転校生は朝ドラ女優!?

小暮悠斗

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第二幕 映画撮影と超新星

ACT33

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 陽の陰った都心の片隅に建つ高層ビル。高島玲子はその屋上から眼下に広がる街を見下ろす。往来を繰り返す人波。常に道路を埋め尽くす車の群れは、少しでも先に進もうとアクセルが踏まれる。遠くで響いたクラクションが次第に伝達されるように拡散される。クラクションに続く怒号は何を言っているのかまでは聞き取れないが、ちょっとした騒ぎに発展していた。

 眼下の喧騒とは裏腹に、高島玲子の心は穏やかだった。
 穏やかと言うのは少し違うかもしれない。何もこの街に期待していないのだ。眼下に広がるのは常に裏切られてきた街の景色――。

 身も心もすでにボロボロだった。
 この街で起きたこと全てが、遠い過去の出来事のように思えた。それこそ前世の出来事と思えるほど遠いものだった。


 もう疲れたよ……だから……
 ありがとう――ごめんなさい。


 手すりに手をかけ身を乗り出す。
 突発的に吹いたビル風に後押しされるようにして玲子の身体は都会の喧騒に投げ出された。
 玲子はやっと自分の身体が自由になったことを悟った。
 身体が軽い。これでやっと自由になれる。
 玲子の顔には恐怖など一切なく、吹っ切れたように小さく笑い眼を閉じた――。

「カーット!!」

 監督の声が轟くと同時に今まで気配を殺していたスタッフが、獲物に飛び掛かる肉食獣の如く動き出した。

「カメラさ~ん。顔に影掛かってなかった?」

「メイク! 風で髪乱れてるから大急ぎで直しといて」

「監督。ビルの使用許可もう少し押さえときますか?」

「ん~、そうだな。もう何パターンか撮っておきたい」

「わかりました交渉しておきます」

 インカムと地声の指示の入り乱れる現場はまさに戦場だった。

「寒い……」

「おい暖房用意しとけって言っただろ!」

「優先順位があるでしょうがッ!」

「あっ、私の方は後でいいので……」

「女優に気ぃ使わせんな!」

「気使わせてるのはあんたの方でしょ!?」

 正直どっちでもいいから早く何か温まるもの持ってきて。

 台本を手に取り、今撮影しているシーンの部分を開く。
 足元にはヒーターが一台。まぁ、無いよりマシだけどさ……。またもめられても面倒な事この上ないので、何も言わない事にした。



【Scene79 ビル屋上】


 ビル屋上。
 儚げな表情で眼下の喧騒に目を向ける玲子。
 手すりから身を乗り出す玲子。

「……」

 玲子は、どこか寂しげな笑みを浮かべながら身を投げる。

 玲子の台詞セリフは「……」のみ。つまりは、無い。台詞がない分、表情や仕草による表現力が求められる。台詞があった方が演技する身としては簡単――演技しやすい。

 王子監督の要求は高い。
 その要求に応えるのは骨が折れそうだ。
 リハーサルの演技も悪くはなかった。でも、もっと演技の質は上げられる――。

 髪を整えてくれていたコウちゃんが髪から手を放す。

「できたよ。結衣」

「ありがと。コウちゃん」

「何度でもメイク直してあげるから、安心して汚してきて来なさい。パイをぶつけられてもすぐに元通りにしてあげる」

 親指を立てて見送ってくれる専属メイク。

「コウちゃん。今日は映画の撮影。バラエティー番組じゃないからそんな心配はしてません」

「何々? 新しい演出プラン?」

 目の前に急に表れたイケメンが――王子監督が楽しそうに笑う。

「パイですか? やってみますか?」

「えっ! いいの?」

(あれ!? もしかして乗り気!?)

「絶対ダメです!」

「つまんないの」

 へそを曲げた子どものような態度でモニター前の指定席へと戻っていく。

 ほんとに子どもみたいな人だな。探究心がありすぎる。
 これからもっとこの監督に振り回される事になるだろう。ふぅと、大きく息を吐く。
 マネージャーの高野さんが肩に手を置き、囁くように言った。

「結衣、気持ちは出来た?」

「……うん」

「いってらっしゃい」

「……うん」


 気持ちを作れば作るほど気分は落ちていく。
 もう少し深く――役に潜りたい。
 空を見上げる。
 眩しい。それに比べて私は……、

 王子監督が拡声器を握る。

「――本番!」
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