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第一章
20 警告
しおりを挟む次の朝、装甲指揮車と、電動バギーの二台で森の中の細い街道を走る。
非常に快適だ。
街道沿いに走るだけなら、タツタが自動運転を行ってくれるので、勇一は運転の必要すら無い。
来るときに苦労して歩いて来た事に比べると、本当に楽だ。比べようもない。
ちなみに助手席のディケーネは、テト○スに夢中だった。
助手席の前のダッシュボードを開けると、蓋の部分がそのままディスプレイとなり、コンピュータが使えるようになっている。
もちろん軍事用のコンピュータなのだが、一部だが、娯楽用のデータもあった。
その中にあった、テト○スに熱中しているのだ。
前に"何でも屋"で、スマフォを使ってテト○スをやった時に、店主のフェーに負けた事をまだ根にもっているらしい。
『絶対に超えてみせる』と、つぶやいて、この旅路の間、暇さえあれば何度も高得点目指して繰り返している。
もし、今、ディケーネが履歴書を書く必要があったらこんな感じになるだろうな。
『ディケーネ・ファン・バルシュコール
年齢 十七歳
職業 剣士
趣味 テト○ス 』
運転も必要ない勇一は、そんなくだらない事を考えてしまうほどだ。
窓の外に目をやると、ニエスが愉しそうに電動バギーを走らせている。
ここからは聞こえないが、何か鼻歌を歌っているようだ。
たまにすれ違う行商人が、眼を丸くしてこっちを見ていく。
確かに目立つけど、気にしても仕方ない。
そのまま、ダーヴァの街に向けて、走り続ける。
でも、あれだな。
街に近づいたら、人も増えるし、目立ちすぎるかなあ。
とくに装甲指揮車は大きすぎて街に入れるのも問題ありそうだ。
とりあえず街の近くの森にでも、隠しておかないといけないかも知れないな。
勇一がそんな事を、ボーと考えていると、いきなり、ピーと軽い警戒音が鳴った。
ドローン『タツタ』が、冷静な声で報告をしてきた。
「周辺監視範囲内に新たな反応があります。状況から推測し危険な可能性は『低』と判断しました。
詳細をご報告いたしますでの、対応をご検討してください」
「ユーイチ、何があった? タッタは何て言ってるんだ?」
タツタの話す日本語が解らないディケーネが、テト○スをやる手を止めて聞いてくる。
ちょっとまってくれと、ディケーネを手で制してから、詳細を聞く。
「前方の、現在進行中の街道が別の街道に合流する地点で、非常に多数の人の反応と、馬と思われる哺乳類の反応があります。
戦闘的な動きは無く、一般人だと思われますが、一度ご確認ください」
「どうやら、この街道が、別の街道が合流した先の所に、人が沢山いるみたいだ」
「ああ、そう言う事か。もうすぐ太い街道に出るからな。確かに行き交う人は増えるだろう」
少し走ると、すぐに、前方に別の街道へと合流するT字路が見えてきた。
目の前の、街道は今まで走ってきた細い街道に比べ、ふた周り程大きな街道だ。
その街道を、多くの馬車がズラリと並んで、やたらとゆっくり進んでいる。
「すげえな。まるでお盆の渋滞みたいだ。
こっちでも、渋滞ってあるんだなあ」
「いや、こんなに混むのはさすがにおかしい。
ただ、なぜか緊迫した感じは無いな。それほど危険が差し迫ってる訳ではなさそうだが…。
ちょっと聞いてくる」
装甲指揮車は大きい街道に入り、前の馬車に付いてゆっくりと進んでいっている。
ディケーネはハッチを開けて道に降り、小走りに駆けていった。前方の商隊の者に声をかける。
少しの間、話し込んでから、帰ってきた。
「解ったぞユーイチ。この渋滞の先頭には、どうやらアリファ姫とベルガ姫の一団がいるらしい。
王族の一団を追い抜かすのは不敬罪に当たるんで、皆がその後ろをゆっくり進んでいるみたいだ」
「えええ? 王族? この道って、王族がダーヴァに向かう時に通る道だったのか」
「いや、この街道は王都とダーヴァの街をむすぶ主街道ではないぞ。
なんでも王族は姫様お二人だけで、王子と王妃はおらず、護衛の数も少ないとの事だ。
お忍びでどこかに寄り道したのではないか、と、前にいる商隊の連中は噂してたぞ」
「お忍びかあ。何しにこんな所きたんだろう? 幼馴染の男の子にでも、こっそり会いにいったのかな?」
「さあ、しらん」
勇一の軽口は、ディケーネにもちろん軽く流された。
改めて、前方に目を凝らしてみる。
森の中の街道に、いくつかの商隊が並んでいるのが見えるだけで、王族の集団とやらは見えない。
けっこう渋滞の列は長いようだ。
どうする事もできないので、そのままノロノロとゆっくりとしたスピードで移動し続けた。
なんとも緊張感のない、ダラダラとした時間が流れる。
おなじように暇をもてあました商人達が、交代で自分の馬車を離れて、こっちにやってくる。
装甲指揮車と、電動バギーに興味心身で『これは、いったい何なんだ?』『魔法で動いているのか?』などと矢継ぎ早に質問してきた。
なかには、『売ってくれ。金なら幾らでも払う。いや、せめて、何処で作られているかだけでもおしえてくれないか』と懇願してくる商人までいたが、適当にあしらって走り続ける。
そのまま何もせずに、少しの時がすぎた。
不意に、そのだらけた空気を警戒音が破った。
赤い警告灯が点滅し、ピーピーと警戒音が鳴る。
「周辺監視範囲内に新たな反応があります。状況から推測し危険な可能性が『高』と判断しました。
詳細をご報告いたしますでの、対応をご検討してください」
「タッタ 今度はなにがあった?」
「左前方十一時の方向、距離980mの地点に、人と思われる反応が約320、馬と思われる哺乳類の反応が約320があります。
これらの反応を以後は、グループAと仮定します。
グループAは、現在、街道付近の森の中の地点で、全員騎乗した状態で停止しております。
グループAが同陣営の戦力で無い場合は、待ち伏せの可能性が高いと考えられますので、一度、ご確認ください」
「確認のしようなんて無いけど……
確認するまでもなく、それって待ち伏せだろう!」
タツタの言葉に勇一は、思わず叫んでしまう。
「ユーイチ待ち伏せだと? 何処からだ? 数は?」
「左前方、数は320。全員 騎乗してる」
ハッチを開けて、上半身を出して、周りを見る。
森の中に目をこらしても、敵を見つけることはできない。
「待ち伏せだ! 左前方から来るぞ!」
叫んでも回りの反応は鈍い。商人達が『なんだなんだ』とこっちを見ているだけだ。
一部の護衛を生業としているであろう者達だけが、剣を構え、回りを警戒する。
「反応に変化がありました。
グループAが、街道内の他のグループに接触、戦闘が開始されました。
いくつかの瞬間的な熱反応も、複数発生しています。今後グループAは、敵対勢力と判断します」
運転席の中からタツタが叫ぶように報告してくる。
同時に、前の方から、わずかに怒号や悲鳴が聞こえてきた。
だが、ここからは距離が遠すぎるのと、間にある商隊の馬車達が視線を遮っている為、戦闘の様子を直接に目視することは出来ない。
「反応に変化がありました。
街道内のグループが大きく二つに分かれています。
グループAと交戦する集団、人の反応が79、馬と思われる反応が72。こちらを以後はグループBと仮定します。
別途、グループAとの交戦を避けて、後方へと撤退してくる集団、反応数が多すぎて詳細は不明。こちらの集団は以後、グループCと仮定します」
どうやら、襲撃してきた集団は、商隊へはまったく興味が無いらしく、姫様達に攻撃を集中しているようだ。
襲撃してくる集団に対して、反撃する姫様達の護衛。
そして、目の前に並んでいた商隊達は、前方で起こった戦闘から逃れようとして、こちらに向かって押し寄せてきている。
どうすれば いい?
とりあえず、俺達も逃げるべきか?
もちろん勇一はちゃんと正義感がある。
いまどきの高校生なので、あまりにも真っ当な正義を口にするのは"恥ずかしい"と思うことも多々あるが、それでも正義感はある。
だが、ドローン『タツタ』の警告を聞いた時は、『助けに行こう』とは思えなかった。
テレビやネットの中で大きな戦争や事故の話を聞いても、他人ごとで助けに行こうなんて思いは湧かない。
それと同じような感覚で、見たこともない姫様が襲撃されている事に対して、すぐさま『助けに行こう』という発想に結びつかない。
「反応に変化がありました。
グループBの人の反応数が急速に減少。62まで減少しました。
至急に対応をご検討ください。更に減少。61、60、59まで減少しました。
至急に対応をご検討ください。更に減少、58、57」
タツタがまるで、早く助けに行くよう催促するかのように、何度何度も警告を発する。
前方から聞こえてくる怒号や爆発音が大きくなる。
それにまざって、逃げ出そうとする人々の声や、馬のいななきが響く。
街道は、混乱にまみれている。
商隊の人や馬車が、前方の戦闘をさけようと、どんどんこちらに押し寄せてくる。
装甲指揮車は大きすぎて、逃げ出す人々の道を塞いでしまうような形になってしまっていた。
「グループCの、人の反応数、減少、詳細数不明。
グループBの人の反応数、更に減少56、55、54、53
至急に対応をご検討ください。更に減少52、51、50」
タツタが、全滅までのカウントダウンを続ける。『助けにいってくれ』と叫んでいるようにも聞こえる。
ドローン『タツタ』には、もちろん感情が無い。
だが、タツタの行動指針の中には、開発者と前管理者の影響が色濃く残っていた。
特に前管理者のイトウコウヘイ准佐の影響は大きい。
彼は、崩壊した前世界の中でも希望を持ち、滅び行く運命に最後まで抗った人物だった。
そして、自分の死の目前に、自分達以外で生き残った人類がいたら有効活用できるようにと、タツタや、それ以外の機器を開放した。
勇一は、もちろん詳しい事情は知らない。
それでも、イドウコウヘイ准佐の最後のメッセージは知っている。
『君と、君の周りで困難な状況にあるすべての人の為に、この機器達を使ってくれ』
助けにいく?
この俺が? 襲われている姫様達を?
ヒーローでもなんでもない、普通の高校生のこの俺が?
「グループCの、人の反応数、減少、詳細数不明。
グループBの人の反応数、更に減少49、48、47、46
至急に対応をご検討ください。更に減少45、44、43」
勇一は、右の手のひらを見る。
この世界に来て、いきなりゴブリンにきりつけられた右の手のひら。
あの時、生まれて初めて"死"を意識した。
この世界は弱肉強食で、暴力は身近で、"死"はすぐそこにある。
そんな冷酷な世界の中で、見も知らぬ人を助けに行こうとする者はいないだろう。
勇一の脳裏に、ふいに、あの夏の日の狭い部室が思い浮かんだ。
外から聞こえる蝉の声がうるさい夏の暑い日、暗い部室の中。
そこで先輩が笑っていた。
『カンチガイするなよ。お前は天才でもエイユウでもナンデモナイ、
ドコニデモイル、フツウノボンジンナンダヨ 』
「グループBの人の反応数、更に減少42、41
至急に対応をご検討ください。更に減少、40、39、38
至急に対応をご検討ください。更に減少、37、36、35
至急に対応をご検討ください。更に減少、34、33
至急に対応をご検討ください。至急に対応をご検討ください
至急に対応をご検討ください。至急に対応をご検討ください」
勇一が吼えた。
「ディケーネ!! 電動バギーへ移るぞ!
ニエス!! 電動バギーをこっちに寄せろ!
タッタ!! 装甲指揮車を前方からくる商隊馬車を逃がす為に、バックさせろ!」
「解った」
「はい」
「了解しました」
勇一は、近づいてきた電動バギーに、レーザー小銃を手にして飛び移る。ディケーネも、同じようにレーザー小銃を手に、続いて飛び移った。
「ユーイチ、電動バギーに移ったはいいが、どうするつもりだ?」
「もちろん、決まってるだろう」
じつは内心で"いつか一度は叫んでみたい"と、ずっと思っていた、あの台詞を勇一は叫ぶ。
「お姫様を、助けに行くんだよ!」
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