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【第五章】 隠された名前

第89話

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「どうしてあなたたちは、人間の心臓から花を咲かせるの? どうしてあんな惨い殺し方をするの?」

 徐々に核心をついて行こうと思っていたのに、どうしても気になっていた質問が口から飛び出てしまった。
 こうして話してみると『死よりの者』は見た目ほど怖い存在ではない。
 彼らが優しいのは私が“扉”であることも関係しているだろうが、それにしたってあんなに残酷な殺し方をするような者たちとは思えない。
 過去の出来事で芽生えた人間に対する恨みが、彼らにそうさせているのだろうか。

≪ 人間は死者に花を供えます。だから我らも死者に花を供えるのです。我らの花を。 ≫

 『死よりの者』から告げられた答えは、まず私の質問を前提から覆すものだった。
 私は『死よりの者』が心臓に花を突き刺すことで相手を殺しているのだと思ったが……死者に供える?

「あなたたちは、花を使って相手を殺すわけではないの?」

≪ 花は供えるものです。人殺しの道具ではありません。 ≫

 その言い方をされると、私が花を人殺しの道具として見ているみたいに聞こえるからやめてほしい。

「あなたの言う通り、花は人殺しの道具ではないけれど……だって心臓から咲いていたのよ?」

≪ 我らは血液を花に変える魔法を使うことが出来ます。あの花は、死者の血液から作成されています。 ≫

 『死よりの者』の答えは、私にとって衝撃的なものだった。
 血液を花に変えることが可能って、それは。

「そんな魔法が使えるなら、あなたたちは敵無しなんじゃないの!?」

 相手の血液を花に変えられるなら、全身の血液を花に変えてしまえば、簡単に相手を殺すことが出来る。
 相当強力な魔法のはずだ。

≪ かつて我らが日本の兵として戦っていた頃は、その魔法で敵国の人間を殺していました。ですが、だからこそ、我らは決してあの魔法で人殺しをしません。その行為は我らの禁忌なのです。 ≫

 日本での経験は、人間だけではなく『死よりの者』にも暗い影を落としているようだ。
 『死よりの者』は、他の『死よりの者』と知識を共有しているため、より実感に近い形で日本での虚しさを感じているのだろう。

「そうだったの。変なことを言ってごめんなさい」

 私は『死よりの者』の背中をそっと撫でた。
 ただの雑談で嫌なことを思い出させてしまった。
 せっかく協力してくれているのに、その相手を暗い気分にさせるなんて、最低な行ないだ。
 知らなかったとはいえ、自己嫌悪に陥りそう。

≪ “扉”が気にすることではありません。何が言いたいのかと言うと、我らはあの魔法を、死者に花を供える意味で使用しています。あれは我らの追悼の意なのです。 ≫

 『死よりの者』は私の落ち込んだ様子を察知したのか、明るい調子で言った。

「追悼の意。そうだったのね。私はあれを見て……」

 恐ろしいと思ってしまった。
 そのことが、今は恥ずかしい。


   *   *   *


「まもなく休憩ポイントです。ここで一旦休憩を挟みましょう」

 セオの掛け声とともに『死よりの者』たちは、川の近くに着地をした。
 そして私たちを下ろすと、リフレッシュのためか川で水浴びを始めた。

「ふわあ、よく寝た」

 地面に下ろされたミゲルは、目を擦りながら伸びをした。
 眠そうだとは思っていたが、まさか最初の三時間で寝るとは思っていなかった。

「ミゲルは将来、大物になると思うわ」

「おれもそう思う」

 若干の嫌味も入っていたのだが、ミゲルには通用しなかった。

「怯えて暴れられるよりもずっといいですよ。暴れられると落下の危険性が高まりますからね」

「それはそうですね……ねえ、ミゲル。まだ眠い?」

「ああ、ちょっと眠いかも。今日は一日、普通に働いてたし」

 前金を貰っているのに、まさか今日も働いているとは思わなかった。
 あのお金は自分が不在の間のために、とっておきたかったのだろうか。

「それならこの後はミゲルがペリカンさんののど袋に入るのはどうかしら。あっちの方が快適に眠れるでしょ?」

「いくらおれでも、口の中はなあ……」

「安全面から考えてもその方が良いかもしれませんね。いくらミゲル君が軽いとは言っても、ミゲル君の服はそれ以上に破れやすそうですし」

 セオがミゲルの服を見て言った。
 蜂型の『死よりの者』は肩を持って飛ぶため、服が破れると落下の危険がある。

「安物の服で悪かったな」

「貶したいわけではありません。町に到着したら丈夫な服を買いましょう。その服のまま移動を続けるのは危険ですので」

「そうそう。ミゲルには新しい服を買ってあげるから、その服はペリカンさんのよだれで多少は濡れても良いじゃない。ね?」

 ミゲルは自身の服を見てから少し考えて、頷いた。

「新しい服を買ってくれるなら、口の中に入って運ばれてやってもいいかな。ドロドロベチャベチャになった服は捨てることにする。どうせ安物だし」

「ありがとう、ミゲル! たとえグッチョグチョになったとしても、私たちは仲間だからね!」

 ハイタッチをするミゲルと私を見て、セオは首を傾げていた。

「お二人がどんなものを想像しているのかは分かりませんが……のど袋は、お二人が思っているよりも綺麗ですよ?」



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