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【第二章】 美少女と、善人の村で愛を知る

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「お風呂も貸してくれるそうですよ。リディアさん、お先にどうぞ」

 村長は、夕食の前に風呂に入ることをすすめてきた。
 確かに旅をしていた俺たちは、服も身体も相当汚れている。
 リュックに入っている着替えもすでに使用済みで汚れているため、風呂の後に着たくはない。
 しかし部屋に用意されているのは、簡素な夜間着だった。

 俺は今着ている服と、夜間着を見比べた。
 …………汚い服よりも清潔な夜間着の方が、食事の場には相応しいだろう。
 不潔な者と一緒に夕食を食べるよりはマシなはずだ。

「リディアさんも夜間着をどうぞ」

 俺が魔王リディアに小さいサイズの夜間着を手渡すと、彼女は不思議そうな顔をした。

「一緒には入らぬのか?」

「入りませんけど!?」

 何を言い出すかと思えば。
 付き合ってもいない男女で、一緒に風呂に入るわけがない。

「子どもの妾をやたらと意識するのは、逆に変態っぽいぞ」

「俺は変態じゃありません!」

 今の魔王リディアの姿は子どもかもしれないが、すでに俺は大人の姿の彼女も見ているわけで……今さら子どもの姿だからと子ども扱いは出来ない。

「大人にも変身できるが、今は可愛らしい少女の姿じゃよ」

 ……と言うか、見た目はどうあれ彼女の精神はずっと大人だ。

「心が少女じゃないリディアさんに裸を見られるのは嫌です」

「なんじゃ。妾を見るうんぬんではなく、妾に自身の全裸を見られることが恥ずかしいのか。初心よのう」

「いいから早く行ってください!」

 俺は頬に熱が集まるのを感じながら、魔王リディアに夜間着を押し付けつつ、彼女を無理やり部屋から追い出した。


   *   *   *


「おかえりなさい、リディアさん。さっぱりしましたか?」

「…………」

 しばらくして風呂から戻ってきた魔王リディアは、見るからにふてくされていた。
 湯加減が合わなかったのだろうか。

「どうかしましたか?」

「……なんで……じゃ」

「はい?」

「……なんで……来なかったんじゃ」

 もしかして魔王リディアは風呂から俺のことを呼んでいたのだろうか。
 呼ばれた記憶は無いが……風呂場とこの部屋は離れているから、聞こえなかったのかもしれない。

「風呂場から俺のことを呼んだんですか? 何かトラブルでもあったんですか?」

「トラブルではない! なんで風呂を覗きに来なかったのかと聞いておるのじゃ!」

 …………はい?
 もしかして俺は今、ものすごく理不尽な理由で怒られようとしてます?

「妾、ショーンを驚かせようと思って、大人の姿で風呂に入っておったのに。とんだ肩透かしじゃ」

「大人の姿で!?」

 それはちょっと見たかった。
 いや、この前はいきなり魔王リディアが大人の姿になった上に全裸でパニックを起こしてしまったが。
 湯気越しにお湯に浸かっている姿程度なら、目の前での全裸よりは刺激が少なそうだから……見たかったかも。

「はあ、まったく。美女が風呂に入ったら覗く。これはお約束じゃ!」

 魔王リディアが謎のお約束を説いている。

「そんな約束は無いと思いますけど」

「そうやって腑抜けたことばかり言っておるから、ショーンはモテないのじゃぞ。もっとエロに貪欲であれ!」

「……俺は今、何を怒られているんでしょうか」

 エロに貪欲じゃないことを怒られた経験のある者は少ない気がする。
 しかも可愛らしい少女に。

「もうよい! さっさと風呂に入ってこんか!」

 イマイチ納得していない俺に、今度は魔王リディアが夜間着を押し付け、部屋から追い出した。


   *   *   *


 久しぶりに入る風呂は、とても気持ちが良かった。
 旅の途中に川や湖で水浴びはしたが、温かい湯に浸かることは出来なかった。

「疲れが溶けていくみたいだ」

 これまで意識していなかったが、歩き続けた足にも疲労が溜まっていたようだ。
 湯に浸かると、足に軽いだるさを感じた。

「……ふう。最近は様々なことが起こりすぎて、勇者パーティーで旅をしていたのが遥か昔の出来事みたいだ」

 彼らは今も、四人で旅をしているのだろうか。
 倒すべき魔王は、魔王城にはいないのに。
 今、魔王城にあるのは、魔王の等身大パネルだけなのに。

 やっとのことで魔王城の最奥まで進んで、魔王との決戦だと思ったら魔王の等身大パネルと対面することになった四人は、膝から崩れ落ちるだろうか。
 しかも等身大パネルの人物が、俺と一緒にいた魔王リディアだと知ったら、どんな顔をするだろう。

 魔王リディアの顔を知っているのは勇者だけだが、きっと唖然とするだろう。
 いつも偉そうにしている勇者の唖然とした顔は、ちょっとだけ見てみたい。

「勇者パーティーを追放されたときは絶望したけど、むしろ良かったかもしれないな」

 あのまま勇者パーティーにいたら、俺も四人と一緒に、魔王城で魔王の等身大パネルと対面して膝から崩れ落ちていた。
 そのはずが、何の因果か今では魔王と気ままな呪いのアイテム探しの旅をしている。
 人生とは分からないものだ。

「それにリディアさんはたまにワガママだけど、勇者のワガママに比べれば可愛いものだし」

 少なくとも魔王リディアは色恋沙汰でトラブルは起こしていない。

 英雄色を好む、というやつなのだろうか。
 勇者パーティーにいた頃は、勇者の女遊びの火消しを何度もした記憶がある。

 それを思えば、被害者が俺だけの、魔王リディアの痴女行為や破廉恥な発言の数々は可愛いものだ。

「でもリディアさん、今日は様子がおかしい気がする……?」

 そのとき、風呂場の外から魔王リディアの大声が響いてきた。

「おーい、ショーン。夕食が出来たらしいぞ。お主が来るまで食べ始めないらしいから、とっとと風呂から上がれ! 妾は腹が減っておるのじゃ! お主の風呂よりも妾の飯が優先じゃ!」

「……リディアさんのワガママ度合いは勇者とあんまり変わらないかも。見た目が可愛いから許せちゃうだけで」

 俺は温かい風呂に名残惜しい気持ちを抱きつつ、湯船から上がった。




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