98 / 111
間幕Ⅱ MIKA
ACT97
しおりを挟む
「いまさら何よッ!!」
妹の悲しみと憎しみとが入り混じった叫びが耳に残っている。
完全に嫌われちゃったなぁ……
母の病室で一人私は項垂れていた。正確には母の居た病室か。
結局私が病院に到着した時には母は帰らぬ人となっていた。
過労死。たった三文字の言葉が私に重くのしかかった。私だって自分が、母の過労死の要因の一つだということくらい自覚している。だから謝りたかった。でも妹は私の顔を見るや怒鳴りつけた。
当然の反応だ。
私だって妹の立場なら同じように怒鳴りつけていたことだろう。
因果応報。
今までのツケが廻ってきたのだ。
「大丈夫かよ」
気遣うように弟が声を掛けてくれる。
私は「うん、大丈夫」と短く返すと笑顔を作った。
大丈夫だと言葉以上に態度で示した。
弟の顔が瞬く間に歪んだ。黙ってハンカチを差し出す。
私はハンカチを受け取り顔を埋めた。
どれだけの時間が経ったのだろうか。
数時間にも数秒にも思える不思議な感覚の中、弟にハンカチを返す。
「いや……自分で選択してくれない?」
私は、涙だったりありとあらゆる体液を吸い込んで色の変わってしまったハンカチを弟に押し付ける。
ばっちぃ、と身体を遠ざけつつも、ちゃんとハンカチを受け取ってくれる弟。
指先でつまむようにしてハンカチを受け取った弟は一言、
「頑張れよ」
なんてことのない励まし、激励の言葉。
でもなんでだろう。不思議と力が湧いてくる。
「生意気」
胸を小突くと弟の身体が後ろへと傾く。
「急になんだよ。暴力だぞ」
「暴力の内に入らないわよ」
思いの外、厚い胸板に弟の成長を感じた。
もう身体は大人と変わらない。
家の事は美波と翔太に任せられるかもしれない。
私は母の代わりに働かなくてはならない。
私が三島家の大黒柱にならなくてはならない。
お金を稼ぐ。妹や弟たちには苦労をさせない。
「翔太。下の子たちのこと、よろしくね」
「分かってるよ」
「後、アンタもちゃんと勉強して大学くらい出なさいよ」
「姉さん、まだ高校生でしょ。自分も大学まだでしょ」
「私はいいの。働くから」
「でも高校くらいは出ときなよ」
学業と仕事の両立など出来るのだろうか。
まったくビジョンは描けなかったがやるしかない。
取り敢えず目下の目標はアイドルとして売れること。そのためにはどんな手段も厭わない。
売れなくてはならない。
決意とともに病院を後にする。
笑顔で見送ってくれる弟。
ブンブンと手を振っている。
私は小さく手を挙げることで応える。
売れる売れる売れる……
頭の中で反芻する。
すると自然と熱いしずくが頬を伝った。
妹の悲しみと憎しみとが入り混じった叫びが耳に残っている。
完全に嫌われちゃったなぁ……
母の病室で一人私は項垂れていた。正確には母の居た病室か。
結局私が病院に到着した時には母は帰らぬ人となっていた。
過労死。たった三文字の言葉が私に重くのしかかった。私だって自分が、母の過労死の要因の一つだということくらい自覚している。だから謝りたかった。でも妹は私の顔を見るや怒鳴りつけた。
当然の反応だ。
私だって妹の立場なら同じように怒鳴りつけていたことだろう。
因果応報。
今までのツケが廻ってきたのだ。
「大丈夫かよ」
気遣うように弟が声を掛けてくれる。
私は「うん、大丈夫」と短く返すと笑顔を作った。
大丈夫だと言葉以上に態度で示した。
弟の顔が瞬く間に歪んだ。黙ってハンカチを差し出す。
私はハンカチを受け取り顔を埋めた。
どれだけの時間が経ったのだろうか。
数時間にも数秒にも思える不思議な感覚の中、弟にハンカチを返す。
「いや……自分で選択してくれない?」
私は、涙だったりありとあらゆる体液を吸い込んで色の変わってしまったハンカチを弟に押し付ける。
ばっちぃ、と身体を遠ざけつつも、ちゃんとハンカチを受け取ってくれる弟。
指先でつまむようにしてハンカチを受け取った弟は一言、
「頑張れよ」
なんてことのない励まし、激励の言葉。
でもなんでだろう。不思議と力が湧いてくる。
「生意気」
胸を小突くと弟の身体が後ろへと傾く。
「急になんだよ。暴力だぞ」
「暴力の内に入らないわよ」
思いの外、厚い胸板に弟の成長を感じた。
もう身体は大人と変わらない。
家の事は美波と翔太に任せられるかもしれない。
私は母の代わりに働かなくてはならない。
私が三島家の大黒柱にならなくてはならない。
お金を稼ぐ。妹や弟たちには苦労をさせない。
「翔太。下の子たちのこと、よろしくね」
「分かってるよ」
「後、アンタもちゃんと勉強して大学くらい出なさいよ」
「姉さん、まだ高校生でしょ。自分も大学まだでしょ」
「私はいいの。働くから」
「でも高校くらいは出ときなよ」
学業と仕事の両立など出来るのだろうか。
まったくビジョンは描けなかったがやるしかない。
取り敢えず目下の目標はアイドルとして売れること。そのためにはどんな手段も厭わない。
売れなくてはならない。
決意とともに病院を後にする。
笑顔で見送ってくれる弟。
ブンブンと手を振っている。
私は小さく手を挙げることで応える。
売れる売れる売れる……
頭の中で反芻する。
すると自然と熱いしずくが頬を伝った。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
家に帰ると夫が不倫していたので、両家の家族を呼んで大復讐をしたいと思います。
春木ハル
恋愛
私は夫と共働きで生活している人間なのですが、出張から帰ると夫が不倫の痕跡を残したまま寝ていました。
それに腹が立った私は法律で定められている罰なんかじゃ物足りず、自分自身でも復讐をすることにしました。その結果、思っていた通りの修羅場に…。その時のお話を聞いてください。
にちゃんねる風創作小説をお楽しみください。
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる