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5 愛の名のもとに
しおりを挟む死んだと思った私が目を覚ますと、森から最初の魔物がやってくるよりも前の時間軸に戻っていた。
私も、周りの人たちも、その頃と寸分変わらぬ姿をしている。
「巻き戻った……の?」
ふと今の自分は聖力が使えるのかと思い念じてみると、手からは聖力が溢れ出た。
前回の私は、この頃には聖力を全く使えなかったはずなのに。
使えるどころか、王宮で聖女の仕事をバリバリこなしていた頃と同等の出力だった。
「能力は引き継がれる……?」
なぜ時間を遡ったのか、なぜ前回の記憶があるのか、なぜ能力が引き継がれたのか。
分からないことだらけだが、せっかく得た命なので私は精一杯生きることにした。
それに上手く立ち回れば、前回助けられなかった人も助けられると思ったのだ。
予想通り、前回と同じ時間、同じ場所に、魔物の群れが現れた。
現場で待機していた私は、すぐに聖力を使って魔物たちを浄化した。
浄化しきれなかった魔物が町に逃げ込んだが、町に入ったのがたった数匹の魔物だったこともあり、すぐに警備兵たちによって退治された。
前回多くの犠牲者を出したこの事件は、数人の兵士が怪我をしただけであまりにも呆気なく片付いた。
私の浄化を見ていた者の証言によって、私は王城へと招かれ、また王城で暮らしつつ聖女の仕事をこなすことになった。
そして前回と同様に、私はルーベンと恋に落ちた。
「…………ということがありました。そして死んだと思った私は、気付くと時間を遡っていたのです。信じられない話だとは思いますが、愛しているからこそあなたには伝えておきたかったのです」
ルーベンと深い仲になった私は、創作だと笑われる覚悟をしながらも、前回の人生のことをルーベンに伝えた。
しかしルーベンは私の話を笑うことはなかった。
「俺は、あなたを信じます」
「こんな嘘のような話なのに、信じていただけるのですか?」
「はい。あなたは奇跡の力を持つ聖女です。時間を遡ることだって不可能ではないのかもしれません。それにあなた自身の力ではなくても、世界の何かが聖女を必要としたのかもしれません」
時間を遡ることが自分の力によるものだとは思えなかったが、なるほど。
私が死ぬことを望まない世界が、私を生かすために時間を遡らせたという考え方もあるのか。
「時間を遡った理由ははっきりしませんが……どうしたらいいのでしょう」
「他国があなたを狙う件、ですよね」
聖女は、魔物を浄化したり結界を張ったりすることができるが、存在価値はそれだけではない。
むしろこちらの方が重要かもしれない。
聖女が存在するだけで、その国の水は枯れず、太陽が作物を照らし、その他の自然災害も起こらない。
どこの国も何とかして自国に欲しい逸材なのだ。
「他国からの兵を迎え撃つにしても、一斉に攻め入られたのでは限界があります。どうすればいいのでしょうか」
「あなたが死んだことにすればいいのです」
物騒な言葉に驚いてルーベンを見ると、ルーベンはいつもと同じ輝く笑顔を浮かべていた。
「死んだことに、ですか?」
「そうです。聖女が死んだとなれば、他国が攻めてくることもないでしょう」
王城の火事は、他国が聖女を奪うためにやったことだった。
それなら聖女が王城にいないことにすればいい。
なるほど、理に適っている。
……しかし、果たしてそんなことが可能なのだろうか。
「結界を張りに行ったり魔物を浄化するところを、誰にも見られないようにするのは難しいと思います」
「行かなければいいのです」
「…………え?」
自分の聞き間違いかと思った私に、ルーベンはもう一度告げた。
「結界を張りにも、魔物を浄化しにも、行かなければいいのです」
結界も張らず魔物も浄化しない?
聖女なのに?
「それでは魔物が町に入ってしまいます」
「魔物が出る時間と場所は分かっているのでしょう? そこへ兵士を向かわせれば問題はありません」
「ですが、私は一年半ほどの分しか、どこにどういった魔物が出るのかを知りません」
「ではそれまでに多数の兵士を育てておきましょう」
ルーベンは笑顔のままだが、有無を言わせない圧を感じる。
「兵士が魔物を討伐するのでは、兵士に犠牲が出てしまいます。私が聖力を使えば……」
「必要ありません」
ルーベンが私の腕を掴んだ。
優しくではなく、拘束するように、力強く。
「国民よりも、俺の方があなたを必要としています」
「ルーベン様……ですが、それでは国が……」
「あなたは永遠に、俺のことだけを見ていればいい」
そう言ったルーベンは、器用に片手で引き出しから取り出した小瓶の中身をハンカチに垂らし、それを私の顔に押し当てた。
ルーベンに嗅がされた薬品は、睡眠薬だったのだろう。
目が覚めたときには暗く湿った場所にいた。
手足にはジャラジャラとした鎖が繋がっている。
「ルーベン様、どうしてこんなことを」
暗い小さな部屋にはベッドとバケツが置かれているのみ。
目の前には、どうやっても出ることが出来ないだろう頑丈な檻。
ここは城にある地下牢なのだろう。
「ここから出してください。私、あなたに何かしましたか?」
「すみません。俺はあなたを失いたくないのです」
檻の前に座ってこちらを見ているルーベンは、謝ったものの私をここから出す気はないようだった。
「お願いします。言う通りにしますから」
「俺はあなたを言いなりにしたいわけではありません。失いたくないだけなのです」
だからと言って、こんな仕打ちはあんまりだ。
私が鎖を引きずりながらルーベンの近くへ行くと、ルーベンは檻の外から私の頬を撫でた。
「ジェイミー、あなたを愛しています」
「こんなもの愛ではありません」
「愛ですよ。多少歪んでいるかもしれませんが、確かにこれは愛です。あなたを失いたくないと願う、俺の愛です」
多少歪んでいるかもしれない?
どこが“多少”だ。
愛する人を地下牢に閉じ込めるものを、私は愛とは呼びたくない。
「毎日俺が食事を持って来ますので、安心してください」
「そんなことを心配しているわけではありません。本当に私を死んだことにするのですか?」
「はい。葬儀は盛大に行いますね」
王子であるルーベンが死んだと報告したら、きっと私は死んだことにされるのだろう。
そして死んだ私を助けに来る者は、誰もいない。
「……こんなところに一人でいては、気が狂ってしまいます」
「狂ってしまえばいい」
「え?」
「狂ってしまえば、ここから出たいとも言わないでしょう」
そんなことを言うなんて。
狂っているのは――――。
あれからどれだけの月日が経ったのだろう。
何事もない毎日は静かで心穏やかだが、だんだんと生きている感覚が薄れてくる。
ふと地下牢に響いてくる足音に顔を上げた。
「ジェーミー、鍵を……」
毎日欠かさず地下牢を訪れていたルーベンの様子が、今日は違った。
「ルーベン様、どうしたのですか」
あまりにもボロボロで、赤い血がところどころに付いていて、私をこんな目に合わせた張本人だというのに、思わず心配になってしまうほどだった。
「あなたを……苦しめて、申し訳ありませんでした……ここから出て、どこへでも自由に……」
ルーベンは檻の鍵を開けると、鍵の束を私に渡した。
きっと手足の鎖を外す鍵が束の中にあるのだろう。
「ルーベン様。あなたも一緒に」
「こんなところに、あなたを閉じ込めたのに……あなたは、俺を……救おうと、してくれるの、ですね……」
ルーベンの言葉が途切れ途切れになっていく。
息も荒いようだ。
「ルーベン様。気をしっかり持ってください」
「魔物に……城が占拠され……町も、もう……この国は、魔物のものに……」
そんなことになっていたなんて。
きっと私の知らないうちに、聖女がいないせいで倒せなかった魔物たちが人間を襲っていたのだろう。
そしてその規模はどんどん大きくなり、今では国中に魔物がのさばっている。
「……願わくば……次があるなら……あなたに、自由を……」
「いやあああーーー!!」
ルーベンが倒れると同時に地下牢に兵士が現れ、魔物を倒さず国民を助けなかった聖女である私を、殺害した。
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