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エニス登場1
しおりを挟む──鳥は庭で眺めるから、それ以外の本を。
ベノアルドの要望を受けて、ヨアンは再び図書館を訪れた。
以前は鳥であればなんでもいいのかと手当たり次第選んでいたが、実際ベノアルドには特にこだわりがないらしい。
なにしろ暇を持て余しているので、読書くらいしかすることがないのだ。あえて体を鍛えなくてもあの体格を維持できるのは、羨望を通り越して腹立たしい。
思わずジト目で見てしまったヨアンに気づいて、部屋でできるストレッチには付き合ってくれるようになったが、それはそれで畏れ多い気もする。
(魔法知識は必要ない、実用書も違うかな。意外に娯楽小説は気に入ってるみたいだった)
文学の分野は神殿図書館にも古典を中心に多く置かれている。世相を反映したような娯楽小説は少ないが、神殿図書館の品位を損なわない程度の内容であれば蔵書として認められるようだ。
ヨアンはその手の本は読んだことがなく、ベノアルドのためにあらすじの確認だけしている。おもしろそうだなと思っても、今はなかなか読む時間が作れない。
(神聖堂を出てもいいなら、一緒に選びに来てもよかったな)
今度はそうしよう。ベノアルドとできることを想像するのは楽しい。
ヨアンは小さく微笑んで、抜き取った三冊を抱え直した。あと二冊は欲しいなと並ぶ背表紙を流し見ながら、ふと感じた視線に振り返る。
学園の制服を着た小柄な少年だ。丸い頬と二重の瞳が幼い印象を作り、ふわふわと跳ねた金髪が可愛らしさを強調する。けれど本を探すわけでもなく、ヨアンを見てにんまり微笑む様子が穏やかではない。
近づいてくる少年に合わせてゆっくり向き直ると、彼は口元だけで笑みを浮かべて軽く会釈した。
「こんにちは。あなたがヨアン・オルストン卿ですね?」
「……ええ」
「ああ、よかった! 聖獣様のお世話役という貴方にお会いしたかったんですよ」
聖獣と聞いて緊張が高まる。
単なる好奇心のようには見えない。何が目的でヨアンに声をかけるのか。
「あ、ごめんなさい、ご挨拶が遅れました。僕はイングル伯爵家のエニスといいます」
高位貴族に対するには丁重さを欠いた礼だが、ヨアンはその気安さに警戒を強めた。
エニスと名乗った少年の左手に見えるのは、最上位の星形六角紋。現在アレイジム王国には、マリウスを筆頭に四人の六角紋がいる。その一人が彼のようだ。
ヨアンが慎重に礼を返すと、エニスの眼差しに侮蔑の色が浮かぶ。それは馴染みのあるものなので、今さら屈辱を感じたりはしない。
「お話伺ってもいいですか? 聖獣様は今どのように過ごされているんですか?」
「……読書をしながら、日々を穏やかに過ごされています」
「へえー」
読書と聞いてエニスはヨアンの抱える本をちらりと一瞥した。反応はそれだけで、聖獣がどんな本を読むのかといった興味はないらしい。
それよりも彼の目的は別にあるようで、ヨアンに向けて得意げな笑みを浮かべてみせる。
「でも聖獣様は具合がよくないのでしょう?」
「……」
それは神殿で箝口令が敷かれ、一部の者しか知らないはずの情報だ。
ヨアンが動揺を隠して黙り込むと、エニスは得意げな表情で近寄ってきた。
「知ってますよ。だってそれはね、伴侶を求めてるからなんです。僕がまだ成人してないからって、待っていただいてるんですよ」
ヨアンは訝しく思いながら眉をひそめた。
彼は何を言っているんだろう。ベノアルドから伴侶の話など一度も聞いたことがない。
聖獣にとって人間は庇護の対象。彼らは人間が魔素に汚染されないために祝福を与え、ただ見守るだけ。
寿命のない聖獣と人間が伴侶になるなんて、物語にもならない夢語りだ。
「でももうすぐですよ。僕と結ばれたら苦しみから解放される。あの方も待ちわびてるでしょうね」
けれどエニスは確信しているようだった。
アレイジム王国では十六で成人の儀を行う。貴族などは学園に通う間は未成年同様の扱いを受けるが、婚姻が認められるのは十六からだ。
その年を迎えたから神殿に来たのだと、彼はとても可愛らしく微笑んでみせた。
さらに近づくエニスに圧され、下がったヨアンの背が本棚にぶつかる。上目に見上げたエニスは、憐れみのこもった眼差しで囁いた。
「貴方の役目はそこで終わり。僕の『ベノアルド様』を返してくださいね」
「……!」
ヨアンは愕然とエニスを見下ろした。
勝ち誇ったような笑みを浮かべたエニスは、すぐに嫌悪感もあらわにヨアンから体を離す。だが茫然と固まったままのヨアンに気づくと、自身の紋を見せつけるように口元の笑みを指で隠した。
「あは…、まさか本気でお気に入りって勘違いしてたんですか? ただの気まぐれですよ。貴方は紋なしでしょ? 聖獣様の寵愛を受ける資格があるとでも?」
「……」
エニスの言葉が胸に刺さる。締め付けられるように息が苦しい。
(名を、呼んだ?)
耐えられるのは契約者だけだと聞いていたのに。その契約者はヨアンだと言ったのは、他でもない聖獣だったけれど。
「僕が今、証明してみせましたよね? 無駄な希望は持たずに、せいぜい身の程をわきまえてくださいね」
毒のある言葉に抵抗するすべがない。エニスは確かに証明したのだ。
(じゃあ……俺は?)
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