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【第三章】 旧校舎で肝試し

第50話 真相の断片

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「やっほ~元気にしてる? この前は前置き無しで話を始めてみたけど、どうだった? やっぱり物足りなかった? そうだよね~、実はあたしも物足りなくてさ~。やっぱりコミュニケーションには、おふざけが必要不可欠だと思うのよ」

 夢の中のローズは私の現状など知らず、相変わらずへらへらした口調で話し始めた。

「友人ゼロのあたしが言っても説得力ないけどね~、あははは!」

 自分のことなのに、ローズはやたら楽しそうに笑っている。
 ……いいや、楽しそうと言うよりは吹っ切れた感じだろうか。

「で、今日の話なんだけど~、今日も重いやつ言っていい? いいよね、って言うか、話を聞くあなたより話をするあたしの方が辛いんだから、黙って聞いてね。今日は、あたしの使った特大魔法について。つまりあなたがこの世界に来た理由」

 前に『私』が選ばれたのは八つ当たりのような理由だったと言っていたが、魂の転移を行なったそもそもの理由については言及していない。
 きっとローズがこれからするのは、その理由の話だ。

「あたしは、扉を開けてしまう自分の体質を何とかしたかった。こう見えて結構繊細なのよ、あたし。自分のせいで犠牲が出続けるなんて耐えられなかった。で、これを解決する方法として思い付いたのが、魂の転移よ」

 私の予想通り、ローズは魂の転移を行なうに至った理由を語り始めた。

「扉の件に気付いてから、あたしは一生懸命に感情を抑えようとしていたけど、限界ってものがあるわ。表面上は取り繕えても、感情自体を完全に無くすことは出来なかったのよ」

 そう言うと、ローズは目に力を入れてキッと真面目な顔を作った。

「だからあたしは、この因果を断ち切ることにしたの」

 ローズは力強く宣言したが、ローズの試みが失敗に終わったことを、今の私は知っている。

「因果を断ち切る手段として自死も考えたけど、それは危険な賭けの気がしたわ。あたしの死によって扉が開きっぱなしになる可能性もあるから。その場合、あたしが死んでいるからリカバリーのしようがない」

 ローズの言う通り、因果が断ち切れなかった上に原因であるローズが死亡していたら、取り返しがつかない。
 ローズの自死は、危険な賭けどころか最悪の一手に思える。

「考えるうちに思い出したわ。あたしが扉と繋がったのはあの事故からだから、元々のあたしの身体は扉とは関係ない。扉と繋がっているのは、あたしの魂だって」

 ここでローズは人差し指を立て、自分と私を交互に指差した。

「それなら魂を入れ替えちゃえば因果が消えるんじゃないか、って仮説を立てたの」

 別世界に飛ばされた魂が、元の世界に干渉することは考えづらい……のだろうか。
 何となく、この世界で死ぬよりは別世界に移動した方が、干渉の可能性は低い気がする。
 世界がいくつもあるなんて想定をしたことがないから、真偽のほどは分からないが。

「これを思いついてから、あたしは入念に準備をしたわ。具体的には、毎日この夢を仕込んだの。この魔法ってかなり複雑なのよね。記録魔法自体は簡単だけど、それを過去の自分に飛ばすんだもの。時を超える魔法ってそうそう使えるものじゃないのよ?」

 そう言いながらローズが自慢げに胸を張った。

「あたしの絶大な魔力量があったからこそ出来たのよね~。褒めていいわよ? 時を超える魔法を使える魔法使いなんて伝説級なのよ? あたしってば、すごいんだから!」

 確かに時を超える魔法を使う魔法使いがごろごろいたら、とんでもないことになる気がする。
 というか、時を超える魔法が使えるなら、あの事故が起こる前に飛んで……と思ったところで、ローズが指を振った。

「今、事故が起こる前に戻れば全部解決するって思ったでしょ? 本当にね、それが出来たら簡単だったわ。だけど、戻れるのは特大魔法を受け取れる器になっている時点まで。子どもの頃のあたしに特大魔法で戻ったら、子どものあたしの身体が耐えられずに爆散しちゃうわ」

 爆散するんだ……。
 つまり、特大魔法に耐えられるレベルの魔力量が無い時点には戻れない、ということなのだろう。
 そしてローズがその魔力量を手に入れたのは、事故が起こったあと。

「扉と繋がる前のあたしが爆散したら解決するかもしれないけど、爆散する時期がズレたら、今自死するのと同じ結果になる。つまり扉は開きっぱなしな上にリカバリー不可……ううん、違うわね」

 話の途中でローズは首を振った。

「いくら自分勝手なあたしでも、お父様とお母様に、一人娘が爆散するという不幸を背負わせたくはないの。あたしの処刑が決まってからもね、学園内で反対してくれたのはナッシュだけだったけど、お父様とお母様は学園の外で減刑を求め続けてくれたの。そんな優しい二人に、一人娘が爆散するなんて悲劇を与えたくはないわ」

 ナッシュを学園に潜り込ませたことからも感じていたが、ローズの両親はローズのことを溺愛しているのだろう。
 そのローズが爆散してしまったら、彼らの精神的ダメージは計り知れない。

「話を戻すわね。伝説級に天才なあたしでも、記録魔法を過去に飛ばした日は、もう他の魔法は使えなかった。だから面倒くさいけど、魔力が回復するのを待って、毎日毎日記録魔法を撮っては過去に飛ばしてるってわけ。一気に飛ばせたら楽なのにね~」

 ローズはサッと切り替えて、またへらへらした口調に戻っていた。

「そうやって記録魔法を過去に飛ばして準備を整えたあたしは、ついに特大魔法を使ったわ……正確にはこれから使うんだけど。時系列がややこしくなるから過去形で話すわね」

 ローズがこの記録魔法を撮っている時点ではまだ特大魔法を使っていないが、私がこの記録魔法を見ている時点ではローズはすでに特大魔法を使っている、ということだ。
 確かに時系列がややこしい。

「あたしが使った特大魔法は、『別世界に干渉する魔法』と『魂を入れ替える魔法』と『過去に戻る魔法』の三つ。特大魔法三つを重ね掛けなんてしたのは、後にも先にもあたしだけだろうね~。普通に魔力の使い過ぎで寿命を全部持って行かれて死ぬからね」

 ふと、原作ゲームのラストを思い出した。
 ウェンディルートでのローズは、処刑日を待たずして自室で亡くなっていた。
 もしかして、特大魔法を使ったことが原因だったのだろうか。

「もう授業で習ってるかな~? 魔法には燃料となる魔力が必要なんだけど、魔力が底をつくと今度は生命エネルギーを使うの。つまり自分の魔力以上の魔法を使う場合は、命を減らすしかないんだ。あなたも魔法の使い過ぎには気を付けてね~」

 ローズは軽い口調で語り続ける。

「あたしは魔力量が多いから、変な魔法の使い方をしなければ寿命が減ることはないだろうけど……いくらあたしの魔力量が多いと言っても、魔力だけで特大魔法の三重掛けは無理。ただ、万全の状態で、さらに寿命を全部使えば、特大魔法三重掛けは可能なはずなのよ、理論上は」

 ローズはどうしてこんな風に振舞えるのだろう。
 これから特大魔法に寿命を使って死ぬことが分かっているのに。

「このあとはあなたも知っている通り。あなたの世界に干渉して、あなたの魂とあたしの魂を入れ替えて、過去に飛ばしたの。どう? 上手くいってる?」

 ローズは私の表情を見ようとしているかのように、こちらを覗き込んできた。
 記録魔法だから実際に覗かれているわけではないが、この話を聞いてどんな顔をすればいいのか困ってしまった。

「理論上はこれで全て丸く収まるんだけど……世の中って予想と違うことばっかり起こるじゃない? もし失敗した場合に、そもそも死ぬ予定の人なら許してくれるかなって思ったの。例えば魔法が失敗して死んじゃってもさ、あたしが何もしなくても死ぬ予定だったなら……ね?」

 前にローズは自殺をした私への嫌がらせで私を選んだと言っていたが、それだけではない気がする。
 まっとうに生きている人を、自分の事情に巻き込みたくなかったのだろう。

「あなたにとって最悪のケースは、入れ替わったけど過去に戻れなかった場合かな? 処刑される未来が待ってるから……ううん。過去に戻れなかったら魔法の使い過ぎで死んだあたしと入れ替わるから、入れ替わった時点で死んでるか」

 ローズは独り言のように、特大魔法が失敗した場合の恐ろしい例をさらっと呟いた。

「それなら最悪のケースは……全ての特大魔法が成功したのに、扉の因果が切れなかった場合かな。そうなったら、ごめんね。あなたはあたしと同じ苦しみを味わうことになる」

 今度は私に向かってロースはそう言い、頭を下げた。
 しかし次に顔を上げたローズは、お茶目な顔で舌を出していた。

「ま、最悪のケースなんてそうそう起こらないわよ。全て上手くいくか、どれかが失敗してあなたの魂がこの世界で生きられないか。どっちかになると思うわ。失敗してた場合はこの記録魔法を見てないだろうから、あなたがこれを見てるってことは、きっと成功したのね! おめでとう!」

 そして楽しそうな顔でローズが拍手をした。

「おっと。そろそろ時間ね。じゃあまた明日も、幸運なあなたに、この世界の情報をお届けするから楽しみにしててね~。ばいば~い!」

 そうそう起こらない最悪のケースが今まさに起こってしまっているが、記録魔法のローズはそんなこととは露知らず、陽気に両手を振っていた。



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