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第二章

第十三話・フォートランド伯爵家の存亡

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 ボイルは十二才になった。背丈も伸び、筋肉も付いてきた。
 父親に似たのか年の割に大柄で将来は父親と同じように外門の門衛になるつもりだ。

 アレンがいなくなってから丁度三年が経った。
 ボイルの心の片隅にいつもあるアレンの笑顔とあの時の涙にれた紫色の瞳がよみがえってくる。
 そう、こんな雪のちらつく日は特に。



 今年は三年前のように長雨のあと何度も大風が吹き、何時いつにもまして寒さが厳しくなっていた。
 そして、フォートランド城下にはエリス熱が蔓延まんえんしていた。
 今年のエリス熱は酷い嘔吐おうと下血げけつともない、死者が後を絶たない状態だった。
 毎日のようにとむらいの鐘が鳴らされている。

 うわさでは伯爵家の嫡男ちゃくなんイルビス様も病に罹られせっているとささやかれていた。




               
               
               
               

 (口さがない連中はうわさするだろう、『ダンドリュウス家は呪われているのではないか』と)
伯爵は苦々にがにがしく思った。

 昨晩、イルビスは「父上・・・許してください」「父上・・許して」と、うわ言を呟きながらとうとう身籠みまかった。

 イルビスはずっと無理に無理を重ねていた。
グラバルに魔力が完全に無いと分かったあの日から・・・。

「父上、私にもう一度召喚のチャンスをください」と何度も〈儀式〉と〈渡り〉を行った。

 召喚獣は一生涯、一人と一匹だ。例えるなら一夫一婦制になる。しかしながら召喚獣と死別した時には儀式を行い運が良ければもう一度手に入れる事ができる。

 死別でなく二匹を手に入れたのは長い王家の歴史の中でも、最強と呼び声の高い現国王のライオネル・フォン・エイランドだけである。ー彼は二匹の獅子を守護魔獣にしているー

 何度も止めたがイルビスは聞き入れ無かった。もっと強い守護魔獣(召喚獣)を手に入れようと躍起やっきになっていた。
 まるでグラバルに魔力が無いのを自分に責任があるように思い詰めていた。

 精神的にも体力的にも弱っていたイルビスはエリス熱により呆気あっけなくこの世を去って行った。


 (やはり、養子を迎える事を考えなければならないのか・・・)

 「義父様!」行き成り扉が開きイルビスの妻のカトリーネスとグラバルが入って来た。

 「イルビス様の葬儀ができないとはどう言うことですか!」

 「イルビスの死を今しばらく伏せて置きたいのだよ」伯爵は静かに答える。

 「なぜです、なぜ伏せねばなりませんのっ!イルビス様はこの伯爵家の嫡男ちゃくなんなのですよ。親戚の手前、私の体面と言うものがございます」
 「秘密にしていることが知られれば、侯爵である父に顔向けができません」

 (だからだ、だから伏せねばならないのだ。この伯爵家を継ぐ者が決まるまでは・・・)
 「少し、考えたい事があるのだ。それが決まるまでもうしばらく待ってほしい」

 「それは養子の件でしょうか?それならば、我がホービス侯爵家から貰えば良いではないですか。そうすればグラバルを嫡男に据え、養子を補佐とすれば万事解決ではありませんか。従兄弟同士、兄弟も同然できっといい方向に向かいますわ」
 
 「その事も含めてゆっくり考えねばならぬ。そなたはダンドリュウス伯爵家の者、ならばこの伯爵家の事を第一に考えて欲しいのだ」
 (養子を補佐に据えるのは一時凌ぎに過ぎない。必ず、次の世代で継承争いが始まり、それが家の衰退に繋がって行くのだ)

 「母上、お爺様はちゃんと考えてくださいます。だから今は静かに父上の喪に服しましょう」グラバルの言葉に押される形でカトリーネス達は退出して行った。

 (侯爵家の後ろにはライオネル王が控えている。それに今の侯爵家に魔力の強い者は誰もおらぬ)

 侯爵家とは名ばかりで近年では魔力の弱い者しか輩出はいしゅつできず、次の養子にはライオネル王の5人の王子の内の一人がえられる事が決まっている。

 (そして、次は我が家と言う事だ。イルビスの時から狙われてきたのだ)
 イルビスは生前、められて結婚したのだと言っていた。

 近衛連隊科の終了式に同室の者達と祝い酒をみ交わし、前後不覚ぜんごふかくになるまで酔わされて、朝起きたら、カトリーネス・フォン・ホービスの隣で寝ていた、と言う訳だった。

 (調べるまでもないが、カトリーネスにも魔力はほぼ無いだろう・・・。)
 (やはり、親交のあるサージェント伯爵家から養子を貰うしかないのかもしれない)

 ノックの音がして、顔を上げると、執事長のヨナスがお茶を持って立っていた。
 「伯爵様、・・折り入ってお話が御座います」ヨナスの顔はいつに無く真剣だ。

 「扉を閉めるがいい。、長い話になりそうかな?それならお茶を飲みながらゆっくり聞こう」

 ソファに座ると向こう側を促した。ヨナスは躊躇ためらいながらも、大事な話なら近いほうがいいとの説得でようやく座った。

 ヨナスの話は実に驚くべき物で故イルビスに、もしかしたら婚外子がいるかも知れないと言う話だった。

 「下働きの娘で名前は、二年ほど勤めておりましたが、アドラ婦人に首にされお城を辞めて行きました。噂ではイルビス様との仲を疑われて首になったと囁かれておりました」

 アドラ婦人はカトリーネスの乳母で輿入こしいれと共にやって来た。
 グラバルの乳母でもある。

 「そして、お城を辞めてから一年と経たないうちに子を産んだとか」

 「その子が?」

 「それが、はっきり分からないのです。ルイーズからの知らせも無かったですし、それで今まで黙っておりました」

 「何かその子に特長は無いのかね?」

 「・・実は、その事で御座います。わたくし懸念けねんしておりました事は・・・」

 「なんだね。なにが問題なのだ?」

 「実は噂ではその子の髪の色は銀色だそうで御座います」

 「銀色?ではそのルイーズと言う娘が銀髪なのかね」

 「いいえ、栗色の髪をしておりました」

 「ふうむ・・・・・」(我が家ではほとんどの者が金髪か茶系の髪の者達だ)
 今、伯爵の髪は年を老い銀色の混じった白髪だが若い時は金褐色で、イルビスは無き妻と同じ金髪だった。

 「どういたしましょうか?」

 「その娘はお前から見てどんな娘に見えた?」

 「真面目で、たいへん身持ちのかたい娘かとぞんじます」

 「そうか、良く分かった。ヨナスお前の目を信じる」

 「では?」

 「善は急げだ。秘密裏ひみつりに事を運ばねばならない。例え家族であっても他言は無用だ。くれぐれも内密にな」

 「ほんとうによろしいのですか?」

 「ああ。<儀式>を受ければはっきりするだろう。我がダンドリュウス家の血脈かどうか。直ぐにバルトを呼んでくれ。”領地の見回りの件で話があるから”と」

 「かしこまりました」ヨナスは肩の荷がやっと下りたような顔をして退出して行った。


 (あの生真面目きまじめなイルビスに婚外子こんがいしとは・・・・。確かルイーズとか申したな、その娘の事をほんとうに好いていたのならば、少しはイルビスも幸せだったと思いたい)

 (もし、その子に魔力があれば、イルビスも浮かばれる事だろう)

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