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邪教のカリスマ

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 どうして、こうなったんだろう。



 とうに酔いが覚めた意識の中、ぼんやり考える。

 そうだ。俺は夜風を浴びるため、ひとりで酒場の外に出て。火照った体とふらふらした視界で、夜空を眺めていたのだ。
 星が綺麗だなあ、ここの星座は元いた世界とはやっぱり違うのかなあ、なんて呑気に思いながらぼんやり見蕩れていると──そこで意識が途絶えた。

 なるほど。これは急性アルコール中毒、などではないらしい。

 俺はというと。手を後ろに縛られ、椅子に座らされていた。木製のそれがぎしりと鳴く。周りを見るに、薄暗いどこかの部屋のようだ。格調高い卓に置かれた燭台の赤い炎が、不気味に揺らめいた。
 黒い装束を身にまとった人々に囲まれて、俺は死んだ目をしていた。

 そして、目の前では──眉目秀麗な男性が、自分を見下ろしている。深い蒼の髪が特徴的だ。

「…………」

 重い沈黙が落ちる。何故、見つめあったまま何も言わないのか。ここはどこなのか。
 なぜ、俺をこんなところへ連れてきたのか。

 緊張とともに息をごくりと飲んでから、震えそうになる声を絞り出した。

「……あの、貴方は……ここはいったい……」

「……ッ!」

 は、と我に返ったように彼は目を瞬く。そうして震え上がるような恐ろしい笑みを作った後、鮫のような鋭い牙を覗かせて口を開いた。

「……テネブラエ教団の拠点さ。我はその先導者──クルエル様だ」

 腹の底に響くような低い声。
 聞き覚えのある単語、テネブラエ教団。それは、クレッシタさんが警戒しているという教団だ。
 邪教ではないか。
 頭の中で思い返された彼の懸念に、身震いする。

「……! 最近王都でできたっていう……」

 言うと、ぱあ、と表情が明るくなる。

「っ知っているのか!? ……っんん、そうだ! 恐れ戦け!」

 ……あれ。想像していた人物像よりは、なんだか──子どもっぽい、ような。
 もしかして思ったより話しやすいのか? 生まれたひとつの可能性に、先ほどよりも幾分か緊張がほぐれる。上手くいけば、なにもなく解放してくれるのではないだろうか。

 クルエルと名乗った男性へ、口を開く。

「あの……俺を攫ったんですか?」

「……ああ、そうさ。貴様には我が教団の礎になってもらうぞ」

 やっぱり邪教だ!!

 予想は容易く裏切られた。身体が跳ねて、椅子がまた小さく鳴いた。

「貴様のことは知っている──異世界の人間だろう」

 なんで、それを。……もしかして酒場で聞いていたのか。あまりにも迂闊だった。アルコールの入った過去の自分を殴り倒したい。
 冷や汗がたらりと垂れるのを感じながら、冷酷にこちらを見下ろす彼へ睨み返す。

「異世界って、なんのことですか」

「しらばっくれても無駄だ。お前の村に我が同胞がいたのだから」

「……っ」

「魔力も無い、スキルも無い。身元もどこかわからない、どうもこの世界のものではない男がいる──眉唾物かと思っていたが、その反応を見るに本当らしいな」

 するり、と黒手袋に覆われた指先が、俺を顎をくい、と上げた。視線が合った数秒。すぐにそれは逸らされ、ぱっと開放される。

「……、異世界の者を使えば、必ずや我が下僕は強靭な力を得るだろう」

 下僕──同胞である周りの人々とは、違うのだろうか。彼の話からするに、もし本当にここが邪教とやらならば。彼は俺を、なにかしらの儀式の素材にしようとしているのだ。
 最悪の可能性を考え身震いをする俺に、彼は低く笑った。

「大丈夫だ、殺したりはしない。供給源になってもらうのだからな。爪を剥いでも、肉を削いでも、血を抜いても──魔法でちゃあんと回復させてやる」

「ひ……」

 ぞ、と背筋に冷たいものが走る。恐怖からか細い悲鳴が漏れた。

「……うわ、かわ……」

「えっ、今なんて……」

「っごほん、口を慎め!」

 よく聞こえなかった。聞き返せば、咳払いとともに強い口調で言い返されて、また口を噤む。

「……クルエル様、そんなことしたことなくね?」

「しっ」

「だってあの人間が初めてじゃん……」

「しっ」

 壁際からこそこそと何かが聞こえたが、それに言及もできる様子ではない。
 いくら怪我をしても、回復される。そしてまた、傷つけられる。それは、死ねないことを意味していて。どれほど残酷なことだろう。

 こわい。

 それだけしか頭の中になくなって。じわりと涙が情けなく滲む。これから自分の身にかかる惨事を考えてしまって、どうしようもなく震えた。

 突然、彼が胸を押える。え、と思う間もなく苦しむような声を出した。

「ぐぅ……ッ!! 貴様、『魅了』を使うのをやめろ!!」

「使ってないです!!!」

 スキルもないのに使えるはずがない。必死に叫んだが、しばらく彼は蹲ってしまった。どうしてしまったのだろうか。……俺はどうなるのだろうか。

「案ずるな、価値が無くてもきちんと飼ってやる。我の……と、隣で。世界がひれ伏す様を見られる権利をやろう」

 飼わなくていいから家に帰して欲しい。

「……絵よりも実物の方がずっとかわ……小動物のよう……」

 何か言っているし。ずっと理解できないことを言っていて、それも恐怖を煽る。




「なんかもう普通に応援したくなってきたな」

「クルエル様がんばれー」



 また壁際から何か聞こえた。

 ロイにプロタくんや、クレッシタさんはどうしているだろう。外に行ったきり全然帰ってこないと呆れているだろうか。酔っ払っていたから仕方ないと諦めたりはしていないだろうか。……探してくれたり、していないだろうか。

 一縷の望みが頭をよぎったそのとき、後ろから忙しい足音と──乱暴にドアが開けられる音がした。



「っクルエル様、侵入者が──ぐあっ!!」

「邪教の皆さんこんばんはー!」

「……ユウトは、どこだ。潰す」

「……あー、えーと……騎士団だ! 横のコイツらはともかく──お縄にかけてやるからな!」
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