悪役令息の死ぬ前に

やぬい

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 お兄様が死んだ。幽閉されていた自室で首を吊っていたと侍女たちが話しているのをちょうど公爵家いらしていたヴェルヘルム様たちと聞いた。

 急いで向かってみようとしてはたと気づく。


 ――ああ、僕はあの人がどこにいたのか知らない――


 話していた侍女に聞き、向かった先の部屋はひどい有様だった。


 ベッドと机だけで一杯になりそうな小さな部屋だった。いつ作られたのかも分からない腐臭の漂うスープは机の上に放置され、骨組みだけのベッドの上にはビリビリに破かれたシーツが適当に掛けてあった。

 そのベッドの上で、フードを被った男が首に赤い線を作ったお兄様の体を抱きしめている。

「ああ、かわいそう、かわいそうなライン。痛かったな、苦しかったな、かわいそうなラインハルト」

 宝物を触るようにゆっくりとした手つきで傷んだ濡烏色の髪を撫でる。そっと閉じられた瞳は、もう、開くことはないのだろう。けれどもその表情は心なしか穏やかで―――


………―――酷く恐ろしかった。


「……貴様は、誰だ」

 男の声だけが響く室内で、最初に声を上げたのはヴェル様だった。男はヴェル様をちらりと見て、思い切り顔を歪める。

 その顔にはただ殺意だけがあった。

「お前は、おまえは、許さない。おまえ、お前みたいな男のために、ラインは死んだんだ。おまえ、みたいな……」

 男の瞳がグルンとこちらを向く。

「……おまえも、だよ……
おまえも、だよ!」

 お兄様と同じ深い藍色の瞳にこもっている色はお兄様のものとは全然違う、心の底からの敵意だ。かくかくと膝が震える。

「馬鹿だ、馬鹿だ、あんたら全員、最高の馬鹿だ!ラインばっかり追い詰めて、憎んで!なんにもしらないくせに!」

 男は遺体を抱きしめながら泣き叫ぶ。知らないくせに、分からないくせに、という言葉が、なんだかいつもより痛い。

「ラインの部屋を知らなかったくせに!ラインがなんで家族の食卓にこないのかしらないくせに!ラインがなぜあんたのことが好きなのか知らないくせに!


 ………ラインが死んだ理由だってわかってないくせに……!」


 お兄様が食卓に来ない理由?
 それは、僕が嫌いだからでしょう?

 お兄様がヴェル様を好きな理由?
 ヴェル様がかっこよかったからでしょう?


 お兄様が、首を吊った理由?

 ……贅沢を、できなくなったから………とか?

「あゝ、ほら、ほら!」

 考えていたことを見透かすように非難が強くなった声が叫ぶ。

「真実を分かってないのに分かった風になってるガキがいるからラインは死んだんだ!

 ラインは、ラインはァ……!」

 男の体から黒いモヤが染み出してくる。急いで外へ出ようとするが、扉はくっついてしまったように動かなくなっていた。


 床をたどってきたモヤがたどり着いた足から、力が入らなくなっていく。それはどんどん深くなって、僕たち全員を飲み込もうとしているんだと気づいた。


 膝が埋まって、肩が埋まって、もうのみこまれるという瞬間、

……愛おしそうにお兄様に口づけをする男を見た。
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