上 下
8 / 102
【第一章】 乙女ホラーゲームの悪役なんて願ってない!

第8話

しおりを挟む

「うわあ! ローズ様が私と同じ寮で暮らしているなんて信じられませんでしたが、これなら納得です!」

 私の部屋に来たジェーンは、まず部屋の大きさを見て驚きの声を上げていた。
 同じ寮とはいえ用意されている部屋には差がある。その差はもちろん上納金の差だ。

「すごいです! お部屋の中にトイレもバスタブもあります! これなら部屋から出ないでも暮らせますよ!?」

 だからこそジェーンを私の部屋に呼んだのだ。

 原作ゲームをプレイしているから、多くの生徒が暮らす寮の部屋の構造については知っている。
 彼女たちの部屋にはトイレもバスタブも無かった。きっとジェーンの部屋もそういった作りだろう。
 それではジェーンが夜中に出歩いてしまう可能性が高まる。特にトイレは本人の意志とは関係なく行きたくなってしまうものだから危険だ。
 だからと言って部屋にバケツを置いてその中でしろとも言えない。
 たとえ万が一その場では了承したとしても、実際にはこっそり部屋を抜け出してトイレに向かうに違いない。

 だったらいっそ、トイレがついている私の部屋に招いた方が良い。

 ジェーンのトイレ問題に頭を悩ませていたなどという話を本人にしない程度の配慮は出来るので、ジェーンはこのことを知らないし、今後も知ることはないだろう。

「ハッ!? ご挨拶が遅くなり申し訳ございません! 今日はお泊まり会にお招きくださってありがとうございました」

 私が自分のトイレ問題を心配しているなどとは露ほども思っていないだろうジェーンが深々と頭を下げた。

「固くならないで。今日はお友だち同士のお泊まり会よ。もっと気楽にしてちょうだい」

「お友だち同士……!」

 ジェーンは私の言葉を噛み締めるように繰り返した。
 他人のことは言えないが、この子も友だちがいないタイプのようだ。

「夜食も頼んでおいたから、一緒に食べながらお泊まり会をしましょう」

「夜食を食べてもいいのですか!? お泊まり会って最高ですね!」

 部屋に来るまでは「ローズ様のお部屋は高貴過ぎて目が潰れてしまいます」と、またわけの分からないことを言っていたジェーンだったが、大きな部屋にテンションが上がりすぎてそのことを忘れてしまっているようだ。

 なにはともあれ。
 このままジェーンを部屋から出さずに朝を迎えればミッションコンプリートだ。


「あの、ローズ様。実は私、お泊まり会で憧れていたことがありまして」

 ジェーンがおずおずと切り出した。目を合わせて話の続きを促す。

「お泊まり会では、恋バナをするものらしいのです」

 恋バナ。
 恋の話のことだろう。
 そうは言われても、異世界転生初日に恋の話などあるわけがない。

 というか、まだ初日なのか。
 元の世界でほぼ会社と家との往復しかしていなかった私と比べて、なんて一日が濃いのだろう。

「私と恋バナ、してもらえますか?」

「もちろんいいわよ。ジェーンは誰か好きな人がいるの?」

 問われたジェーンは顔を真っ赤にした。なんとも初心で可愛らしい。

「好きと言っても私がその方々とどうこうなろうと言うのではなくて、一方的にかっこいいなと思っているだけです。こう、その方々が幸せになるのを応援したいと申しますか」

 なるほど。現代で言うアイドルとファンのような関係性ということか。
 ……ん? その方々って、複数形?

「好きな相手は一人ではないの?」

「気が多くて申し訳ございません」

「いえ、別に責めているわけではないわ」

 責めるはずがない。
 なぜなら私は、乙女ゲームをする際には攻略対象全員とのエンディングを見る派だから。
 もちろん『死花の二重奏』でも全員分のエンディングを見ている。
 予算の問題なのか、ローズルートでプレイしても彼らの別パターンのスチルイラストやボイスがあるわけではないという情報を入手していたため、ウェンディルートのみでしかプレイしていない。何より原作のローズは嫌いだし。

「好きな相手が何人もいるなんて、おかしいですかね?」

「そんなことはないわ。ただ気になっただけよ。まだ入学初日なのに何人も好きな人を見つけられるのか、ってね」

 私はまだナッシュ以外の攻略対象とは一言も話してすらいない。
 ジェーンはいつの間にそんなに好きな相手を見つけたのだろう、と素朴な疑問を持っただけだ。

「前にも少しお話ししましたが、私はこの学園の中等部に通っていましたので、目立つ方々のことはすでに知っているのです。それに昨年卒業してしまいましたが、高等部には姉が通っていたので、たまに潜り込ませてもらっていまして……ここだけの話ですが」

 なるほど。これは学園の警備体制に問題がありそうだ。セキュリティが緩々なのは女子寮だけではなかった。
 さすがにこの国の第二王子であるエドアルド王子の周辺警備は万全だと信じたいが。

 私の懸念をよそにジェーンは目をキラキラとさせていた。

「やっぱり一番目を引くのはエドアルド王子殿下ですよね!」

 ジェーンは両手を握りしめて祈るようなポーズをしている。

「輝く金髪に海のような青い目。白馬が似合いそうです」

 言いながらうっとりとしていたジェーンが、いきなり私の両手を握ってきた。

「どうしたの?」

「ローズ様。王子殿下の婚約者がローズ様だという噂を耳にしたのですが、本当ですか!?」

「え、ええ。そういうことになっているわね」

 まだ『私』自身は一度も会話を交わしてはいないけど。
 関係上は婚約者だ。

「キャーッ! お似合いすぎます。人形のように美しいローズ様がエドアルド王子殿下のお隣に並んだら、それだけで絵画になります!」

 ジェーンは両手で顔面を押さえながら見悶えているが、だらしなく緩んだ口元が隠しきれていない。
 表情豊かで見ていて飽きない子だ。

「確かに王子殿下は人目を引く容姿をしているわね。声も透き通っていて聞き取りやすいし」

 なにせ原作ゲームではボイスに人気声優を起用している。
 人気なだけあって、聞き取りやすく耳が心地良い。
 キャライラストという名の顔面だって極上だ。
 『私』が好きでもないホラーゲームをパッケージ買いする程に整っている。

「この学園に美術部はありますかね!? お二人の並んでいる絵を描いてくれるのなら私、言い値で買います!」

「ふふっ。絵じゃなくて、直接見ればいいじゃない」

「……! 並んでくださるのですか!?」

「まあ、機会があったら」

 私の曖昧な応えにジェーンは希望を見出したらしく、輝いていた目をさらに大きく見開いて輝かせた。

「私、全力でお二人を応援します! 今日から私は、エドアルド王子殿下×ローズ様の過激派になりますね!!」

「過激派って」

「他の相手なんて考えられません! もちろんローズ様のお気持ちが一番ですが、それ以外のことで二人の仲を引き裂くような行為は私が許しません! 二人を邪魔する悪い虫は私が排除してみせます!」

 戸惑う私をよそに、ジェーンはよく分からないやる気の炎を燃やしていた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子様には優秀な妹の方がお似合いですから、いつまでも私にこだわる必要なんてありませんよ?

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるラルリアは、優秀な妹に比べて平凡な人間であった。 これといって秀でた点がない彼女は、いつも妹と比較されて、時には罵倒されていたのである。 しかしそんなラルリアはある時、王太子の婚約者に選ばれた。 それに誰よりも驚いたのは、彼女自身である。仮に公爵家と王家の婚約がなされるとしても、その対象となるのは妹だと思っていたからだ。 事実として、社交界ではその婚約は非難されていた。 妹の方を王家に嫁がせる方が有益であると、有力者達は考えていたのだ。 故にラルリアも、婚約者である王太子アドルヴに婚約を変更するように進言した。しかし彼は、頑なにラルリアとの婚約を望んでいた。どうやらこの婚約自体、彼が提案したものであるようなのだ。

剣ぺろ伝説〜悪役貴族に転生してしまったが別にどうでもいい〜

みっちゃん
ファンタジー
俺こと「天城剣介」は22歳の日に交通事故で死んでしまった。 …しかし目を覚ますと、俺は知らない女性に抱っこされていた! 「元気に育ってねぇクロウ」 (…クロウ…ってまさか!?) そうここは自分がやっていた恋愛RPGゲーム 「ラグナロク•オリジン」と言う学園と世界を舞台にした超大型シナリオゲームだ そんな世界に転生して真っ先に気がついたのは"クロウ"と言う名前、そう彼こそ主人公の攻略対象の女性を付け狙う、ゲーム史上最も嫌われている悪役貴族、それが 「クロウ•チューリア」だ ありとあらゆる人々のヘイトを貯める行動をして最後には全てに裏切られてザマァをされ、辺境に捨てられて惨めな日々を送る羽目になる、そう言う運命なのだが、彼は思う 運命を変えて仕舞えば物語は大きく変わる "バタフライ効果"と言う事を思い出し彼は誓う 「ザマァされた後にのんびりスローライフを送ろう!」と! その為に彼がまず行うのはこのゲーム唯一の「バグ技」…"剣ぺろ"だ 剣ぺろと言う「バグ技」は "剣を舐めるとステータスのどれかが1上がるバグ"だ この物語は 剣ぺろバグを使い優雅なスローライフを目指そうと奮闘する悪役貴族の物語 (自分は学園編のみ登場してそこからは全く登場しない、ならそれ以降はのんびりと暮らせば良いんだ!) しかしこれがフラグになる事を彼はまだ知らない

傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~

日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】 https://ncode.syosetu.com/n1741iq/ https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199 【小説家になろうで先行公開中】 https://ncode.syosetu.com/n0091ip/ 働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。 地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?

【完結済】王女様の教育係 〜 虐げられ続けた元伯爵妻は今、王太子殿下から溺愛されています 〜

鳴宮野々花
恋愛
 父であるクルース子爵が友人に騙されて背負った莫大な借金のために困窮し、没落も間近となったミラベルの実家。優秀なミラベルが隣のハセルタイン伯爵家の領地経営を手伝うことを条件に、伯爵家の嫡男ヴィントと結婚し、実家と領地に援助を受けることに。ところがこの結婚を嫌がる夫ヴィントは、ミラベルに指一本触れようとしないどころか、ハセルタイン伯爵一家は総出で嫁のミラベルを使用人同然に扱う。  夫ヴィントが大っぴらに女性たちと遊ぼうが、義理の家族に虐げられようが、全てはクルース子爵家のため、両親のためと歯を食いしばり、耐えるミラベル。  しかし数年が経ち、ミラベルの両親が事故で亡くなり、さらにその後ハセルタイン伯爵夫妻が流行り病で亡くなると、状況はますます悪化。爵位を継いだ夫ヴィントは、平民の愛人であるブリジットとともにミラベルを馬車馬のように働かせ、自分たちは浪費を繰り返すように。順風満帆だったハセルタイン伯爵家の家計はすぐに逼迫しはじめた。その後ヴィントはミラベルと離婚し、ブリジットを新たな妻に迎える。正真正銘、ただの使用人となったミラベル。  ハセルタイン伯爵家のためにとたびたび苦言を呈するミラベルに腹を立てたヴィントは、激しい暴力をふるい、ある日ミラベルは耳に大怪我を負う。ミラベルはそれをきっかけにハセルタイン伯爵家を出ることに。しかし行くあてのないミラベルは、街に出ても途方に暮れるしかなかった。  ところがそこでミラベルは、一人の少女がトラブルに巻き込まれているところに出くわす。助けに入ったその相手は、実はこのレミーアレン王国の王女様だった。後日王宮に招かれた時に、ミラベルの片耳が聞こえていないことに気付いた王太子セレオンと、王女アリューシャ。アリューシャを庇った時に負った傷のせいだと勘違いする二人に、必死で否定するミラベル。けれどセレオン王太子の強い希望により、王宮に留まり手当を受けることに。  王女アリューシャはミラベルをことのほか気に入り、やがてミラベルは王女の座学の教育係に任命され、二人の間には徐々に信頼関係が芽生えはじめる。そして王太子セレオンもまた、聡明で前向きなミラベルに対して、特別な感情を抱くように……。  しかし新しい人生を進みはじめたミラベルのことを、追い詰められた元夫ヴィントが執拗に探し続け────── ※いつもの緩い設定の、作者独自の世界のお話です。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

引退したオジサン勇者に子供ができました。いきなり「パパ」と言われても!?

リオール
ファンタジー
俺は魔王を倒し世界を救った最強の勇者。 誰もが俺に憧れ崇拝し、金はもちろん女にも困らない。これぞ最高の余生! まだまだ30代、人生これから。謳歌しなくて何が人生か! ──なんて思っていたのも今は昔。 40代とスッカリ年食ってオッサンになった俺は、すっかり田舎の農民になっていた。 このまま平穏に田畑を耕して生きていこうと思っていたのに……そんな俺の目論見を崩すかのように、いきなりやって来た女の子。 その子が俺のことを「パパ」と呼んで!? ちょっと待ってくれ、俺はまだ父親になるつもりはない。 頼むから付きまとうな、パパと呼ぶな、俺の人生を邪魔するな! これは魔王を倒した後、悠々自適にお気楽ライフを送っている勇者の人生が一変するお話。 その子供は、はたして勇者にとって救世主となるのか? そして本当に勇者の子供なのだろうか?

【完結】地味令嬢の願いが叶う刻

白雨 音
恋愛
男爵令嬢クラリスは、地味で平凡な娘だ。 幼い頃より、両親から溺愛される、美しい姉ディオールと後継ぎである弟フィリップを羨ましく思っていた。 家族から愛されたい、認められたいと努めるも、都合良く使われるだけで、 いつしか、「家を出て愛する人と家庭を持ちたい」と願うようになっていた。 ある夜、伯爵家のパーティに出席する事が認められたが、意地悪な姉に笑い者にされてしまう。 庭でパーティが終わるのを待つクラリスに、思い掛けず、素敵な出会いがあった。 レオナール=ヴェルレーヌ伯爵子息___一目で恋に落ちるも、分不相応と諦めるしか無かった。 だが、一月後、驚く事に彼の方からクラリスに縁談の打診が来た。 喜ぶクラリスだったが、姉は「自分の方が相応しい」と言い出して…  異世界恋愛:短編(全16話) ※魔法要素無し。  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆ 

没落した元名門貴族の令嬢は、馬鹿にしてきた人たちを見返すため王子の騎士を目指します!

日之影ソラ
ファンタジー
 かつては騎士の名門と呼ばれたブレイブ公爵家は、代々王族の専属護衛を任されていた。 しかし数世代前から優秀な騎士が生まれず、ついに専属護衛の任を解かれてしまう。それ以降も目立った活躍はなく、貴族としての地位や立場は薄れて行く。  ブレイブ家の長女として生まれたミスティアは、才能がないながらも剣士として研鑽をつみ、騎士となった父の背中を見て育った。彼女は父を尊敬していたが、周囲の目は冷ややかであり、落ちぶれた騎士の一族と馬鹿にされてしまう。  そんなある日、父が戦場で命を落としてしまった。残されたのは母も病に倒れ、ついにはミスティア一人になってしまう。土地、お金、人、多くを失ってしまったミスティアは、亡き両親の想いを受け継ぎ、再びブレイブ家を最高の騎士の名家にするため、第一王子の護衛騎士になることを決意する。 こちらの作品の連載版です。 https://ncode.syosetu.com/n8177jc/

【完結】結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが

Rohdea
恋愛
結婚式の当日、花婿となる人は式には来ませんでした─── 伯爵家の次女のセアラは、結婚式を控えて幸せな気持ちで過ごしていた。 しかし結婚式当日、夫になるはずの婚約者マイルズは式には現れず、 さらに同時にセアラの二歳年上の姉、シビルも行方知れずに。 どうやら、二人は駆け落ちをしたらしい。 そんな婚約者と姉の二人に裏切られ惨めに捨てられたセアラの前に現れたのは、 シビルの婚約者で、冷酷だの薄情だのと聞かされていた侯爵令息ジョエル。 身勝手に消えた姉の代わりとして、 セアラはジョエルと新たに婚約を結ぶことになってしまう。 そして一方、駆け落ちしたというマイルズとシビル。 二人の思惑は───……

処理中です...