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1.変わるんだ

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 今日から僕は、双葉小学校の三年生になる。
 僕は今日という日を、ずーっと前から楽しみにしていた。
 いつから?詳しくは覚えていないけど、自分が何も取り柄のない人間だって気づいた時からだよ。
 だってさ。僕は勉強もそんなにできる方じゃないし、忘れ物もよくするおっちょこちょいだ。
 運動だって、そんなに得意じゃない。
 走るのだって、女子の方が早いくらいだ。
 でも、僕はある日気がついたんだ。
 体育の授業でサッカーをやったとき、サッカーの上手な男子がめちゃくちゃ輝いていたことに。
 失礼なことだけど、僕は教室でその男子を格好いいなんて思ったことなんてない。
 だって、容姿も普通だし、勉強は僕より苦手オーラが出てしまっていた。勝手に僕は、彼を同じ平凡な仲間だと思っていたんだ。
 そんな彼が、輝いていた。
 すごく驚いたけど、そのときに閃いた。サッカーがうまければ、僕も輝けるんだって。
 だから、双葉小学校で部活が始まる三年生になれるのを、とても心待ちにしていた。
 本日。三年生に配られた、まだ白紙の入部届け。
 僕はそこに『サッカー部』と迷うことなく書き込んだ。
 よし。後はこれを、顧問の先生に提出するだけ。
 僕はお昼休みの時間に、早々に職員室へと向かう。サッカー部の顧問は、五年二組の担任、五十嵐 淳先生だ。
 体格の良い三十才。今年こそは彼女が欲しいですって、全校集会で宣言して、校長先生に怒られていたっけ。
 僕は入部届けをにぎりしめ、足早に廊下を進んだ。


 おや?
 僕は目を凝らして、それを見つめた。
 廊下に誰か倒れている?
 よくよく見れば、それは女子生徒のように見える。
「だ、大丈夫ですか?」
 近寄って、恐る恐る声をかけてみる。
 その女子は廊下にうつ伏せに倒れており、周りにはハードブックの本が何冊も転がっていた。
 その女子は、肩くらいまである髪をワンポイントでピンクのゴムで結えていた。見覚えのない顔だった。そこまで確認したとき、その女子がぱっちりと目を開いた。
 綺麗な二重の目で、とても可愛らしい女子だということに気がついた。
「あ、あの。大丈夫ですか?先生を呼んで来ましょうか?」
「本を・・・」
 声が小さくて、よく聞こえない。僕は床に手をつき、その子の顔の近くに耳を近づけた。
「はい?」
「本を、拾ってもらえますか?」
 小さい声でそう呟いたのが、ようやく聞き取れた。僕は顔を上げて周りを見渡す。
 近くに散乱した本たちを再確認すると、慌てて立ち上がり本を拾い集めた。全部で十冊。江戸川乱歩の怪人二十面相シリーズだった。
 これ、僕も好きなやつだ。
 女子のそばにそっと本を置くと、その女子はようやくゆっくりと体を起こした。
「ありがとう。本が重すぎて、イヤになっちゃって。力尽きたので休んでたの」
 うん?休みたくなって、廊下で寝そべっちゃうってどうなの?おかしくない?
 僕の中で『?』がたくさん浮かぶ。
 その女子は綺麗な正座をし、そばでひざまずいている僕に、にっこりと笑った。
「私、浜城(はましろ) ゆみり。四年生。よろしくね」
「あ。ぼ、僕は野島 柊(のじま ひいらぎ)です。三年生です」
「ひいらぎ?かっこいい名前だね」
 浜城ゆみりは僕が年下ということで、さらに態度を崩してきた。
「ねぇ。本が重すぎるの。持ってくれない?ひいらぎ君にも重すぎて無理かなぁ」
「無理じゃないです!」
 本十冊は確かに重かったんだけど、そこで見栄をはってしまうのは、男子として仕方ないと思う。
 平気なふりをして、僕は本を抱えて立ち上がった。
「どこに持っていくんですか?」
「図書室なんだけど。時間大丈夫?」
「あ、職員室に行く用事があって」
「職員室?用事って?」
「あの、部活の入部届けを出しに行こうと思ってて」
 浜城ゆみりは少し考え込むと、ポンと手を叩いた。
「じゃあ、こうしよう!ひいらぎ君には図書室に行って本を置いて来てもらう。職員室は私が行って、入部届けを出しておくよ。4年生の教室から職員室は近いから」
 僕はそれも悪いと思ったけど、図書室か職員室どちらか片方に行く時間しかないのであれば、僕が重い本を運んだ方が浜城ゆみりには助かるんだろうなって判断した。
 だから、その提案に乗ることにした。
「じゃあお言葉に甘えて。これを職員室の先生にお願いします」
 手に持っていた入部届けを渡し、本を持ち直す。
 うん。やっぱり重いや。
「こちらこそ、ありがとう。ホント助かる。本は図書室の、入り口横の机に置いててくれればいいから」
 僕は頷き、図書室に向かう。急がなければ、昼休みが終わってしまう。
「よろしくね~」
 背後からの声に僕は振り向き、軽く会釈をした。
 大きく手を振っている浜城ゆみりは、やっぱりかわいいと思った。
 何だか不安が胸をよぎったけど、気のせいだと足を早めた。

 
 そして数日後。朝礼の時間。
 朝の挨拶の後に、プリントが配られた。
「三年一組の皆さんの部活が決定しましたので、お知らせします。配ったプリントで、各自確認してください」
 僕ははやる気持ちを抑えつつ、配られたプリントに目を通す。
 それには名簿順に名前が並んでおり、その横に決定した部活の名前が書かれていた。
 えっと。僕の名前は・・・っと。あ、あった。うん?
 僕は目を疑った。何度も何度も見直す。
 だけど、何度確認してみても、僕の名前の横には『ミステリー研究会』と記されている。
 え?どういうこと?ミ、ミステリーがどうしたって?サッカー部はどこに行ったのさ。
「今日はあなたたちにとって、初めての部活の日です。今日の放課後は各自記載の場所に集合してくださいね」
 担任の山田 容子(やまだ ようこ)先生が、にこやかにそう説明してくれる。
 僕はまだまだ混乱する頭で、なんとかミステリー研究会の集合場所を確認する。
 そこに書かれていたのは、『図書室』。
 頭に思い浮かんだのは、数日前に会った、浜城ゆみりの顔だった。
 
 
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