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ダークエルフの双子③

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 無感情な二対の、琥珀の双眸が俺を見据える。緊張からか指先は冷たくなっていく。拳を作り強く握り込んで見ないふりをした。何をされるか、何を言われるかはわからない。ただ落ちた沈黙の中、一心に刺さる視線を受けていた。
 しかし、ふ、と小さく息を吐いて彼らはゆるりと笑った。どこか諦めにも似た表情だ。

「うん、そうだよね。そんな気はしてたよ」

「そもそも計画通りにいかなかったからな。まったくお粗末なものだ……上手くいっていれば完璧に囲い込めたものを」

 弟である彼が、金の短髪を掻く。はあ、とついた溜息には諦念が浮かんでいた。

「囲い込もうとしてたんですか……?」

「そうだよ。君が偶然転移してきた、なんて素振りでね。その騒ぎに乗じてそれなりのスキルと魔力もあげて、多少ここに馴染みやすくさせてあげたかったけど……無理だったね」

 申し訳なさそうに彼が笑う。別に、負い目なんて感じなくていいのに。だって、結局──俺は彼の言うとおり、自分の力で得たものでは無いものを手にしても、素直に受け入れられない人間なのだから。

 あ。お兄さんが、思い出したように声を発した。

「そうだ。スキルと魔力の渡し方って知ってる?」

 嫌な思い出が蘇る。

『いやだ、そんなの食べたくない、嫌だ!!』

 フォルの悲痛な声が、脳裏に過ぎり──表情が暗くなるのが、自分でもわかった。
 エルフなどの血肉を体に取り入れること。忘れようもない、あの夜の一件。

「……エルフ属とか……魔力の質が高い種族の一部を摂取することで得られると聞いたことがあります。それに、望んだスキルを得られるって」

「ああ、ちょっと混同してるかな。うんいいよ、お兄さんたちが教えてあげちゃう!」

 沈んだ声の俺とは正反対に、快活に彼は笑った。
 
「ふむ……スキルから説明するか。俺たちエルフ属は、相手にスキルの譲渡ができる。魔力を使って強く念じることでな」

「そうそう。私たちもされたことがあってね、結構いっぱいあるんだー」

 え。

 聞いていた話と少し──いや、かなり違う。血なまぐさい方法でなくとも、スキルを得られるのか。それに──望んだスキルではなく、自分の持つスキルをあげる、ということか。
 だとしたら、フォルは、彼の父は──本当に、根も葉もない噂に踊らされていたのだ。

 知らず知らずのうちに強く拳を握りしめ、爪が刺さった。

「戦いの中で瀕死だった仲間が何人かスキルを譲ってくれたんだよね、最期の力を振り絞ってさ」

「だから同様にすれば、お前にもスキルを渡せるだろうと思っていた。段取りとしては魔力を与えた後の話だが」

 ……さすがに、それは。
 亡くなった一族からの遺産のようなものを、大切な想いを。俺みたいな奴に渡されるのは、かなりはばかられる。

「……そんな大切なスキル、俺なんかに渡していいんですか」

「え? いいよ。だって君だもん」

「そ……そう、なんですね」

 あっけらかんと言われ、その勢いに押された。

「で、魔力を得るには、さっき君が言ってた体の一部を摂取する方法。スキルとは違うんだよねぇ、どこで勘違いされちゃったんだろ」

 人間って結構頭悪いのかな、とにこやかに言い捨てる彼が恐ろしい。

「お前は望んだスキルと言っていたが……元々スキルも持ち主の所有していたものしか得られんがな」

 ああ、やはり。やるせない気持ちが、胸に満ちる。

「やっぱり、そうか……そうだったんですね」

「うん。だからキスとかで魔力をあげようとしたんだけど」

「……え?」

 今なんて言った?

「キスで魔力をあげようとしたんだけど……」

「……まあ、つまり……相手の一部を取り入れる方法ならそれも有効だからだ」

「なんで? ……ですか?」

「ええ? だってせっかくならそっちの方が楽しいし~、私たちもすっごく嬉しいよ」

「……役得だと考えたのは事実ではある」

「ええ……」

 どこか柔らかくなった空気の中、俺は苦笑いで緩んだ頬を戻して居住まいを正した。乾いた喉に唾を流し込み、また口を開く。

「とにかく……ここに住めはしません。でも、貴方たちがエルフを殺そうと思わないよう……なにか力になりたい、とは思っています。もし関係無いエルフまで手にかけてしまえば、貴方たちも傷つくような気がするから」

 復讐相手は違えど復讐をしたいという気持ちはロイと同じだ。だけど彼は人に危害を加える魔物に対してであり、そうでない魔物を私怨で傷つけることは無い。目の前の彼らは恐らく――平穏に暮らしているエルフも傷つける。彼らがされたように蹂躙し嬲るのだろう。
 それはきっと……いや、間違いなく悲惨な結末になる。エルフにとっては勿論、彼らにとっても。

「……へえ」
「……ほう」

 ふたりの琥珀色の瞳が細められる。ゆる、と薄い唇が弧を描いた。また緊迫していく空気になにか下手を踏んだような気さえしたが、もう後戻りはできないことを同時に悟る。

「それじゃ、君はどういうふうに力になってくれるの?」

「聞かせてくれ、悠斗」

 ぞっとするほど綺麗な笑み。そこには猫が獲物をいたぶるような、無邪気な残酷さが浮かんでいた。

 きっと彼らが期待しているほど面白いことを言おうとしたわけではない。答えを間違ってはいけないようなこの空気を打開できるような策なんて、皆があっと驚くほどの奇抜な案なんて思いつかない。
 だって俺はふたりが言う通り、どこまでも平凡な男なのだから。

 だから、俺は。普通に、彼らと仲良くなるための提案くらいしか思いつかないのだ。

「俺と友だちになりませんか」

「……え?」
「……は?」

 底冷えするような恐ろしさは影を潜めて、一転しぽかんとした顔になる。間の抜けた声に俺は構うことなく言葉を続けた。

「愛を貰えれば、って言ってたでしょう。愛って、友だちとでも育めますよ。喧嘩することもあるかもしれませんけど、俺たちきっと仲良くなれると思うんです」

「無理やり、連れてきたのにか。お前の意思なんか無視したのに」

「あはは、自覚あるんですか! うん、それはまあ……やっぱり、辛いですよ」

「……うん」

「……すまない。……謝っても、許されるようなことではないが……」


「親にも、友達にも会えないし……今までの、向こうの生活も全部無くなったのは、結構、キツいかな。……だけど、それは車に轢かれる瞬間に決まってたんです、きっと」

 失ったのは、彼らのせいではない。それは確かだ。不思議と、あのままであったなら確実に亡くなっていただろうという確信が自分にもあった。……もう戻らないものを、そう思うことで諦めようとしているのかもしれないが。考えても詮無いことだろう。

 ただ、そうだ。唯一の家族が。きっと忽然と消えたであろう俺のことを、引き摺らなければいい。……そう祈ることしか出来ないのだ。

 薄暗い考えにしか行き着きそうにない。気分を転換するつもりで、俺は彼らへ疑問を投げた。

「俺が轢かれなかったらどうするつもりでした?」

「それは……たぶん、君が何事もなく死ぬまで見届けてたよ。それで、君が死んだその後に──魂を、呼んでいただろうね」

「……魂も持ってこれるんですか」

「ああ。そうでなければ、今のお前は器だけこちらに来ていただろう」

「はは、じゃあ来るのが早まっただけですね」



「あのまま死んでいたのが正解なのか、それともここに呼ばれたのが正解なのかはわかりません。でも、そうですね……少なくとも、ここに来て"良かった"と思ったことは何回もあるんです」

 それに。

「それに……愛されたかったからなら。こうして俺を呼んだのも、ちょっとわかるような気がしちゃって」

「……やっぱりお人好しだね。どこまでも甘い人間」

「それに変なところで肝が据わっていて図太い」

「……なんか、辛辣になってません?」

「だから、大好きって話だよ」

「ああ。……離し難いな」

 頬を緩ませて、弟さんが口を開いた。

「抱き締めてもいいか。……友人間でも、それくらいはするだろう?」

「もちろん」

「じゃあさ、キスもしない? 額とかくらいなら挨拶でするでしょ?」

「それは……ううん、まあ、額とかなら……」


 固い抱擁と、キスを交わす。顔が赤くなってしまうのは、自分でもキモいと思うがふたりには見なかったことにして欲しい。


 嬉しそうに笑うふたりに、俺は口を開いた。

「それに、俺よりずっと優しくて温かい人もこの世界にいっぱい居ますよ。俺がここで生きられたのはそういう人たちに囲まれてきたからでもあるんですから、おふたりも絶対に会えます」

 彼らはずっと、異世界の俺に固執していた。広い世界を自由に見ることが出来るのに、俺にだけ目を向けるというのはあまりにも勿体ない。
 ここに来てから出会う人は、そんな人が多い。プロタくんもそうだった。この世界のいろんな優しい人に出会って、多くの触れ合いを得て。そうして彼らが沢山の愛を得られればいいな、なんて。そんなことを思う。


 ふと、疑問に思う。

「転移とか、できなかったんですか? そしたら早く会えたんじゃ……」

「それはねー……てへ、極度の方向音痴なんだぁ。やっと君の居場所がわかったからってそこまでのルートを思い浮かべても、なーんか失敗しちゃうんだよね」

 ここに来たのも、こっそり魔石を使っていたようだった。綺麗で、一見して完璧に見える彼にも多少抜けたところがあるらしい。
 
 思わず笑う。

 そんな俺の様子を見て、お兄さんは複雑な表情で──言い淀むように口を開いてから、言葉を紡ぐ。

「家族の顔、見たい?」

「……ありがとうございます、大丈夫です。見ても、辛くなりそうですから」

「うん、そっか。そうだよね、ごめん」

「あ、いや謝らないでください! 大丈夫ですって!」

 そうだ。見ても、未練が出来るだけだから。俺はあの日、確かにあの世界で死んだ。もう、いない。なら、家族の顔をみられないのも普通のことだ。
 自分に何度も、言い聞かせる。泣きそうになるのを抑えて。

 笑顔を作って、ふたりへ向き直る。俺は上手く、笑えているだろうか? わからない。
 だけど──新たな生活を、受け入れるために。楽しむための努力をしなければ損だろう。

 そのためには、そうだ。

「あの、おふたりの名前、教えてください。友だちなのに名前を知らないの、なんか距離あって悲しいし」

「あっ忘れてた……んん、じゃあ、改めて自己紹介を。ふふ、なんだか畏まっちゃうね」

 ふたりは、俺の様子に言及しなかった。気をつかってくれたのだろう。彼らは立ち上がり、顔を見合せてから俺に笑いかける。どこか、切なさを孕ませて。

「私はエーベル! よろしくね、悠斗!」

「俺はリュディガーという。好きに呼んでくれ」
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