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第五章《消えた少女の謎》
#4
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来館者のピークを過ぎた頃、シオリがフミハルに尋ねる。
「ねぇ、さっきからみんなして何を話していたの?」
「誘拐事件ですよ! 誘拐事件!」
首を傾げるシオリに、アキラとフミカが事のあらましを話す。
黙って話に耳を傾けていたシオリが「ん?」と眉をしかめる。
どうしたのかと尋ねると、「ん、うん、なんでもない……」と言葉を濁す。
「もしかしたら既に誘拐されているかも。やっぱり警察に連絡をした方がいいんじゃ?」
「もし、本当に誘拐されているのなら、そうした方がいい」
でも、とシオリは続ける。
「その必要はないと思う」
「なんでですか?」
納得がいかないとフミハル。
アキラも一緒になってシオリに疑問をぶつける。
「確かに誘拐の可能性は低いのかもしれない。けど、あの男の人が女の子の親でないことは間違いないです。誘拐ではないにしても、なんらかの思惑があって、女の子に近づいているのかもしれない。それに皆で話していた時間もそこまで長くはありませんでした。その間に女の子は姿を消したんです。もちろん、ずっと女の子を見ていたわけではないので帰ったことに気がつかなかった、という可能性もあります。でも、あの子はいつも帰り際に「さようなら」と挨拶をしていました。もし、今日もいつもと同じように挨拶をしたのであれば気づくはずです。」
フミハルもアキラの意見には賛同した。
フミカも確かにと頷いている。
それでもシオリ頑として主張を譲らない。
「帯野くんの言うことを踏まえても誘拐という可能性はない」
「誘拐でなくても連れ去られて悪戯される可能性も」
「ない」
シオリは断言する。
その言葉には確固たる自信が――確信があるように聞こえた。
しかし、その根拠も示されることの無いまま、一方的に否定されてばかりだと素直に意見を聞き入れることは難しくなってしまう。
「そんなに断言できるってことは、シオリさんは女の子の行方がわかるってことですよね?」
喧嘩腰の口調でフミハルが言うと、シオリは眉をぴくっと動かして「なに怒っているの?」と言葉尻に棘のある返しをする。
「喧嘩だなんて珍しいね」
笑いながらショウスケがこちらを窺っていた。
夫婦喧嘩は犬も食わない……あ、夫婦じゃなかったね、などとちょっかいを入れてくるのにはさすがにキレそうになった。
キレてしまうよりも早く、シオリがギロリとにらみを利かせてくれたおかげで、ショウスケはそれ以降余計な茶々を入れてこなくなった。
気を取り直してシオリの推測を聴こうかと言う時にはすでに心の苛立ちも治まり、平静な面持ちでシオリが話し始めるのを待った。
するとそこへ、どたばたとひどく慌てた様子の足音が近づいてきた。
ドアを開けると同時に身体を前のめりに死ながら入ってくる。
「あ、あの、女の子見ていませんか?」
息も絶え絶えに入ってきたのは、つい今しがたも話題に上っていた、少女と一緒に図書館に足を運んでいた男だった――。
***
一瞬、男が何を言ったのか判断がつかなかった。
それはフミハルだけでない。アキラやフミカも口を開けたまま硬直している。
「小学生の女の子なんだが、この図書館で姿を消してしまったんだ。俺が目を離した隙に……それでずっと探しているんだが見つからないんだ」
男の子氏は低く、冗談を言っている様子でもない。
「赤いランドセルに黄色の帽子を被った、空色の制服を着た子なんだが……ここに来たところまでは分かっているんだ。何か知っていることはないかい?」
思わずフミハル達は顔を見合わせる。
「あの、その話本当なんですか?」
フミハルは詰問(きつもん)した。
「本当にあの子は――」
「あの子は姪だよ。兄さんに頼まれて小学校の送り迎えしているんだ。そのついでに、ここの図書館に休憩がてらに寄って本を借りてプレゼント本をもらうのが日課になっていた。でも今日は、気づいたらいなくなっていて。図書館のカードを探している一瞬の間に居なくなっていたんだ。まさか一人で帰ってしまったのかとも思ってさっき兄さんの方にも連絡したんだけど、まだ家の方には帰ってきていないみたいだ。それで見失ったこの図書館に戻ってきたんだが、でもやっぱりあの子はいない……一体どこに行ってしまったんだか……」
フミハルは口調を少し荒くしてしまう。
「でも、あなたは警察とか車がどうこうって話していたんでしょ!」
男は逡巡して「警察」と呟くと、「そりゃ呼ぶさ」と当然だろうとばかりに言う。
「けれども、警察を呼ぶ前に心当たりを探していたんだ。もしかしたらまだ近くにいるかもしれないと思って。警察が来るまがでは自分で探そうと思ったんだよ」
フミハルはフミカの方を向く。フミカは気まずそうに眼を逸らして一向に目を合わせてくれない。
……おいおい……。
脱力感が押し寄せてきた。
今まで張りつめていた緊張の糸がプツンと切れてしまっていた。今までの誘拐を示す根拠は全てただの奇跡的な勘違いだったのだ。だからと言って事件が解決を見たわけではない。
フミハルは改めて気を引き締めなおす。
ひとまず手分けして館内を探してみることにする。
だが、消えた女の子は見つからない。
「本当にこの図書館で消えたんですか?」シオリが再度訊ねる。
「え、ええ。私が本を借りてプレゼントキャンペーンの本をもらっている間に……」
シオリは深く頷いて考える。そして――「分かった」と言った。「かもしれない」と付け加えて――。
***
紙本シオリはある一つの仮説を立てた。
その仮説の立証は自身の失態をも白日の下にさらしてしまう。
それでも、消えた女の子の謎の解明を優先することを決めて男性に尋ねる。
「今回のプレゼントキャンペーンは、借りた本が五冊になったら一回くじを引くことが出来ることになっていましたが、プレゼント本を目当てにしていたのはどちらですか?」
男性はその問いにあっさりと手をあげて答えた。
「それは私です。なかなか欲しい本が当たらなくて図書館に来るたびに本を借りていました」
やっぱり、とシオリは自身の仮説により自信を持つ。
「ですが、プレゼント本の有無を尋ねたのは女の子の方ですよね?」
「それは私の代わりに彼女が訊ねてくれたんだ。いい大人が児童書を読むっていうのが恥ずかしくて……。この人が読むの? みたいな反応されるのが嫌でなかなか訊けずにいたらあの子が気を利かせて代わりに訊いてくれたんだ」
その気持ちはわかる。誰しも人に知られたくない部分の一つや二つあるものだ。
そうなるとこの図書館内においては女の子は男性の付添だったという風にも言える。
とても優しい女の子。そんな優しい子が取る行動を考える。そうすればおのずと答えに行きつく。
「女の子がいる場所に行きましょう」
全員の視線がシオリに集中する。視線から逃げるように顔をそむけながら告げる。
「女の子は書庫にいます」
シオリの案内でカウンターの奥にある職員通路を通って専用階段を上る。
プレゼントは全て書庫の中に仕舞ってある。
書庫のカギはきちんと施錠されている。
シオリは鍵を開けて中に入る。他の面々も続いて入る。
辺り一面のダンボール箱の山。その中にプレゼント用の本が詰まっている。
部屋の中を一通り見渡してからダンボール箱の山に近づき身を乗り出すようにして、陰になっている部分を覗く。
すると、そこには女の子がいた。
女の子は膝を抱えてちょこんと座って目を閉じていた。すぅすぅと寝息を立てている。
よく見てみると児童書を大事そうに抱えていた。
「どうしてこんなところに!?」と男性が安堵したように叫んだ。
「なるほどねー」ショウスケはニヤリと笑い「そういうことね」と続けた。
シオリは女の子の頭を軽く撫でて小さく笑うと、振り返って首を縦に振った。
それからみんなに説明をした。
「この子はこの書庫に忍び込んで目的の――つまりアナタの欲している本を盗み出そうとしたんです」
男性がシオリの言葉にビクッと肩を震わせる。
「一向に当たりが来ない。そんな状状況に業を煮やしたのでしょう。だけどいざ盗んで出ようにも書庫から出られなくなってしまった。書庫から外に出るためには扉から出るほかにルートはありません。しかし扉は施錠されていた。つまり侵入するまでは上手くいったものの、その後書庫に閉じ込められた。助けを呼ぼうにも自分が書庫にいる言い訳は思いつかない。そうこうしているうちに眠気に襲われてここで寝てしまった……そんなところだと思います」
フミカの話がヒントになっていた。
プレゼント本はどこにあるのかと保管場所を訊ねていたらしい女の子の言動からして、迷い込んだというよりは確信犯である可能性が高い。つまりは忍び込む可能性が充分に示唆されていたのである。
年端もいかない少女であれば大胆な行動に出たとしてもおかしくない。大人よりも罪の意識が低い分、いとも簡単にハードルを越えてしまう。
その後、ショウスケの提案により防犯カメラでシオリの推測を確かめることになった。
結果はシオリの推測通りだった。
ちなみに防犯カメラは以前一個しか設置していなかったが、今では各所に設置している。ショウスケが前に「みんなの観察――防犯上複数あった方がいい」という進言によって設置されたのだった。
防犯カメラには書庫に入る少女がしっかりと映っていた。それから少ししてショウスケが書庫へとやって来る。時間的にプレゼント本を取りに行ったタイミングだ。
男性は寝起きの女の子に尋ねる。何でこんなことをしたのか、と。
「う、うん……」女の子は目をこすりながら、曖昧模糊に頷く。
「いつもママの代わりに迎えに来てくれるし、パパと違ってお菓子もくれるから……おじさんにできることはないかなって、思って……」
男性頭を下げる。今にも膝を折りそうな勢いである。
実際に盗まれたわけではないので、次から気をつけてくださいとだけ言ってそれ以上の謝罪は求めない。
誠心誠意誤っていることは充分に伝わっている。
「もうこんなことしちゃダメだよ」フミカが女の子をなだめるように優しい口調で言う。
それから男性と女の子は三度(みたび)謝った後、図書館を出て行った。
存外事件はあっけなく収束した。
「しかし、よく誰にも見られずに書庫まで行けましたね、あの子」
フミハルが改めて侵入経路に関して疑問を提起する。
フミハルの指摘は当然のもので、書庫へと行くためにはカウンター奥の職員通路から行く他ない。
「それは……」
シオリは言いよどむ。
今回の一件は司書であるシオリとショウスケの不注意が招いた出来事なのであった。
「私が貸出作業だけで手一杯だったから、すぐ横をすり抜けたあの子に気づくことができなかった」
それに、とシオリは続ける。
「本田さんが休憩終わっているのに仕事に戻らなかったこと、書庫で中の様子を確認することなく施錠してしまったこと――幼い女の子相手に何も気づくことの出来なかった私たち大人の責任は大きい」
フミハル達が「そんなことはない」「シオリさんは頑張ってる」「本田さんが全ての元凶」と励ましてくれる。
ショウスケは首を傾げて、「ほとんど僕の所為ってことになってる?」
いつまでも納得がいかないといった様子で首を傾げ、顔を顰めて立ち尽くしていた。
「ねぇ、さっきからみんなして何を話していたの?」
「誘拐事件ですよ! 誘拐事件!」
首を傾げるシオリに、アキラとフミカが事のあらましを話す。
黙って話に耳を傾けていたシオリが「ん?」と眉をしかめる。
どうしたのかと尋ねると、「ん、うん、なんでもない……」と言葉を濁す。
「もしかしたら既に誘拐されているかも。やっぱり警察に連絡をした方がいいんじゃ?」
「もし、本当に誘拐されているのなら、そうした方がいい」
でも、とシオリは続ける。
「その必要はないと思う」
「なんでですか?」
納得がいかないとフミハル。
アキラも一緒になってシオリに疑問をぶつける。
「確かに誘拐の可能性は低いのかもしれない。けど、あの男の人が女の子の親でないことは間違いないです。誘拐ではないにしても、なんらかの思惑があって、女の子に近づいているのかもしれない。それに皆で話していた時間もそこまで長くはありませんでした。その間に女の子は姿を消したんです。もちろん、ずっと女の子を見ていたわけではないので帰ったことに気がつかなかった、という可能性もあります。でも、あの子はいつも帰り際に「さようなら」と挨拶をしていました。もし、今日もいつもと同じように挨拶をしたのであれば気づくはずです。」
フミハルもアキラの意見には賛同した。
フミカも確かにと頷いている。
それでもシオリ頑として主張を譲らない。
「帯野くんの言うことを踏まえても誘拐という可能性はない」
「誘拐でなくても連れ去られて悪戯される可能性も」
「ない」
シオリは断言する。
その言葉には確固たる自信が――確信があるように聞こえた。
しかし、その根拠も示されることの無いまま、一方的に否定されてばかりだと素直に意見を聞き入れることは難しくなってしまう。
「そんなに断言できるってことは、シオリさんは女の子の行方がわかるってことですよね?」
喧嘩腰の口調でフミハルが言うと、シオリは眉をぴくっと動かして「なに怒っているの?」と言葉尻に棘のある返しをする。
「喧嘩だなんて珍しいね」
笑いながらショウスケがこちらを窺っていた。
夫婦喧嘩は犬も食わない……あ、夫婦じゃなかったね、などとちょっかいを入れてくるのにはさすがにキレそうになった。
キレてしまうよりも早く、シオリがギロリとにらみを利かせてくれたおかげで、ショウスケはそれ以降余計な茶々を入れてこなくなった。
気を取り直してシオリの推測を聴こうかと言う時にはすでに心の苛立ちも治まり、平静な面持ちでシオリが話し始めるのを待った。
するとそこへ、どたばたとひどく慌てた様子の足音が近づいてきた。
ドアを開けると同時に身体を前のめりに死ながら入ってくる。
「あ、あの、女の子見ていませんか?」
息も絶え絶えに入ってきたのは、つい今しがたも話題に上っていた、少女と一緒に図書館に足を運んでいた男だった――。
***
一瞬、男が何を言ったのか判断がつかなかった。
それはフミハルだけでない。アキラやフミカも口を開けたまま硬直している。
「小学生の女の子なんだが、この図書館で姿を消してしまったんだ。俺が目を離した隙に……それでずっと探しているんだが見つからないんだ」
男の子氏は低く、冗談を言っている様子でもない。
「赤いランドセルに黄色の帽子を被った、空色の制服を着た子なんだが……ここに来たところまでは分かっているんだ。何か知っていることはないかい?」
思わずフミハル達は顔を見合わせる。
「あの、その話本当なんですか?」
フミハルは詰問(きつもん)した。
「本当にあの子は――」
「あの子は姪だよ。兄さんに頼まれて小学校の送り迎えしているんだ。そのついでに、ここの図書館に休憩がてらに寄って本を借りてプレゼント本をもらうのが日課になっていた。でも今日は、気づいたらいなくなっていて。図書館のカードを探している一瞬の間に居なくなっていたんだ。まさか一人で帰ってしまったのかとも思ってさっき兄さんの方にも連絡したんだけど、まだ家の方には帰ってきていないみたいだ。それで見失ったこの図書館に戻ってきたんだが、でもやっぱりあの子はいない……一体どこに行ってしまったんだか……」
フミハルは口調を少し荒くしてしまう。
「でも、あなたは警察とか車がどうこうって話していたんでしょ!」
男は逡巡して「警察」と呟くと、「そりゃ呼ぶさ」と当然だろうとばかりに言う。
「けれども、警察を呼ぶ前に心当たりを探していたんだ。もしかしたらまだ近くにいるかもしれないと思って。警察が来るまがでは自分で探そうと思ったんだよ」
フミハルはフミカの方を向く。フミカは気まずそうに眼を逸らして一向に目を合わせてくれない。
……おいおい……。
脱力感が押し寄せてきた。
今まで張りつめていた緊張の糸がプツンと切れてしまっていた。今までの誘拐を示す根拠は全てただの奇跡的な勘違いだったのだ。だからと言って事件が解決を見たわけではない。
フミハルは改めて気を引き締めなおす。
ひとまず手分けして館内を探してみることにする。
だが、消えた女の子は見つからない。
「本当にこの図書館で消えたんですか?」シオリが再度訊ねる。
「え、ええ。私が本を借りてプレゼントキャンペーンの本をもらっている間に……」
シオリは深く頷いて考える。そして――「分かった」と言った。「かもしれない」と付け加えて――。
***
紙本シオリはある一つの仮説を立てた。
その仮説の立証は自身の失態をも白日の下にさらしてしまう。
それでも、消えた女の子の謎の解明を優先することを決めて男性に尋ねる。
「今回のプレゼントキャンペーンは、借りた本が五冊になったら一回くじを引くことが出来ることになっていましたが、プレゼント本を目当てにしていたのはどちらですか?」
男性はその問いにあっさりと手をあげて答えた。
「それは私です。なかなか欲しい本が当たらなくて図書館に来るたびに本を借りていました」
やっぱり、とシオリは自身の仮説により自信を持つ。
「ですが、プレゼント本の有無を尋ねたのは女の子の方ですよね?」
「それは私の代わりに彼女が訊ねてくれたんだ。いい大人が児童書を読むっていうのが恥ずかしくて……。この人が読むの? みたいな反応されるのが嫌でなかなか訊けずにいたらあの子が気を利かせて代わりに訊いてくれたんだ」
その気持ちはわかる。誰しも人に知られたくない部分の一つや二つあるものだ。
そうなるとこの図書館内においては女の子は男性の付添だったという風にも言える。
とても優しい女の子。そんな優しい子が取る行動を考える。そうすればおのずと答えに行きつく。
「女の子がいる場所に行きましょう」
全員の視線がシオリに集中する。視線から逃げるように顔をそむけながら告げる。
「女の子は書庫にいます」
シオリの案内でカウンターの奥にある職員通路を通って専用階段を上る。
プレゼントは全て書庫の中に仕舞ってある。
書庫のカギはきちんと施錠されている。
シオリは鍵を開けて中に入る。他の面々も続いて入る。
辺り一面のダンボール箱の山。その中にプレゼント用の本が詰まっている。
部屋の中を一通り見渡してからダンボール箱の山に近づき身を乗り出すようにして、陰になっている部分を覗く。
すると、そこには女の子がいた。
女の子は膝を抱えてちょこんと座って目を閉じていた。すぅすぅと寝息を立てている。
よく見てみると児童書を大事そうに抱えていた。
「どうしてこんなところに!?」と男性が安堵したように叫んだ。
「なるほどねー」ショウスケはニヤリと笑い「そういうことね」と続けた。
シオリは女の子の頭を軽く撫でて小さく笑うと、振り返って首を縦に振った。
それからみんなに説明をした。
「この子はこの書庫に忍び込んで目的の――つまりアナタの欲している本を盗み出そうとしたんです」
男性がシオリの言葉にビクッと肩を震わせる。
「一向に当たりが来ない。そんな状状況に業を煮やしたのでしょう。だけどいざ盗んで出ようにも書庫から出られなくなってしまった。書庫から外に出るためには扉から出るほかにルートはありません。しかし扉は施錠されていた。つまり侵入するまでは上手くいったものの、その後書庫に閉じ込められた。助けを呼ぼうにも自分が書庫にいる言い訳は思いつかない。そうこうしているうちに眠気に襲われてここで寝てしまった……そんなところだと思います」
フミカの話がヒントになっていた。
プレゼント本はどこにあるのかと保管場所を訊ねていたらしい女の子の言動からして、迷い込んだというよりは確信犯である可能性が高い。つまりは忍び込む可能性が充分に示唆されていたのである。
年端もいかない少女であれば大胆な行動に出たとしてもおかしくない。大人よりも罪の意識が低い分、いとも簡単にハードルを越えてしまう。
その後、ショウスケの提案により防犯カメラでシオリの推測を確かめることになった。
結果はシオリの推測通りだった。
ちなみに防犯カメラは以前一個しか設置していなかったが、今では各所に設置している。ショウスケが前に「みんなの観察――防犯上複数あった方がいい」という進言によって設置されたのだった。
防犯カメラには書庫に入る少女がしっかりと映っていた。それから少ししてショウスケが書庫へとやって来る。時間的にプレゼント本を取りに行ったタイミングだ。
男性は寝起きの女の子に尋ねる。何でこんなことをしたのか、と。
「う、うん……」女の子は目をこすりながら、曖昧模糊に頷く。
「いつもママの代わりに迎えに来てくれるし、パパと違ってお菓子もくれるから……おじさんにできることはないかなって、思って……」
男性頭を下げる。今にも膝を折りそうな勢いである。
実際に盗まれたわけではないので、次から気をつけてくださいとだけ言ってそれ以上の謝罪は求めない。
誠心誠意誤っていることは充分に伝わっている。
「もうこんなことしちゃダメだよ」フミカが女の子をなだめるように優しい口調で言う。
それから男性と女の子は三度(みたび)謝った後、図書館を出て行った。
存外事件はあっけなく収束した。
「しかし、よく誰にも見られずに書庫まで行けましたね、あの子」
フミハルが改めて侵入経路に関して疑問を提起する。
フミハルの指摘は当然のもので、書庫へと行くためにはカウンター奥の職員通路から行く他ない。
「それは……」
シオリは言いよどむ。
今回の一件は司書であるシオリとショウスケの不注意が招いた出来事なのであった。
「私が貸出作業だけで手一杯だったから、すぐ横をすり抜けたあの子に気づくことができなかった」
それに、とシオリは続ける。
「本田さんが休憩終わっているのに仕事に戻らなかったこと、書庫で中の様子を確認することなく施錠してしまったこと――幼い女の子相手に何も気づくことの出来なかった私たち大人の責任は大きい」
フミハル達が「そんなことはない」「シオリさんは頑張ってる」「本田さんが全ての元凶」と励ましてくれる。
ショウスケは首を傾げて、「ほとんど僕の所為ってことになってる?」
いつまでも納得がいかないといった様子で首を傾げ、顔を顰めて立ち尽くしていた。
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