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【第三章】 困っている女の子は助けるべし、と誰かが言っていた

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 ネタバレしたにもかかわらず、巨大グモを倒した話を、ドロシーは楽しそうに聞いていた。
 特に蜘蛛の巣に引っかかったヴァネッサを助けたシーンでは、前のめりになっていた。

「他にも旅の話はありませんか!?」

「俺の話、そんなに楽しいですか?」

「それはもう! 村人たちからは聞けない話ですから」

 ドロシーは目を輝かせながら、どんどん話をねだる。
 よっぽど話に飢えていたのだろう。

「じゃあ赤ちゃんを助けた話を……しても平気ですかね、リディアさん」

「その話は親子に危険が及ぶから話さぬ方が良いが……こいつになら話しても問題なかろう」

 最後に魔王リディアが小さな声で、「こいつは狂っておるからな」と言ったのを、俺は聞き逃さなかった。



「……という経緯で、二人の赤ちゃんを助けました」

「悲しいけれど素敵な話ですね。子どもを生かすために辛い決断をするなんて。愛の成せる業です」

 ドロシーは目に涙を溜めながら、俺の話に聞き入っていた。
 ヘイリーとアドルファスの決断は、きっと誰もが出来るものではないだろう。
 彼らの幸せを、切に願う。

「俺もそう思います。これは愛の話でした」

「ええ。それと話を聞いていて思いましたが、ショーンくんはこのときも冷静だったのですね」

「そうでしたか?」

「はい。自分の感情では行動を決めずに、決断を二人の親に任せていたでしょう?」

「だって彼らの問題でしたから」

 二人の問題に、俺が口を挟むのは無粋な気がした。
 あのときの決断で変わるのは彼らの人生なのだから、決めるのは彼らであるべきだ。

「彼らの問題ですが、ショーンくんも問題解決に手を貸す立場でしたよね? ある意味では、あの問題における関係者とも呼べます」

「一日だけの薄い関係ですよ」

「それでも関係者には違いありません。それなのにショーンくんは『こうした方が良い』とか『こうすべきだ』といった発言はせずに、ただ彼らの希望を聞いて、その希望に繋がる行動を起こしました」

 俺に「こうするべきだ」なんて発言は出来るはずもない。
 あのときあの瞬間に赤ん坊を助ける方法は分かっても、その赤ん坊が大人になるまでには、またいくつもの分岐点がある。
 選択によっては、あのとき死んでいた方がマシだったと思うような未来に繋がってしまうかもしれない。
 未来はいつだって不確定なのだから。
 だから俺は……。

「ショーンくんは、大きな決断をするときは、冷静で一歩引いて見えます」

 前のめりになってしまうと、全体が見えないから。
 全体を見るためには、一歩引いた状態の方が都合が良い。

「秩序を重んじ理性的に、第三者の立場で、正しい答えを出そうとしています」

「それは……善いこと、ですよね?」

 もし俺が、勇者パーティーに虐められている当事者の立場で判断を下していたら、ダンジョンから彼らを助け出すことが出来なかったかもしれない。
 だから、あれで良かったはずだ。

「どうでしょうね。私だったら、少し寂しいと感じてしまうかもしれません」

「寂しい、ですか?」

「だって、あくまでも他人事として処理しているように見えますから」

 そしてドロシーは笑顔のまま、続けた。

「まるで、人間なのに人間じゃないみたいです」

 ドロシーの発言を聞いた魔王リディアは、俺の隣で皮肉めいた笑みを浮かべていた。

「人間なのに人間じゃないみたい、とは。ブーメランというか何というか。ドロシーは心のどこかで、自身の置かれている状況を理解しているのかもしれぬな」

 俺もそう思う。
 きっとドロシーは、頭ではすべてを理解している。
 しかしその事実を飲み込むと、心が壊れてしまうのだろう。
 だから自己防衛として、何にも気付いていないことにしている。

「であれば、ドロシーは完全に狂っているわけではないのじゃろうな」

 魔王リディアがぼそりと呟いた。



「すみません。疲れてしまったので、先に休んでもいいでしょうか」

 少しして、ドロシーがあくびを噛み殺しながらそう言った。
 断る理由など無いので頷くと、彼女は残念そうな顔をした。

「せっかくのお客様だから、まだお話を聞きたかったですし、もっとおもてなしをしたかったのですが……」

「俺たちのことは気にせずに休んでください。顔色が悪いですから」

 ドロシーの顔色は、時間が経つにつれてどんどん青くなっていった。
 現在は病人と言われても簡単に信じるくらいには、顔色が悪い。

「最近疲れやすくて……父と母と兄には一つのベッドで寝てもらうので、お二人は空いているベッドを使ってください」

 それだけ言い残し、ドロシーは寝室へと消えていった。



 ドロシーのいなくなった居間で、魔王リディアの顔を見た。
 魔王リディアは、ドロシーの向かった寝室をじっと見つめていた。

「ドロシーさん、大丈夫でしょうか」

「ショーンがどういう意味で大丈夫と言っているのかは知らぬが、体調に関してなら、寝れば回復するじゃろう。あれだけ力を使ったら疲れるのは当然じゃ」

 その通り、ドロシーが疲れないわけがない。
 勇者パーティーで旅をしていたときも、あれほどの力を使う人は見たことがなかった。
 ドロシー自身に資質があることはもちろん、あのような力の使い方をしたら魔力が枯渇することが目に見えているため、普通は力をセーブするからだろう。

「しかし『父と母と兄には一つのベッドで寝てもらう』ときたか。頭では自身の置かれた状況を完全に理解しておるのう。心が受け入れることを拒否しているだけで」

「俺に出来ることは無いでしょうか。たとえばユニークスキルを使って……」

「すべては終わったことじゃ。ショーンのユニークスキルでは過去は変えられないであろう?」

「……はい。俺が変えられるのは、未来だけです」

 だからせめて、ドロシーの未来に光が差すことを願おう。



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