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【第三章】 旧校舎で肝試し

第54話 真相の断片

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 今日のローズは人差し指を顎に当てつつ、首を傾けながら登場した。
 こんな些細な仕草でさえ美しいことに、思わず感心してしまう。

「今日で記録魔法を飛ばすの何回目だっけ? もう結構いろいろ話した気がするけど、あとは何を言っておけばいいんだったかな~?」

 記録魔法を撮る前に何を話すか決めておけばいいのに、とも思ったが、無料で情報を貰っておいてそんなことを言うのは罰が当たると考え直し、黙っておいた。
 そもそも記録映像のローズに話しかけたところで、私の発言がローズに届くことはない。

「うん、決めた! 今日は気分を変えて、あたしの惚気と愚痴と反省を聞いてもらおうかな。情報ばっかりだと疲れちゃうでしょ? ねっ、あたしと女子会しよ~!」

 今日もローズから情報を渡されると思っていた私は、ローズの女子会発言に肩透かしを食らった。

「知ってると思うけど、あたしの婚約者は、エドアルド王子殿下。カッコイイでしょ~?」

 私が肩透かしを食らっていることなど知らないローズは、ニコニコしながら早速恋バナを始めた。
 女子会と言っても会話が成立しない以上、ローズが一人で喋っているだけなのだが……たまにはこんな日もアリかもしれない。

「ま、あたしは王子殿下に婚約破棄されたんだけどね。でもあなたの時間軸ではまだ婚約者よね? いいなぁ~!」

 ローズは心からそう思っているようで、何度も私に対して「いいなぁ」と繰り返した。

「王子殿下が人気すぎて、全校集会が王子殿下のステージみたいになってるでしょ? 全校集会が行われるたびに、あの人はあたしの婚約者なのよ~って鼻が高かったわ」

 そう言うとローズは自慢げに胸を張った。

「輝く金髪に整った白い歯、優しげな蒼い目によく響く澄んだ声……って、こんな風に王子殿下の外側ばかりを見てたのが、あたしの反省点」

 ローズは、今度は身体を丸めて悲しそうな顔をした。
 いつものことだが、表情の忙しい人だ。

「婚約者として何度も会ってるのに、あたしは彼の内側を見ようとしなかった。見る余裕が無かったっていうのは……言いわけかしらね。王子殿下と会うと、自分の感情を抑えるのに必死で、会話どころじゃなかったのよ」

 ローズはこれまで扉を開けることがないよう、感情を出さないようにしていた。
 本当にエドアルド王子のことが好きだったのなら、それはとても辛いことだっただろう。

「王子殿下も相槌ばっかりなあたしとの会話は、すごくつまらなかったと思うわ。反省してる」

 原作ゲームでのエドアルド王子に、特にお喋り好きという印象はなかった。
 必要な場面では喋るが、噂話やゴシップ情報に花を咲かせるタイプではない。
 そんな彼は、相槌ばかりのローズと一緒にいるときに、一体どんな話をしていたのだろう。
 ローズと会話をするために、美味しい菓子店や綺麗な花をリサーチしていたのだろうか。

「だからね、あたしは王子殿下のことをよく知らないの。知っているのは、誰もが知っているようなことだけ。カッコよくて優しくて王子様らしい王子様ってこと、それだけなの」

 原作ゲームをプレイした私は…………あれ。
 私もエドアルド王子のビジュアルや声にばかり気を取られてはいなかっただろうか。
 優しい王子様というレッテルを貼ってはいなかっただろうか。

 私が知っているエドアルド王子と、ローズの知っているエドアルド王子はとても似ている。
 つまり私も、エドアルド王子について、誰もが知っていることだけしか知らない。

「だから王子殿下が、婚約破棄と処刑を宣言したときは驚いたわ。そんなことを言うタイプだとは思わなかったから……思わなかったも何も、あたしは彼のことをよく知らないのにね」

 少なくともローズはエドアルド王子のことを何も知らないと自覚している。
 私は、そのことに気付けさえしなかった。原作ゲームをプレイして、エドアルド王子のことを知っている気になっていた。
 私は……『私』は、これまで、きちんと周りの人を見ていたのだろうか。

「やっぱり王子殿下もあたしが事件の犯人だと思っていたのかしら……思っていたのよね。だってあたしが犯人のわけがないって否定しようにも、あたしは彼の話に相槌を打つばかりで、自分のことを彼に一切話してなかったんだもの。彼に、ローズ犯人説を否定する材料を何も与えなかったのよ」

 よく知っている相手であれば「あの人が犯人のわけがない」と言えるが、よく知らない人ではそうは言えない。
 つまりローズとエドアルド王子は婚約者であるにもかかわらず、その程度の仲しか築けなかったのだ。

「でも……だからって、あたしの処刑が行なわれる前にウェンディと婚約することはないと思わない!? どこが優しい王子様なのよ、まったく!」

 それは確かに。
 せめてローズが処刑された後に婚約すればよかったのに。
 「優しい王子様」の行ないにしてはあまりにも非情だ。

「……そういう世間のイメージと違うところを、もっと知っておきたかったなぁ。本当の王子殿下を、もっと知りたかったなぁ」

 自分の思い描いていた相手の姿と、全く違う良くないところを見せられて、相手のことをもっと知りたいと思えるローズはとても強い人間だと思う。
 私がローズと同じ目に遭っていたら、エドアルド王子のことを恨んで憎んで嫌っていたと思う。自分のやってきたこと、やらなかったことを、棚に上げて。

「あのね、もし出来たらでいいんだけど……あなた、王子殿下の本性を暴いてくれない?」

 私が一人で自己嫌悪に陥っていると、ローズが遠慮がちに言ってきた。

「だって絶対に、優しいだけじゃないと思うのよ。もっとこう……分かんないけど、何か黒いものを隠していそうじゃない!? カッコよくて優しい完璧な王子様、なんて空想上の人物みたいだもの。彼はきっと、もっと人間らしいはずよ」

 カッコよくて優しい完璧な王子様。
 私はエドアルド王子のことを、そういう人物だと思っていた。そういうレッテルを貼って、エドアルド王子を見ていた。
 でも、ローズは違うようだ。

「そうやって、本当の王子殿下を暴いて……そして、本当の彼を愛してほしいの。ポンコツなあたしには出来なかったから」

 エドアルド王子の醜く人間らしいところを暴いて、その上で彼を愛す。
 ……ローズに出来なかったことが、果たして私に出来るだろうか。

「ま、あなたがこの世界で別の人に惚れたなら、無理強いはしないけどね。あなたの人生は、あたしの後悔を消すためにあるわけじゃないから」

 ローズは、今のお願いは気が向いたらでいいから、と軽い調子で付け加えた。
 確かに私の人生は、ローズの後悔とは切り離して考えるべきものかもしれない。
 でも、ローズのこの願いを聞いているのは私だけで、叶えられるのも私だけで……。

「相手が誰であれ、あたしの見た目なら落とすのは簡単なはずよ。いっぱい男を侍らせてモテモテな学園ライフを楽しむのも、いいかもしれないわね~」

 ローズはそう言って、長い髪をかき上げた。

「じゃあまたね、青春中のあなた」



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