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【第一章】 乙女ホラーゲームの悪役なんて願ってない!
第4話
しおりを挟む入学式はゲームと同じく学園内にある大講堂で行われていた。
ただしゲームと違うのは。
「大講堂のドアを開けると同時に、お嬢様は私を盾にしつつ飛び出して生徒の列に紛れてください。そうすれば私が一人で来たように見えますので」
入学式に遅刻をしていることだ。
大講堂の前で、私とナッシュはこっそり入学式に紛れ込むための打ち合わせをしている。
大講堂の近くを掃除している用務員が何事かとこちらを見ているが、ナッシュは全く気にしていないようだ。
その用務員が攻略対象であるセオのため、私としては彼のことがとても気になるのだが、さすがに今が接触すべきタイミングではないことくらい理解している。
長い髪を後ろで一つに束ねた用務員のセオは、私たちが不審者ではなく、ただの入学式に遅刻している生徒であり危険性は無いと判断したのだろう。再び大講堂周りの掃き掃除に精を出し始めた。
「お嬢様、準備はよろしいですか?」
セオに釘付けになっている私の耳元でナッシュが囁いた。
耳元での囁きは乙女ゲームあるあるだ。
彼がきちんと乙女ゲームの攻略対象をやっていて感心してしまう。
「え、ええ。でももう出席を取っている気がするわ」
「取っていない可能性もあります」
ナッシュが謎のポジティブシンキングを発揮しているが、そう上手く行くだろうか。
「だから適当でいいって言ったのに」
完璧に整えられた自身の髪を軽く触りながら呟いた。
「ナミュリー家を背負うお嬢様が適当なヘアメイクで入学式に参加するなんて、そんなことはあってはいけないのです」
「その代わりに遅刻してるけどね」
ちなみに遅刻の原因の大部分は私だ。
制服を着るのに手間取ってしまったのだ。
会社ではネクタイを締めることが無く、かと言ってネクタイを締めてあげる相手もいなかった。
そのため高校生の頃には締められていたはずのネクタイの結び方をすっかり忘れてしまっていたのだ。
ナッシュがネクタイを締めると申し出てくれたものの、どうにも悔しくて自分で出来るまで頑張った。
その結果、ヘアメイクの時間が大幅に削られてしまった。
時間が無いからヘアメイクはいらないと言ったが、それはナッシュに許されなかった。
彼曰く、公爵令嬢がヘアメイクの一つもせずに入学式に出ては舐められるらしい。
そんなことをせずともローズの美しさなら舐められはしないと、そもそも公爵令嬢の時点で舐められることは無いと説得したが、駄目だった。
ナッシュは意外と頑固だ。
「いちにのさん、で行きますよ」
ナッシュは大講堂のドアに手をかけると、私に向かって告げた。私はそれに一つ頷く。
「いちにの、さん!」
ナッシュはサッとドアを開けると、これまたサッとドアを閉めた。
私は打ち合わせ通りに、ナッシュを盾にして死角になるように彼とドアの隙間から抜けて生徒の列へと潜り込んだ。
先生に見つかったナッシュは、小言を言われながら普通科の生徒の列へと連れて行かれた。
この学園には特進科と普通科の二つの学科がある。
普通科は書いて字のごとく普通の学科だ。
対して特進科は、普通科の生徒と比べて何か一つでも秀でたものがある生徒たちが集められる。
ローズは他の生徒たちと比べて魔力量が格段に多い。
攻略対象の一人であるルドガーは剣術で誰にも負けない。そしてウェンディは聖力が使える。
「ローズ様、こっちです!」
声のする方を見ると、ジェーンが手招きをしていた。
どうやらジェーンも特進科のようだ。生徒をかき分けながらジェーンの隣へと進む。
「これから生徒会長の挨拶ですよ。間に合って良かったですね」
ジェーンは誰もが生徒会長の挨拶を心待ちにしていると言いたげだ。
事実、『私』も楽しみではあったのだが。
生徒会長が舞台上に登場すると、どこからともなく黄色い声が上がった。
生徒会長がその声に手を振ると、一層黄色い声が上がった。
まるでアイドルのステージのようだが、気持ちは分かる。
輝く金髪にキリッとした青い目、光という光を反射しそうな白い歯は、まるで絵本に出てくる王子様そのものだ。
そして何を隠そう生徒会長は本当にこの国の第二王子である。
「こんなに近くから生徒会長が見られるなんて。噂に違わず美しい方ですね」
「そうね」
ジェーンの言葉を素直に肯定した。
彼は、イケメン揃いの攻略対象の中でも群を抜いて私好みの顔立ちだった。
もちろん攻略対象は全員顔がいいのだが、王子様らしい顔立ちの彼に一目惚れした私は、彼目当てでゲームを始めたと言っても過言ではない。
「でももう婚約相手がいるらしいですよ。生徒会長の婚約相手になれるなんて羨ましいです」
その羨ましい婚約相手がローズである。つまり、私。
まあ、そのうち婚約破棄されるが。
『みんな、入学おめでとう。生徒会長のエドアルド・フォン・ジャルディンだ。さて、君たちはこれからこの学園で様々なことを学ぶことだろう。しかし学びというのは挫折と隣り合わせだ。だが安心するといい。この学園には君たちを支えてくれる頼もしい先生方がいる。大船に乗ったつもりで存分に学びたまえ』
エドアルド王子はハキハキとした声でそう告げると、一礼をして舞台から降りた。
生徒の数が多いから仕方がないけれど、エドアルド王子と一切目が合わなかったことは残念だった。
もしかしたら、と思ったのだが。
「ローズ様。私、すごいことに気付いちゃいました。あの方が生徒会長ということは、あの方が生徒会長ということですよ!」
「……何を言っているの?」
「ですから、あの方が生徒会長ということは、これから生徒会長が行なう挨拶には、全てあの生徒会長が出てくるということですよ!?」
「その通りだけど、少し落ち着きましょうか」
「この学園に通っていたら目が溶けちゃうかもしれません」
ジェーンはエドアルド王子が舞台上から消えてからも、入学式が終わるまで目を蕩けさせていた。
* * *
エドアルド王子の挨拶以外は平凡で退屈な入学式が終わると、生徒たちはそれぞれのクラスに集められた。
入学式では人が多すぎて気付かなかったが、特進科クラスにはウェンディとルドガーもいた。
ウェンディとルドガーはお互いを見つけて驚き合っている。
「ルドガーなの!?」
「ウェンディって、あのウェンディか!?」
「あなたが町から離れてから連絡が取れなくなって心配してたのよ。元気にしてた?」
「売られた喧嘩を全部買うくらいには元気だぜ」
ゲームの設定では二人は幼馴染だ。
二人は小さい頃にはよく一緒に遊んでいたが、ルドガーが養子に出されて家を離れてからは全く会っていなかった。
それがこの学園で十年振りの再会だ。驚きもするだろう。
金色のウェーブがかった髪にピンク色の大きな目をした可愛らしいウェンディと、短く切り揃えられた髪のワイルド系イケメンであるルドガーは、生徒たちの目を引いていた。
一人ずつでさえ目立つ容姿の二人が一緒にいるのだから、当然と言えば当然だろう。
「ローズ様の他にもあんなに華やかな人がいるなんて。私、場違いなクラスに来てしまったみたいです」
ジェーンが下がり気味の眉をますます下げながら呟いた。
「あなたもこのクラスに選ばれたのだから、自信を持ちなさい」
「いいえ。私はただ勉強が出来るだけですから」
「すごいことじゃない」
「やろうと思えば誰でも出来ますよ。勉強なんて」
聞き方によっては煽りに聞こえる発言だが、華やかなウェンディたちに圧倒されているジェーンは自分を卑下して今の言葉を発したのだろう。
「大丈夫よ。ジェーンも可愛いから」
本心からそう言うと、ジェーンは私の目に映る自分の姿を見て顔を赤らめた。
「私はそばかすがいっぱいあって、ローズ様みたいな綺麗なお顔ではありません」
「あら。私の発言を嘘だと言うの?」
私が首を傾げながら問いかけると、ジェーンは、滅相もございません!と慌てだした。
こういうところがジェーンの可愛らしいところだと思う。
「けれど、その、華やかな方々に比べると私なんて」
「私を誰だと思っているの? 私が可愛いと言ったら可愛いのよ」
「私が、可愛い……ですか?」
「可愛いわ。あなたの嫌うそばかすは、私から見ればチャーミングよ。それに笑顔はお日様のようだわ」
そう言いながらジェーンの頭を撫でると、ジェーンは尻尾を振る犬のように嬉しそうな顔を私に向けてきた。
「そんなことを言われたのは生まれてはじめてです!」
「ジェーンの周りは見る目が無いのね」
「私、ローズ様に一生ついていきます!」
私も、彼女だけは絶対に守らないと。
私がそう決意したところで、担任の教師が教室に入ってきた。
「みなさん、入学おめでとうございます。これからこの学園で、座学も魔法も剣術も大いに学んでくださいね。さっそく今日から……と言いたいところですが、今日は自己紹介をして解散となります」
担任に促されて教室の端から自己紹介をしていく。
それぞれが名前と得意なことを発表している。
この得意なことが特進科クラスに入学できた理由であり、誇らしい能力なのだろう。
「俺はルドガーだ。得意なことは剣術だな。この中の誰にも負ける気がしねえ。剣を使わない喧嘩でも負ける気はしねえけど」
「ウェンディです。得意なことは……正直、なぜこの特進科クラスに選ばれたのか分かりません。平民ですし。ですがこれから精一杯頑張りますので、よろしくお願いします!」
ゲームの設定でも入学当初はウェンディがなぜ特進科クラスに選ばれたのかは分からない状態だった。
入学テストを受ける時点で判明しているはずだろうとツッコミたくもなるが、後々起こるウェンディに聖力があることが知れ渡るイベントを際立たせるためかもしれない。
ふと気付くと私の番になっていた。
第一印象で舐められてはいけないと、ゲームのローズを思い出しながら優雅かつ無表情で自己紹介をする。
「私の名は、ローズ・ナミュリー。得意なことは魔法。以上」
教室内がざわつく気配がした。
ローズが公爵令嬢だからなのか、不気味な『黒薔薇の令嬢』だからなのか。
一方で担任はそんなことは気にも留めていないとでも言うように、次の人に自己紹介をさせていた。
そして全員の自己紹介が終わったのを見届けた担任はパンと手を叩いた。
「ではみなさん、これで本日は解散です。帰ったら明日からの授業に備えてしっかり準備をしてきてくださいね」
担任はそう言ったが、明日の授業が予定通りに行われないことを私は知っている。
なぜなら今夜、第一の事件が起こるのだから。
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