上 下
41 / 102
【第二章】 たとえ悪役だとしても

◆side story ルドガー

しおりを挟む

 ウェンディだ!
 ウェンディがいる!
 しかも俺のことを覚えてた!

 俺は高揚感を抑えきれずにいた。
 それも仕方のないことだろう。
 何故ならウェンディは、幼い頃に離れ離れになった「初恋の相手」だったからだ。


   *   *   *


 俺とウェンディは、山と畑に囲まれた田舎の村に生まれた。
 家が近く年齢も同じだったため、俺たちは自然と仲良くなった。

 成長するにつれて「女と遊ぶなんてダサい」と言ってきた奴もいたが、全員殴り倒した。
 喧嘩をした理由をウェンディに聞かれたが、俺は答えなかった。
 答えることで、ウェンディが俺から離れてしまう気がしたからだ。

 喧嘩をしても理由を言わない俺のことを、「ルドガーは問題児ね」と言いながらも、ウェンディは俺と一緒にいてくれた。
 幼い俺は、俺もウェンディもこのままこの村で成長して、そして結婚するのだと思っていた。

 その考えは、ある日突然打ち砕かれた。
 家から養子を出すことになったからだ。

 俺の家は、決して裕福ではなかった。
 父親の収入が少なかったのもそうだが、一番は子どもが多かったからだ。

 俺を含めて子どもが五人。
 兄が一人、次に俺、その下に三人の幼い弟妹。

 養子に出す子どもを決めるにあたって、兄は跡継ぎとして家に残留することが決まった。
 先方が男児を求めていることから、妹二人も家に残留することになった。
 末っ子はまだ乳飲み子だったため、長旅に耐えられない可能性を考慮して家に残留することになった。

 消去法で、俺が養子に出されることとなった。

 子どもが養子に出されることは、珍しいことじゃない。
 家の家計が苦しいことも何となく察していた。
 両親は謝りながら「きっと先方の家では今よりもいい生活が出来る」と俺に言い聞かせた。

 本心では養子になどなりたくなかったが、子どもの俺がどうこう出来る問題でもなかった。

「ルドガー、この村から出て行っちゃうって本当?」

「……俺、養子に出されるんだってさ」

「そっか。寂しくなっちゃうね」

 ウェンディは言葉通りに寂しそうな顔をしていた。
 その顔をしてもらえたことは嬉しかったが、ウェンディと離れ離れになることは、とても辛かった。

「ルドガー、小指を出して」

「小指?」

 俺が小指を差し出すと、ウェンディは俺の小指に自分の小指を絡めて、不思議な呪文を唱えた。

「何だ、それ?」

「また会えるおまじない。お母さんに教えてもらったの。このおまじないを掛けたから、私たちはきっとまた会えるわ」

 おまじないごときで願いが叶うとは思えなかったが、しかしそのおまじないを信じたいとも思った。
 またいつか、ウェンディに出会えると。


   *   *   *


 剣術部で先輩を負かした日、俺はウェンディと一緒に帰ることになった。

「さっきの試合、すごかったね」

「たいしたことねえよ」

「そんなことないよ。騎士の家で育っただけあって、すごくカッコよかった!」

 養子に出されたことは不本意だったが、あの村にいたら剣術が上手くはならず、この学園に入学することもなかったと思うと、巡り合わせとは不思議なものだ。
 俺は養子に出されたおかげで、学園でウェンディとクラスメイトになることが出来た。

「あー、ちょっと聞きたいんだけどよ。あれから……俺が養子に出されてから、家は……その、どうだ?」

 俺は聞きたいと同時に聞くのが怖かった質問をウェンディに投げかけた。
 何度も家族に手紙を出そうと思ったが、俺のことを忘れて幸せに暮らしていたらと思うと、怖くて出せなかったのだ。

「みんな寂しそうだったよ。もっとお金があったら養子になんて出さなくて済んだのに、って」

「…………俺の家族が、そう、言ってたのか」

「ご両親も兄弟たちも、ルドガーが幸せに暮らしているのか気にしてたよ。酷い目に遭わされてはいないかって」

「あー、躾は大分厳しかったな。剣術の訓練も。でもその分、家より良い物を食わせてもらってたからチャラかな」

「そっか」

 しばらくそのまま無言で歩いていたが、ウェンディが突然大きな声を出した。
 重い空気を変えたかったのかもしれない。

「そうだ、ルドガー! 私と一緒に肝試ししない?」

「肝試し? ウェンディは怖がりだったような気がするけど平気なのか?」

「怖いからこそ楽しいんだよ。ね、一緒に肝試ししよう?」

 ウェンディから遊びに誘われたのに、俺が断るはずがなかった。
 幼い頃からそうだ。
 だってウェンディとの遊びは、今も昔も、何よりも優先するべき予定だからだ。

「別にいいけど、本当にお化けが出ても知らないぜ?」

「大丈夫。もしそうなったら、ルドガーが守ってくれるもん」

 ウェンディが可愛らしいことを言ってきた。
 久しぶりに見るせいか、それともウェンディが魅力的に成長したからか、まるでウェンディが天使のように見えた。
 ……ああ、天使ではなく、ウェンディは聖女なんだったか。

「俺とはぐれたらどうするんだよ」

 俺が照れ隠しに意地悪を言うと、ウェンディは小指を立てて微笑んだ。

「はぐれても私たちはまた会えるよ。私たちには、おまじないが掛かっているから」

 可愛すぎる!
 これはまずい、非常にまずい。

 二人きりで肝試しなんかしたら、ウェンディの可愛さで、俺はどうにかなってしまうかもしれない。

 …………そうだ。
 肝試しには、俺が冷静になれる人間を連れて行こう。
 冷静になれる……そうだ、あの女がいい。

 公爵令嬢のローズ・ナミュリー。

 あいつがいたら、浮かれた気分もきっと冷めるだろう。
 出会ってすぐに分かった。
 あいつには、他人をイラっとさせる才能がある。

 ついでに俺がカッコよかったさっきの試合も見てなかったようだから、ここらで俺のカッコよさを見せつけてやるのもいいかもしれない。

「肝試し、どこでやるのが良いかな?」

「実は学園には、旧校舎が存在するんだ」

「旧校舎!? いかにもお化けが出そうな感じだね」

 実は俺は中等部の頃に、旧校舎には何度も潜り込んだことがあり、秘密の抜け道も知っている。
 夜に行ったことも何度もあるが、もちろんお化けなど見たことはない。
 だから俺は肝試しというよりも、ウェンディとあいつの怖がる姿を楽しもう。

「肝試しなら夏にやるのがいいだろうな。夏はお化けが活発になるらしいからな」

「そうなんだ!?」

「ああ、だから夏に肝試ししようぜ。旧校舎は逃げねえからさ」

 ああ早く、夏にならないかな。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉ 攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。 私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。 美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~! 【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避 【2章】王国発展・vs.ヒロイン 【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。 ※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。 ※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差) イラストブログ https://tenseioujo.blogspot.com/ Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/ ※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。

悪役令嬢に転生したので、すべて無視することにしたのですが……?

りーさん
恋愛
 気がついたら、生まれ変わっていた。自分が死んだ記憶もない。どうやら、悪役令嬢に生まれ変わったみたい。しかも、生まれ変わったタイミングが、学園の入学式の前日で、攻略対象からも嫌われまくってる!?  こうなったら、破滅回避は諦めよう。だって、悪役令嬢は、悪口しか言ってなかったんだから。それだけで、公の場で断罪するような婚約者など、こっちから願い下げだ。  他の攻略対象も、別にお前らは関係ないだろ!って感じなのに、一緒に断罪に参加するんだから!そんな奴らのご機嫌をとるだけ無駄なのよ。 もう攻略対象もヒロインもシナリオも全部無視!やりたいことをやらせてもらうわ!  そうやって無視していたら、なんでか攻略対象がこっちに来るんだけど……? ※恋愛はのんびりになります。タグにあるように、主人公が恋をし出すのは後半です。 1/31 タイトル変更 破滅寸前→ゲーム開始直前

前世は婚約者に浮気された挙げ句、殺された子爵令嬢です。ところでお父様、私の顔に見覚えはございませんか?

柚木崎 史乃
ファンタジー
子爵令嬢マージョリー・フローレスは、婚約者である公爵令息ギュスターヴ・クロフォードに婚約破棄を告げられた。 理由は、彼がマージョリーよりも愛する相手を見つけたからだという。 「ならば、仕方がない」と諦めて身を引こうとした矢先。マージョリーは突然、何者かの手によって階段から突き落とされ死んでしまう。 だが、マージョリーは今際の際に見てしまった。 ニヤリとほくそ笑むギュスターヴが、自分に『真実』を告げてその場から立ち去るところを。 マージョリーは、心に誓った。「必ず、生まれ変わってこの無念を晴らしてやる」と。 そして、気づけばマージョリーはクロフォード公爵家の長女アメリアとして転生していたのだった。 「今世は復讐のためだけに生きよう」と決心していたアメリアだったが、ひょんなことから居場所を見つけてしまう。 ──もう二度と、自分に幸せなんて訪れないと思っていたのに。 その一方で、アメリアは成長するにつれて自分の顔が段々と前世の自分に近づいてきていることに気づかされる。 けれど、それには思いも寄らない理由があって……? 信頼していた相手に裏切られ殺された令嬢は今世で人の温かさや愛情を知り、過去と決別するために奔走する──。 ※本作品は商業化され、小説配信アプリ「Read2N」にて連載配信されております。そのため、配信されているものとは内容が異なるのでご了承下さい。

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

悪役令嬢なのに下町にいます ~王子が婚約解消してくれません~

ミズメ
恋愛
【2023.5.31書籍発売】 転生先は、乙女ゲームの悪役令嬢でした——。 侯爵令嬢のベラトリクスは、わがまま放題、傍若無人な少女だった。 婚約者である第1王子が他の令嬢と親しげにしていることに激高して暴れた所、割った花瓶で足を滑らせて頭を打ち、意識を失ってしまった。 目を覚ましたベラトリクスの中には前世の記憶が混在していて--。 卒業パーティーでの婚約破棄&王都追放&実家の取り潰しという定番3点セットを回避するため、社交界から逃げた悪役令嬢は、王都の下町で、メンチカツに出会ったのだった。 ○『モブなのに巻き込まれています』のスピンオフ作品ですが、単独でも読んでいただけます。 ○転生悪役令嬢が婚約解消と断罪回避のために奮闘?しながら、下町食堂の美味しいものに夢中になったり、逆に婚約者に興味を持たれたりしてしまうお話。

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

長女は悪役、三女はヒロイン、次女の私はただのモブ

藤白
恋愛
前世は吉原美琴。普通の女子大生で日本人。 そんな私が転生したのは三人姉妹の侯爵家次女…なんと『Cage~あなたの腕の中で~』って言うヤンデレ系乙女ゲームの世界でした! どうにかしてこの目で乙女ゲームを見届け…って、このゲーム確か悪役令嬢とヒロインは異母姉妹で…私のお姉様と妹では!? えっ、ちょっと待った!それって、私が死んだ確執から姉妹仲が悪くなるんだよね…? 死にたくない!けど乙女ゲームは見たい! どうしよう! ◯閑話はちょいちょい挟みます ◯書きながらストーリーを考えているのでおかしいところがあれば教えてください! ◯11/20 名前の表記を少し変更 ◯11/24 [13] 罵りの言葉を少し変更

処理中です...