16 / 102
【第一章】 乙女ホラーゲームの悪役なんて願ってない!
第16話
しおりを挟む王子とウェンディとのランチを終え、さらに午後の授業が終わると、生徒たちは全員大講堂に集められた。
昨夜の事件についての話をするためだろう。
ざわつく生徒たちに、学園長が静かな声で事件の説明をした。
昨日の事件は、被害者の状態から見て人間ではなく新種の魔物の仕業である可能性が高いこと。
学園にも寮にも強固な結界が張られているため、外からの侵入は不可能なこと。
考えられるのは何者かが学園内で魔物を召喚したこと。
召喚魔法は膨大な魔力が必要なため生徒の犯行の可能性は低いこと。
女子寮内にも男子寮内にも魔物も不審者もいなかったこと。
……つまりは、ほとんど何も分からなかったということだ。
最後に校長がしばらくの間は生徒の独り歩きを禁じると告げて、集会は終わりとなった。
「お嬢様、もう戻られますか?」
「ええ。部活紹介が始まる前に、一度自室に戻るつもりよ」
「お部屋までお送りいたします。ヘアメイクも解かないといけませんので」
集会が終わると、大講堂の入り口ではナッシュが私を待っていた。
当然のように自分も女子寮の中に入ることを前提で話をしている。
「いいえ。ローズ様は私と一緒に女子寮へ行きますのでご心配なく」
するとどこからともなくやって来たジェーンが、ナッシュと私の間に入り込んだ。
なんだか既視感のある光景だ。
「お嬢様をお守りするのは私の役目です」
「これから行くのは女子寮です。私の方が適任です」
「あなたの細腕ではいざというときにローズ様を守れません」
「特進科に入れなかったということは、あなたの武術も大したことはないのだと思いますよ」
両者一歩も譲ろうとはしなかった。
というかジェーンはどうしてナッシュにだけはこうも当たりが厳しいのか。
普段からこの強気な態度を出していれば、いじめられることもないだろうに。
「三人で行けばいいじゃない」
これ以上険悪な雰囲気になる前に切り出した。
今日はやることがたくさんあるのに、こんなところで時間を使ってはいられない。
私は二人を置いて颯爽と歩きだした。慌てた二人が後からついてくる。
「確かにいざというときのことも考えなければならないわね」
前を向きながら、二人に向かって話しかける。
「ジェーンは夜になったら部屋から決して出ないようにしてちょうだい。昼間でもひとけの無い場所に行っては駄目よ」
「はい、仰せの通りに!」
私に心配されたことが嬉しかったのだろうジェーンが、明るい声で返事をした。
「あなたも……」
言いかけてやめた。
ナッシュは攻略対象だから殺されることは無いだろう。
「あなたは武器になるようなものを探して、今日中に私の部屋まで届けてちょうだい。ジェーンの分もお願いね」
「仰せの通りに」
ローズも悪役令嬢でありローズルートの主人公だから、ゲームの通りに進むなら途中で死ぬことは無いだろう。
だが私は今日、ゲームとは違う動きをするつもりだ。
その結果がどうなるのかは分からない。
ゲームの流れを無視することで、主人公補正が掛からなくなるかもしれない。
少なくとも身を守るための武器は必要だろう。
「あなたはここまでで結構よ」
女子寮についた途端にナッシュにそう告げると、当然のようにナッシュは食い下がった。
「お嬢様。昨日魔物が出たばかりですので、部屋に着くまでは……」
「私を部屋まで送り届ける時間が惜しいわ。早く武器を探して来てちょうだい」
しかし私にそう言われてしまうと断れなかったようで、ナッシュは名残惜しそうにしながら女子寮を後にした。
私の隣ではジェーンが勝ち誇ったような顔をしている。
「ねえ。どうしてあなたたちは仲が悪いの?」
「前にも言いましたが、私はローズ様にはエドアルド王子殿下とくっついてほしいのです。だからあの男は邪魔です」
バッサリと切り捨てるようにジェーンが言った。
「だいたい婚約相手のいるローズ様を、というか主人であるローズ様のことを、抱きしめるなんて! なんて羨ま……恨めしいのでしょう!」
今、羨ましいって言おうとしなかった?
……まあそれは置いておいて。
そういえば今朝ナッシュが暴走した現場にジェーンもいたのだった。
でもこの様子なら、ジェーンがあの件を誰かに言いふらすことはなさそうだ。
「あの男がローズ様のことを抱き締めたなんて話が王子殿下の耳に入ったらと思うと、不安で夜も眠れません!」
「あなたが言いふらさなければ平気よ」
「言いふらすものですか! 思い出しただけでも羨ましさで爆発しそうです。早くエドアルド王子殿下とローズ様の妄想で上書きしないと!」
「妄想って」
「……そうだ。エドアルド王子殿下が生徒会長の挨拶のときにローズ様に合図を送る妄想で上書きしよう。ラブラブな二人の間だけで通じる秘密の合図。王子殿下が髪を耳にかける仕草は『ローズ、愛しているよ』のサインで、ローズ様がウインクをしたら『私もよ』の合図。言葉にしなくても愛する二人は会話が出来るの!」
ジェーンは独り言を呟きながら遠い世界に行ってしまったようだった。
こんなに面白い子なら、ゲームでもジェーンを第一の被害者になんかしないでローズの友だちにすればよかったのに。
そんなことを考えているうちに自室に到着した。
まだ呟き続けているジェーンの肩を叩く。
「ねえジェーン。ナッシュが武器を持ってくるまでの間、私の部屋でお喋りして行かない?」
お喋りに誘われたジェーンは、予想通りに顔を綻ばせた。
それを了承と受け取った私は、ジェーンを部屋に招き入れてからドアの鍵を閉めた。
0
お気に入りに追加
139
あなたにおすすめの小説
王太子様には優秀な妹の方がお似合いですから、いつまでも私にこだわる必要なんてありませんよ?
木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるラルリアは、優秀な妹に比べて平凡な人間であった。
これといって秀でた点がない彼女は、いつも妹と比較されて、時には罵倒されていたのである。
しかしそんなラルリアはある時、王太子の婚約者に選ばれた。
それに誰よりも驚いたのは、彼女自身である。仮に公爵家と王家の婚約がなされるとしても、その対象となるのは妹だと思っていたからだ。
事実として、社交界ではその婚約は非難されていた。
妹の方を王家に嫁がせる方が有益であると、有力者達は考えていたのだ。
故にラルリアも、婚約者である王太子アドルヴに婚約を変更するように進言した。しかし彼は、頑なにラルリアとの婚約を望んでいた。どうやらこの婚約自体、彼が提案したものであるようなのだ。
剣ぺろ伝説〜悪役貴族に転生してしまったが別にどうでもいい〜
みっちゃん
ファンタジー
俺こと「天城剣介」は22歳の日に交通事故で死んでしまった。
…しかし目を覚ますと、俺は知らない女性に抱っこされていた!
「元気に育ってねぇクロウ」
(…クロウ…ってまさか!?)
そうここは自分がやっていた恋愛RPGゲーム
「ラグナロク•オリジン」と言う学園と世界を舞台にした超大型シナリオゲームだ
そんな世界に転生して真っ先に気がついたのは"クロウ"と言う名前、そう彼こそ主人公の攻略対象の女性を付け狙う、ゲーム史上最も嫌われている悪役貴族、それが
「クロウ•チューリア」だ
ありとあらゆる人々のヘイトを貯める行動をして最後には全てに裏切られてザマァをされ、辺境に捨てられて惨めな日々を送る羽目になる、そう言う運命なのだが、彼は思う
運命を変えて仕舞えば物語は大きく変わる
"バタフライ効果"と言う事を思い出し彼は誓う
「ザマァされた後にのんびりスローライフを送ろう!」と!
その為に彼がまず行うのはこのゲーム唯一の「バグ技」…"剣ぺろ"だ
剣ぺろと言う「バグ技」は
"剣を舐めるとステータスのどれかが1上がるバグ"だ
この物語は
剣ぺろバグを使い優雅なスローライフを目指そうと奮闘する悪役貴族の物語
(自分は学園編のみ登場してそこからは全く登場しない、ならそれ以降はのんびりと暮らせば良いんだ!)
しかしこれがフラグになる事を彼はまだ知らない
傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~
日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】
https://ncode.syosetu.com/n1741iq/
https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199
【小説家になろうで先行公開中】
https://ncode.syosetu.com/n0091ip/
働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。
地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?
【完結済】王女様の教育係 〜 虐げられ続けた元伯爵妻は今、王太子殿下から溺愛されています 〜
鳴宮野々花
恋愛
父であるクルース子爵が友人に騙されて背負った莫大な借金のために困窮し、没落も間近となったミラベルの実家。優秀なミラベルが隣のハセルタイン伯爵家の領地経営を手伝うことを条件に、伯爵家の嫡男ヴィントと結婚し、実家と領地に援助を受けることに。ところがこの結婚を嫌がる夫ヴィントは、ミラベルに指一本触れようとしないどころか、ハセルタイン伯爵一家は総出で嫁のミラベルを使用人同然に扱う。
夫ヴィントが大っぴらに女性たちと遊ぼうが、義理の家族に虐げられようが、全てはクルース子爵家のため、両親のためと歯を食いしばり、耐えるミラベル。
しかし数年が経ち、ミラベルの両親が事故で亡くなり、さらにその後ハセルタイン伯爵夫妻が流行り病で亡くなると、状況はますます悪化。爵位を継いだ夫ヴィントは、平民の愛人であるブリジットとともにミラベルを馬車馬のように働かせ、自分たちは浪費を繰り返すように。順風満帆だったハセルタイン伯爵家の家計はすぐに逼迫しはじめた。その後ヴィントはミラベルと離婚し、ブリジットを新たな妻に迎える。正真正銘、ただの使用人となったミラベル。
ハセルタイン伯爵家のためにとたびたび苦言を呈するミラベルに腹を立てたヴィントは、激しい暴力をふるい、ある日ミラベルは耳に大怪我を負う。ミラベルはそれをきっかけにハセルタイン伯爵家を出ることに。しかし行くあてのないミラベルは、街に出ても途方に暮れるしかなかった。
ところがそこでミラベルは、一人の少女がトラブルに巻き込まれているところに出くわす。助けに入ったその相手は、実はこのレミーアレン王国の王女様だった。後日王宮に招かれた時に、ミラベルの片耳が聞こえていないことに気付いた王太子セレオンと、王女アリューシャ。アリューシャを庇った時に負った傷のせいだと勘違いする二人に、必死で否定するミラベル。けれどセレオン王太子の強い希望により、王宮に留まり手当を受けることに。
王女アリューシャはミラベルをことのほか気に入り、やがてミラベルは王女の座学の教育係に任命され、二人の間には徐々に信頼関係が芽生えはじめる。そして王太子セレオンもまた、聡明で前向きなミラベルに対して、特別な感情を抱くように……。
しかし新しい人生を進みはじめたミラベルのことを、追い詰められた元夫ヴィントが執拗に探し続け──────
※いつもの緩い設定の、作者独自の世界のお話です。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
引退したオジサン勇者に子供ができました。いきなり「パパ」と言われても!?
リオール
ファンタジー
俺は魔王を倒し世界を救った最強の勇者。
誰もが俺に憧れ崇拝し、金はもちろん女にも困らない。これぞ最高の余生!
まだまだ30代、人生これから。謳歌しなくて何が人生か!
──なんて思っていたのも今は昔。
40代とスッカリ年食ってオッサンになった俺は、すっかり田舎の農民になっていた。
このまま平穏に田畑を耕して生きていこうと思っていたのに……そんな俺の目論見を崩すかのように、いきなりやって来た女の子。
その子が俺のことを「パパ」と呼んで!?
ちょっと待ってくれ、俺はまだ父親になるつもりはない。
頼むから付きまとうな、パパと呼ぶな、俺の人生を邪魔するな!
これは魔王を倒した後、悠々自適にお気楽ライフを送っている勇者の人生が一変するお話。
その子供は、はたして勇者にとって救世主となるのか?
そして本当に勇者の子供なのだろうか?
【完結】地味令嬢の願いが叶う刻
白雨 音
恋愛
男爵令嬢クラリスは、地味で平凡な娘だ。
幼い頃より、両親から溺愛される、美しい姉ディオールと後継ぎである弟フィリップを羨ましく思っていた。
家族から愛されたい、認められたいと努めるも、都合良く使われるだけで、
いつしか、「家を出て愛する人と家庭を持ちたい」と願うようになっていた。
ある夜、伯爵家のパーティに出席する事が認められたが、意地悪な姉に笑い者にされてしまう。
庭でパーティが終わるのを待つクラリスに、思い掛けず、素敵な出会いがあった。
レオナール=ヴェルレーヌ伯爵子息___一目で恋に落ちるも、分不相応と諦めるしか無かった。
だが、一月後、驚く事に彼の方からクラリスに縁談の打診が来た。
喜ぶクラリスだったが、姉は「自分の方が相応しい」と言い出して…
異世界恋愛:短編(全16話) ※魔法要素無し。
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
没落した元名門貴族の令嬢は、馬鹿にしてきた人たちを見返すため王子の騎士を目指します!
日之影ソラ
ファンタジー
かつては騎士の名門と呼ばれたブレイブ公爵家は、代々王族の専属護衛を任されていた。
しかし数世代前から優秀な騎士が生まれず、ついに専属護衛の任を解かれてしまう。それ以降も目立った活躍はなく、貴族としての地位や立場は薄れて行く。
ブレイブ家の長女として生まれたミスティアは、才能がないながらも剣士として研鑽をつみ、騎士となった父の背中を見て育った。彼女は父を尊敬していたが、周囲の目は冷ややかであり、落ちぶれた騎士の一族と馬鹿にされてしまう。
そんなある日、父が戦場で命を落としてしまった。残されたのは母も病に倒れ、ついにはミスティア一人になってしまう。土地、お金、人、多くを失ってしまったミスティアは、亡き両親の想いを受け継ぎ、再びブレイブ家を最高の騎士の名家にするため、第一王子の護衛騎士になることを決意する。
こちらの作品の連載版です。
https://ncode.syosetu.com/n8177jc/
【完結】結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが
Rohdea
恋愛
結婚式の当日、花婿となる人は式には来ませんでした───
伯爵家の次女のセアラは、結婚式を控えて幸せな気持ちで過ごしていた。
しかし結婚式当日、夫になるはずの婚約者マイルズは式には現れず、
さらに同時にセアラの二歳年上の姉、シビルも行方知れずに。
どうやら、二人は駆け落ちをしたらしい。
そんな婚約者と姉の二人に裏切られ惨めに捨てられたセアラの前に現れたのは、
シビルの婚約者で、冷酷だの薄情だのと聞かされていた侯爵令息ジョエル。
身勝手に消えた姉の代わりとして、
セアラはジョエルと新たに婚約を結ぶことになってしまう。
そして一方、駆け落ちしたというマイルズとシビル。
二人の思惑は───……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる