上 下
22 / 28

エニス登場1

しおりを挟む

 ──鳥は庭で眺めるから、それ以外の本を。

 ベノアルドの要望を受けて、ヨアンは再び図書館を訪れた。
 以前は鳥であればなんでもいいのかと手当たり次第選んでいたが、実際ベノアルドには特にこだわりがないらしい。
 なにしろ暇を持て余しているので、読書くらいしかすることがないのだ。あえて体を鍛えなくてもあの体格を維持できるのは、羨望を通り越して腹立たしい。
 思わずジト目で見てしまったヨアンに気づいて、部屋でできるストレッチには付き合ってくれるようになったが、それはそれで畏れ多い気もする。

(魔法知識は必要ない、実用書も違うかな。意外に娯楽小説は気に入ってるみたいだった)

 文学の分野は神殿図書館にも古典を中心に多く置かれている。世相を反映したような娯楽小説は少ないが、神殿図書館の品位を損なわない程度の内容であれば蔵書として認められるようだ。
 ヨアンはその手の本は読んだことがなく、ベノアルドのためにあらすじの確認だけしている。おもしろそうだなと思っても、今はなかなか読む時間が作れない。

(神聖堂を出てもいいなら、一緒に選びに来てもよかったな)

 今度はそうしよう。ベノアルドとできることを想像するのは楽しい。
 ヨアンは小さく微笑んで、抜き取った三冊を抱え直した。あと二冊は欲しいなと並ぶ背表紙を流し見ながら、ふと感じた視線に振り返る。
 学園の制服を着た小柄な少年だ。丸い頬と二重の瞳が幼い印象を作り、ふわふわと跳ねた金髪が可愛らしさを強調する。けれど本を探すわけでもなく、ヨアンを見てにんまり微笑む様子が穏やかではない。
 近づいてくる少年に合わせてゆっくり向き直ると、彼は口元だけで笑みを浮かべて軽く会釈した。

「こんにちは。あなたがヨアン・オルストン卿ですね?」
「……ええ」
「ああ、よかった! 聖獣様のお世話役という貴方にお会いしたかったんですよ」

 聖獣と聞いて緊張が高まる。
 単なる好奇心のようには見えない。何が目的でヨアンに声をかけるのか。

「あ、ごめんなさい、ご挨拶が遅れました。僕はイングル伯爵家のエニスといいます」

 高位貴族に対するには丁重さを欠いた礼だが、ヨアンはその気安さに警戒を強めた。
 エニスと名乗った少年の左手に見えるのは、最上位の星形六角紋。現在アレイジム王国には、マリウスを筆頭に四人の六角紋がいる。その一人が彼のようだ。
 ヨアンが慎重に礼を返すと、エニスの眼差しに侮蔑の色が浮かぶ。それは馴染みのあるものなので、今さら屈辱を感じたりはしない。

「お話伺ってもいいですか? 聖獣様は今どのように過ごされているんですか?」
「……読書をしながら、日々を穏やかに過ごされています」
「へえー」
 読書と聞いてエニスはヨアンの抱える本をちらりと一瞥した。反応はそれだけで、聖獣がどんな本を読むのかといった興味はないらしい。
 それよりも彼の目的は別にあるようで、ヨアンに向けて得意げな笑みを浮かべてみせる。

「でも聖獣様は具合がよくないのでしょう?」
「……」

 それは神殿で箝口令が敷かれ、一部の者しか知らないはずの情報だ。
 ヨアンが動揺を隠して黙り込むと、エニスは得意げな表情で近寄ってきた。

「知ってますよ。だってそれはね、伴侶を求めてるからなんです。僕がまだ成人してないからって、待っていただいてるんですよ」

 ヨアンは訝しく思いながら眉をひそめた。
 彼は何を言っているんだろう。ベノアルドから伴侶の話など一度も聞いたことがない。
 聖獣にとって人間は庇護の対象。彼らは人間が魔素に汚染されないために祝福を与え、ただ見守るだけ。
 寿命のない聖獣と人間が伴侶になるなんて、物語にもならない夢語りだ。

「でももうすぐですよ。僕と結ばれたら苦しみから解放される。あの方も待ちわびてるでしょうね」

 けれどエニスは確信しているようだった。
 アレイジム王国では十六で成人の儀を行う。貴族などは学園に通う間は未成年同様の扱いを受けるが、婚姻が認められるのは十六からだ。
 その年を迎えたから神殿に来たのだと、彼はとても可愛らしく微笑んでみせた。
 さらに近づくエニスに圧され、下がったヨアンの背が本棚にぶつかる。上目に見上げたエニスは、憐れみのこもった眼差しで囁いた。

「貴方の役目はそこで終わり。僕の『ベノアルド様』を返してくださいね」
「……!」

 ヨアンは愕然とエニスを見下ろした。
 勝ち誇ったような笑みを浮かべたエニスは、すぐに嫌悪感もあらわにヨアンから体を離す。だが茫然と固まったままのヨアンに気づくと、自身の紋を見せつけるように口元の笑みを指で隠した。

「あは…、まさか本気でお気に入りって勘違いしてたんですか? ただの気まぐれですよ。貴方は紋なしでしょ? 聖獣様の寵愛を受ける資格があるとでも?」
「……」

 エニスの言葉が胸に刺さる。締め付けられるように息が苦しい。
(名を、呼んだ?)
 耐えられるのは契約者だけだと聞いていたのに。その契約者はヨアンだと言ったのは、他でもない聖獣だったけれど。

「僕が今、証明してみせましたよね? 無駄な希望は持たずに、せいぜい身の程をわきまえてくださいね」

 毒のある言葉に抵抗するすべがない。エニスは確かに証明したのだ。

(じゃあ……俺は?)

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

実は俺、悪役なんだけど周りの人達から溺愛されている件について…

彩ノ華
BL
あのぅ、、おれ一応悪役なんですけど〜?? ひょんな事からこの世界に転生したオレは、自分が悪役だと思い出した。そんな俺は…!!ヒロイン(男)と攻略対象者達の恋愛を全力で応援します!断罪されない程度に悪役としての責務を全うします_。 みんなから嫌われるはずの悪役。  そ・れ・な・の・に… どうしてみんなから構われるの?!溺愛されるの?! もしもーし・・・ヒロインあっちだよ?!どうぞヒロインとイチャついちゃってくださいよぉ…(泣) そんなオレの物語が今始まる___。 ちょっとアレなやつには✾←このマークを付けておきます。読む際にお気を付けください☺️ 第12回BL小説大賞に参加中! よろしくお願いします🙇‍♀️

奴隷商人は紛れ込んだ皇太子に溺愛される。

拍羅
BL
転生したら奴隷商人?!いや、いやそんなことしたらダメでしょ 親の跡を継いで奴隷商人にはなったけど、両親のような残虐な行いはしません!俺は皆んなが行きたい家族の元へと送り出します。 え、新しく来た彼が全く理想の家族像を教えてくれないんだけど…。ちょっと、待ってその貴族の格好した人たち誰でしょうか ※独自の世界線

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る

黒木  鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。

溺愛お義兄様を卒業しようと思ったら、、、

ShoTaro
BL
僕・テオドールは、6歳の時にロックス公爵家に引き取られた。 そこから始まった兄・レオナルドの溺愛。 元々貴族ではなく、ただの庶子であるテオドールは、15歳となり、成人まで残すところ一年。独り立ちする計画を立てていた。 兄からの卒業。 レオナルドはそんなことを許すはずもなく、、 全4話で1日1話更新します。 R-18も多少入りますが、最後の1話のみです。

転生先がハードモードで笑ってます。

夏里黒絵
BL
周りに劣等感を抱く春乃は事故に会いテンプレな転生を果たす。 目を開けると転生と言えばいかにも!な、剣と魔法の世界に飛ばされていた。とりあえず容姿を確認しようと鏡を見て絶句、丸々と肉ずいたその幼体。白豚と言われても否定できないほど醜い姿だった。それに横腹を始めとした全身が痛い、痣だらけなのだ。その痣を見て幼体の7年間の記憶が蘇ってきた。どうやら公爵家の横暴訳アリ白豚令息に転生したようだ。 人間として底辺なリンシャに強い精神的ショックを受け、春乃改めリンシャ アルマディカは引きこもりになってしまう。 しかしとあるきっかけで前世の思い出せていなかった記憶を思い出し、ここはBLゲームの世界で自分は主人公を虐める言わば悪役令息だと思い出し、ストーリーを終わらせれば望み薄だが元の世界に戻れる可能性を感じ動き出す。しかし動くのが遅かったようで… 色々と無自覚な主人公が、最悪な悪役令息として(いるつもりで)ストーリーのエンディングを目指すも、気づくのが遅く、手遅れだったので思うようにストーリーが進まないお話。 R15は保険です。不定期更新。小説なんて書くの初めてな作者の行き当たりばったりなご都合主義ストーリーになりそうです。

無愛想な彼に可愛い婚約者ができたようなので潔く身を引いたら逆に執着されるようになりました

かるぼん
BL
もうまさにタイトル通りな内容です。 ↓↓↓ 無愛想な彼。 でもそれは、ほんとは主人公のことが好きすぎるあまり手も出せない顔も見れないという不器用なやつ、というよくあるやつです。 それで誤解されてしまい、別れを告げられたら本性現し執着まっしぐら。 「私から離れるなんて許さないよ」 見切り発車で書いたものなので、いろいろ細かい設定すっ飛ばしてます。 需要あるのかこれ、と思いつつ、とりあえず書いたところまでは投稿供養しておきます。

処理中です...