上 下
30 / 102
【第二章】 たとえ悪役だとしても

第28話 真相の断片

しおりを挟む

「ここは……?」

 昨夜は聖力を使った反動で力尽きて寝てしまったウェンディを、二年生の生徒と一緒に部屋まで運びベッドに寝かせた。
 その後、私も重い足を引きずりながら自室に戻り、ベッドに倒れ込んだ。
 『死よりの者』と対峙した緊張感にウェンディを運んだ肉体的疲労が加わって、私もベッドに倒れ込んだ途端に眠ってしまった。


 だから、ここは。

「夢の世界ね」

 しかも夢だと自覚している夢、明晰夢だ。

 夢の世界は、空間全体に真っ白なもやがかかっていて、ろくに前が見えない。
 しかし白以外の色が見えないことから、周囲に建造物は無いように感じる。
 その場で足踏みをしてみたが、地面を踏んだ感覚は無い。

 真っ白なだけのここにいても仕方がないと、不思議な感覚のままもやの中を歩いていると、目の前によく知る人物が現れた。

 ローズ・ナミュリー。

 無表情の彼女は、ゲームで見る悪役令嬢ローズそのままの姿だった。
 固く結ばれた唇に冷ややかな目。
 その彼女が、ゆっくりと唇を動かす。

「はじめまして、こんにちは! うん? 夢ってことは、こんばんは、かな? まあどっちでもいっか。やっほ~!」

 ………………え?

 目の前のローズは、ゲームで見ていたローズとはあまりにもテンションが違う。
 このローズにも私と同じように別人が入っているのだろうか。

 うっかり怪しんでいることを前面に出した表情で彼女を見てしまった。
 すると私の考えを見透かしたように、彼女が答えた。

「もう誰かにローズの人となりは聞いた? だとしたら今のあたしは別人に見えてるかもね。でも、あたしが正真正銘のローズ・ナミュリーで~す。素のあたしはこんな感じなんだよね~。がっかりした?」

 最初の無表情はどこへやら。
 ローズの顔をした女は、へらへらと緩んだだらしのない顔で、間の抜けただらしのない喋り方をしている。

「無表情で近寄りがたい人形のような令嬢って意外と疲れるのよ~。あ、これは世間から見たあたしの印象ね。そんな風に言われてるのよ、あたし。素はこんななのにね。もしかしてあたしって演技の才能があるのかも!? なんちゃって~。でも無表情ばっかりだと表情筋が弱っちゃうから、ここでは素でいさせてね~」

 疑問は山のようにあるが。
 まず、ローズはどうして疲れるのにわざわざ無表情な令嬢を演じているのだろう。
 貴族の世界ではむやみに笑顔を見せると舐められてしまうのだろうか。
 確かに今のローズのようなへらへらとした顔は舐められるかもしれないが。
 でも普通に笑う分には構わないような気もする。
 まだ私は貴族二日目だから、貴族の世界のことには詳しくないけれど。

「さて。時間も無いことだし本題に入りますか。今、あたしことローズ・ナミュリーの身体には、異世界からやって来たあなたが入ってる。そうよね? 上手くいったわよね? 命を懸けた一世一代の賭けだもの。上手くいってなきゃ困るのよ!?」

 ローズは先程よりも少しだけ真面目な顔でそう言った。

「だって。何を隠そう、あなたの魂を異世界からあたしの身体に飛ばしたのは、偉大なる魔法使いの卵であるローズ・ナミュリー本人なのでした~! どう? すごくない? そんなすごいあたしの中に入ってるのって良い気分じゃない? それにあたしが美人でラッキーだったわね、あなた。機会があったら適当な男に流し目をしてみるといいわよ。相手が目をハートマークにして面白いから」

 世間話を話すようなテンションで話されてうっかり流してしまいそうになったが、今ものすごく大事なことを言っていた。

 私の魂をローズの身体に入れたのはローズ本人だ、と。

 あとついでに自分がいかに美人かも話していたが、こっちに関しては聞き流してもいいだろう。
 大事なのは私の魂をローズの身体に入れた話だ。

「あなたが私を? どうやって? なぜ私なの? 何の目的で私を自分の中に入れたの?」

 湧き上がってきたいくつもの質問を矢継ぎ早にローズにぶつけたが、ローズは笑っているだけだった。

「だけどさすがのあたしも、魔法の微調整が上手くいってる自信は無いのよね~。何せ特大魔法だからね。細かい調整は難しいのよ。だから本当ならこの夢はあなたがこの世界に来た最初の夜に見てるはずなんだけど……もしかしたら数日くらいはズレてるかもしれない。まあその程度のズレはご愛嬌ってことで」

 うん。会話のキャッチボールが出来てない。
 質問攻めにした私も私だけど、すべての質問を無視しなくてもいいのに。
 こういう自分勝手なところが悪役令嬢と呼ばれる所以なのだろうか。

「ふふっ、そろそろローズ・ナミュリーって他人の話を聞かないな~とか思ってない? でも仕方ないのよ。だってこれ、通信じゃなくて記録魔法を流してるだけだから。だからもし魂転移の魔法が失敗してて、あなたがあたしの中に入ってなかったら、この記録魔法は全部無駄になってるの。わあ、むなし~い」

 目の前のローズが私の思考を読んだかのように説明をした。

 なるほど。これは録画映像を流しているようなものなのか。
 それなら会話が通じないのも納得だ。
 一人でテレビに向かって話しかけている寂しい人になった気分を味わってしまった。

 ……って、テレビに向かって話しかけるのは別に寂しい人なわけではない。
 だから私も、別に寂しい人ではない。

 元の世界での『私』は、テレビに話しかけるタイプだった。
 悲しいニュースが流れたら、どうしてこんなことが出来るんだろうね、とニュースキャスターに語りかけ、天気予報で傘がいると言われたら、じゃあ折り畳み傘を持っていくね!とお天気お姉さんに返事をしてから仕事に行っていた。
 でもそれは、寂しいからでも、話し相手がいないからでもない。
 ただお喋りなだけ。
 ……テレビ以外とはほとんど喋らなかったけど。

 私が悲しい回想をしている間に、ローズは次の話を始めた。

「でね、あなたの魂をあなたの世界からそっちに飛ばした理由なんだけど……長くなるから詳細はそのうち話すわ。でもこれだけは覚えておいて。物事には必ずそれに至る理由があるの。異世界転生だけの話じゃないわ。あたしが無表情なことも、ナッシュが過保護なことも、それに至る理由がある……きっと、“彼ら”にだって」

 お茶らけた脱線をする私とは対照的に、ローズは突然真面目な声でゆっくりと言葉を紡いだ。
 ここから真面目な話が始まるのだと思い、慌てて雑念を振り払う。
 しかし次の瞬間には、ローズはまたへらへら笑いを浮かべていた。

「それでね、話を戻すと。魂を異世界に飛ばすにあたって、元気な人をいきなり異世界に飛ばしたら可哀想だと思ったの。だけど、これから死ぬ運命の人なら、死ぬはずが異世界に飛ばされたってことで、やったあ生きてるラッキーってなると思ったのよ。どう、あなた、ラッキーって思った?」

 正直なところ、ふざけるなと思った。

 私は娯楽小説にあるような、思わぬ事故で死んだはずが異世界転生!?という経緯でこの世界に来たわけではない。
 悩んで悩んで悩み抜いて生きることに絶望して、やっとのことで飛び降り自殺を図った直後にこの世界に来たのだ。
 ようやく死ねたはずが、生き返ってしまったのだ。
 ラッキーどころか世界中の不幸を背負った気分だった。

 この世界に来た直後の気持ちを思い出し、意味が無いと分かっていつつも目の前のローズを睨んだ。
 するとローズは、大声を上げて笑い出した。

「あっはははは! もう駄目、我慢できない。あなた今、全然ラッキーじゃないって顔してるでしょ!? そりゃあラッキーだなんて思わないわよねえ! だってあなたは事故で死んだんじゃなくて自殺なんだもの。まだ誰を飛ばすかは決めてないけど、絶対に自殺者を飛ばす予定なんだもの。やっと死ねると思ったら、もう一回生きることになっちゃって、今どんな気持ち~? あはは、いい気味!!」

 ローズは可笑しくてたまらないとばかりに腹を抱えて笑っている。
 一方の私は、あまりのことに絶句していた。

 しばらくそうしていると、笑いの収まったローズが、手で涙を拭いながら話を続けた。

「あ~あ。ごめんね。ちょっと意地悪がしたかっただけよ。あたしは自殺中のあなたの身体に入ってあなたの代わりに死ぬのに、あなたはもう一回生きられるんだと思ったら、不公平さを感じちゃってね。最期に意地悪がしたくなったの。あたしは足掻きまくった結果、世界を救うために死ぬしかなかったのに……あなたは死ななくてもいいのに死を選ぶんだもの。妬みもするわ」

 瞬間、ローズの目から光が消えたように見えた。
 しかしローズは自分でもそのことに気づいたのか、すぐに目に光を戻して再び笑みを浮かべた。

「なんか第一回から湿っぽくなっちゃったわね~。最初にも言ったけど、この記録魔法は結構タイムリミットがシビアなのよ。だから続きはまた明日。今日は、これからローズ・ナミュリーがあなたの夢の中に出てくるってことだけ覚えて帰ってね~!」

 そう言って手を振ったローズだったが、最後に思い出したように付け足した。

「あっ、そうだ。素のあたしはこんなだけど、誰かと接するときは無表情のお人形さんみたいな感じだから、あなたもお人形さんでよろしく。これはすっごく大事なことだから、絶対に守ってね。守らないと人が死ぬから。それじゃあ、ばいば~い!」

「もう終わり!? 人が死ぬって何!? ちょっと待って、まだ聞きたいことが山ほど……」

 私の声が届くはずもなく、夢の中のローズは言いたいことだけを言って消えてしまった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉ 攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。 私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。 美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~! 【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避 【2章】王国発展・vs.ヒロイン 【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。 ※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。 ※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差) イラストブログ https://tenseioujo.blogspot.com/ Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/ ※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。

悪役令嬢に転生したので、すべて無視することにしたのですが……?

りーさん
恋愛
 気がついたら、生まれ変わっていた。自分が死んだ記憶もない。どうやら、悪役令嬢に生まれ変わったみたい。しかも、生まれ変わったタイミングが、学園の入学式の前日で、攻略対象からも嫌われまくってる!?  こうなったら、破滅回避は諦めよう。だって、悪役令嬢は、悪口しか言ってなかったんだから。それだけで、公の場で断罪するような婚約者など、こっちから願い下げだ。  他の攻略対象も、別にお前らは関係ないだろ!って感じなのに、一緒に断罪に参加するんだから!そんな奴らのご機嫌をとるだけ無駄なのよ。 もう攻略対象もヒロインもシナリオも全部無視!やりたいことをやらせてもらうわ!  そうやって無視していたら、なんでか攻略対象がこっちに来るんだけど……? ※恋愛はのんびりになります。タグにあるように、主人公が恋をし出すのは後半です。 1/31 タイトル変更 破滅寸前→ゲーム開始直前

私は「あなたのために」生まれてきたわけではありませんのよ?~転生魔法師の異世界見聞録~公爵令嬢は龍と謳う。

まゆみ。
ファンタジー
今回は公爵令嬢に転生ですか。あ、でも子沢山の末っ子らしい。 ま、チートスキルがあるわけでもないし、普通の人生ですよって…え?ちょっと待って?番ですか?聖女ですか?花?なにそれ?……いやいやいや、記憶を『忘れない』で転生を繰り返してるだけの何の取り柄も無い私に、無理難題吹っかけないでくださいよ? 『忘れない』けど、思い出せない、このポンコツの私にどうしろと? ──3歳から始まる異世界見聞録。 龍にエルフに獣人に……その他もろもろ世界での目標は、成人まで生き延びる事。 出来れば長生きしたいんです。 ****** 3歳児から始るので、最初は恋愛的なものはありません。 70話くらいからちょこちょこと、それっぽくなる……と良いな。 表紙のキャラも70話以降での登場人物となります。 ****** 「R15」「残酷な描写あり」は保険です。 異世界→現代→異世界(今ココ)と転生してます。 小説家になろう。カクヨム。にも掲載しております。 挿絵というほどのものでは無いのですが、キャラのラフ画をいくつか載せていきたいと思っています。

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

完 モブ専転生悪役令嬢は婚約を破棄したい!!

水鳥楓椛
恋愛
 乙女ゲームの悪役令嬢、ベアトリス・ブラックウェルに転生したのは、なんと前世モブ専の女子高生だった!? 「イケメン断絶!!優男断絶!!キザなクソボケも断絶!!来い!平々凡々なモブ顔男!!」  天才で天災な破天荒主人公は、転生ヒロインと協力して、イケメン婚約者と婚約破棄を目指す!! 「さあこい!攻略対象!!婚約破棄してやるわー!!」  ~~~これは、王子を誤って攻略してしまったことに気がついていない、モブ専転生悪役令嬢が、諦めて王子のものになるまでのお話であり、王子が最オシ転生ヒロインとモブ専悪役令嬢が一生懸命共同前線を張って見事に敗北する、そんなお話でもある。~~~  イラストは友人のしーなさんに描いていただきました!!

前世は婚約者に浮気された挙げ句、殺された子爵令嬢です。ところでお父様、私の顔に見覚えはございませんか?

柚木崎 史乃
ファンタジー
子爵令嬢マージョリー・フローレスは、婚約者である公爵令息ギュスターヴ・クロフォードに婚約破棄を告げられた。 理由は、彼がマージョリーよりも愛する相手を見つけたからだという。 「ならば、仕方がない」と諦めて身を引こうとした矢先。マージョリーは突然、何者かの手によって階段から突き落とされ死んでしまう。 だが、マージョリーは今際の際に見てしまった。 ニヤリとほくそ笑むギュスターヴが、自分に『真実』を告げてその場から立ち去るところを。 マージョリーは、心に誓った。「必ず、生まれ変わってこの無念を晴らしてやる」と。 そして、気づけばマージョリーはクロフォード公爵家の長女アメリアとして転生していたのだった。 「今世は復讐のためだけに生きよう」と決心していたアメリアだったが、ひょんなことから居場所を見つけてしまう。 ──もう二度と、自分に幸せなんて訪れないと思っていたのに。 その一方で、アメリアは成長するにつれて自分の顔が段々と前世の自分に近づいてきていることに気づかされる。 けれど、それには思いも寄らない理由があって……? 信頼していた相手に裏切られ殺された令嬢は今世で人の温かさや愛情を知り、過去と決別するために奔走する──。 ※本作品は商業化され、小説配信アプリ「Read2N」にて連載配信されております。そのため、配信されているものとは内容が異なるのでご了承下さい。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

処理中です...