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27.暴動
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タグトロンの反乱が失敗に終わったと聞いた時には、耳を疑った。計画は完璧だったはずなの、どこで綻びが出たというのか。
その人物は爪をかじりながら、しばらく宙を見つめて考え込む。
ポータルを封鎖して、タグトロンに圧倒的に有利な状況を作り出したはずだった。外部からの干渉を完全に謝絶したにも関わらず、反乱が失敗に終わったということは、シルバーウイングのメンバーによって状況が打開されたとしか考えられない。
だが、どうやって?オージルもタグトロン一の魔法の使い手ではあるが、それを封じるための手筈は整えていた。
魔法封じの手枷と足枷を装着させ、シルバーウイングの他のメンバーを人質に取ったならば、大人しく自分が殺されるのを待つしかない、はずだった。
ワーネクトは、自分が掌で踊らされているとも気づかず、自分が遂にタグトロンの王となれることをぬか喜びしていたはずだった。それが束の間の夢であったことにも、気付けないままだっただろう。
タグトロンではワーネクトを表に立てて、自分は陰でエストーリアを完膚なきまでに失墜させる予定だった。
その人物は、小さい巾着袋を懐から取り出した。
その中身の感触を手のひらで確かめる。
中には黒曜石に術式を組み込んだ小さな石が三百粒ほど入っていた。
昔から改良を重ねて準備し続けていた物だった。
六年ほど前。聖なる森でモーリスに使用した際、エストーリア側に石を回収されたときは肝を冷やしたが、自分の存在が露見するまでには至らなかった。
人知れず、実験を繰り返してきた。結果は満足のいくものだった。
タグトロンの反乱が失敗したのは大きな誤算だったが、これを使えば十分にエストーリアの権威を失墜させることが出来る。
エストーリアにも、脆弱なところはある。そこから傷を押し広げていけばいいだけだ。
エストーリアが絶対とされている聖力の枯渇を、民に知らしめてやればいい。大聖女は不在の上、第三聖女に至っては、聖女も使えない出来損ないと言われている。
その人物は、ふと動きを止めた。
第三聖女か。既に民から出来損ないの聖女として忌み嫌われている存在。最近エストーリアの皇太子アーシュと婚姻を結び、皇太子妃となった今も、その印象は変わらないままのようだった。
第三聖女を使えば、大神殿への打撃はもちろん、王族にも深刻なダメージを与えることが出来ると気がついた。
「これは、使わない手はないな」
その人物は、ほくそ笑んだ。
この世界の破滅の扉は、第三聖女によって開けられる。エストーリアに持たされる絶望を、存分に味合わせることができるだろう。
その人物は手にしていた袋を懐に戻し、立ち上がった。
本当の反乱は、これからだ。
大神殿に一報が入ったのは、ワーネクトの反乱が終結したとの知らせが入り、人々がほっと胸を撫で下ろしていた矢先だった。
エストーリアの街の一角で、魔物が大量に発生したとの報告が入った。
第一聖女はその報告に、すぐに聖騎士団の出動を要請した。
だが、報告に来ていた聖騎士は、言いにくそうに更に言葉を続ける。
「それが、ただの魔物ではなく、どうやら街の住人が魔物に変わったようだとの報告が」
それを聞いた第一聖女と第二聖女は顔を見合わせた。恐れていた事態が遂に起きたのだと直感した。
「とりあえず、その区域に結界を張り、封じ込めます。魔物への攻撃は禁止とします」
聖騎士は頷き、立ち上がる。そのまま命令を伝達しようと踵を返したときに、別の聖騎士が足をもつれさせながら駆け込んできた。
「別の箇所でも魔物が発生しております!現在確認されているのは五箇所」
第一聖女はその報告に怯みながらも、懸命に指示を出す。
「聖騎士団の第一部隊から第五部隊までを、その区域の結界維持に向かわせてください。残りの部隊は民の避難に向かってください」
「ですが、とても手が足りません!」
「神官を向かわせます。王兵にも応援を要請済みです。なんとか封じ込めまで、持ち堪えてください」
聖騎士は頷きつつも、険しい表情を第一聖女と第二聖女に向けた。
「今回の騒動に、第三聖女様が関わっているという噂が出回っています」
第一聖女は、耳を疑った。
「どういう、意味ですか?」
「現場で、第三聖女と名乗るものが、人々を魔物に変えて従えていたという噂が、あちこちで囁かれています」
「そんな」
第三聖女であるマリアが、この事態に関わっているはずはなかった。そもそもマリアは、タグトロンから帰って来ていない。
だが重要なのは、その根も葉もない噂が既に一人歩きをし、人々がそれを信じてしまうということだ。
「それは全くの事実無根です。もし第三聖女を名乗る人物がいたら、その人物をすぐに拘束してください」
聖騎士が頷き、部屋を出て行くのを見届けて、第一聖女は疲労から目頭をそっと抑えた。
「お姉さま、神官の派遣が完了しました。ポンデュリー家にも報告済みです。ですが、この事態は一体」
第一聖女は、第二聖女に顔を向けた。
「タグトロンの反乱に、エストーリアでのこの騒動。まだ、誰かが裏で動いているということね。最終的な攻撃目標は、エストーリアということだったみたいね。私たちの、大神殿の限界が試されているのだわ」
「この規模だと、聖力が枯渇すると思われます」
「ええ。そうね・・・。でも、やるしかないもの」
顔色を無くした第二聖女が、頷く。
「マリアを呼び戻しますか?」
「・・・マリアも、今回の標的になっているから。何もできない以上、エストーリアにいる方が危険が及ぶ可能性が高いわね。オリオに頼んで、精霊の国バームストで保護してもらいましょう」
第二聖女は頷き、その旨の手筈を整えに向かった。
第一聖女は、いち早く祈りの間にある祭壇に向かう。そこから、結界に必要な聖力のをエストーリアに注ぎ込まなければならない。
かなり広範囲の結界生成に、第一聖女と第二聖女の聖力がどこまで持ち堪えられるのか?これほどの規模の大災害は、大聖女健在の時にも起こらなかった事態だった。
大聖女不在で、大神殿がどこまでの力量を発揮できるのか。大神殿に限界があることが、民に露見しかねない事態だった。
そして何より、第一聖女と第二聖女の命を確実に脅かす案件だった。第一聖女は、身震いをして自分の体を強く抱きしめた。
「私は、第三聖女である!これまでに民によって虐げられた恨みをここで晴らす!!絶望を思い知るがいい!!」
黒いフードに身を包んだ銀髪の少女がそう叫ぶと、その背後で苦しみのたうちまわっていた人々が次々と魔物に姿を変えて行く。
その様子を見ていた人々は、悲鳴を上げて逃げ惑う。
「第三聖女の反乱だ!」
叫び逃げ出す人々を、ジニエルスは忌々しい思いで見つめた。
一緒に駆けつけた聖騎士団数名に、ジニエルスは支持を出す。
「あれは偽物だ。確保してくれ!」
ジニエルスは神官として現場に派遣されていた。
その実力から若くして高官となっていたジニエルスは、聖騎士団からも一目置かれていた。常にジニエルスの肩に乗っているモーリスも、聖なる動物として崇められているほどだった。
「偽物?!ジニエルス様は第三聖女をご存知なのですか?」
若い聖騎士団たちは、第三聖女の顔を知らない。マリアが表に出るのを嫌っていたためだった。
ジニエルスは結界を作り、魔物化した人々を封じ込めながらニヤリと笑った。
「ああ、よく知ってる。あんなのとは似ても似つかない」
ジニエルスはこの事態に、八年前に聖なる森で起きた事件を思い返していた。あの事件以来、ずっと一緒に過ごしているモーリスには『リード』と名付け、かけがえのないパートナーとして共に過ごしてきた。
ジニエルスの肩に捕まっているモーリスも、かつて自分の命を脅かした魔石の存在を感じ取っている様子だった。落ち着きのない様子で、聞きなれない鳴き声を上げていた。
第三聖女と名乗る人物に、聖騎士団が走り寄る。その団員達が、突然の爆風に吹き飛ばされた。ジニエルスもその煽りを受けて激しく地面に叩きつけられる。
衝撃で、一瞬意識が飛びかけた。動かない体で何とか視線を巡らせる。一体、何が起きた・・・?
視界の端に、倒れている聖騎士団のメンバーと、銀髪の少女らしき人物が倒れているのがかろうじて確認できた。
銀髪の少女に至っては、既に事切れていることが分かるほどの有り様だった。
そこに、足音が近づいて来る。その足音がジニエルスの側で止まった。
「第三聖女の顔を知るものがいたとはな」
ジニエルスは髪を掴まれ、乱暴に持ち上げられた。背後から、不快な声が響いて来る。
「第三聖女について教えてもらおうか?今、どこにいる?」
ジニエルスは痛みに顔をしかめながら、リードの気配を探った。聖力を通じて、ジニエルスとリードはお互いの気配を感じ取れ、意思疎通までできるようになっていた。リードが聖なる存在として崇められている所以だった。
リードはさらに離れたところに飛ばされていたが、無事だった。ジニエルスを気遣う気配に、助けを呼ぶに行くよう指示を出す。リードがその場を離れたのを確認したところで、ジニエルスはさらに加えられる痛みに呻き声を上げた。
「答えられないなら必要ない。死んでもらうだけだ」
「だ、第三聖女は、エストーリアにはいない」
「なんだと?じゃあどこにいる?」
「お前なんかの手の届かないところだよ」
吐き捨てるようにそう言うジニエルスに、その人物は薄く笑った。
「答える気がないということだな。ならば、死ね」
ジニエルスの頭のそばで、炎の魔法が爆ぜる音がした。ジニエルスは覚悟して、目を固く閉じた。
だが次の瞬間、ジニエルスは放り出され再び地面に強く体を打ち付けた。
傍では、凄まじい悲鳴を上げて倒れ込む人物がいた。ジニエルスは目を疑った。自分に魔法を放って自爆した?何でそんなことに?
頬をペロリと舐められ顔を向けると、そこにはリードが心配そうな表情でジニエルスの顔を覗き込んでいた。
「リード!戻って来たのか?」
「久しぶり~。呼ばれたから来たけど、かなり危ない状況だったね」
突然、緊張感のない声が響く。ジニエルスはその方向に顔を向け、目を見開いた。
「オリオ・・・!」
ジニエルスの顔を見て、オリオは笑う。
「酷い状況だね。体中の骨、ボキボキに折れてるんじゃん。ちょっとだけ楽にしてあげるね」
オリオがジニエルスに手をかざす。その手が透き通り、オリオが実体でないことにジニエルスは気がついた。その視線に気付き、オリオは側でジニエルスにピッタリくっついているリードに目を向けた。
「あのとき以来、この子ともつながっていてさ。この子はかしこいよ。僕じゃなければ間に合わないのが分かってたんだね。実体じゃないから、この辺までしかできないけど、少しは楽になった?」
ジニエルスは言われて、体を起こした。
まだまだ激痛が体を襲うが、体が動かせるようになっていた。
さらに大勢の足音が迫って来る。ジニエルスが警戒して目を向けると、それは応援に駆けつけた別の騎士団の部隊たちだった。
そのことに倒れていた人物も気がつき、もつれる足で走り出す。
「あいつを逃すな!」
ジニエルスの叫びに騎士団数名が後を追ったが、爆風で道を阻まれる。怯んだ隙に、その人物は立ち昇る煙の奥へと姿を消した。
「すみません、逃げられました」
報告にジニエルスは唇を噛み締めたが、直ぐに気を取り直す。
「深追いはしなくていい。とりあえず負傷者の手当てと、結界の補強を頼む」
ジニエルスはそこまで指示を出し、大きく息をついた。
「ジニエルスもちゃんと治療してもらって。重症なんだからさ」
オリオの言葉に、ジニエルスは少し笑って頷く。
「オリオはあいつの顔を見たのか?」
オリオは首を振る。
「ジニエルスの頭が吹き飛ばされそうだったから、じっくり顔を見る余裕がなくて。ジニエルスは見たの?」
ジニエルスは首を振る。
「だが、あいつが黒幕だよな?」
「そう、だろうね。ひどいことをするね。本当に」
オリオは、傍に横たわる銀髪の少女の遺体を見て表情を暗くする。利用されあっけなく切り捨てられた、気の毒な少女だった。第三聖女に成り済ましたことは、到底許せることではなかったが。
「とりあえず、僕はいったん戻るよ。次に会える時まで、ちゃんと生き延びていてね」
ジニエルスは苦笑した。オリオに助けてもらわなければ、確実に死んでいた。
「今回は本当、ありがとう。感謝する」
「お礼なら、そのモーリスに。ええっと、名前は?」
「リード」
「そう。リードがさ、必死にジニエルスを助けてって、僕を呼んだからだよ」
ジニエルスはリードを見つめて笑う。
「ああ、分かってるよ。ありがとう、リード」
リードが、顔をジニエルスの腕に擦り寄せる。
顔を上げると、オリオの姿はもうなかった。
上級精霊であれば、意識を飛ばすことができると聞いたことがあった。オリオはマリアの守護精霊になっていると聞いていたが、あそこまでの力の持ち主であるとは思わなかった。
ジニエルスは他の神官から治療を受けながら、結界の向こうで蠢く、魔物化した人々を見つめた。
結果に封じ込めるというのは、結局その場凌ぎにしかならない。根本的な解決をするには、圧倒的な聖力が必要となる。ジニエルスは、そのことを身に染みて知っている。そして今回は、三百を超えるほどの魔物化した人々。
その聖力を、第一聖女と第二聖女で引き出せるのか。ジニエルスは、その表情に影を落とした。
その人物は爪をかじりながら、しばらく宙を見つめて考え込む。
ポータルを封鎖して、タグトロンに圧倒的に有利な状況を作り出したはずだった。外部からの干渉を完全に謝絶したにも関わらず、反乱が失敗に終わったということは、シルバーウイングのメンバーによって状況が打開されたとしか考えられない。
だが、どうやって?オージルもタグトロン一の魔法の使い手ではあるが、それを封じるための手筈は整えていた。
魔法封じの手枷と足枷を装着させ、シルバーウイングの他のメンバーを人質に取ったならば、大人しく自分が殺されるのを待つしかない、はずだった。
ワーネクトは、自分が掌で踊らされているとも気づかず、自分が遂にタグトロンの王となれることをぬか喜びしていたはずだった。それが束の間の夢であったことにも、気付けないままだっただろう。
タグトロンではワーネクトを表に立てて、自分は陰でエストーリアを完膚なきまでに失墜させる予定だった。
その人物は、小さい巾着袋を懐から取り出した。
その中身の感触を手のひらで確かめる。
中には黒曜石に術式を組み込んだ小さな石が三百粒ほど入っていた。
昔から改良を重ねて準備し続けていた物だった。
六年ほど前。聖なる森でモーリスに使用した際、エストーリア側に石を回収されたときは肝を冷やしたが、自分の存在が露見するまでには至らなかった。
人知れず、実験を繰り返してきた。結果は満足のいくものだった。
タグトロンの反乱が失敗したのは大きな誤算だったが、これを使えば十分にエストーリアの権威を失墜させることが出来る。
エストーリアにも、脆弱なところはある。そこから傷を押し広げていけばいいだけだ。
エストーリアが絶対とされている聖力の枯渇を、民に知らしめてやればいい。大聖女は不在の上、第三聖女に至っては、聖女も使えない出来損ないと言われている。
その人物は、ふと動きを止めた。
第三聖女か。既に民から出来損ないの聖女として忌み嫌われている存在。最近エストーリアの皇太子アーシュと婚姻を結び、皇太子妃となった今も、その印象は変わらないままのようだった。
第三聖女を使えば、大神殿への打撃はもちろん、王族にも深刻なダメージを与えることが出来ると気がついた。
「これは、使わない手はないな」
その人物は、ほくそ笑んだ。
この世界の破滅の扉は、第三聖女によって開けられる。エストーリアに持たされる絶望を、存分に味合わせることができるだろう。
その人物は手にしていた袋を懐に戻し、立ち上がった。
本当の反乱は、これからだ。
大神殿に一報が入ったのは、ワーネクトの反乱が終結したとの知らせが入り、人々がほっと胸を撫で下ろしていた矢先だった。
エストーリアの街の一角で、魔物が大量に発生したとの報告が入った。
第一聖女はその報告に、すぐに聖騎士団の出動を要請した。
だが、報告に来ていた聖騎士は、言いにくそうに更に言葉を続ける。
「それが、ただの魔物ではなく、どうやら街の住人が魔物に変わったようだとの報告が」
それを聞いた第一聖女と第二聖女は顔を見合わせた。恐れていた事態が遂に起きたのだと直感した。
「とりあえず、その区域に結界を張り、封じ込めます。魔物への攻撃は禁止とします」
聖騎士は頷き、立ち上がる。そのまま命令を伝達しようと踵を返したときに、別の聖騎士が足をもつれさせながら駆け込んできた。
「別の箇所でも魔物が発生しております!現在確認されているのは五箇所」
第一聖女はその報告に怯みながらも、懸命に指示を出す。
「聖騎士団の第一部隊から第五部隊までを、その区域の結界維持に向かわせてください。残りの部隊は民の避難に向かってください」
「ですが、とても手が足りません!」
「神官を向かわせます。王兵にも応援を要請済みです。なんとか封じ込めまで、持ち堪えてください」
聖騎士は頷きつつも、険しい表情を第一聖女と第二聖女に向けた。
「今回の騒動に、第三聖女様が関わっているという噂が出回っています」
第一聖女は、耳を疑った。
「どういう、意味ですか?」
「現場で、第三聖女と名乗るものが、人々を魔物に変えて従えていたという噂が、あちこちで囁かれています」
「そんな」
第三聖女であるマリアが、この事態に関わっているはずはなかった。そもそもマリアは、タグトロンから帰って来ていない。
だが重要なのは、その根も葉もない噂が既に一人歩きをし、人々がそれを信じてしまうということだ。
「それは全くの事実無根です。もし第三聖女を名乗る人物がいたら、その人物をすぐに拘束してください」
聖騎士が頷き、部屋を出て行くのを見届けて、第一聖女は疲労から目頭をそっと抑えた。
「お姉さま、神官の派遣が完了しました。ポンデュリー家にも報告済みです。ですが、この事態は一体」
第一聖女は、第二聖女に顔を向けた。
「タグトロンの反乱に、エストーリアでのこの騒動。まだ、誰かが裏で動いているということね。最終的な攻撃目標は、エストーリアということだったみたいね。私たちの、大神殿の限界が試されているのだわ」
「この規模だと、聖力が枯渇すると思われます」
「ええ。そうね・・・。でも、やるしかないもの」
顔色を無くした第二聖女が、頷く。
「マリアを呼び戻しますか?」
「・・・マリアも、今回の標的になっているから。何もできない以上、エストーリアにいる方が危険が及ぶ可能性が高いわね。オリオに頼んで、精霊の国バームストで保護してもらいましょう」
第二聖女は頷き、その旨の手筈を整えに向かった。
第一聖女は、いち早く祈りの間にある祭壇に向かう。そこから、結界に必要な聖力のをエストーリアに注ぎ込まなければならない。
かなり広範囲の結界生成に、第一聖女と第二聖女の聖力がどこまで持ち堪えられるのか?これほどの規模の大災害は、大聖女健在の時にも起こらなかった事態だった。
大聖女不在で、大神殿がどこまでの力量を発揮できるのか。大神殿に限界があることが、民に露見しかねない事態だった。
そして何より、第一聖女と第二聖女の命を確実に脅かす案件だった。第一聖女は、身震いをして自分の体を強く抱きしめた。
「私は、第三聖女である!これまでに民によって虐げられた恨みをここで晴らす!!絶望を思い知るがいい!!」
黒いフードに身を包んだ銀髪の少女がそう叫ぶと、その背後で苦しみのたうちまわっていた人々が次々と魔物に姿を変えて行く。
その様子を見ていた人々は、悲鳴を上げて逃げ惑う。
「第三聖女の反乱だ!」
叫び逃げ出す人々を、ジニエルスは忌々しい思いで見つめた。
一緒に駆けつけた聖騎士団数名に、ジニエルスは支持を出す。
「あれは偽物だ。確保してくれ!」
ジニエルスは神官として現場に派遣されていた。
その実力から若くして高官となっていたジニエルスは、聖騎士団からも一目置かれていた。常にジニエルスの肩に乗っているモーリスも、聖なる動物として崇められているほどだった。
「偽物?!ジニエルス様は第三聖女をご存知なのですか?」
若い聖騎士団たちは、第三聖女の顔を知らない。マリアが表に出るのを嫌っていたためだった。
ジニエルスは結界を作り、魔物化した人々を封じ込めながらニヤリと笑った。
「ああ、よく知ってる。あんなのとは似ても似つかない」
ジニエルスはこの事態に、八年前に聖なる森で起きた事件を思い返していた。あの事件以来、ずっと一緒に過ごしているモーリスには『リード』と名付け、かけがえのないパートナーとして共に過ごしてきた。
ジニエルスの肩に捕まっているモーリスも、かつて自分の命を脅かした魔石の存在を感じ取っている様子だった。落ち着きのない様子で、聞きなれない鳴き声を上げていた。
第三聖女と名乗る人物に、聖騎士団が走り寄る。その団員達が、突然の爆風に吹き飛ばされた。ジニエルスもその煽りを受けて激しく地面に叩きつけられる。
衝撃で、一瞬意識が飛びかけた。動かない体で何とか視線を巡らせる。一体、何が起きた・・・?
視界の端に、倒れている聖騎士団のメンバーと、銀髪の少女らしき人物が倒れているのがかろうじて確認できた。
銀髪の少女に至っては、既に事切れていることが分かるほどの有り様だった。
そこに、足音が近づいて来る。その足音がジニエルスの側で止まった。
「第三聖女の顔を知るものがいたとはな」
ジニエルスは髪を掴まれ、乱暴に持ち上げられた。背後から、不快な声が響いて来る。
「第三聖女について教えてもらおうか?今、どこにいる?」
ジニエルスは痛みに顔をしかめながら、リードの気配を探った。聖力を通じて、ジニエルスとリードはお互いの気配を感じ取れ、意思疎通までできるようになっていた。リードが聖なる存在として崇められている所以だった。
リードはさらに離れたところに飛ばされていたが、無事だった。ジニエルスを気遣う気配に、助けを呼ぶに行くよう指示を出す。リードがその場を離れたのを確認したところで、ジニエルスはさらに加えられる痛みに呻き声を上げた。
「答えられないなら必要ない。死んでもらうだけだ」
「だ、第三聖女は、エストーリアにはいない」
「なんだと?じゃあどこにいる?」
「お前なんかの手の届かないところだよ」
吐き捨てるようにそう言うジニエルスに、その人物は薄く笑った。
「答える気がないということだな。ならば、死ね」
ジニエルスの頭のそばで、炎の魔法が爆ぜる音がした。ジニエルスは覚悟して、目を固く閉じた。
だが次の瞬間、ジニエルスは放り出され再び地面に強く体を打ち付けた。
傍では、凄まじい悲鳴を上げて倒れ込む人物がいた。ジニエルスは目を疑った。自分に魔法を放って自爆した?何でそんなことに?
頬をペロリと舐められ顔を向けると、そこにはリードが心配そうな表情でジニエルスの顔を覗き込んでいた。
「リード!戻って来たのか?」
「久しぶり~。呼ばれたから来たけど、かなり危ない状況だったね」
突然、緊張感のない声が響く。ジニエルスはその方向に顔を向け、目を見開いた。
「オリオ・・・!」
ジニエルスの顔を見て、オリオは笑う。
「酷い状況だね。体中の骨、ボキボキに折れてるんじゃん。ちょっとだけ楽にしてあげるね」
オリオがジニエルスに手をかざす。その手が透き通り、オリオが実体でないことにジニエルスは気がついた。その視線に気付き、オリオは側でジニエルスにピッタリくっついているリードに目を向けた。
「あのとき以来、この子ともつながっていてさ。この子はかしこいよ。僕じゃなければ間に合わないのが分かってたんだね。実体じゃないから、この辺までしかできないけど、少しは楽になった?」
ジニエルスは言われて、体を起こした。
まだまだ激痛が体を襲うが、体が動かせるようになっていた。
さらに大勢の足音が迫って来る。ジニエルスが警戒して目を向けると、それは応援に駆けつけた別の騎士団の部隊たちだった。
そのことに倒れていた人物も気がつき、もつれる足で走り出す。
「あいつを逃すな!」
ジニエルスの叫びに騎士団数名が後を追ったが、爆風で道を阻まれる。怯んだ隙に、その人物は立ち昇る煙の奥へと姿を消した。
「すみません、逃げられました」
報告にジニエルスは唇を噛み締めたが、直ぐに気を取り直す。
「深追いはしなくていい。とりあえず負傷者の手当てと、結界の補強を頼む」
ジニエルスはそこまで指示を出し、大きく息をついた。
「ジニエルスもちゃんと治療してもらって。重症なんだからさ」
オリオの言葉に、ジニエルスは少し笑って頷く。
「オリオはあいつの顔を見たのか?」
オリオは首を振る。
「ジニエルスの頭が吹き飛ばされそうだったから、じっくり顔を見る余裕がなくて。ジニエルスは見たの?」
ジニエルスは首を振る。
「だが、あいつが黒幕だよな?」
「そう、だろうね。ひどいことをするね。本当に」
オリオは、傍に横たわる銀髪の少女の遺体を見て表情を暗くする。利用されあっけなく切り捨てられた、気の毒な少女だった。第三聖女に成り済ましたことは、到底許せることではなかったが。
「とりあえず、僕はいったん戻るよ。次に会える時まで、ちゃんと生き延びていてね」
ジニエルスは苦笑した。オリオに助けてもらわなければ、確実に死んでいた。
「今回は本当、ありがとう。感謝する」
「お礼なら、そのモーリスに。ええっと、名前は?」
「リード」
「そう。リードがさ、必死にジニエルスを助けてって、僕を呼んだからだよ」
ジニエルスはリードを見つめて笑う。
「ああ、分かってるよ。ありがとう、リード」
リードが、顔をジニエルスの腕に擦り寄せる。
顔を上げると、オリオの姿はもうなかった。
上級精霊であれば、意識を飛ばすことができると聞いたことがあった。オリオはマリアの守護精霊になっていると聞いていたが、あそこまでの力の持ち主であるとは思わなかった。
ジニエルスは他の神官から治療を受けながら、結界の向こうで蠢く、魔物化した人々を見つめた。
結果に封じ込めるというのは、結局その場凌ぎにしかならない。根本的な解決をするには、圧倒的な聖力が必要となる。ジニエルスは、そのことを身に染みて知っている。そして今回は、三百を超えるほどの魔物化した人々。
その聖力を、第一聖女と第二聖女で引き出せるのか。ジニエルスは、その表情に影を落とした。
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エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。
そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。
然もである。
公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。
一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。
趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。
そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。
「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。
ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。
拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。
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「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
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「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
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