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第八章

第百二話・故郷”アーケシェール”

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 アレンは動けるようになると先に進み暗い洞窟の前まで移動した。アルゲートが日に日に弱って来るのが分かったからだ。
 城の洞窟と造りは同じなのか、暗い穴がぽっかり大きな口を開けていて下は何処までも続く奈落がある。一段高くなっている岩棚にドキドキしながら足を掛け右足を下ろすと、青い魔法陣が即座に浮かび上がり、アレンはホッと胸を撫で下ろす。
 自分の血を垂らし目の前に繋がった燃え上がる”道”に覚悟を決めて歩み入ると、強い魔風が襲い来る。
 不思議だ、扉は違ってもアレンの”道”はフォートランド城の”道”と同じだった。だが、今回は途中で一夜を過ごす事もなく、もう一つの扉の前に着く事が出来た。(これは、本人の魔力量が初めて踏破した時より増えていた事による)
 アレンは右手で扉に触ると青い魔法陣が現れ扉の向こうに身体を滑り込ませると、懐かしい匂いに包まれる後ろでは音も無く扉は閉まっていた。

 今回は扉の直ぐ前が森の中だった。

 「アルゲート、古郷のアーケシェールに着いたよ」アレンにとっては其処までの思いは無い。只、不思議と落ち着く感じはする。
 アルゲートが即座にに姿を現す。
 「おお・・・」ポツリと零した後は絶句して、静かに涙を流し続けた。
 アレンは側でただ見守るだけだ。同じように目の前の深い森を見続ける。

 漸く涙が止まったアルゲートがアレンに向き直った。
 「やっと故郷に帰って来る事が出来ました。これも全てご主人様のお陰です、本当になんとお礼を言ってよいのか・・・有難う御座います」そう言うと、大きな身体を二つ折りにして頭を下げる。
 「やめてよ、アルゲート。・・・これは・・ご褒美。そうご褒美だよ、ずっと一人で頑張って来たアルゲートの物だ」
 「有難う御座います。ご主人様方は、どなたも皆お優しい。勿体無い事です」
 アレンは緩く頭を振る。一人ぼっちで扉の番を任せる事は決して、優しい等と言われるには値しない。
 
 「ご主人様、最後にもう一つだけお願いが有ります」
 「うん、なあに」アレンのあどけなさに、アルバートは微笑んだ。アルバートは自分の腹に手を突っ込むと、手のひら大よりも少し大きな卵を取り出した。彼の腹の周りが黒ずみ、皮膚がボロボロと崩れて行く。
 アルゲートはその卵を愛おしそうに胸に抱いてから、アレンの方に差し出した。
 「この卵は半分近く石化してしまいました。生まれても身体はトカゲくらいの大きさにしか育たないでしょう。古郷で生かしてやりたいと思いましたが、魔力も小さく身体も小さいままでは此処では直ぐに捕食されて命を落としてしまうでしょう」
 「それは・・・」(かわいそうだ)
 「厚かましいお願いです。魔力の小さい我が娘では、何のお役に立つ事も出来ませんが、ご主人様と契約を交わしお側に置いて貰えないでしょうか」アルバートはアレンを縋るように見つめた。力の無い者と契約しても、なんら益もないのだ。契約者にとっては、唯の無駄飯食らい、魔力喰らいでしかない。
 「分かった。ちゃんと守って大切にする、約束するよ」アレンはアルゲートを安心させるように笑い掛けた。
 「ああ・・ありがとう、本当に有難う御座います。名前を、名前を付けてやってください」
 「僕でいいの?」
 「是非ともお願いします」アルゲートは卵をアレンに託すために腕を伸ばす。アレンは慎重に卵を受け取ると、アルバートから離れ、再び、血を垂らして青く輝く召喚陣を呼び出した。

 「我が名はアレンデュラ・アリ・アス・ヴァルツ・デ・メルキオール。
   汝と契約を結ぶ者なり。汝を名付ける者なり。
     汝の名は・・・サリューなり」

 名前を聞いてアルゲートは又、涙を零す。サリュー・・・彼の愛しい妻の名(メンサリュー)からの命名だった。

 召喚陣の上の卵にひびがピシピシと入り、中から小さなサラマンダーが出て来た。アレンはそっと手を伸ばすと、サラマンダーはヒクヒクと臭いを嗅いで大人しく彼の掌に這い登る。
 身体はトカゲの半分くらいの大きさで目もまだよく見えてないようだ。
 「アルゲート!あっ!」アレンは嬉しそうにアルゲートを振り返り、言葉を飲んだ。アルゲートの身体がボロボロと崩れ始めていた。
 「アルゲート!!」
 「素晴らしい名前を・・有難う御座います・・・どうか・・・どうか・・・サリューを・・よろ・・・お願・・・」アルゲートは最後まで言い終わらない内に砂と崩れて風に攫われて逝った。

 「うっく・・・アルゲート・・ありがとう・・・必ずサリューは大切にして守るからね・・」アレンの目から溢れる涙に反応してサリューはチョロチョロと彼の腕を伝い上がり、零れる涙を小さな舌を伸ばしてペロペロ舐めてくれた。
 「ふふ・・・ありがとう。これからはいつも一緒だよ」
 
 *

 「待ってよ、クッキー。そんなに早く登れないよ」暫く森の中を歩いていたが、薄暗くなって来たので安全な眠る場所を手に入れるべくクッキーに案内して貰うと、迷う事無く一本の大木を見つけて先に駆け上がって行く。
 しかし、今のアレンは片手な上、もう片方は力がまるで入らない。
 結局、クッキーに引き揚げられたり、押し上げられたりしながら大きなうろに辿り着く事が出来た。そして、アレンが虚でぐったり倒れ込んでいる内に、木の実や、果実を集めて採って来てくれる。そんなクッキーの様子に、”森の守護者”としての姿を見出した。
 アレンは有り難くその集められて来た果実をサリューと共に食して、あっという間に眠りに引き込まれた。

 「クッキー、どこまで行くの?」あれから三日間、アレンは木の虚でゆっくりと英気を養う事ができた。その後、リハビリも兼ねて虚を拠点に森の中を食料を探しながら更に十日間の間、歩く距離を伸ばして行った。今日からは別の扉の探索に向かう事になったが、アレンがふと思い付きで言った言葉にクッキーが反応したのだ。

 ”ここに住んでいた昔の人達の住居やお城とかはまだ残っているのかな?”アレンが以前来た時には、この地に人が住んでいたとは知らずに足を踏み入れた。自分の守護魔獣を探すのに必死であり、他に目をやる余裕も無かったが、人が住んでいたらしい痕跡は少しも無かった。
 クッキーはアレンを時折り振り返りながら、どんどん進んで行く。その背を追いながらアレンはドキドキして来た。もしかしたら、アルゲートが仕えていた主様達の一人に会えるかも知れないと。

 陽が陰り森の中は薄暗くなって来た。そろそろ塒を見つけなければと思っていると、目の前に突然岩壁が現れる。クッキーの待っている所まで歩いて行く。間近で見上げると、大きな木々に遮られて分からなかったが、小高い丘がそそり立っている。
 クッキーはアレンを見上げると、岩壁を小さな前足でトントンと叩いた。
 「この壁がどうかしたの?」アレンは、導かれるままにそっと岩壁に触れる。
 青い召喚陣の模様が浮かび上がった。
 「えっ?扉?えっ?」
 アレンは浮かび上がった模様を押すと、隠れていた黒い扉が浮かび上がり中へと開く。目の前には何本もの大きな柱に支えられた空間が広がった。まるで王宮の大広間のようだった。
 「ここって、主様達のお城?」大広間にアレンの声が響いたが、それ以外は深閑としている。
 アレンが呆然と立ち竦んでいると、遠くからクッキーの呼び声が聞こえて来る。声を頼りに進んで行くと一際大きな柱の裏にクッキーがいた。
 「クッキー、勝手に入っていいの?」アレンが尋ねると、クッキーは大きな柱をまたもや、トントンと叩く。
 「もしかして、扉?」アレンが触れると、青い文様が浮かび扉が開く。中には螺旋階段が何処までも高く高く続いている。クッキーは中に入るとその螺旋階段をピョンピョン登って行く。
 「待って、クッキー」アレンも慌てて後を追った。

 「ふう、結構登って来たね」アレンは壁の向こうを透かし見る。大きな柱は表面がつるつるに磨き上げられた化粧岩で造られていたが、壁の一部分からは不思議な事に大広間が見渡せるようになっていた。
 「これも魔法なのかな?」


   螺旋階段の一番上に辿り着くと黒い大扉があった。アレンが触れると、青い召喚模様が浮かび上がって内側に開くが、その先は暗い廊下が続いている。
   「入っていいのかな?でも、真っ暗だ」不思議な事に大広間も、螺旋階段も明るく歩くのに困る事はなかった。アレンが、廊下に足を踏み入れと、手前から順番に灯りが点っていった。灯りに浮かぶ廊下は緩く左に曲がりその先は見えない。彼はクッキーと意を決して廊下をどんどん進んで行った。暫く進むと突き当たりが見え、又、大扉があったが扉の足元に何かがあった。
   「これ・・・動物の骨だね」その動物は頭が二頭分あり、折り重なるように骨になっていた。口には鋭い牙が生えていたようだ。
 「犬・・いや、狼かな?・・・この扉を守っていたのかな」アレンはなんとも言えない気持ちになった。

    “グルルルル"突然唸り声がしたと思ったら、白い影が飛びかかって来たのでアレンは咄嗟に腕を突き出して顔庇う。期せずして彼の腕から炎がほとばしる。
 ”ギャウン”大きな声を上げると”キャンキャン”と鳴きながら白い影は逃げて行った。
 「よく分からなかったけど、もしかして狼だったのかな・・・」アレンは廊下の先を見たが、もうその姿は見えなかったので再び扉に向き直り、軽く手を触れると内側に開き始める。
 部屋の中は以外にも光に溢れていた。とても広く天井も高い。そして、一番奥に天蓋付きの大きな寝台があった。
 アレンは寝台に恐る恐る近付いて行き、震える手で織物の覆いを掻き分けた。

 「ツッ・・・」寝台の上には豪華な刺繍入りのタブリットを着たこの城の主が骨となって横たわっていた。予想は付いていたが、アレンの身体に震えが走る。この城の中には生き物の気配がまるでしなかった。彼等は皆、遥大むかしに去って逝ったのだ。
 アレンは去りがたく、その部屋で一夜を過ごした。

 「ん・・暖かい・・ん、ん!!」アレンは急激に眠気が去り、自分の置かれている状況に驚いて起き上がった。彼は何時の間にか狼と思われる動物にしがみ付いて眠っていたのだ。
 ”ク~ン”飛びす去ったアレンに狼は鼻を鳴らす。狼は彼より二回りも大きく、真っ白な毛色をしている。そして、薄い水色の瞳で顔を見上げると、床に伏せたまま尻尾をパタパタと振り服従しているようだった。
 「仲直りしたいの?」アレンはそろそろと近付いて、頭に手を置いたが大丈夫そうなのでワシャワシャと撫でまわす。
 「かわいいな~。ここに一人(一匹)では寂しいよね、僕と一緒に行くかい?」
 ”ウオン”狼は元気よく返事して、尻尾を振り廻した。

 アレンは狼に”ロウ”と名付けて契約を結んだ。
 









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