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第六章

第八十三話・リュウジールへの旅⑪風と炎と(後編)

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 アレン達は食事の後、三時間ほど仮眠を取る事になったが、使用人達の視線が温い。ナリスは気にするなと言うが、誰の所為でこうなった。ジョエルは、今だ怒っている。

 アレンが大きな吐息を付くと、ロンデルがポンと頭に手を置き、くしゃくしゃと頭を掻き回す。
 「今は、寝る事に集中しろ。身体と頭を休めて、襲来に備えるんだ。いいな?お前が頼りなんだからな」ロンデルが二ヤリと笑いかけてくれる。
 「うん。そうだね、ありがとう」
 (ふふ、ロンデルって、バルトみたいだ)ロンデルの大きな手と暖かさに、アレンの気持ちは解れた。
 ロンデルはアレンの笑った顔を見て、よしよしと頷くと、ナリスの方を振り返る。

 「ナリス、お前もこれ以上、アレンに構うな。アレンはまだ、たった十歳の子供だ。アレンの優しさに付け込むな。それと、お前も集中しろ。余計な事は、後まわしだ。分かったな!」
 「分かった。ご免よ、アレン」ナリスもロンデルに素直に従って、それぞれの部屋に案内されて仮眠を取った。

 ニ時間ほどで起こされた、こちらの方へ進路を変えたと急使が入ったからだ。急いで、スープで昨日のパンを流し込み、簡単な朝食を食べると、再び馬に乗り出発する。まだ、陽は登っておらず暗い中、馬を飛ばす。

 空気はキンと冷え、一時間ほど駆けると空が白んで来た。案内人を先頭に村を抜ける。先ほどの街もそうだが、皆、家に閉じこもり、来るべき襲来に備えているのか物音一つせず静まり返り、まるで廃墟の街や村のようだ。
 更に一時間ほど掛けて村を抜け、田畑の緑草地帯を抜け、牧草地に出ると、地平線の向こうに黒々とした固まりが空一面を覆っているのが見えて来た。
 案内人は戻って行く。

 ナリスとアレンは言葉が聞こえる程度に離れて、風と炎を操る事に決めた。相乗効果がどのように影響するか分からない、ぶっつけ本番だ。

 打ち合わせしていると、驚くべき速さで黒い襲来は迫って来ていた。まず、アレン自身が炎を纏う。ジョエルやロンデル、ナリスは要らないと断った。その分、襲来に集中して力を使って欲しいと。ナグやべゼルもいいと首を振る。
 次にアレンはナリスとの間に炎の壁を作り出すのに成功する。それをナリスが風を使って、高く持ち上げる。

 「いいぞ、アレン。そのまま維持して、炎の壁を横に長く伸ばせるか?少しづつでいい。目標を決めて伸ばして行くんだ」
 「うん。やって見る」ナリスの助言は的確だったため、アレンは焦らず炎の壁を少しづつ横に伸ばして行く事ができた。
 「風の精霊よ、我に力を。ウィンド・ウォール」ナリスは呪文のように言葉を発して風を起こし、壁を高くして行く。


 二人は右側を作り終えると、左側に取りかかる。右の炎はそのままに、ナリスは風を一旦止め、アレンが左の炎を横に延長するのを縦にではなく横に風を吹き付けて手助けすると、右側より手早く済んだ。そうして、後ろに進むと、延長を伸ばして行く。先が見えないと、アレンは上手く炎を伸ばす事ができないのが分かったからだ。

 ナリスとべゼルは炎を操るアレンを一心に見た。最初にアレンが炎を纏った時、あの峠で自分達を助けてくれたのが、彼だと確信した。まだ、明け切らない空の下に突如現れた炎の壁は幻想的で美しかった。

 炎の壁が一キロメートルにも及ぼうかとなった時、ついに空を覆うかのような黒いバッタの襲来が始まった。バッタ達は次々の炎の壁に吸い込まれるように、激突して燃え尽きて行く。
 しかし、突然炎の壁が破られた。大量のバッタが一か所に続けざまに飛び込んで、穴が開き、そこからナリスの起こした風が穴から漏れ出て更に大きく広がり、バッタ達が壁を越えそのまま凄いスピードで、アレンに突っ込んで来た。
 突っさに顔を腕で庇ったが、バッタの数と勢いにアレンは横倒しに吹き飛ばされる。バッタは変異に変異を重ね、一匹の大きさが、拳程に巨大化していた。身体の小さなアレンは一溜まりも無い。続けざまにバタバタと身体に打ちつけるように飛び込んでくる。
 ジョエルとロンデルはアレンの側の寄ろうとしていたが、彼等も又、数と大きさに翻弄され、進む事が出来ない。
 ナリスとべゼルはアレンの前の飛び出て、身体で塞ごうとしたが、乱打のようなバッタの猛攻に足を取られて倒れ込む。

 「ウィンド・スラッシュ」ナリスはアレンの方に向かうバッタを風の力で横切りに薙ぐが、一時的な物で、次から次へと際限なく襲って来る。

 ナリスはもう一度、”スラッシュ”して、バッタを撫で切りにすると、アレンの上に身を投げ出した。
 「アレン、大丈夫か?」ナリスは自分を楯にしてアレンを自分の懐に抱き込んだ。庇われたアレンは一息つく事が出来たが、ナリスにぶち当たるバッタの振動がドン、ドンと、響いて来る。
 「ナリス、大丈夫?」
 「うう。アレン、俺は操り易いように・・言葉に出して、想像して・・風を送り出す・・分かるか?」
 「うん」
 きっと、ナリスの背は酷い事になっているだろう。アレンも切り傷と打ち身で全身がズキズキと痛い。
 
 「ドームだ。・・炎のドームを・・作れ・・小さいのでいい・・まずは・・我々二人を・囲む」
 ナリスの横を通り抜けたバッタがアレンの頬を切り裂いた。
 「痛っ」
 「大丈夫か、アレン・・・」
 「・・うん、大丈夫。やってみる」アレンは目を瞑るとドームを想像して言葉に乗せる。

 「ドーム」

 何も起こらなかった。
 
 「アレン、ただのドームじゃない・・炎が燃え盛っているドームを・想像するんだ。例えば・・ファイヤー・ドームとか」
 アレンはコクリと頷くと、ぶつぶつ呟く。「炎、燃え盛る赤い炎・・・ファイヤー・・」

 「ファイヤー・ドーム!」アレンは口に出すと、手を伸ばし二人の頭の上に炎の玉が出現させ、それを手でなぞるように広げてドーム状で覆う。そして、一気に燃え上がらせ分厚い炎のドームを作り、やっとバッタの猛攻から逃れられた。

 「大丈夫、ナリス」ナリスはガクっと地面に手を付いた。ナリスの服は裂かれてボロボロで、その背には何か所も傷付き血が流れている。
 「ああ、大丈夫だ。・・次に少しづつ広げて、ナグとべゼル。・・・次に、ジョエルとロンデルをドームの中に回収しよう」

 アレンはナリスの言葉に頷くと、ドームを少しづつ広げて、ナグとべゼルをドームの中に回収した。
 「大丈夫?ナグ、べゼル」ナグもべゼルもふらふらだが、毛皮のお陰でほどんど怪我は無く、打ち身くらいだ。尻尾で、地面を叩いて大丈夫だと、合図して来た。

 アレンはもう少し、ドームを広げると、ジョエルと、ロンデルが向こうから飛び込んで来た。
 「ひでぇ目に遭ったぜ。ちくしょう、虫のくせによ」
 「ありがとう、アレン。大丈夫か?」
 二人は剣を振り回して、対応していたが、何せ、数が多すぎるし、でか過ぎる。ナリスと同じように、服はボロボロで痣だらけだった。

 「アレン、壁の向こうに風で竜巻を起こす。竜巻が空高く昇ったら、炎を付けてくれ。いいか?」
 「分かったよ」
 アレンは立つ事が出来るくらいにドームを縦に広げると、早速ナリスは立ち上がる。

 「トルネード!」ナリスが口にすると、壁の向こうに小さい風の渦が起こり、それがどんどん大きくなって行く。
 ナリスは更に呟いて、竜巻に育て上げた。竜巻はどんどん、バッタを吸い込むように巻き込んで行く。

 「アレン、今だ!」
 
 アレンは吸い込まれるバッタ目掛けて、炎を放った。
 「ファイヤー・ビュレット!」
 
 火の弾丸はバッタに見事の命中し、忽ち竜巻の中を螺旋を描くように赤い炎が駆けあがる。

 それは、まるで赤い龍が空を駆け昇るように見えた。

 炎の竜巻はどんどん、黒い塊を呑みこんで行くが端の方は熱と風から逃げるように逃れて行く。

 「う~ん。あそこまでは流石に届かない」

 「トゥルールで何とかするよ」

 「トゥルールって?」

 「うん。・・・ジョエル、いいかな?」アレンは後ろにいたジョエルを振り返る。

 「ああ、ここまで来たら、最後までやればいい。ガンバレ」

 ジョエルの言葉に頷くと、前を見て最後の力を振り絞る。

 「トゥルール、お出で!」赤い小鳥がアレンの胸から飛び出してきた。小鳥は羽ばたいてアレンの差し出された手に止まる。
 ナリスは目を見開いた。
 「トゥルール、赤い炎であの虫達を囲い込んで燃やすんだ。いいかい?」トゥルールはピチチチチチと鳴くと赤い炎を纏って燃え上がる。
 
 「いけーーー」アレンが腕を振ると、トゥルールは炎のドームを飛び出した。だが、小さな小鳥はバッタ達の体当たりに弾かれて、くるくると舞い落ちる。

 「トゥルール!」
 舞い落ちて来たトゥルールの身体がボッと、大きな炎を上げる。その大きな炎から赤い塊が弾丸のように飛び出して、ぐんぐんと大きくなってゆく。

 「凄い、鷲のように大きくなった。いや、もっと、大きいな。・・・初めて見たよ。あれが守護魔獣なんだね」
 

 トゥルールはアレンの命令通り、外れたバッタを炎の竜巻に方へ追い込んでゆく、自らも虫達を赤く燃やしながら。

 
 バッタの大群はまるで、蛾のように炎の竜巻に引き寄せられ燃えてゆく。

 炎の竜巻はまるで、空に浮かんだ巨大な松明に見えた。

 そして、炎の壁はまるでオーロラのように色を変え、空を飾る。

 ナグと、べゼルは魅せられたように赤い空を眺めた。














 
























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