悪役令息の死ぬ前に

やぬい

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 僕がグズグズと泣き止むと、キャサリンがハンカチと温かいスープを持ってきてくれた。キャサリンの後ろに一人調理場の制服を着た青年が立っている。

「ラインハルト様、よければお召し上がりください。長い間何も口にされていないでしょうから具の少ないスープですけれど」
「ありがとう……ええと、君は……」
「キャサリンと申します。こっちはダニエル、そのスープを作った料理人です」

 ダニエルさんは、この国ではなかなか見ない浅黒い肌の青年だった。調理場で働く中では若い方に見える。

「お初にお目にかかります、ダニエルでございます。本日よりラインハルト様のお食事を秘密裏にではありますが作らせていただくことになりました」

 ダニエルさんが前に出てお辞儀をするとお兄様が驚いてベッドから飛び上がりそうになる。慌てて寝かし直せばおとなしく寝てくれたけれど驚いた表情のままだ。

「な、なんで……そんな、そんな……お父様、が、あなたを、クビにしてしまう……」

 絶望的な声を漏らしながら僕にすがりついてくる。不安なのだろう、顔は真っ青で体はふるふると震えている。

 やっぱり、お兄様にご飯をあげないようにしたのはお父様なんだなって今さら気づいた。それはきっと前のときも一緒で、どんな気持ちであの人が俺に笑いかけてきたのか怒りと悲しみの混じった気持ちで考える。

 「いえ、大丈夫です。俺は殺人に参加したくなかっただけですので」

 ダニエルさんは真っ直ぐな目で告げるその言葉が、心にぐさりと刺さる。

 前の俺も殺人に参加していたのかもしれない。

 知らなかったから、何もできなかった。でも、知らなかったからは言い訳にならない。僕は知らなかったんじゃなくて、知ろうとしなかったんだ。

 あの人は僕たちに何回も言った。知らなかったくせにって。


 ああ、知らないって罪だ。


「……俺……」
「お食べになってください。できないのでしたら、俺が食べさせて差し上げますが」

 その言葉にたまらず手を挙げた。

「ぼ、僕!僕が食べさせてあげます!」

 スプーンを受け取って、スープを少しだけすくう。

 知らないお兄様を少しでも減らしたかった。
 ふー、ふー、と少しだけ冷ましてお兄様の口元に寄せる。

「お兄様、あーん」

 少し恥ずかしいけど、今更取り消せない。そのまま少し耐えると、お兄様はちょっとだけ戸惑ったようにきょろきょろしてほっぺをほんのりピンクにしてスプーンに食いついた。緊張してた表情がみるみるふわふわとしていく。

「……おいしいですか」
「うん、おいし……ありがとう、ダニー…」

 久々の温かい食事を幸せそうに食べるお兄様を……

……かわいいって、思った。

 ヴェル様とか、他のお友達が僕のことをかわいいって言うのが不思議だったけど、なんだかわかる気がする。

 知らないお兄様を知りたいって思ったけど、新しいお兄様も見てみたい。僕しか知らないお兄様も見てみたい。

 いつか、いつか、お兄様に好きって言ってもらいたい、なんて。

「……?マーク……もう少し、食べたい……」
「は、はい!どうぞ!」



 初めてのお兄様を、これからもずっと隣で見ていたい。
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