる前に、好奇心を制御する術を身に付けた方が良い」
「そう、ね」
「ヴァネッサはダンジョンに潜ったら絶対に帰って来れないじゃん。弱っちいんだから」
「うるさいわね!」
ギャビンの言葉を咀嚼しようとするあたしに、男の子がからかいの言葉を投げてきた。
さらに別の話題まで投げてきて、ますますあたしの思考を逸らしていく。
「そういえば、あいつと仲良くするのはもう諦めたのか?」
男の子は、あたしがミラと一緒にいないから、ミラと仲良くすることを諦めたと思ったのだろう。
「あいつって、ミラのことかしら」
「君はミラと仲が良かったのか?」
ギャビンがミラという名前に反応した。
二人の年齢は知らないけれど、ギャビンとミラは年齢が近そうに見える。
もしかすると二人は話したことがあるのかもしれない。
「全然。仲良くなろうとしたけど失敗したわ」
「……そうか」
「あっ、ミラもこの場に呼んでこようかしら。一緒に身体を動かしたら仲良くなれるかもしれないわ!」
あわよくば、ギャビンにミラの金儲けについて注意してもらえるかもしれない。
しかしこのあたしの考えは、すぐにギャビンによって否定された。
「いや、それは止めた方が良い」
「どうして?」
「あー、それは、うーん、なんとなく、だが……」
ギャビンの歯切れが悪い。
もしかしてギャビンはミラと折り合いが悪いのだろうか。
「内職を邪魔するなって意味だろ。どうせ今もあいつは内職してるだろうからな」
首を傾げるあたしに、男の子が答えをくれた。
「ああ、なるほど。ミラの作業を邪魔したら、余計に嫌われちゃいそうだものね」
「そっ、そうだ、そういうことだ!」
ギャビンも男の子の意見に同意を示した。
二人の言う通り、この場に無理やりミラを連れて来ることは悪手のような気がしてきた。
「分かったわ。じゃあトイレにだけ行ってくるわね」
「大か?」
「うるさいわね! 小よ!」
そう言い残し、あたしは舎内へと向かった。
10
お気に入りに追加
520
あなたにおすすめの小説
神の加護を受けて異世界に
モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。
その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。
そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!
夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。
ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。
そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。
視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。
二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。
*カクヨムでも先行更新しております。
レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした
桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜
桜井正宗
ファンタジー
能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。
スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。
真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。
勇者PTを追放されたので獣娘たちに乗り換えて楽しく生きる
まったりー
ファンタジー
勇者を支援する為に召喚され、5年の間ユニークスキル【カードダス】で支援して来た主人公は、突然の冤罪を受け勇者PTを追放されてしまいました。
そんな主人公は、ギルドで出会った獣人のPTと仲良くなり、彼女たちの為にスキルを使う事を決め、獣人たちが暮らしやすい場所を作る為に奮闘する物語です。
S級パーティを追放された無能扱いの魔法戦士は気ままにギルド職員としてスローライフを送る
神谷ミコト
ファンタジー
【祝!4/6HOTランキング2位獲得】
元貴族の魔法剣士カイン=ポーンは、「誰よりも強くなる。」その決意から最上階と言われる100Fを目指していた。
ついにパーティ「イグニスの槍」は全人未達の90階に迫ろうとしていたが、
理不尽なパーティ追放を機に、思いがけずギルドの職員としての生活を送ることに。
今までのS級パーティとして牽引していた経験を活かし、ギルド業務。ダンジョン攻略。新人育成。そして、学園の臨時講師までそつなくこなす。
様々な経験を糧にカインはどう成長するのか。彼にとっての最強とはなんなのか。
カインが無自覚にモテながら冒険者ギルド職員としてスローライフを送るである。
ハーレム要素多め。
※隔日更新予定です。10話前後での完結予定で構成していましたが、多くの方に見られているため10話以降も製作中です。
よければ、良いね。評価、コメントお願いします。励みになりますorz
他メディアでも掲載中。他サイトにて開始一週間でジャンル別ランキング15位。HOTランキング4位達成。応援ありがとうございます。
たくさんの誤字脱字報告ありがとうございます。すべて適応させていただきます。
物語を楽しむ邪魔をしてしまい申し訳ないですorz
今後とも応援よろしくお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる