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契約の行方2

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「気になることはある」

 そう言ったマリウスに、ヨアンははっとして身を乗り出した。

「本来聖獣は自由だ。この国を祝福の拠点と定めたなら、どこにいようとそれは変わらない。神殿を出てもいいし、王都を離れてもいい。短期間であれば祝福の範囲を離れても問題ないらしい。だがどうも今は、神殿長がその行動を制限している印象がある」
「神殿長……」

 ベノアルドが庭に出ることを止めようとした神官たちも、神殿長が、と口にしていた。

「聖獣は神殿長を信頼し判断を任せていると聞く。神事でもほとんど姿を見せないのは聖獣の気が進まないようだと説明されているが、どうもそれさえ情報操作している可能性があるな」

 信頼どころか、今は神殿長に対して苛立ちを感じているはずだ。
 風を封じられた、とベノアルドは言った。
 興味関心を封じられ、空を飛ぶ鳥を眺めることさえ忘れていた彼を思うと、ふつふつと怒りが湧くようだった。

「世話役もそうだ。主に卑しい身分の者が選ばれる。教養がなく礼儀を知らない者、身の程をわきまえず自滅しそうな者」

 どき、とヨアンの心臓が跳ねたが、幸いにもマリウスは気づかなかったようだ。

「結果的に貴族騎士たちの道楽にもつながるが……聖獣の気に入りを作らないためとも言われている。おそらくは余計な情報を与えないように、その言動を徹底管理するために」
「……ひどい話ですね」
「聖獣が長い眠りから覚めたのは二十年以上前だったか。俺の知る限りでも、その生活ぶりは変わらない。納得の上なら問題はないのだろうと思ったが、おまえの言う通りならモランテの二の舞になりかねないな」

 マリウスは憂慮するように顔をしかめて腕を組んだ。
 彼は次期公爵としても、この王国にとっての一大事を深刻に捉えているようだった。

「ヨアン。おまえは本当に聖獣に気に入られたのか?」

 神殿での現在のヨアンの立場も聞いているようだ。
 オルストン侯爵も神殿関係者に接触し、「話が大袈裟に伝わっているだけ」と否定されたらしい。無慈悲に追い出したくせに、聖獣と親しくなったと聞けば態度を一変させるとは呆れた話だ。

「……わかりません。ですが私は……聖獣様によくしていただいて、お役に立ちたいと思っただけです。国のことは考えていませんでした」

 前世のことは言えないし、契約のことも言えない。それでもこれだけは本心だった。
 マリウスはじっとヨアンを見つめ、仕方ないなと吐息して笑みを浮かべる。

「はあ。しばらく会わないうちに、俺の小さな幼馴染みは随分と成長したようだ」

 呆れたようなマリウスの声に、ヨアンは顔を上げた。口調ほどに機嫌は悪くなく、マリウスからは意味深な眼差しが送られる。

「ヨアン。以前俺が言ったことを覚えているか?」
「は、い」

 俺のものになるか、と言ったマリウスの提案を覚えている。
 ケビンにも同じことを言われたが、受け取る印象はまったく違った。比べるまでもなく、今もマリウスの発言に嫌悪感は抱いていない。

「答えを聞かせてくれ」
「お申し出はありがたいですが……」

 ヨアンはベノアルドを選んだ。報われるとも結ばれるとも思っていない。
 契約者だと知る以前から、自分はあの人の役に立つと決めていたのだ。思いを自覚してからも離れることは考えられなかった。宝ものにはなれなくても、そばにいられるのが嬉しかった。
 今は、ただヨアンを忘れないでいてほしい。それだけを願っている。

「俺は本当におまえを心配しているんだ。弟というには過ぎた愛情だと自覚している。おまえであれば、将来的に伴侶として迎えることを躊躇うつもりはない」
「公爵家にご迷惑をおかけしてしまいます」
「何か言われたのか? 俺たちの仲は誰もが知るところだ。今さらその程度で揺らぐ公爵家ではない。考える必要があるのは後継者のことだけだ」

 確かにマリウスは、昔から誰に憚ることなくヨアンの味方だった。
 学園では在籍期間が重ならないため不当な扱いも受けたが、その先で待ち構える騎士団でのマリウスの影響を恐れて手を出さない者は多かった。

「だがどうやらお役御免らしい。以前なら反論しても、俺に嫌われないかと罪悪感が見えた。今は、もっと別のことに気を取られている」
「マリウス様……」
「とはいえ相手が聖獣では、俺も簡単にこの立場を退くわけにはいかないな。おまえが心穏やかに安定して生きられると確信するまでは」
「……過保護が過ぎるのでは?」
「それこそ今さらだろう」

 マリウスは肩をすくめ、ヨアンに向かってにっと笑って見せた。

「おまえは一度こうと定めてしまうと、曲がらないからな。しばらくは様子を見させてもらう」

 今回はヨアンも意地になっているわけではないが、それがマリウスの優しさだ。
 この先、もしもベノアルドの契約が奪われてヨアンが一人放り出されても、マリウスだけは手を差し伸べてくれるのだろう。

「話を戻すが。今の神殿長は不審な点が多い。おまえたちが懸念する通りのことを画策するなら、なおさら油断はできない。気になることがあっても、決して一人では動くなよ」
「……はい」

 動くなとは、ベノアルドにも言われたことだ。
 ヨアンには何もできない。いや、契約の欠片だけは守らなければいけない。

 けれど、ただじっと事態が過ぎるのを待てばいい、というわけにはいきそうもなかった。

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