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解放された瞬間〜岸田奈織side〜

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「私もね、尚弥に言わなきゃいけないことがあるの。」 

私も尚弥と向き合う覚悟がやっとできた。
本当は、何も言わずにこのままの関係でい続ければいいと思っていた。
しかし、尚弥が苦しそうな顔をしてまで、過去のことを打ち明け、私と真剣に向かおうとしている。
それなのに、自分が過去から目を背けようとしていたことが、ひどく滑稽に思えた。

「うん。聞くよ。」

先程までの、悲しみや罪悪感で壊れてしまいそうな尚弥はいなかった。目の前にいるのは、私と同じ。覚悟はしていると言わんばかりの力強い眼差し。

「尚弥と出会った時…覚えてるかな?過去のことを聞かれたことがあったでしょ?その時、わからないとかって言ったと思うけど…、あれ、はぐらかしたわけでもなく、本当に答えられなかったの。私…。高校の前から記憶がないの。自分でも何回も思い出そうとしたの。大切なものを…忘れてはいけないものを忘れている気がしたから…!けど、思い出そうとしても、体が拒否するの…!いつからか、私は思い出すことを諦めてしまっていた…。」

怖かった。ワンルームに鎖に繋がれていない猛獣と閉じ込められているような…、なんとも言えない恐怖心でいっぱいだった。せっかくここまで順調に築いて来た関係が、ジェンガが崩れるみたいに壊れていくのが想像できた。1つ1つ打ち明けることで、不安定になっていき、そのうち保てなくなるのではないか。そんな気持ちでいっぱい。

「奈織。」

ポン。暖かいなにかが頭に乗っかった。大きい尚弥の手。私を呼ぶ声色はとても優しかった。

「奈織。落ち着け。俺はさっきも言ったけど、昔…坂本のことが好きだった。今でも、たまに奈織と重ねてしまっていたことは、まぎれもない真実だよ。けど、今俺は坂本奈織じゃなく、岸田奈織が好きなんだ。奈織が過去の記憶がなくても、俺はいい。奈緒が思い出したいなら、俺もできる限り協力はするよ。俺の過去が知りたければ、ありのまま話すし。ただ、思い出したくないなら、俺はそれでもいいと思う。大切なのは過去じゃない。今とそしてこれからだから。」

涙が溢れて来た。いつぶりだろうか。記憶がある中では、高校になってから、なにがあっても泣かなかった。別に無理をしていたわけでもないが、涙が出ることはなかった。
胸につっかえていたものが取れた気がした。私は「思い出さなくてもいい。」と思いながらも、「思い出さなくてはいけない」と心の奥底では思っていたのかもしれない。
けど、尚弥に会って変わった。そもそもどちらも違ったのだ。どちらでもないのだと。「少しずつ、思い出せる時に思い出していけばいいのだ」と。
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