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【第二章】 たとえ悪役だとしても
第37話
しおりを挟むあの後、ジェーンに発見された私は、ジェーンと三人の生徒たちに、このことは誰にも言うなと念を押した。
負い目のある生徒たちはすぐに了承したが、ジェーンはなかなか首を縦には振らなかった。
仕方がないので一緒に医務室へ行き、私が無傷なことをその目で確認させて、さらに説得を重ねて、やっと了承してくれた。
事情を知らない保険医は、先日の暴走したナッシュと同じことをジェーンがやっているのだと勘違いして、生温かい目で私たちを見守っていた。
「ほら、大した怪我はなかったでしょう?」
「本当によがっだでず、ローズ様ーーー!!」
「大袈裟なんだから。これじゃあ、どっちが怪我人か分からないじゃない」
ジェーンは私を見つけてからずっと、目も鼻も大洪水を起こしている。
ハンカチで拭いてはいるが、次から次へと溢れ出てくるために意味を成していない。
「もう泣かないの。それよりも職員室に行くわよ。報告はしておかないと」
「報告ずるんでずが? ローズ様は誰にも知られだぐながっだんじゃないのでずが?」
「全部を報告するわけじゃないわ。だから……私が取捨選択をするからジェーンは黙っていてね?」
黙っていてと頼まなくても、そもそもジェーンは報告の出来る状態ではなさそうだ。
私が持っていた自身のハンカチを渡すと、ジェーンは水を吸い込まなくなったハンカチを懐にしまって、恐縮しながら私のハンカチを受け取った。
「……というわけで、屋上で一人の生徒が柵に寄りかかっていたら、急に柵が外れたんです。幸いにもその子は落ちず、柵だけが落ちていきました」
私は教師にしれっと嘘の説明をした。
教師は難しそうな顔をしつつ、私の話に耳を傾けていた。
私の話が本当のことか隣にいるジェーンに確かめようともしていたが、ジェーンがあまりにも泣きじゃくっているため断念したようだ。
ちなみに、私が屋上から落ちたことを知っているジェーンと三人の生徒たちには「落ちる瞬間に地面に向かって風魔法を放って衝撃を抑えたおかげで無傷だった」と説明をしている。
ついでに、急に発生した黒い靄のようなものは、風魔法によって起こった砂嵐だと話した。
我ながら苦しい説明だと思ったが、授業中にうっかり魔法が得意なところを見せていたおかげで、あっさりと信じてもらえた。
なお落ちたはずの私が女子寮裏にいたのは、風魔法が強すぎて飛ばされた、ということにしておいた。
みんなに口止めをお願いした理由は、この事実が噂になれば、私の苦しい説明に異議を唱える人が出てくると思ったから。
あと、ナッシュが暴走するのが目に見えていたから。
しかし屋上の柵が外れたことを報告しないわけにはいかないので、私が落ちたことは伏せて、柵だけが落ちたと教師に報告しに行くことにしたのだ。
いきなり空から柵が降ってきたことで、学園はすでに大騒ぎになっていたが、幸いにも落ちてきた柵に当たった生徒はいなかったらしい。
* * *
しばらくして、あのとき屋上にいた全員が再度屋上に集められ、現場検証のようなことが行われた。
「あの子が柵に寄りかかっていたのですが、私には柵が動いたように見えたのです。そのためすぐに『離れて!』と叫ぶと、あの子は柵から離れました。その直後、柵が外れて地面に落ちたのです」
「ぞのどおりでず」
「黒薔薇の……ローズさんの言う通りです」
「間違いありません。私もその光景を見ました」
「私はローズさんのおかげで助かりました」
ジェーンと三人の生徒たちは、すぐに私の話に合わせてくれた。
私のおかげで助かった、という意見だけは事実だが。
「事件発生時……まだ事件か事故かは分かりませんが。そのとき、屋上にあなたたち以外の人間はいましたか? 魔物の類は?」
「私が見た限りでは、屋上にはこの五人しかいませんでした」
「それは間違いありませんわ。きちんと他に屋上に人がいないか確認してから行ないましたから」
「行なったとは?」
「ジェーンいじ……」
ジェーンいじめと正直に答えそうになった生徒の口を、残りの二人が慌てて塞いだ。
「とにかく、私たち以外の人間はいませんでした!」
「学園の生徒も不審者も、もちろん魔物だっていませんでしたわ!」
「……なるほど。直接的に手を下していないとなると、柵に細工がされていないかを調べる必要がありそうですね」
つい一昨日、殺人事件が起こったばかりのため、教師は事故よりも事件性を疑っているのだろう。
「柵については念入りに調べるとして。みなさんの中に、怪我をした人はいますか?」
「えっと……」
「はい! 慌てた私がその場で転びました。念のため医務室に行きましたが、擦り傷だけでした。きちんと保険医の先生に診てもらったので、擦り傷の怪我が無いことは確かです」
教師の質問に全員が目を泳がせたので、急いでそれらしい嘘を口にした。
あとで保険医に確認を取るかもしれないが、擦り傷だけだったのは事実だから問題ない。
大きな怪我をした生徒がいないと聞いた教師は、安堵の溜息を吐いた。
「みなさん、詳しい状況を教えてくれてありがとう。今、柵が外れた原因を調べているから、あなたたちはここで解散ね」
「あの、屋上に残っても良いですか?」
「本当は良くないのだけど、当事者だものね。構わないわ」
三人の生徒たちは、これ以上質問をされるとボロが出ると判断したのか、屋上から去って行った。
しかし柵が外れた原因が知りたかった私は、この場に残ることにした。
私が残る判断を下したため、絶賛大洪水中のジェーンも屋上に残ることとなった。
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