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第一幕 転校生は朝ドラ女優!?
ACT3
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撮影は押しに押していた。原因は真希の不調。正確には実力不足というべきなのかもしれない。
真希の役は情緒不安定なところがあって喜怒哀楽が激しい。彼氏に振られて泣いていたかと思えばテレビを見て笑うとかとにかく演じ辛い。それなのに真希は役作りの一つもしてきていない。プロとしての自覚が足りないのではないか?
結局撮影は一時間押し。疲れたぁ~。これからまた地方に撮影とか考えたくない。
ちなみに私を苛立たせる真希は今日の撮影はこれで終わり。納得いかない。
ちなみに、これからの地方撮影で私のドラマ撮影は終わり。一応最終回まで登場はするものの出番数の関係上、一気に出演シーンを撮り終えてしまおうということになり今日のスケジュールが組まれた。
衣装から私服に着替えるのが面倒でそのまま衣装を買い取った。
今回のドラマの役柄は特に金持ち設定なんかも付くことも無く、衣装も大量生産されたものを着ているため値段もお手頃である。一、二万の衣装も私が着ただけでドラマ放送の翌日には飛ぶように売れる。
私の生みだす経済効果の恩恵を受けていながら私に金を払わせるとは……納得いかない。
この業界、多少の理不尽には目を瞑らなければ生き抜くことはできない。
でも疲れるものは疲れる。それに今日は移動時間にインタビューがある。ほんとにスターって大変。少しでも不満を漏らそうものならバッシングの嵐。
はぁ……。
溜息を零しながら移動車のある駐車場へと向かう道すがら、甲高い耳障りな声が私を呼び止めた。
「あら、どうしたの? 随分とお疲れみたいね。影が薄いから一瞬スタッフの子かと思っちゃった」
振り返ると嫌味な笑みを浮かべる真希がいた。
誰のせいでこんなことになってると思ってんのよ! この子、嫌味な女を演じれば間違いなく日本一ね。演技というより人間性そのものの評価だろうけど。
相手にするのも面倒くさいが、業界関係者が多くいるスタジオで無視なんてして、もし、それを誰かに見られでもしたら大変だ。それに真希は「結衣に無視された」とか平気で言いそうだし。
「そうね。疲れているかもしれないわね。これから地方だし」
「あら、そうなの? 大変ね。頑張ってきてね。私はまだスタジオで自分のシーンを取らないといけないから」
芝居がかった口調で真希が言う。
「ええ、アナタも頑張ってね」
交わす言葉とは裏腹に敵意が顔を覗かせている。
「車を待たせてあるからもう行くわね」と踵を返して駐車場へと向かう。
背中で真希が何か言っているようだが相手にするのも面倒臭い。力なく右手を上げて左右に振ってスタジオを後にした。
駐車場に着くと高野さんが私を見つけて手を振る。
急いでいますよ、アピールの可愛らしい小走りで駆け寄るものの冷たい視線で射抜かれる。
「そんな眼で見ないでくださいよぉ~」
「ただでさえ時間押しているんだから急がないと駄目でしょう」
「だってぇ~」
「言い訳は車の中で。早く乗って捕まらない範囲で飛ばすよ」
いつもよりも気持ちばかり早く流れていく景色を横目に真希との会話を話すと、「あの、お嬢様め」と舌打ちすると同時にいつもは穏やかな奥二重の目が吊り上る。
「でしょう? 誰のせいでアタシがこんな目に遭ってるのかわかってるのか! って感じぃ~」
目は吊り上ったままだが声色は穏やかになった高野さんは「外でそんな発言だけはしちゃ駄目よ。火消しも大変なんだから。前に結衣が戦隊ヒーローのブルーの梶谷? 梶原だっけ? あんなのと週刊誌にと抜かれたときなんかどれだけ走り回ったことか」
また始まった。高野さんは、仕事はできるが案外根に持つタイプ。
「ごめん、ごめん。もうあんなヘマしないから。それとブルーじゃなくてグリーンね。あと、梶谷でも梶原でもなくて太刀川くんね。梶谷とか梶原ってどこから来たの? て言うかそれ誰?」
ヘマとかって問題じゃない、と珍しく怒りをあらわにする高野さんとバックミラー越しに目が合う。高野さんもストレス溜まってるんだなぁ。マネージャーさんのお仕事って大変なのね、と改めて高野さんに感謝する。でも真希のマネージャーさんよりは大分マシな筈。そのことだけは感謝した方がいいと思うわよ、高野さん。
「また何か変なこと考えてるでしょう」
「失礼ね。高野さんの日頃の苦労をどうしたら労えるのかと考えていただけなのに」
「それはどうも。そろそろ取材の電話が来るから話す内容確認しといて」
「はーい」
私は広報担当の松崎さんが前以って用意しておいてくれた『松崎式 電話インタビュー回答マニュアル』に目を通す。相変わらず凄く細かいところまで書いてある。語尾のイントネーションまでつけてある。新田結衣という女優のキャラクター像を創り上げた張本人。それこそが広報担当、松崎祐子である。
でも私は新田結衣というキャラクターが好きではない。無理はしていないが女優、新田結衣は『私』ではない。最近ではプライベートと仕事の境界線が曖昧になってきていることも自覚している。第一、本来の私は語尾―母音をむやみに伸ばさない。「~でさぁ」「~でぇ」なんて言う人間ではない。ねちっこい喋りはぶりっ子っぽい。ちなみに私はぶりっ子、というより表と裏の落差の激しい人間が嫌いだ。人に良く見られたいと思うのは自然なことだと思うが、あくまでも本質をよりよく見せたいという範囲である。これっぽっちも抱いていない親切心など吐き気がする。
いい人ぶった人間がとにかく嫌いなのである。真希みたいに人前でだけは従順な子とか、真希みたいに偉い人だけにはおべっかを使う子とか、真希みたいに……―ああもう、思い出しただけでも腹立たしい。
松崎さんは優秀な広報だけれども真希の広報担当の赤崎さんはもっと優秀な気がする。何せあの我が儘な真希をクールな大人の女性と世間に認知させているのだから。それに引き替え私は、元気いっぱいのパワフルガール(時々ギャル)……やっぱり何か違う。最近は素で話す機会も増やしているけどそしたら毎回同じことを言われるの、「結衣ちゃんって意外と真面目なのねぇ」って。そう言われるたびに声を大にして言いたくなるの「そうですかぁ? でも、真希よりは真面目だと思いますよ」って! イメージ戦略に踊らされすぎだろ世間!! もう諦めているけど。
もうすぐ電話インタビューだというのに心が落ち着かない。このままでは素の私がインタビューに答えてしまう。
「ちょっと」
ぶっきら棒な声に顔を上げるとバックミラー越しに「笑って。ほら」と高野さんが口角だけを上げた不器用な笑みを見せる。心の無い笑顔には恐怖しか感じない。ホラー映画に出て来たら子どもよりも大人を怖がらせそうである。
口角を上げて表情筋豊かに同年代の男女問わず黄色い歓声を上げてくれる笑みを浮かべる。「笑顔ね。これでOK?」
「ええ、さっきまでよりは幾分マシね」
ジリリリリ――あえて黒電話の呼び出し音の設定を施されたスマホに目をやると高野さんがスマホを後部座席にいる私に向けて放り投げる。
「出て。記者からよ。くれぐれも――」
「大丈夫。ちゃんと女優、新田結衣で答えるから」
私は通話ボタンを押す。すると電話越しには少し聞き取りづらい裏声に近い女性記者が答える。「あっ、私、週刊フェイトの中条と申しますぅ。本日はよろしくお願いしますぅ」語尾が気になってしょうがない。私も傍から聴けばこんな感じなのだろうか。少し―かなりショックである。それでも仕事は仕事。「ええぇ、そうなんですかぁ。実は私もぉ……――」15分程度だっただろうか、自分が発する言葉も耳から入る言葉も気持ち悪い。
電話取材が終わると、
「お疲れ様。フェイトさん、なんか結衣に喋り方似てるよね。馬鹿な感じとか」鼻で笑う。
「高野さん。相手の人と私が話すの想像して楽しんでたでしょう? やめてよ。私は素で女優新田結衣みたいなタイプは苦手なんだから。」
ハンドルは右手で操作したまま左手で空調を設定しながら、「まだティーン誌の電話取材が残ってるからね」
「えー、もう無理。三時間構成の特番撮ったくらい疲れた」
「我慢して。そろそろ電話かかってくるわよ」
ジリリリリ――
「ほら来た」何故か嬉しそうに顔をほころばせる高野さんはきっとドSである。
こんなに心身ともに削りながらもこの業界が好きな私はMなのかもしれない。
真希の役は情緒不安定なところがあって喜怒哀楽が激しい。彼氏に振られて泣いていたかと思えばテレビを見て笑うとかとにかく演じ辛い。それなのに真希は役作りの一つもしてきていない。プロとしての自覚が足りないのではないか?
結局撮影は一時間押し。疲れたぁ~。これからまた地方に撮影とか考えたくない。
ちなみに私を苛立たせる真希は今日の撮影はこれで終わり。納得いかない。
ちなみに、これからの地方撮影で私のドラマ撮影は終わり。一応最終回まで登場はするものの出番数の関係上、一気に出演シーンを撮り終えてしまおうということになり今日のスケジュールが組まれた。
衣装から私服に着替えるのが面倒でそのまま衣装を買い取った。
今回のドラマの役柄は特に金持ち設定なんかも付くことも無く、衣装も大量生産されたものを着ているため値段もお手頃である。一、二万の衣装も私が着ただけでドラマ放送の翌日には飛ぶように売れる。
私の生みだす経済効果の恩恵を受けていながら私に金を払わせるとは……納得いかない。
この業界、多少の理不尽には目を瞑らなければ生き抜くことはできない。
でも疲れるものは疲れる。それに今日は移動時間にインタビューがある。ほんとにスターって大変。少しでも不満を漏らそうものならバッシングの嵐。
はぁ……。
溜息を零しながら移動車のある駐車場へと向かう道すがら、甲高い耳障りな声が私を呼び止めた。
「あら、どうしたの? 随分とお疲れみたいね。影が薄いから一瞬スタッフの子かと思っちゃった」
振り返ると嫌味な笑みを浮かべる真希がいた。
誰のせいでこんなことになってると思ってんのよ! この子、嫌味な女を演じれば間違いなく日本一ね。演技というより人間性そのものの評価だろうけど。
相手にするのも面倒くさいが、業界関係者が多くいるスタジオで無視なんてして、もし、それを誰かに見られでもしたら大変だ。それに真希は「結衣に無視された」とか平気で言いそうだし。
「そうね。疲れているかもしれないわね。これから地方だし」
「あら、そうなの? 大変ね。頑張ってきてね。私はまだスタジオで自分のシーンを取らないといけないから」
芝居がかった口調で真希が言う。
「ええ、アナタも頑張ってね」
交わす言葉とは裏腹に敵意が顔を覗かせている。
「車を待たせてあるからもう行くわね」と踵を返して駐車場へと向かう。
背中で真希が何か言っているようだが相手にするのも面倒臭い。力なく右手を上げて左右に振ってスタジオを後にした。
駐車場に着くと高野さんが私を見つけて手を振る。
急いでいますよ、アピールの可愛らしい小走りで駆け寄るものの冷たい視線で射抜かれる。
「そんな眼で見ないでくださいよぉ~」
「ただでさえ時間押しているんだから急がないと駄目でしょう」
「だってぇ~」
「言い訳は車の中で。早く乗って捕まらない範囲で飛ばすよ」
いつもよりも気持ちばかり早く流れていく景色を横目に真希との会話を話すと、「あの、お嬢様め」と舌打ちすると同時にいつもは穏やかな奥二重の目が吊り上る。
「でしょう? 誰のせいでアタシがこんな目に遭ってるのかわかってるのか! って感じぃ~」
目は吊り上ったままだが声色は穏やかになった高野さんは「外でそんな発言だけはしちゃ駄目よ。火消しも大変なんだから。前に結衣が戦隊ヒーローのブルーの梶谷? 梶原だっけ? あんなのと週刊誌にと抜かれたときなんかどれだけ走り回ったことか」
また始まった。高野さんは、仕事はできるが案外根に持つタイプ。
「ごめん、ごめん。もうあんなヘマしないから。それとブルーじゃなくてグリーンね。あと、梶谷でも梶原でもなくて太刀川くんね。梶谷とか梶原ってどこから来たの? て言うかそれ誰?」
ヘマとかって問題じゃない、と珍しく怒りをあらわにする高野さんとバックミラー越しに目が合う。高野さんもストレス溜まってるんだなぁ。マネージャーさんのお仕事って大変なのね、と改めて高野さんに感謝する。でも真希のマネージャーさんよりは大分マシな筈。そのことだけは感謝した方がいいと思うわよ、高野さん。
「また何か変なこと考えてるでしょう」
「失礼ね。高野さんの日頃の苦労をどうしたら労えるのかと考えていただけなのに」
「それはどうも。そろそろ取材の電話が来るから話す内容確認しといて」
「はーい」
私は広報担当の松崎さんが前以って用意しておいてくれた『松崎式 電話インタビュー回答マニュアル』に目を通す。相変わらず凄く細かいところまで書いてある。語尾のイントネーションまでつけてある。新田結衣という女優のキャラクター像を創り上げた張本人。それこそが広報担当、松崎祐子である。
でも私は新田結衣というキャラクターが好きではない。無理はしていないが女優、新田結衣は『私』ではない。最近ではプライベートと仕事の境界線が曖昧になってきていることも自覚している。第一、本来の私は語尾―母音をむやみに伸ばさない。「~でさぁ」「~でぇ」なんて言う人間ではない。ねちっこい喋りはぶりっ子っぽい。ちなみに私はぶりっ子、というより表と裏の落差の激しい人間が嫌いだ。人に良く見られたいと思うのは自然なことだと思うが、あくまでも本質をよりよく見せたいという範囲である。これっぽっちも抱いていない親切心など吐き気がする。
いい人ぶった人間がとにかく嫌いなのである。真希みたいに人前でだけは従順な子とか、真希みたいに偉い人だけにはおべっかを使う子とか、真希みたいに……―ああもう、思い出しただけでも腹立たしい。
松崎さんは優秀な広報だけれども真希の広報担当の赤崎さんはもっと優秀な気がする。何せあの我が儘な真希をクールな大人の女性と世間に認知させているのだから。それに引き替え私は、元気いっぱいのパワフルガール(時々ギャル)……やっぱり何か違う。最近は素で話す機会も増やしているけどそしたら毎回同じことを言われるの、「結衣ちゃんって意外と真面目なのねぇ」って。そう言われるたびに声を大にして言いたくなるの「そうですかぁ? でも、真希よりは真面目だと思いますよ」って! イメージ戦略に踊らされすぎだろ世間!! もう諦めているけど。
もうすぐ電話インタビューだというのに心が落ち着かない。このままでは素の私がインタビューに答えてしまう。
「ちょっと」
ぶっきら棒な声に顔を上げるとバックミラー越しに「笑って。ほら」と高野さんが口角だけを上げた不器用な笑みを見せる。心の無い笑顔には恐怖しか感じない。ホラー映画に出て来たら子どもよりも大人を怖がらせそうである。
口角を上げて表情筋豊かに同年代の男女問わず黄色い歓声を上げてくれる笑みを浮かべる。「笑顔ね。これでOK?」
「ええ、さっきまでよりは幾分マシね」
ジリリリリ――あえて黒電話の呼び出し音の設定を施されたスマホに目をやると高野さんがスマホを後部座席にいる私に向けて放り投げる。
「出て。記者からよ。くれぐれも――」
「大丈夫。ちゃんと女優、新田結衣で答えるから」
私は通話ボタンを押す。すると電話越しには少し聞き取りづらい裏声に近い女性記者が答える。「あっ、私、週刊フェイトの中条と申しますぅ。本日はよろしくお願いしますぅ」語尾が気になってしょうがない。私も傍から聴けばこんな感じなのだろうか。少し―かなりショックである。それでも仕事は仕事。「ええぇ、そうなんですかぁ。実は私もぉ……――」15分程度だっただろうか、自分が発する言葉も耳から入る言葉も気持ち悪い。
電話取材が終わると、
「お疲れ様。フェイトさん、なんか結衣に喋り方似てるよね。馬鹿な感じとか」鼻で笑う。
「高野さん。相手の人と私が話すの想像して楽しんでたでしょう? やめてよ。私は素で女優新田結衣みたいなタイプは苦手なんだから。」
ハンドルは右手で操作したまま左手で空調を設定しながら、「まだティーン誌の電話取材が残ってるからね」
「えー、もう無理。三時間構成の特番撮ったくらい疲れた」
「我慢して。そろそろ電話かかってくるわよ」
ジリリリリ――
「ほら来た」何故か嬉しそうに顔をほころばせる高野さんはきっとドSである。
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