異世界からしか開きません

さよ

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十六歳の手には(ヴァレッド)

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 特別頭が良いわけでもなく、体を動かすのも得意ではないし剣も扱えない。魔力は弱く、小さな炎や水くらいならば出せるが攻撃に使えるかと言われれば誰もが無理だと言うだろう。
 兄二人は優秀で、僕は何もできない三男、それが周囲からの評価だった。
 自分のできることが見つけられず、家を出ても生きていけるのかすらわからない。それでも、いつまでも頼るわけにはいかない。

「いっそ、どん底まで落ちてしまえば諦めもつくのかなぁ」

 経験していないから言えることである。田舎ではあるがそこそこ裕福な家に生まれ、させてもらえることは他人よりも多かったと思う。何でも望みが叶うということはないけど、不自由はしない。
 幸いなことに、家族仲が悪いなんてこともない。恵まれた環境を手放したくなくて、必死にしがみついていた。

「……僕は何がしたいんだろう」

 ぐだぐだと考えるヴァレッドに転機が訪れたのは、庭を眺めにドアを開いたときだった。緑が広がるはずのそこには狭い廊下。
 何が起こったのかと眺めているうちに後ろでバタンと音がした。はっとして振り向くが、見たこともないドアがそこには存在している。

「おや? ここには部屋なんてなかったはずだけど……」

 再び前を向けば女性がこちらを覗いていた。
 ここは彼女の家? 靴を脱ぐの? 見たことのない物ばかりで、小さな頃に聞いた妖精の家なのだと思った。おとぎ話に出てくるだけで実際にあるわけではないけど、すごく不思議な体験をしている。
 確かに僕は、庭へのドアを開いたんだ。

(机に置いてある物は本だろうか? ……こんなに薄い紙があるの?)

 手に取り見ていると、彼女はこの本を貸してくれるという。その言い方だと、まるで僕が二度とここには来られないみたいじゃないか。

「ん?」

 本を持ち立ち上がったところで景色が元の世界へと変わる。
 ドアは半開きで止まっていた。……時間はそれほど過ぎていないのかもしれない。手には分厚い本が残っていて、あれは夢ではないのだと思えた。

 二度目に訪れたのは同じ日の夜。自室のドアを開いたとき。
 植物の描かれた本は机に置いたまま、見ようとして部屋へ入ったので持ってきてはいない。もう少し借りられるなら嬉しい。
 階段を上り別の部屋へ通され、並べられた本に夢中になる。何よりも絵を眺めているのが楽しい。

 そんな時間はあっという間に過ぎ、ページをめくり瞬きをすれば元の世界。どうしてこんなに短いのか。

「彼女に図鑑と呼ばれていたこの本のように、たくさんの植物を見て本にしてみたいな。この本に描かれている物は彼女の世界の物だろうから……この世界で、旅をしてみたい」

 もしかしたら自分が知らないだけで、想像している本は存在するのかもしれない。でも僕は見たことがない。
 もっと種類も多く、絵もたくさん描いて、気になった情報を書き込む。いつか、誰かに届くことを祈って。

 冒険者になるなんて、きっと無謀だと言われるだろう。
 家族には迷惑をかけるかもしれない。心配もするだろう。もっと賢く生きる方法もあることは想像できる。でも、できれば、常に植物に触れていたい。

「今まで、ありがとうございました」

 あれから数回カナコの家へ飛んだが、自らの望みは変わらず家を出る日を迎える。父は今でも心配の表情を見せているが、兄たちは応援してくれた。
 朝早く、まとめた荷物を背負ってまだ暗い道を歩く。期待と不安が入り交じる中、僕の旅は始まった。

 しかし、いくら覚悟をしたとはいえ何も知らない自分がうまく生きていけるはずもなく、旅を始めて早々にだまされ金目の物はほぼ手元に残っていない。
 肌身離さず持っていた財布と、カナコに借りている本はなんとか盗られずにすんだ。落ち込みはしたけど、このままでは僕のしたいことはできない。

 地道に仕事をこなし、宿代を節約するため野宿を増やし、確実に食べられる野草を探す。安く買った肉に濃い味付けをして臭いをごまかした。数十年前に魔物の肉が食べられるとわかり話が広まらなければ、この肉も食べられなかっただろう。
 紙とペンだけは金を惜しむことなく買い、時間を見つけては書き込んでいく。

 そんな日々が二年ほど続き、旅にも慣れてきた頃。草に隠れた場所に倒れる一人の少年と出会った。
 わずかだが血で汚れ、服もボロボロ。一度、彼ごと洗った方が良いかもしれない。そう思うほど汚れていた。
 まだ子どもだ、親がいないのならばどこか預かってくれる場所もあるはず……。
 ここにいるということは何か理由があるのだろうか? 受け入れ場所に問題が……? 近くの村は、あまり良い噂を聞かないのだ。
 何人も救えと言われれば無理だけど、この子一人。一度見てしまっては放っておけない。

 悩んだ末なんとか面倒を見るか、と腹をくくった。同じ冒険者となり、ある程度は稼げるようになるまで。
 少年を水で洗い服と靴を与えた。髪はボサボサだが汚れきっているよりはマシだろう。

「少年、名前は?」
「…………アカツキ」
「アカツキ、僕と一緒においで。生きる方法を身につけよう」

 自分が頼りなく見えることは知っているが、そこは信じてもらうしかない。
 これからのことを考えながら、食事の用意を始めた。向かいには僕の手元を見つめるアカツキがいる。

 この日、ともに旅をする仲間が一人増えた。
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