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人形と、再会①
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「悠斗……少し、いいだろうか」
ある日。仕事の心地よい疲れを感じながら、ベッドに腰掛けたときだった。カトラさんの人形をまた取り出し、いつもの日課のように眺めていたそのとき、リュディガーさんが話しかけてきた。
それ、と指さされたもの。俺の手の中に収まる、可愛らしい人形。
「お前もロイも、人形を持っているだろう。その……俺も、人形が欲しいんだ」
ふと、以前のことを思い出す。そういえば、俺たちが人形を囲んで話していたときは、「壊したくない」という理由で離れて見ていたっけ。こちらをたまに窺うように覗いていた視線は、彼も人形が欲しかったからだったのか。
可愛らしい要望を聞けたのが嬉しくて、思わず笑う。
どうせ人形が欲しいのならば、やはりあの人に頼んだ方が良いだろう。格段のこだわりを持っていて、満足がいくまで手を抜かない獣人の人形師──カトラさんに。
「じゃあ──明日、俺とロイが一押ししてる人形師さんに依頼してみましょうか」
ここ最近は依頼が立て込んでいた。息抜きにはちょうどいいだろう。
言うと、ぱああ、と喜色が広がる。彼は俺よりもずっと歳上なのだろうが、子どもみたいなその表情に愛らしさを感じた。
***
次の日。馬車に揺られて少しした頃。俺たちは、懐かしい場所に立っていた。王都ほど栄えてはいないが、賑やかさを感じる街。そこにある、可愛らしいアトリエの前に。
「カトラさんの人形は精巧で出来が良いからな」
ロイが理解を示しながら笑う。
こんこん、と控えめにノックをすると、どうぞと静かな声。懐かしい声色に、胸が弾んだ。
「お邪魔します!」
「……ユウト……! 久しぶりだね、元気そうでなによりだよ」
机に座って作業していた彼が立ち上がり、駆け寄る。その耳はこころなしかいつもよりぴんと張っていて、狼のような翠の尾は立ち上がって横に振られている。
「それに──ロイ、君も。あの子は大事にしてくれてる?」
「もちろんです。その節はありがとうございました」
ロイが頭を下げると、カトラさんは頬を僅かに緩める。
それから。
「それで……後ろの方たちは?」
後ろのふたりに目をやって、口を開く。なんだろうか──カトラさんの表情は初めて会ったときと比べると幾分か角が取れ、以前より社交的になったように思える。
「本日は、依頼をお願いしたく参りました。彼らの持っている人形の出来が大変素晴らしいものでしたから──」
「貴方も欲しいってことだね。もちろん、承るよ」
畏まった口調のリュディガーさんの言葉を、すんなり受け入れてくれたのだ。内容をまだ深く聞くことも無く、二つ返事で。
すると、硬い表情はそのままに、少しだけ面食らったように目を丸くしてから。リュディガーさんは深々と頭を下げた。
「よろしくお願いします──先生」
先生。
「……先生か」
「我が弟ながら真面目だなあ」
「……丁寧な人だね。そんなに畏まらなくてもいいのに」
カトラさんが口元に手を当てて、ふふ、と淑やかに笑う。やっぱり、そうだ。彼の纏う空気は柔らかなものになっていて、笑顔も心の底から笑っているのだとわかるほどに自然だった。
あの依頼のときから、だろうか。自惚れかもしれないが、だとしたら──嬉しい。
「……さ、もっと奥に入って」
緩みそうになる口元を抑えて、俺たちはカトラさんの言葉に従った。
中に足を進めると、前と同じように、圧倒されるほどの人形が並んでいる。いや──前よりも、増えたような気さえした。
息を飲んでいると、カトラさんがゆったりとした口調で言葉を紡ぐ。
「……この子たちの中から誰かを選んでもいいし、オーダーメイドでも受け付けるよ。どうする?」
ずらりと並べられた棚の中では、たくさんの人形がちょこんと可愛らしく座っている。俺やロイが貰ったのはぬいぐるみのような人形だったが、ドールといったリアルなものもあった。サイズも様々で、それこそ手のひらサイズのものから何十センチもあるような大きさまで。
作るのに、どれほどの手間がかかっているのだろう。考えただけで気が遠くなりそうだ。
「……綺麗だな」
リュディガーさんが漏らす。視線の先には、ひとつだけ離れて置かれたドール。ふたりで目を奪われる。それには、以前彼からの依頼で採取した、閉花石が片目に嵌め込まれていた。
黒髪の冒険者然としたそれは平凡にも見えるが──瞳や雰囲気はどこか蠱惑的で、他のものとは一線を画していた。
「あ……ごめんなさい。それだけは、駄目……非売品だから」
「これ、前に……」
てっきりオーダーメイドで頼まれたから必要なのかと思っていたが、そんなことはなかったのか。
「……うん。もともと、誰かのオーダーで必要なものじゃなかったから。趣味の一環で作りたかったドールだったんだ」
ぽつりと、彼が漏らす。どこか気まずげに。
「そっか。俺たちは満足のいくものは、見つけられましたか」
「……もちろん。自分の中でも、傑作ができたよ」
「なら、よかった」
満足気な様子に安心する。素人目から見ても素晴らしい完成度だった。花を閉じ込めた輝く瞳や造形は常世離れした美しさを持っているのに、まるで本当に生きているかと錯覚するほど。もし初めて見たのなら、息をしていても、瞬きをしていると言われても驚かないだろう。
一通り辺りを見てから、目尻を僅かに下げて、リュディガーさんがふ、と笑った。
「……かわいいな」
「へへ、ですよね」
何故か、俺が誇らしくなる。
カトラさんが微笑ましげに頬を緩ませていた。自分の生み出した子たちを素直に褒められるのは、きっと親のような彼にとって喜ばしいことだろう。
「こういうの、好きですか?」
「……ああ、壊したくはないからあまり触れられないが、好ましいと思う」
「……そう、わかった。壊したくないんだね」
「……ええ。俺は、力が強いものですから……」
恥ずかしそうに言った彼を見て、カトラさんは考え込むような素振りを見せて。
「少し待って」
そう言った後、型紙などが置かれた広いテーブルに豪奢なソーイングセットを広げた。
ある日。仕事の心地よい疲れを感じながら、ベッドに腰掛けたときだった。カトラさんの人形をまた取り出し、いつもの日課のように眺めていたそのとき、リュディガーさんが話しかけてきた。
それ、と指さされたもの。俺の手の中に収まる、可愛らしい人形。
「お前もロイも、人形を持っているだろう。その……俺も、人形が欲しいんだ」
ふと、以前のことを思い出す。そういえば、俺たちが人形を囲んで話していたときは、「壊したくない」という理由で離れて見ていたっけ。こちらをたまに窺うように覗いていた視線は、彼も人形が欲しかったからだったのか。
可愛らしい要望を聞けたのが嬉しくて、思わず笑う。
どうせ人形が欲しいのならば、やはりあの人に頼んだ方が良いだろう。格段のこだわりを持っていて、満足がいくまで手を抜かない獣人の人形師──カトラさんに。
「じゃあ──明日、俺とロイが一押ししてる人形師さんに依頼してみましょうか」
ここ最近は依頼が立て込んでいた。息抜きにはちょうどいいだろう。
言うと、ぱああ、と喜色が広がる。彼は俺よりもずっと歳上なのだろうが、子どもみたいなその表情に愛らしさを感じた。
***
次の日。馬車に揺られて少しした頃。俺たちは、懐かしい場所に立っていた。王都ほど栄えてはいないが、賑やかさを感じる街。そこにある、可愛らしいアトリエの前に。
「カトラさんの人形は精巧で出来が良いからな」
ロイが理解を示しながら笑う。
こんこん、と控えめにノックをすると、どうぞと静かな声。懐かしい声色に、胸が弾んだ。
「お邪魔します!」
「……ユウト……! 久しぶりだね、元気そうでなによりだよ」
机に座って作業していた彼が立ち上がり、駆け寄る。その耳はこころなしかいつもよりぴんと張っていて、狼のような翠の尾は立ち上がって横に振られている。
「それに──ロイ、君も。あの子は大事にしてくれてる?」
「もちろんです。その節はありがとうございました」
ロイが頭を下げると、カトラさんは頬を僅かに緩める。
それから。
「それで……後ろの方たちは?」
後ろのふたりに目をやって、口を開く。なんだろうか──カトラさんの表情は初めて会ったときと比べると幾分か角が取れ、以前より社交的になったように思える。
「本日は、依頼をお願いしたく参りました。彼らの持っている人形の出来が大変素晴らしいものでしたから──」
「貴方も欲しいってことだね。もちろん、承るよ」
畏まった口調のリュディガーさんの言葉を、すんなり受け入れてくれたのだ。内容をまだ深く聞くことも無く、二つ返事で。
すると、硬い表情はそのままに、少しだけ面食らったように目を丸くしてから。リュディガーさんは深々と頭を下げた。
「よろしくお願いします──先生」
先生。
「……先生か」
「我が弟ながら真面目だなあ」
「……丁寧な人だね。そんなに畏まらなくてもいいのに」
カトラさんが口元に手を当てて、ふふ、と淑やかに笑う。やっぱり、そうだ。彼の纏う空気は柔らかなものになっていて、笑顔も心の底から笑っているのだとわかるほどに自然だった。
あの依頼のときから、だろうか。自惚れかもしれないが、だとしたら──嬉しい。
「……さ、もっと奥に入って」
緩みそうになる口元を抑えて、俺たちはカトラさんの言葉に従った。
中に足を進めると、前と同じように、圧倒されるほどの人形が並んでいる。いや──前よりも、増えたような気さえした。
息を飲んでいると、カトラさんがゆったりとした口調で言葉を紡ぐ。
「……この子たちの中から誰かを選んでもいいし、オーダーメイドでも受け付けるよ。どうする?」
ずらりと並べられた棚の中では、たくさんの人形がちょこんと可愛らしく座っている。俺やロイが貰ったのはぬいぐるみのような人形だったが、ドールといったリアルなものもあった。サイズも様々で、それこそ手のひらサイズのものから何十センチもあるような大きさまで。
作るのに、どれほどの手間がかかっているのだろう。考えただけで気が遠くなりそうだ。
「……綺麗だな」
リュディガーさんが漏らす。視線の先には、ひとつだけ離れて置かれたドール。ふたりで目を奪われる。それには、以前彼からの依頼で採取した、閉花石が片目に嵌め込まれていた。
黒髪の冒険者然としたそれは平凡にも見えるが──瞳や雰囲気はどこか蠱惑的で、他のものとは一線を画していた。
「あ……ごめんなさい。それだけは、駄目……非売品だから」
「これ、前に……」
てっきりオーダーメイドで頼まれたから必要なのかと思っていたが、そんなことはなかったのか。
「……うん。もともと、誰かのオーダーで必要なものじゃなかったから。趣味の一環で作りたかったドールだったんだ」
ぽつりと、彼が漏らす。どこか気まずげに。
「そっか。俺たちは満足のいくものは、見つけられましたか」
「……もちろん。自分の中でも、傑作ができたよ」
「なら、よかった」
満足気な様子に安心する。素人目から見ても素晴らしい完成度だった。花を閉じ込めた輝く瞳や造形は常世離れした美しさを持っているのに、まるで本当に生きているかと錯覚するほど。もし初めて見たのなら、息をしていても、瞬きをしていると言われても驚かないだろう。
一通り辺りを見てから、目尻を僅かに下げて、リュディガーさんがふ、と笑った。
「……かわいいな」
「へへ、ですよね」
何故か、俺が誇らしくなる。
カトラさんが微笑ましげに頬を緩ませていた。自分の生み出した子たちを素直に褒められるのは、きっと親のような彼にとって喜ばしいことだろう。
「こういうの、好きですか?」
「……ああ、壊したくはないからあまり触れられないが、好ましいと思う」
「……そう、わかった。壊したくないんだね」
「……ええ。俺は、力が強いものですから……」
恥ずかしそうに言った彼を見て、カトラさんは考え込むような素振りを見せて。
「少し待って」
そう言った後、型紙などが置かれた広いテーブルに豪奢なソーイングセットを広げた。
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