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 良いですか。城では本音を出してはいけません。その心中を悟られてはいけません。貴女はここで生きなければならないのです。

 えぇ、お母様。よく理解しておりますとも。けれども、王の思うように使われ、国の道具にされることを生きていると言えるのでしょうか。

 屁理屈はおやめなさい。そして自由など求めてはいけません。貴女が王族として生まれた時から、それは変わらぬ運命なのです。

 好きで王族に生まれたわけではありません。

 それでも貴女は王族です。この国の王女として、恥じぬ言動を怠ってはなりません。

 それでも私は自由が欲しいのです。

 その自由は、貴女が将来嫁ぐであろう夫となる方に求めなさい。


 それが私、リグニス王国第四王女であるアンリに残された、実母でありリグニス王国第三側妃であった唯一の家族の遺言。

 何故今こんな事を思い出したのだろうと頭の中を模索する。そしてぼやけていた視界をクリアにさせて、ようやく気付く。
 あぁ、ようやく自由になれる日が来たから、思い出したのだ。

「お前には飽きた。一週間以内にここから出て、国にでも帰れ」
 冷酷な表情で言い放つのは、マリシオン王国の国王であり、私の現夫であるシーザ様。
「…国に帰れ、とは、一体…」
「言った通りだ。言っておくが泣こうが喚こうが、決定事項だ。次の正妃はもう決めている。今日からでもこの部屋の荷物をまとめるんだな」
「離縁と、いうことでしょうか」
「他になにがある?」
 お付きの侍女たちがハラハラと見ている。中にはいつしか分かっていたのだろう、暗い表情で俯いている者もいる。
 アンリはどくんどくんと鳴り続ける心臓に手を添える。
「もう、覆らない、決定事項ということでよろしいですか」
「何度も同じことを言わせるな」
 その端整な顔立ちを歪める様を見て、アンリは無表情だった己の口の端が自然と釣り上がるのが分かった。
「分かりました。三日の内に荷物をまとめて国へ帰らせて頂きます」
 にっこりと笑っている己の顔が、部屋の隅のドレッサーに写っている。こんなにも笑顔を浮かべるのは一体何年ぶりだろうかと頭の隅で考える。
「…なに?お前、分かっているのか。私はお前に出て行けと…」
「えぇ、喜んで離縁させて頂きます。私もこの日をずっと待ち望んでおりましたもの、万々歳で荷物をまとめさせて頂きますわ」
「は?」
 なにが起こっているのか分からないといった表情で呆然とした国王に、つい笑いが漏れてしまう。
「あら……まさか私の愛の言葉を、本気で信じていたわけでもありませんでしょう?」
 私がこの人に囁いた言葉。貴方が好きです、貴方を愛しています、側にいさせてください。
 そんな言葉が真実だと思いましたか?
「お、お前、私のことを愛していると…」
「…城での言葉を本気と受け止めるなんて、一国の王たる方が情けないものですね」
 フッと鼻で笑う。離縁するのだから不敬罪で牢に入れられようとも別に構わない。国の父が体裁を気にして国へ連れ帰ってくれるだろう。
「この際ですから言いますけれど、貴方を愛したことなど一度もございません。貴方を嫌いと思ったこともありません。私は貴方のことが心底どうでもよろしいです」
「なん…だと…?」
「どうせ政略結婚ですもの。そんなものでしょう?では、王妃の仕事の後任だけさせたいので次の王妃となられる方を連れて来て頂いてよろしいですか?」
 そう言うと、シーザが固まらせていた表情をまた歪めた。
「はっ、何をするつもりだ?危害でも加えようと…」
「するわけがないでしょう?する理由もありませんと何度説明すれば分かりますか。貴方に、興味が、ないんです」
「っ…お前の言葉など信用するわけないだろう」
「…では後任はしませんから、お好きにどうぞ。離縁した後に何か聞かれても、私が返事をすることはありませんからね」

 こうして私は二年の結婚生活を終え、特に興味のない男との結婚生活を終え、バツイチという肩書きがついたことで自国でも邪険にされ、役立たずと城を追い出され、ようやく晴れて自由の身になることが出来たのです。

 というのが私のシナリオだった、はずなのですが。
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