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第七章

第九十一話・サジュの森、グイの村にて②ツリーレントの襲撃

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 アレンは見張り役のセグ(犬族)の遠吠えで目を覚ました。何が起きたのか、顔を起こして確かめようとして、ジョエルに頭を押さえ込まれた。
 次の瞬間、頭の上を凄い勢いで何かが通って行く。通り過ぎた向こうで、誰かの悲鳴と怒号が上がる。

 ジョエルはアレンを抱え込むと、幌馬車の方へ走りだすが、いくらも進まない内にアレンごと、空高く釣り上げられた。二人の身体には、木の枝と思われる物が巻き付いている。
 野営地は森の大木達に襲われていた。

 「ツリーレントだ!」ジョエルがアレンに叫んだ。高く組まれた薪はツリーレントの攻撃によって壊され、火が消えかけていた。
 (”ツリーレント”セグの村では、襲って来た森の木々をそう名付けた)
 
 アレン達を捉えていたツリーレントが身体を大きく震わせて、枝を鞭のようにしならせた。
 (地面に叩きつける気だ!)

 「フレイム!」アレンとジョエルに巻き付いていた枝とツリーレントがあっという間に炎に包まれ、アレン達を離した。
 (落ちる!)
 二人の身体ががくんと傾ぎ、落下速度が鈍る。
 
 「クッキー!」クッキーが二人を掴み、三本の尾を傘のように大きく広げてふわりふわりと、落ちて行く。
 「便利だな」ジョエルが感心したように呟いた。
 背中の羽も大きくして、羽ばたいている。
 「うん。クッキーの身体って、ほんと便利と言うか、でたらめに出来ているって言うか。何時も、予想の範疇を越えてる」アレンもジョエルに同調して言った。

 二人の側を大きな枝が掠め飛んで行く。

 「ウィンド・カッター」ナリスが風の力でツリーレント達の幹や枝を掃っているが、致命傷になっていない。
 
 アレンは、ナグ達がツリーレント達に攻撃されているのを見つけると、炎を放つ。
 
 「ファイアー・ビュレット!」炎の弾丸はツリーレントに命中し忽ち炎を上げて燃え出した。

 アレンに気が付いたツリーレントが枝を揺さぶり襲って来る。
 アレンは前に掌を押し出す仕草をしながら呟く。
 「フレイム!」

 目の前に迫った大木が一瞬で爆発するような勢いで灰になる。ジョエルがすかさず、アレンを抱き込んで爆風から守った。

 「ゴホッ、ゴホッ。アレン、大丈夫か?」
 「ごめん、ジョエル。”フレイム”は接近戦に向かないね」
 「殺されるよりはましだよ」

 「ナリス!伏せて!」アレンはナリス達を襲っているツリーレントに掌を突き出した。

 「フレイム!」
 
 ツリーレントが爆発するように燃え上がるが、ナリスは風の壁で爆風をうまく避けてくれる。その炎明るさで、ケルトやマナナが襲われているのが目に入った。

 「ファイアー・ビュレット!」ツリーレントを狙って三度、打ち出す。
 
 「ファイアー・ウォール!」
 ケルト達とツリーレントの間に炎の壁を作り上げてから、仕上げの詠唱を口にする。

 「フレイム!」

 爆風を炎の壁が阻んでケルト達を守ってくれた。アレンにも、だんだん戦い方が分かって来た。
 ”ビュレット”だけでは、ツリーレントは頑丈で燃えている箇所を自身の木の枝で払って消してしまう。

 「アレン、なんとか皆を集めよう。後、暗いのをなんとかしてくれ。何処に、誰がいるか分からない」ナリスがアレンの側に、転がりこんで来た。
 ツリーレント達には知能があるようで、最初に高く組んだ薪を消され、他の薪も踏み散らかされて野営地は森の暗い影の中に沈んでいる。むこうからは見えているのか一人一人を狙って来る。

 「分かった。炎を打ち上げればいい?」
 「そうだな・・・フレイムをもう少し、弱める事ができるかな?」
 「なるほど、ツリーレントを松明代わりにする訳か、いい考えだ。出来るか、アレン?」
 「・・・調整が難しいよ」
 「だったら、ツリーレントが松明のように燃え上がるのを想像してやってみたら」
 「松明だね、やってみるよ」

 ケルト達の炎の壁の近くに一体のツリーレントが近付いてくるのが目に入った。アレンは集中して、詠唱する。

 「ファイアー・トーチ!」
 ツリーレントが赤く松明のように燃え上がる、しかし、ツリーレントが暴れ出して、ケルト達の方へ倒れ掛って行った。

 「ウィンド・カッター」ナリスが倒れ掛った胴体部分を切断する。
 
 「フレイム!」
 アレンは上部分を爆発させると、上手い具合に下の根が付いている幹が残り、松明のように赤々と燃えだした。

 「良かった、有難うアレン。あのままだと、切断した幹がケルト達の方に倒れたとこだった」ナリスはほっとして言った。
 「アレン、よくやった」ジョエルがアレンの頭を撫ぜる。野営地はツリーレントの松明で照らし出された。

 見回してみると、ナグやロンデル達はケルト達と合流して炎の壁の内にいるが他の者達は見当たらない。どうやら打ち合わせ通りに、襲撃を逃れて森に逃げ込んだようだ。

 ツリーレントは六体をアレンが倒し、ナリスが一体、ロンデルと傭兵達で二体を切り倒したようだ。今の所、目に入る範囲にツリーレントはいないようだ。

 アレン達は、炎の壁の方へ移動する事にした。

 ツリーレントは動かない限り、森の木々と見分けが付かなかった。だから、まだどこに潜んでいるのか、全滅したのか現時点では分からない。

 アレン達は用心しながら進んだ。

 シャアアアア! クッキーが行き成り威嚇すると、咄嗟にジョエルがアレンを突き飛ばし、代わりにツリーレントの枝に高く釣り上げられてしまった。

 「ファイアー・ビュレット」アレンが枝を狙って打ち出す。
 
 「ウィンド・フロアー」ナリスが落ちて来たジョエルを受け止める。

 「フレイム!」
 「ウィンド・ウォール」
 二人で手早くツリーレントをまた、仕留める事が出来た。

 ロンデルの所に合流して、明るくなるまで捜索は待つ事になった。夜明けまでツリーレントの松明は燃え続ける。

 

 陽が昇り野営地を明るく照らし出すと、惨状が明らかになった。最初に見つかったのは見張り役、犬族セグの遺体だった。
 「彼は遠吠えで襲撃を知らせてくれたが、その一瞬を狙われたのだろう」
 「セグ、お前は勇敢だった。犬族誇りだ」同じ犬族のベルグが呟く。
 「有難う、セグ」
 「感謝する」
 「安らかに眠れ」
 亜人も人間も、皆ひとつになって祈った。セグが命を懸けて知らせてくれたお陰で、ここにいる皆は助かったのだ。

 ベルグが毛布でセグを丁寧に包んでやると、ボルダーが彼を幌馬車に運んで行った。不思議な事に、馬も幌馬車も全部、無事だった。
 幌馬車の所には、マナナやデナ。負傷した、猿族のピップと腕と肋骨を折った傭兵のジャンが残っていた。
 一行はひと固まりになりながらも、間を詰めないように森の中に分け入る。

 亜人を先頭に進むと、次に熊族のフーリーを発見した。幸いな事に、幹に叩き付けられて気絶して助かったようだが、肋骨と骨盤が折れているようで重症だ。ロンデル達が、太い枝を切り落とし簡易担架を作って五人掛かりで運んで行った。

 そして、兎族のテルと、狼族のイスラの遺体が見つかった。イスラの側には怪我をしたマイジが座り込み、静かに涙を流していた。イスラはマイジの伴侶だったので、誰も掛ける言葉がでてこなかったが、ナグが遠吠えを始めると、ベルグがそれに倣った。すると、野営地の方からも悲しそうなデナの遠吠えが加わる。
 最後に、マイジが遠吠えた。皆はその厳粛な悲しみの弔いに只、頭を下げて祈りに加わった。

 

 暫くして、木の上に逃げていたキットが見付かった。足が折れて立てないので、クッキーに木の上から下ろして貰う。始めは小さなクッキーに半信半疑だったが、地上に無事下ろして貰うと、すげーすげーと連発するキットに皆は笑いを誘われた。

 そうして、更に進んで行くと、木の根元に狐族のエイデンが倒れていた。ナグ達を見つけると、向こうから元気に手を振ったので、一行にホッとした雰囲気が漂い、皆は足速にエイデンに駈け寄る。

 「クッキー?」アレンから、クッキーが飛び降りたので振り返った。クッキーが後ろを向いて威嚇すると、ツリーレントの大木が突然、目の前に現れた。
 「クッキー!戻って!」アレンが叫んだ時、足元がうねる。地面から、土を蹴立てて、木の根が襲い掛って来たのだ。

 「アレン!」ジョエルが叫んだが間に合わない。

 その時、灰色の塊がアレンにぶつかって来た。

 「ギャン!!」その灰色の塊がアレンの代わりに吹き飛ばされる。

 「フレイム!」アレンは直ぐに、そのツリーレントを攻撃し、辺りは爆風に覆われた。

 
 アレンは何とか爆風から立ち上がると、飛ばされた灰色の塊を探した。

 「あそこだ」いち早く見つけたナグが茂みの側に駆け寄り、皆もナグの元に駈け寄る。アレンも必死に走った。

 「ブリ―?」アレンはナグに抱かれている子供を見て言った。ブリ―は七歳の男の子に戻っていた。

 「ア、アレリス、さま」ブリ―が気が付いて呟いた。
 「ブリ―、有難う。大丈夫?」アレンはブリ―に話掛けながら、ナグを見ると、彼は悲しそうに首を振る。
 「・・アレ、リス様・・こそ怪我は?」ブリ―はアレンの方に手を伸ばした。

 「手、僕の手・・・戻ってる?」ブリ―は戻った自分の手に、気が付いたようだ。
 「うん・・よかったね、ブリ―」
 「うん。よかった・・これで、父ちゃんにも、母ちゃんにも咬み付かずに済む・・・」
 「「「・・・」」」その言葉に、誰もが胸が詰まる。

 「アレリス・・さま、ごめん・・なさい」再び、アレンの方に手を伸ばして来たので、しっかり握り返した。
 「なにも、何も謝る事なんて無い」
 「だって・・・黙って、後を付いて来て・・しまっ・・ゴホッ、ゴホッ・・」
 「しゃべらないで、ブリ―」
 「・・・一人で・・一人で、森に・・行くのが怖かった・・」
 「ブリ―」
 「・・一緒に・・連れて行く・・て、うれ・・嬉しかった」
 「ブリ―、そうだよ。僕達と、一緒に行こう。だ、だから、頑張って・・お願い」

 「・・凄く・・うれし・・さむい・・さむいで・・す」
 「ブリ―」アレンは両手でブリ―の手を握ると炎を纏った。その青い炎はブリ―を包む。

 「・・きれ・・い・・あったか・・い」ブリ―は大きく息を吐き、瞼を閉じた。

 「ブリ―ーーー」
 


 

 































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