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幕間Ⅰ 姉妹の物語
ACT62
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――Make the most of yourself, for that is all there is of you.
この言葉を私に贈った男は俳優だった。
日本人がアメリカ人である私に教え諭すように言ったのだ。英語で。
発音もままならない、ギリギリ聞き取れる英語で言ったのだ。
男の演技は素晴らしかった。英語を除いて。
下手くそな英語は聞くに堪えなかった。ネイティブアメリカンの中に一人放り込まれた日本人《ジャパニーズ》。明らかに男は浮くはずだった。実際に浮いて見えた。
しかし、モニターで確認すると男の演技は見事なまでの調和を見せていた。
違和感がまるで感じられない。相変わらず英語はヘンテコだが、場面として成立していた。
オーディション上がりの無名の日本人は、その身一つでハリウッドの仲間入りをしたのだ。
「やぁ、初めまして。ミス・シェリル」
「初めまして、ミスター・桐谷」
「ミス・シェリルの演技は群を抜いていますね。天才と呼ばれるに相応しい」
「私はまだ端役しか演じたことはございませんが?」
当時の私はアメリカ――ハリウッドにて再出発を果たしたばかりであった。
日本での子役時代は無いに等しい。実力主義の世界は私にとって好都合だった。
片っ端から敵たちを蹴落とした。
その結果としてハリウッド超大作のメイン級の役を手にした。
実質、最も演技力の求められる役だった。
主演俳優&女優はイチャイチャしていればいいのだ。
濃厚なキスの一つや二つかまして、ポルノ映画と見紛うくらいに息を荒げていればいい。
純粋な演技は私の独壇場だ。
事実、私は一度たりともダメ出しを受けなかった。完璧な演技。それなのに私の出番のあるシーンの撮影が全く進まなかった。
どいつも此奴も下手くそばかり。付き合わされるこっちの身にもなれ、と悪態の一つも吐きたくなる。
「下手くそ共めって顔に出てますよ。ミス・シェリル」
「仕方ないでしょ事実なんだから」
「演技は完璧。でも、女優としては不完全。それがあなたですミス・シェリル」
「演技は完璧なんでしょ? だったら問題ない――」
「――Make the most of yourself, for that is all there is of you.」
「ん? なに?」
「発音が悪かったですか?」
「いいえ、完璧だったわ」
アメリカ人とはいえ、日本人の血の混ざった私も発音には苦労する、時もある。
でも男の発音は完璧だった。だったら何故演技中にも完璧な発音で話さない?
訊ねるよりも先に男は私の疑問に答えた。
「完璧な人間なんていない。故に完璧な演技は時に異質なもとなる。違和感と言った方がいいかな? 君の演技は完璧故に他の演者を狂わせている。
僕は完璧な演技を目指している。でも、その個人の探究心の為に作品の質を落とすのは本意じゃない。」
「だからあんなヘンテコな喋りをしているってわけ?」
「まあ、そういうことだね」
真直ぐに私を見て続けた。
「だから僕は僕の持てる能力を最大限に活用しているんだ。良い映画を撮るために。僕は、桐谷塔司でしかない。それ以上でもそれ以下でもない。」
「なるほど、「Make the most of yourself, for that is all there is of you.」――自分自身を最大限に利用しなさい。あなたにとってあるのはそれだけ……ね。言いたいことは解ったわ。それで私に何をしてもらいたいの?」
「簡単な話だよ。君個人ではなく作品の事を考えて演技してくれないか? このままじゃこの超大作はただ莫大な金を消費しただけのB級映画になってしまう。それは君も望まないだろ?」
「そうね、解ったわ。いい作品にするために私を最大限に利用することにするわ」
この瞬間から私の演技は変わった。
完璧に演じるのではなく、完璧に演じさせる演技へと。
この変化が私にもたらしたのは、国際映画祭のレッドカーペットと新人賞・助演女優賞・審査員特別賞との複数受賞。
名実ともにハリウッドスターの仲間入りを果たしたのだった。
この言葉を私に贈った男は俳優だった。
日本人がアメリカ人である私に教え諭すように言ったのだ。英語で。
発音もままならない、ギリギリ聞き取れる英語で言ったのだ。
男の演技は素晴らしかった。英語を除いて。
下手くそな英語は聞くに堪えなかった。ネイティブアメリカンの中に一人放り込まれた日本人《ジャパニーズ》。明らかに男は浮くはずだった。実際に浮いて見えた。
しかし、モニターで確認すると男の演技は見事なまでの調和を見せていた。
違和感がまるで感じられない。相変わらず英語はヘンテコだが、場面として成立していた。
オーディション上がりの無名の日本人は、その身一つでハリウッドの仲間入りをしたのだ。
「やぁ、初めまして。ミス・シェリル」
「初めまして、ミスター・桐谷」
「ミス・シェリルの演技は群を抜いていますね。天才と呼ばれるに相応しい」
「私はまだ端役しか演じたことはございませんが?」
当時の私はアメリカ――ハリウッドにて再出発を果たしたばかりであった。
日本での子役時代は無いに等しい。実力主義の世界は私にとって好都合だった。
片っ端から敵たちを蹴落とした。
その結果としてハリウッド超大作のメイン級の役を手にした。
実質、最も演技力の求められる役だった。
主演俳優&女優はイチャイチャしていればいいのだ。
濃厚なキスの一つや二つかまして、ポルノ映画と見紛うくらいに息を荒げていればいい。
純粋な演技は私の独壇場だ。
事実、私は一度たりともダメ出しを受けなかった。完璧な演技。それなのに私の出番のあるシーンの撮影が全く進まなかった。
どいつも此奴も下手くそばかり。付き合わされるこっちの身にもなれ、と悪態の一つも吐きたくなる。
「下手くそ共めって顔に出てますよ。ミス・シェリル」
「仕方ないでしょ事実なんだから」
「演技は完璧。でも、女優としては不完全。それがあなたですミス・シェリル」
「演技は完璧なんでしょ? だったら問題ない――」
「――Make the most of yourself, for that is all there is of you.」
「ん? なに?」
「発音が悪かったですか?」
「いいえ、完璧だったわ」
アメリカ人とはいえ、日本人の血の混ざった私も発音には苦労する、時もある。
でも男の発音は完璧だった。だったら何故演技中にも完璧な発音で話さない?
訊ねるよりも先に男は私の疑問に答えた。
「完璧な人間なんていない。故に完璧な演技は時に異質なもとなる。違和感と言った方がいいかな? 君の演技は完璧故に他の演者を狂わせている。
僕は完璧な演技を目指している。でも、その個人の探究心の為に作品の質を落とすのは本意じゃない。」
「だからあんなヘンテコな喋りをしているってわけ?」
「まあ、そういうことだね」
真直ぐに私を見て続けた。
「だから僕は僕の持てる能力を最大限に活用しているんだ。良い映画を撮るために。僕は、桐谷塔司でしかない。それ以上でもそれ以下でもない。」
「なるほど、「Make the most of yourself, for that is all there is of you.」――自分自身を最大限に利用しなさい。あなたにとってあるのはそれだけ……ね。言いたいことは解ったわ。それで私に何をしてもらいたいの?」
「簡単な話だよ。君個人ではなく作品の事を考えて演技してくれないか? このままじゃこの超大作はただ莫大な金を消費しただけのB級映画になってしまう。それは君も望まないだろ?」
「そうね、解ったわ。いい作品にするために私を最大限に利用することにするわ」
この瞬間から私の演技は変わった。
完璧に演じるのではなく、完璧に演じさせる演技へと。
この変化が私にもたらしたのは、国際映画祭のレッドカーペットと新人賞・助演女優賞・審査員特別賞との複数受賞。
名実ともにハリウッドスターの仲間入りを果たしたのだった。
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