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【第八章】 美少女と、研究施設で罪を知る

●156 side ヴァネッサ

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 あたしはさっそく彼女に近付くと、彼女の肩を叩いた。
 肩を叩かれて振り向いた彼女は、何かの実の殻を剥いて、実と殻を分けているようだった。

「今、忙しいんだけど。話しかけるなら、暇なときにしてくれなーい?」

「あなたはいつも忙しそうじゃない」

「まあねー」

 彼女はそれだけ言うと、また内職に戻ろうとした。
 そうはさせるものかと彼女の真ん前に回り込むと、あたしはまた話しかけた。

「あなたがタダ同然で教えてもらった授業の内容を、誰かに売りつけているって聞いたわ」

「あのさー、あんた誰?」

「同じ学び舎の生徒よ。ヴァネッサって言うの」

「ふーん。ヴァネッサは、他人の迷惑を考えない子。覚えとくよ」

 酷い評価だ。
 確かに今のあたしは彼女の内職を邪魔していると言えるのかもしれないけれど。
 でも、もし彼女が謂れの無い噂を流されているのだとしたら、放っておくことは出来ない。

「ねえ、噂は本当なの? もし嘘なら、あたしが訂正して回るわよ?」

「余計なお世話だよ。本当のことだし」

 彼女は何でもないことのように言った。
 どうやらあの噂は嘘ではなく、本当のことだったらしい。

「何か事情があるの? 家に借金があるとか……」

「はあ? 事情が無いと金儲けしちゃいけないわけー?」

 そんなわけはない。
 でも今回の場合は、普通の金儲けとはわけが違うと思う。

「事情も無く先生たちの厚意で成り立っている授業を利用して金儲けをするなんて、先生たちに失礼よ」

「そうかなー? 教えた内容を使って生徒が力強く生きてるなら、教師冥利に尽きるんじゃなーい?」

 彼女は全く悪びれる様子が無い。

「いいえ。せっかく教えた授業を金稼ぎの道具にされるのは嫌だと思うわ」

「授業を受けて文字の読み書きを覚えた結果、仕事を見つけてお金を稼ぐ人は多いでしょ。あんたはそれも失礼なことだって言うわけ?」

「それとあなたのやっていることは違うわよ」

「同じだよー。どっちも、授業を受けて学んだことを使ってお金を稼いでるでしょ?」

 彼女は手を動かして実と殻を分けつつ、勝ち誇ったような目を向けてきた。

「あなた、ああ言えばこう言うわね」

「学び舎で勉強をした成果だねー」

 誤解されているなら助けようと思った相手は、食えない感じの嫌な女だった。


   *   *   *


 家に帰ったあたしは、窓から夜空を眺めていた。
 迷い無くキラキラ輝く星たちには、何の悩みも無さそうだ。

「……はあ」

「どうしたの、ヴァネッサ。溜息を吐くと幸せが逃げていっちゃうわよ」

 あたしの様子に気付いたらしいお母さんが、あたしの隣に座った。

「悪いことをする人って、口が達者よね」

「あらあら。お友だちに何か言われたの?」

 お母さんはあたしの頭を撫でながら、優しくそう言った。

「友だちじゃないわ。あたしは相手の名前も知らないもの。でも、悪い人だったわ」

「ヴァネッサは正義感が強いものね。悪人は許せないのね」

「うん。お父さんとお母さんに、胸を張れるように正しく生きなさい、って教わってるから」

「ええ、そうね。悪いことをすると、常に罪悪感を抱えながら生きないといけなくなるもの。楽しく生きたいなら、正しく生きることが、一番の近道なのよ」

 やっぱりお母さんは素敵な人だ。
 あたしも将来、お母さんみたいに素敵な人になりたい。

「お母さんの言う通りだと、あたしも思うわ。だからこそ、先生たちからの恩を仇で返すような行ないは許せないの」

「学び舎で何があったのかは分からないけれど、お母さんはちょっと心配だわ。ヴァネッサが揉め事に巻き込まれてケガをしないかって」

 心配そうにするお母さんに向かって、あたしは胸を張ってみせた。

「大丈夫よ。相手はあたしよりも年上っぽいけど、細身の女の子だもの。殴り合いになったとしても、引き分けまでは持ち込むわ」

「うーん。それの何が大丈夫なのかしら」

 あたしの言葉を聞いたお母さんは、先程よりもさらに心配そうな顔になってしまった。

「あたしは冒険者になるんだから、細身の女の子になんて負けてちゃいけないの」

「そのことだけど、ヴァネッサはどうしても冒険者になるの? お母さんは心配だわ」

「安心して。強く賢くなるまでは、危ない場所には行かないから。お母さんを心配させたくはないもの」

 だからまずは、身近な問題くらいは軽く解決してみせる。
 同じ学び舎の子が良くないことをしているのなら、止めなくちゃ。



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