10 / 10
2②
しおりを挟む
結局どうにもならないまま舞踏会の時間になった。執事と一緒に入った会場はすでに沢山の人がいて、俺が入った瞬間に全員の目がこちらに向いたのが分かった。
「第一王子、ヴェルヘルム様のおなりー!」
衛兵が声を張り上げれば、玉座の方まで道が開くように人がはけていく。というより、我こそはと乗り出そうとする子どもを親が諌めている。この頃よりずっと鋭くなっていた人の気持ちを読み取る力は過去に戻っても衰えていなかったようで、子どもたちはみんな俺に恋したような表情をしていた。俺が父上たちの方に着くと目の前に列ができ、一人一人が俺に挨拶をする。少しでも自分が、子供が、目にかけてもらえるように。みんなそんな顔をしている。それは、前回から全く変わっていないことだった。
そしてついに、あいつの……ラインハルトの番になった。
「サヴォイア家が長男、ラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアでございます」
そう言って見事なお辞儀をしたあと見えたあいつの顔には―――
―――恋した色なんて、微塵も写っていなかった。
気に入られようなんて気持ちも見えず、貴族らしいうわべだけの微笑みを乗せて父上からの言葉を聞いている。その様子が信じられなかった。
だって、あいつは、小さい頃からずっと恋をしている表情をしていたから。近づけば顔を赤くし、マークに近づけば少し不快そうな顔をした。それはきっと勘違いなんかじゃないはずだ。
『ラインがなぜあんたのことが好きなのか知らないくせに!』
男の言葉が頭をよぎる。気づけばラインハルトの番は終わっていたようで、食事しつつの舞踏会に続いていて、たくさんの令嬢子息が群がってくる。その中でやっぱりラインハルトは輪の中に入らず、外から飲み物を飲みつつこちらの方を様子見するように見ている。
「すまない、ちょっと、離れ……うわっ!?」
人の波に押され、俺のためにと持ってきていたらしい飲み物が手袋にかかる。人前で手袋を外したくなかったから、執事に人を避けてもらい、新しい手袋も用意してもらう。
「ふぅ……」
「……っ!」
執事に従い人が減ったから手袋を外すと、隣で息を呑んだ気配がした。横を見ると、いつの間にかそばに来ていたラインハルトが真っ赤な――あの恋をした顔で俺の手を見ていた。……俺の手が好きだったのか?
「あの、なにか?」
「!あ、ぁ、いえ、その、俺は……」
あまりにも見てくるので耐えきれずに問えば、さっきの完璧な挨拶とは程遠いどもったような返事が返ってくる。顔を隠すように手をウロウロとさせ、目線も合わない。ここまで露骨なラインハルトは初めて見た。
知らなければならない、と俺の中の誰かが言う。今まで見ようともしなかった本当の彼を見ろと。一歩寄れば、震える足で一歩下がる。その手をつかまえて、2人きりになれるようにバルコニーに踏み出した。
―――
「あ、あの、殿下……?」
ラインハルトはマークと違って俺を愛称で呼ばない。なんだか、それに初めて気づいた気がする。今だに顔を真っ赤にしたまま仕切りにつかまれた手を気にしている様子のラインハルトに、そのままの質問を投げかけた。
「君は俺のどこがそんなに気に入ったんだ?」
「へぁっ!?」
真っ赤の顔をさらに真っ赤にして、相手が俺ということも忘れたのか手をブンブンと振って手を離そうとしている。初めて見るラインハルトばっかりだ。振っても振っても離れない手に逃されたのだと察したのか、うぅ、と唸ったあと観念したように話し始めた。
「……手、が……」
「手?」
「殿下の、努力されていることが分かる手が好きなんです……!」
真っ赤で、半泣きの情けない顔。あの頃から感じられなかったこいつはまだ7才なのだという事実が、じわじわと染みていく感じがした。
手は、俺のコンプレックスだ。ペンダコと剣ダコにまみれた、汚い手。それが嫌でずっと透けない手袋をしていた。ずっと、誰にも見せないようにしていた。
あの時は、マークが初めてだと思っていた。努力する俺を認めてくれたのは。だからマークの前では手袋のない自分でいられた。
でも、もしかしたら、ずっと……。
目の前のラインハルトを改めて見れば、こっちの視線に気づいたようににへら、とはにかんだ真っ赤な顔が月明かりで柔らかに照らされている。
その姿を、美しいと思った。
「第一王子、ヴェルヘルム様のおなりー!」
衛兵が声を張り上げれば、玉座の方まで道が開くように人がはけていく。というより、我こそはと乗り出そうとする子どもを親が諌めている。この頃よりずっと鋭くなっていた人の気持ちを読み取る力は過去に戻っても衰えていなかったようで、子どもたちはみんな俺に恋したような表情をしていた。俺が父上たちの方に着くと目の前に列ができ、一人一人が俺に挨拶をする。少しでも自分が、子供が、目にかけてもらえるように。みんなそんな顔をしている。それは、前回から全く変わっていないことだった。
そしてついに、あいつの……ラインハルトの番になった。
「サヴォイア家が長男、ラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアでございます」
そう言って見事なお辞儀をしたあと見えたあいつの顔には―――
―――恋した色なんて、微塵も写っていなかった。
気に入られようなんて気持ちも見えず、貴族らしいうわべだけの微笑みを乗せて父上からの言葉を聞いている。その様子が信じられなかった。
だって、あいつは、小さい頃からずっと恋をしている表情をしていたから。近づけば顔を赤くし、マークに近づけば少し不快そうな顔をした。それはきっと勘違いなんかじゃないはずだ。
『ラインがなぜあんたのことが好きなのか知らないくせに!』
男の言葉が頭をよぎる。気づけばラインハルトの番は終わっていたようで、食事しつつの舞踏会に続いていて、たくさんの令嬢子息が群がってくる。その中でやっぱりラインハルトは輪の中に入らず、外から飲み物を飲みつつこちらの方を様子見するように見ている。
「すまない、ちょっと、離れ……うわっ!?」
人の波に押され、俺のためにと持ってきていたらしい飲み物が手袋にかかる。人前で手袋を外したくなかったから、執事に人を避けてもらい、新しい手袋も用意してもらう。
「ふぅ……」
「……っ!」
執事に従い人が減ったから手袋を外すと、隣で息を呑んだ気配がした。横を見ると、いつの間にかそばに来ていたラインハルトが真っ赤な――あの恋をした顔で俺の手を見ていた。……俺の手が好きだったのか?
「あの、なにか?」
「!あ、ぁ、いえ、その、俺は……」
あまりにも見てくるので耐えきれずに問えば、さっきの完璧な挨拶とは程遠いどもったような返事が返ってくる。顔を隠すように手をウロウロとさせ、目線も合わない。ここまで露骨なラインハルトは初めて見た。
知らなければならない、と俺の中の誰かが言う。今まで見ようともしなかった本当の彼を見ろと。一歩寄れば、震える足で一歩下がる。その手をつかまえて、2人きりになれるようにバルコニーに踏み出した。
―――
「あ、あの、殿下……?」
ラインハルトはマークと違って俺を愛称で呼ばない。なんだか、それに初めて気づいた気がする。今だに顔を真っ赤にしたまま仕切りにつかまれた手を気にしている様子のラインハルトに、そのままの質問を投げかけた。
「君は俺のどこがそんなに気に入ったんだ?」
「へぁっ!?」
真っ赤の顔をさらに真っ赤にして、相手が俺ということも忘れたのか手をブンブンと振って手を離そうとしている。初めて見るラインハルトばっかりだ。振っても振っても離れない手に逃されたのだと察したのか、うぅ、と唸ったあと観念したように話し始めた。
「……手、が……」
「手?」
「殿下の、努力されていることが分かる手が好きなんです……!」
真っ赤で、半泣きの情けない顔。あの頃から感じられなかったこいつはまだ7才なのだという事実が、じわじわと染みていく感じがした。
手は、俺のコンプレックスだ。ペンダコと剣ダコにまみれた、汚い手。それが嫌でずっと透けない手袋をしていた。ずっと、誰にも見せないようにしていた。
あの時は、マークが初めてだと思っていた。努力する俺を認めてくれたのは。だからマークの前では手袋のない自分でいられた。
でも、もしかしたら、ずっと……。
目の前のラインハルトを改めて見れば、こっちの視線に気づいたようににへら、とはにかんだ真っ赤な顔が月明かりで柔らかに照らされている。
その姿を、美しいと思った。
673
お気に入りに追加
1,251
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(5件)
あなたにおすすめの小説
偽物の番は溺愛に怯える
にわとりこ
BL
『ごめんね、君は偽物だったんだ』
最悪な記憶を最後に自らの命を絶ったはずのシェリクスは、全く同じ姿かたち境遇で生まれ変わりを遂げる。
まだ自分を《本物》だと思っている愛する人を前にシェリクスは───?
お決まりの悪役令息は物語から消えることにします?
麻山おもと
BL
愛読していたblファンタジーものの漫画に転生した主人公は、最推しの悪役令息に転生する。今までとは打って変わって、誰にも興味を示さない主人公に周りが関心を向け始め、執着していく話を書くつもりです。
婚約者の恋
うりぼう
BL
親が決めた婚約者に突然婚約を破棄したいと言われた。
そんな時、俺は「前世」の記憶を取り戻した!
婚約破棄?
どうぞどうぞ
それよりも魔法と剣の世界を楽しみたい!
……のになんで王子はしつこく追いかけてくるんですかね?
そんな主人公のお話。
※異世界転生
※エセファンタジー
※なんちゃって王室
※なんちゃって魔法
※婚約破棄
※婚約解消を解消
※みんなちょろい
※普通に日本食出てきます
※とんでも展開
※細かいツッコミはなしでお願いします
※勇者の料理番とほんの少しだけリンクしてます
『悪役令息』セシル・アクロイドは幼馴染と恋がしたい
佐倉海斗
BL
侯爵家の三男、セシル・アクロイドは『悪役令息』らしい。それを知ったのはセシルが10歳の時だった。父親同士の約束により婚約をすることになった友人、ルシアン・ハヴィランドの秘密と共に知ってしまったことだった。しかし、セシルは気にしなかった。『悪役令息』という存在がよくわからなかったからである。
セシルは、幼馴染で友人のルシアンがお気に入りだった。
だからこそ、ルシアンの語る秘密のことはあまり興味がなかった。
恋に恋をするようなお年頃のセシルは、ルシアンと恋がしたい。
「執着系幼馴染になった転生者の元脇役(ルシアン)」×「考えるのが苦手な悪役令息(セシル)」による健全な恋はBLゲームの世界を覆す。(……かもしれない)
やり直せるなら、貴方達とは関わらない。
いろまにもめと
BL
俺はレオベルト・エンフィア。
エンフィア侯爵家の長男であり、前世持ちだ。
俺は幼馴染のアラン・メロヴィングに惚れ込み、恋人でもないのにアランは俺の嫁だと言ってまわるというはずかしい事をし、最終的にアランと恋に落ちた王太子によって、アランに付きまとっていた俺は処刑された。
処刑の直前、俺は前世を思い出した。日本という国の一般サラリーマンだった頃を。そして、ここは前世有名だったBLゲームの世界と一致する事を。
こんな時に思い出しても遅せぇわ!と思い、どうかもう一度やり直せたら、貴族なんだから可愛い嫁さんと裕福にのんびり暮らしたい…!
そう思った俺の願いは届いたのだ。
5歳の時の俺に戻ってきた…!
今度は絶対関わらない!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
ラインハルトが10話の時点で何歳なのか教えていただきたいです!
8歳なのか、6歳なのかわからなくて、、、
とても面白いので、首を長くして続き待ってます!
読んでくださりありがとうございます!
答えであっているのか分かりませんが、ラインハルトがマークの1つ上、ヴェルヘルムがラインハルトと同い年です!そのあたり諸々を含めたキャラ紹介をそのうち投稿する予定です!
うわわわっ、大変失礼いたしました!やぬい様のお名前を間違えるという非常に失礼なことをしてしまいました!申し訳ございませんでした!
こちらは謝罪のみですので読み流してやってくださいませ。本当に申し訳ございませんでした!
とびきりのハッピーエンド、楽しみにしておりますね!
こういうお話大好きです!
悪役令息ものを読んでいていつも断罪する王子達は何故、もう一方の話を聞いてから判断しないやつらばかりなのかと思っていましたので、彼らにはしっかり真実を知ってもらって深く反省して頂きたいところですね。
そしてラインハルト君にはとびきり幸せになってもらいたいです!
ご多忙とのことですので、ご無理はなさらずにゆぬい様の無理のないペースで更新してくれるのをのんびり楽しみにお待ちしていますね。
ありがとうございます!とびきりのハッピーエンドにできるように頑張って更新していくつもりです!