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おじさん、出戻るの巻

第9話 おじさん、旧友に会う

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 ガッ、ガッ、ガッ、ガシガシッ! パァンッ──!

 腕を数度ぶつけ合った後に最後にハイタッチ。
 それが俺たち──ケント・リバーとベルド・クレアラシルのいつものお決まりの挨拶だった。

「おおっ、覚えてるもんだな」

 昔の習慣がまだ体に染み付いていたことに驚く。

「毎日やってたからな。にしても十年ぶりか? 髪が伸びてたからわかんなかったぞ」

 ベルド。
 冒険者ギルドのギルド長。
 一言でいうとデカい。
 そしてゴツい。
 荒くれ者のつどう冒険者ギルドの長だ。
 そりゃこんな風貌じゃなきゃやっていけねぇ。
 ただ──。
 今、目の前で肩をすぼめてるその男は。
 思い出の中よりも。
 ずっと小さい。

「お前は老けたな。頭もツルッツルじゃねぇか」

「ば~かやろう。そりゃ昔からだっつ~の。で、そっちの嬢ちゃんは?」

「ああ、彼女はセオリア。なんちゃら女騎士団の団長だ」

 セオリアが隣に進み出る。

「プラミチア女騎士団団長、セオリア・スパークです。子供のころ、こちらで何度かクエストを受けさせていただいてました」

「おぉ、最近出来たっていう女騎士団。そんなとこの団長様がこんな奴と一緒ったぁ、こりゃ一体どういうことだ?」

「それはだな……」


 説明タイム。


「なるほど……魔物大量暴走スタンピートねぇ。で、その調査のためにケントの力が必要、と」

「簡単に言うとそういうこったな。それに、こいつは俺が組んだ唯一のパーティーメンバーなんだ」

「……! ガキどもか……! そうか……こんなに大きくなって……。すまなかったな。あの時はこっちが止めるべきだった。あんたも辛い思いをしただろう」

 セオリアはギュッと手を握ると、まっすぐにベルドを見据える。

「いえ──! 。そう思っています」

 一点の曇りもない表情。

 そう。
 彼女は。
 セオリアは。
 俺への恨みを晴らすために。
 騎士団長にまで上り詰めたんだ。

「そうか……あんたは、あの時の想いをプラスに変えたのか……。強い、な……」

 ……ん?
 ……ベルド?
 セオリアは俺に復讐しようとしてるんだぞ?
 それが言うほどプラスか?
 まぁ、強いのは認めるが……。

「ギルド長ベルド。あなたの方でなにか情報を掴んでいないだろうか? なにしろ騎士団の調査は色々と手続きが多くて動きが遅いのでな」

 ベルドは手を広げておどけて見せる。

「店の掃除も出来ないのに調査が出来るとでも?」

「そう! それだよ、ベルド! そもそも、なんでこんなに荒れ果ててんだ? あんだけいた冒険者は? 受付嬢は? クエストの依頼は? 捌ききれないくらいに持ち込まれてた素材は? 出入りの業者は?」

「……いねぇよ。従業員も俺だけだ。来るのは借金取りと嫌がらせの連中だけだな」

 覇気のない顔。
 初めて見たぜ……こんなベルドの表情。

「マジかよ……。そういや、店の前にガキどもがたむろってたが……」

「ありゃ盗賊ギルドの嫌がらせだ」

「盗賊ギルド? なんで?」

「ケント……冒険者ってのはどういう奴がなると思う?」

「そりゃ俺みたいなスラム出身の腕自慢に魔法の得意なやつ、それからトラップの解除が得意なヤツなんかも……って、あっ……!」

「そうだ。貧しい、腕っぷしが強い、手先が器用、そして一攫千金を夢見る──そんな奴らが冒険者を辞めたら……」

「盗賊になる、ってのか……?」

 ベルドは力なく頷く。

「冒険者ギルドが衰えれば、その分盗賊ギルドが栄えるってわけだ」

「で、でもあんたなら奴らの本拠地を叩き潰せるんじゃないか!? あんただって昔は凄腕の冒険者だったんだろ!?」

「俺も最初はそうしようとしたさ。『なにすんだ!』ってな。でも、あっちのボスは居場所どころか顔も名前もつかめねぇ。そうして後手後手に回ってるうちに……」

 ベルドのお手上げポーズ。

 くっ……。
 俺のたった一人の友人。
 こんな姿見たくなかったぜ。

「盗賊ギルドは騎士団でも詳細がわかっていない。どうやら短いスパンでアジトを変え続けているようだ。それにたまに捕まるような末端の構成員には何も知らされてないようでな」

 セオリアが申し訳無さそうに告げる。

「さっきの……店の前のガキどもみたいにか」

「ありゃ、ただの素人トーシロだ。ただ……素人トーシロだけに無限に湧いてくる」

「いちいち追い払っててもきりがないってことか……。エグいことしやがるぜ、盗賊ギルドのやつら」

「ケント、悪いことは言わん。奴らに手を出そうなんて思うな。あそこには元冒険者も多く流れてる。いくらお前でもさすがに無理だ」

「くっ……!」

 ダチが困ってるってのに力にもなれないのか、俺は。
 悔しい。
 十年間……。
 俺は本当に自分のことしか考えてなかったんだなぁ……。

「お、そういえばお前の金はちゃんと残ってるぜ!」

「金?」

「ああ、お前ギルドの報酬を引き出さないまま消えてただろ。それを俺が投資しといてやった」

「投資って?」

「土地買ったり、商売に出資したりよ。しかも結構増えてんだ、これが。冒険者ギルドここはこんなんだが、お前の金には一切手を付けてねぇよ」

 ニカッ。

 一瞬。
 かつての賑わいが視界をよぎったような気がした。

 あぁ、そうだ……。
 ベルドはこういうやつだった。
 自分が損しても義理を通す。
 その侠気おとこぎに惚れて冒険者の連中に慕われてたんだった。
 そして当然。
 俺も──。

「ありがとう、ベルド! でも、その金はお前が使ってくれ!」

「はぁ? 俺様がそんなこと言われて飲むとでも?」

「あぁ、飲むんだベルド。飲めないって言うんだったら……俺が無理矢理飲ませてやってもいいんだぜ?」

「あぁ? 言うじゃねぇか、髪の毛ボサボサ野郎がよ……」

「あ? ハゲの嫉妬か? 見苦しいぞ?」

「てめぇ……!」

「やるか……?」

 バキバキ……。
 ゴキゴキ……。

「あわわ……二人とも……!」

 セオリアがあたふたと割って入ろうとする。

 ゴゴゴゴゴゴゴ……!

 ふっ──。

 俺は肩の力を抜く。

「……なぁ~んてな。俺はさ、セオリアから冒険者を増やすようにも頼まれてんだよ。だからその金はここの補修や借金返済に使ってくれ。ギルドがこんなんじゃ冒険者なんて増えようがないからな」

「しかし……」

「いいんだ、なんたって俺は騎士団の師範だぜ? 金の心配はねぇ。どうせセオリアが来なかったら、そのまま埋もれてた金だ。それに、金を増やしたのは間違いなくお前の手腕。気兼ねなく受け取ってくれ」

「そうか……なるほどな。それがお前なりの義理ってやつだな?」

「ああ、そういうことだ。それに、友がそんなしょぼくれた顔で酒浸りだなんて俺がイヤだからな! もし、お前がこのまま腐ってるってんなら、俺がここを乗っ取ってこき使ってやるぜ!」

「ハッ……ケツの青かった若造が言うようになったじゃねぇか」

 ニィ。

「お、やる気になったか?」

「ったく急に出てきたかと思えば勝手なこといいやがって……あぁ、やってやるよ馬鹿野郎! ってことは、お前も当然冒険者として復帰すんだよな!?」

「気は進まんが必要とあればな」

「そうか、ならやったろうじゃねぇか! 二人でギルド再建だ!」

「おう、黄金タッグの復活だ!」

 ガッ、ガッ、ガッ、ガシガシッ! パァンッ──!

 腕を数度ぶつけ合った後に最後にハイタッチ。
 今気づいたけど、これやってる時お互いにわりと真顔。
 めっちゃ久しぶりだから間違わないようにめちゃめちゃ必死にやってるわ。

「やだ……友情……とうとい……」

 セオリアがよくわからないことを言ってる。
 そして二回目のハイタッチも無事成功させた俺たちは、しばしお互いの近況を報告しあった。

「あ、そうだ。金なんだが」

「おう、なんだケント?」

「もし余るようだったら残りは孤児院に寄付してくれないか?」

「孤児院? なんで? まぁ、かなり余ると思うから別にいいが……」

 俺はセオリアにウインクする。

「セオリアって孤児院の出身だったよな?」

 嬉しそうに顔を輝かせるセオリア。

「覚えてくれていたのか!?」

「当然だ」

 思い出したの、ついさっきだけどな。

「えへへ、そうか、ケントが私のことを覚えて……えへへ……」

 ベルドがいぶかしげに耳打ちしてくる。

「お、おい……ケント? 騎士団長って、もしかしてお前のことを……」
「あぁ、そうだ」

 恨んでるんだ。

「そ、そうか……。まぁ、ひと目見た時からそうじゃねぇかと思ったが……」
「やはりわかるか」

 にじみ出る復讐のオーラが。

「あぁ、あれで気づかなきゃ馬鹿だぜ」
「ふふ、かもな」

 俺はすべてを成し遂げた後、セオリアに殺されるんだからな。

「なら、お前があの子の孤児院も気にするわけだ」
「当たり前だろ、男として」

 つぐない、なんだからな。

「男として……か。立派になったなケント!」
「? なんでそんなに嬉しそうなんだ?」
「そりゃ嬉しいに決まってるだろ! よし! じゃあ、今から挨拶にでも行ってきたらどうだ?」
「へ、どこに?」
「孤児院に」
「は? なんで?」
「は? そりゃ愛しのハニーとの……」
「は?」
「は?」

 何言ってんだこいつ?

「ん~、あ~……なんかいいや、うん。俺が今ここでごちゃごちゃ言うような問題じゃないような気がしてきた。うん、いいからさっさと孤児院までデートしてこいよ。俺は金引き出したり色々手続きが忙しいからよ。暇ができたらまた覗いてみてくれ」

「ん~……なんっか釈然としないけどわかったわ。どうせこの後、用事もなかったしな。あ、それと! デートじゃないぞ? こんなおっさんとデートだなんて思われたらセオリアが不憫ふびんすぎる」

「そそそそ、そうよ~! デデデデデェ~トって! も~う! ベルドさんたらぁ~! なにを!(バシッ) おっしゃって!(バシッ) るんですかぁ~!(バシッ) 私たちそんな風に見えますかぁ~!? やだぁ~、もう~!(バシバシッ!)」

「ぢょっ! いてぇ! 嬢ちゃん、馬鹿力すぎるだろ! いでぇ! いでぇって!」

 うむ、セオリア。
 名うての冒険者だったベルドをここまで痛めつけるとは……。
 さすがは騎士団長だ!
 すごいな、セオリア!

 こうして。
 少し元気を取り戻した様子のベルドを残し。
 妙に上機嫌なセオリアを連れて。
 俺は、彼女が育ったという孤児院へと向かった。
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