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第二章《万引き許しちゃダメ、絶対!》
#2
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市民プールからかなりの道のりだったと思うのだが、インドア派のシオリに疲れの色は見えない。いや、額には大粒の汗が浮かび、ツーっと輪郭をなぞって流れ落ちる。
しっとりと濡れた神は艶やかで、汗の滲んだ上着を脱いだシオリは、ノースリーブの純白のブラウスに藍色のジーンズとシンプルな色の組み合わせだが、シンプルな服の組み合わせだからこそシオリが並みの美しさでないことを再確認させられる。
何よりプールでは見ることのできなかった生肌だ。
白い二の腕は静脈が見えるほど透き通っていて、美しかった。
むき出しになった二の腕の蒼白い皮膚の色は目に焼き付いて、二度と忘れることはないだろう。
タイトなジーンズがシオリのスタイルの良さをより際立たせている。
フミハルは、眼福眼福と心の中で拝んだ。
「どうぞこっちです」
店の裏口から入るようにアキラが指示する。
「なんで裏口からなんだよ」
「監視カメラの映像見てもらおうと思って。でもプライバシーだとかで部外者に見せちゃダメなんだと」
「じゃあ俺とシオリさんに見せるのもダメだろ」
「大事の前の小事。または必要悪だ」
「うーん、いいのか?」
完全に乗りで押し切られてしまっている感は否めないが、現在本の盗難と言う事でいつにもましてシオリがアクティブになっているため、フミハル一人ではアキラとアクティブシオリの二人を抑えるのは不可能と判断。二人が暴走した時にストッパーとなるべく、過度なツッコミは控える。
――ガチャ。
「何してるのアキラ君?」
「「「――え?」」」
極秘潜入早々に見つかってしまった。
極秘って程隠密性はなかったと思う。ただ裏口――スタッフ用の入口からこっそり入るというだけの事だったのだから。
「えっと……そちらの方たちは?」
「あ~、その~何て言えば……」
「面接です」
「右に同じく」
「そうなの? もし面接受かったらよろしくね」
「はい。お願いします」
「それじゃ、私仕事に戻らないと、じゃあねアキラ君」
手を振って仕事に戻る彼女を見送って、三人は一息つく。
「あっぶねぇ~……」
「生きた心地しなかったぞ」
「………………」
「シオリさん助かりました」
「………………」
「シオリさん?」
「………………ビックリした」
相当驚いていたらしい。でもシオリのお陰で難を逃れた。見事に機転を利かせてくれた。
こういう咄嗟の時に、パッと局面を乗り切れるのが大人な女性だなという印象を受けた。それと同時に、自分とは身の丈が合っていないのではという考えが頭を過った。必死に頭を振ってその考えを追い払う。
「今フミカ先輩が店の方に出たので、今がチャンスです」
フミカと言うのは今しがた顔を見せた店員の名前だろう。
小さい書店のため店員の数は限られている。
この日はフミカだけがシフトに入っていると言う。つまり店主とバイトのフミカの二人しかスタッフはいないと言うことだ。
「こっちです」
アキラの誘導に従って裏口から店内に入る。
更衣室を素通りし、狭まった通路を抜けて管理室と書かれたプレートがドアノブに掛かった部屋に入る。
ゆっくりとドアを閉めると、監視カメラの映像をブラウン管のテレビに繋いで映し出す。
画質は悪いが、顔の判別はつく。
もう一つあるブラウン管テレビでは、監視カメラの映像を早送りしていた。機械を操作しながらアキラが言う。
「毎回同じ時間帯に現れるんですよ」
アキラの話によると、万引き犯は毎回決まった時間帯に姿を現すのだと言う。
土曜日の夕方。それが万引き犯の犯行を行う時刻だ。
そして今日は土曜日。犯行が行われるであろう日だ。
行われるであろうというひどく曖昧な表現をしているのは土曜日イコール犯行が行われる日という訳ではないからだ。
しかしオールS評定のアキラも仮説を立てて犯行日を絞ったらしい。
その仮説から導き出した犯行日が今日なのだと言う。
そこまで広くないとはいえ店内を二人で網羅するのは厳しい。二人の見ていない隙に万引きすることはそこまで難しいことではないだろう。
だが、防犯カメラに収められていると言う犯行の瞬間を捉えた映像を見てみると、確かにコミックスコーナーに平積みされている人気漫画『追撃の巨神』の最新刊を慣れた手つきで掴むと、そのままダボダボの上着の袖に隠して立ち去った。
ふむふむ、随分と数をこなした感がある。常習犯に違いない。
この万引き犯の狙いは『追撃の巨神』だと言う。そして今週『追撃の巨神』の最新刊が発売された。
発売されたのは三日前だが、万引き犯がわざわざ発売日に、書店に買いに出向いているとは考えにくい。土曜日以外に万引き犯は姿を現さないと言う事なので、今日姿を現す可能性は大いにあるとの見解だ。
「ねぇ、この映像おかしくない?」
シオリさんがアキラの話を遮って訊ねる。
「土曜日の夕方にしか犯人は来ないって言っていたけど、この万引き犯が映っている映像は午前中よね? しかも日曜日」
「あ、ほんとだ」
シオリの指摘通り、映像の右下に表示された録画された日時は、日曜日の午前中だった。
「ああ、その日はいつもと違って日曜日に来てたんですよ。いつもなら俺がシフトの日だからマジで悔しかったんです。
どうしても外せない用事があって、フミカ先輩にシフト代わってもらったんですよ。いや~マジで助かりました」
「山本って言うのがさっきの人よね」
壁に貼られたシフト表を指さしながら首を傾げる。
「そうですよ。山本フミカ先輩です。それがどうかしましたか?」
「ええ、ちょっと――」
「あっ! 来ましたよ、万引き犯!!」
シオリを遮ってアキラは防犯カメラの映像を切り替える。
コイツです、そう言って指さしたのはダブダブの上着を羽織った男だった。
画質は荒いが、服装がこれまでカメラに映っていた万引き犯の姿と酷似していた。上着に関してはまるで一緒だ。
万引き犯は慣れているのだろう。店内を優雅に見回しながらコミックコーナーへと近づいてゆく。店員の位置を確認しているのだろう。
すると万引き犯の視線が止まった。かと思うと、すぐさま動きだす。そしてキョロキョロと辺りを見回し、挙動不審になる。なにかあったのだろうか。
しばらくすると踵を返すようにして店を後にする万引き犯。
「どうしたんだ? 今日こそは現行犯で捕まえられると思っていたのに」
アキラが悔しそうな声で呟く。
そんなアキラを他所にシオリは監視カメラを見ていた。
万引き犯を映したものとは別の映像に、視線を注いでいた。
「コラ! お前ら何してる!!」
音もなく現れたおじさんが怒鳴り声を上げる。
音もなくと言うのは言い過ぎで、万引き犯に気を取られて近づいてくるのに気づかなかっただけのことだった。
現れたのは店主のおじさんで、シオリもフミハルも全く知らない仲ではなかったが、一番問題なのはアキラだ。現在進行形でバイトをしているのだから今回のことが原因でやめさせられたりしないだろうかと心配をする。
しかし、逡巡した後、巻き込まれたのはこちらだったと思い出して、フミハルは腹が立った。
店主に叩き出された三人――フミハルとアキラは平謝りしながら店を出た。
全く、なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ。無性に腹は立ったものの、感情の任せて怒ることは控えた。
フミハルはちょっと自分が大人になったのを感じた。
「結局、謎は解けませんでしたね」
無念といった様子のアキラが拳を握る。
かなり強引なところのあるアキラだが、こういう正義感が強いところなんかにはフミハルも好感を持った。
「落ち込むなよ。またチャンスはあるさ」
アキラを慰めていると、シオリが横から口をはさむ。
そして、一連の万引き事件の真相がわかったと、帰り支度をしながら投げやりに言った。
今すぐその真相とやらを教えてはくれないようだ。
「色々と疲れた」
そう言い残してシオリは帰路についた。
フミハルとアキラの二人は首を傾げながら、橙色の空の下、大きく伸びた影が見えなくなるまでシオリを見送った。
しっとりと濡れた神は艶やかで、汗の滲んだ上着を脱いだシオリは、ノースリーブの純白のブラウスに藍色のジーンズとシンプルな色の組み合わせだが、シンプルな服の組み合わせだからこそシオリが並みの美しさでないことを再確認させられる。
何よりプールでは見ることのできなかった生肌だ。
白い二の腕は静脈が見えるほど透き通っていて、美しかった。
むき出しになった二の腕の蒼白い皮膚の色は目に焼き付いて、二度と忘れることはないだろう。
タイトなジーンズがシオリのスタイルの良さをより際立たせている。
フミハルは、眼福眼福と心の中で拝んだ。
「どうぞこっちです」
店の裏口から入るようにアキラが指示する。
「なんで裏口からなんだよ」
「監視カメラの映像見てもらおうと思って。でもプライバシーだとかで部外者に見せちゃダメなんだと」
「じゃあ俺とシオリさんに見せるのもダメだろ」
「大事の前の小事。または必要悪だ」
「うーん、いいのか?」
完全に乗りで押し切られてしまっている感は否めないが、現在本の盗難と言う事でいつにもましてシオリがアクティブになっているため、フミハル一人ではアキラとアクティブシオリの二人を抑えるのは不可能と判断。二人が暴走した時にストッパーとなるべく、過度なツッコミは控える。
――ガチャ。
「何してるのアキラ君?」
「「「――え?」」」
極秘潜入早々に見つかってしまった。
極秘って程隠密性はなかったと思う。ただ裏口――スタッフ用の入口からこっそり入るというだけの事だったのだから。
「えっと……そちらの方たちは?」
「あ~、その~何て言えば……」
「面接です」
「右に同じく」
「そうなの? もし面接受かったらよろしくね」
「はい。お願いします」
「それじゃ、私仕事に戻らないと、じゃあねアキラ君」
手を振って仕事に戻る彼女を見送って、三人は一息つく。
「あっぶねぇ~……」
「生きた心地しなかったぞ」
「………………」
「シオリさん助かりました」
「………………」
「シオリさん?」
「………………ビックリした」
相当驚いていたらしい。でもシオリのお陰で難を逃れた。見事に機転を利かせてくれた。
こういう咄嗟の時に、パッと局面を乗り切れるのが大人な女性だなという印象を受けた。それと同時に、自分とは身の丈が合っていないのではという考えが頭を過った。必死に頭を振ってその考えを追い払う。
「今フミカ先輩が店の方に出たので、今がチャンスです」
フミカと言うのは今しがた顔を見せた店員の名前だろう。
小さい書店のため店員の数は限られている。
この日はフミカだけがシフトに入っていると言う。つまり店主とバイトのフミカの二人しかスタッフはいないと言うことだ。
「こっちです」
アキラの誘導に従って裏口から店内に入る。
更衣室を素通りし、狭まった通路を抜けて管理室と書かれたプレートがドアノブに掛かった部屋に入る。
ゆっくりとドアを閉めると、監視カメラの映像をブラウン管のテレビに繋いで映し出す。
画質は悪いが、顔の判別はつく。
もう一つあるブラウン管テレビでは、監視カメラの映像を早送りしていた。機械を操作しながらアキラが言う。
「毎回同じ時間帯に現れるんですよ」
アキラの話によると、万引き犯は毎回決まった時間帯に姿を現すのだと言う。
土曜日の夕方。それが万引き犯の犯行を行う時刻だ。
そして今日は土曜日。犯行が行われるであろう日だ。
行われるであろうというひどく曖昧な表現をしているのは土曜日イコール犯行が行われる日という訳ではないからだ。
しかしオールS評定のアキラも仮説を立てて犯行日を絞ったらしい。
その仮説から導き出した犯行日が今日なのだと言う。
そこまで広くないとはいえ店内を二人で網羅するのは厳しい。二人の見ていない隙に万引きすることはそこまで難しいことではないだろう。
だが、防犯カメラに収められていると言う犯行の瞬間を捉えた映像を見てみると、確かにコミックスコーナーに平積みされている人気漫画『追撃の巨神』の最新刊を慣れた手つきで掴むと、そのままダボダボの上着の袖に隠して立ち去った。
ふむふむ、随分と数をこなした感がある。常習犯に違いない。
この万引き犯の狙いは『追撃の巨神』だと言う。そして今週『追撃の巨神』の最新刊が発売された。
発売されたのは三日前だが、万引き犯がわざわざ発売日に、書店に買いに出向いているとは考えにくい。土曜日以外に万引き犯は姿を現さないと言う事なので、今日姿を現す可能性は大いにあるとの見解だ。
「ねぇ、この映像おかしくない?」
シオリさんがアキラの話を遮って訊ねる。
「土曜日の夕方にしか犯人は来ないって言っていたけど、この万引き犯が映っている映像は午前中よね? しかも日曜日」
「あ、ほんとだ」
シオリの指摘通り、映像の右下に表示された録画された日時は、日曜日の午前中だった。
「ああ、その日はいつもと違って日曜日に来てたんですよ。いつもなら俺がシフトの日だからマジで悔しかったんです。
どうしても外せない用事があって、フミカ先輩にシフト代わってもらったんですよ。いや~マジで助かりました」
「山本って言うのがさっきの人よね」
壁に貼られたシフト表を指さしながら首を傾げる。
「そうですよ。山本フミカ先輩です。それがどうかしましたか?」
「ええ、ちょっと――」
「あっ! 来ましたよ、万引き犯!!」
シオリを遮ってアキラは防犯カメラの映像を切り替える。
コイツです、そう言って指さしたのはダブダブの上着を羽織った男だった。
画質は荒いが、服装がこれまでカメラに映っていた万引き犯の姿と酷似していた。上着に関してはまるで一緒だ。
万引き犯は慣れているのだろう。店内を優雅に見回しながらコミックコーナーへと近づいてゆく。店員の位置を確認しているのだろう。
すると万引き犯の視線が止まった。かと思うと、すぐさま動きだす。そしてキョロキョロと辺りを見回し、挙動不審になる。なにかあったのだろうか。
しばらくすると踵を返すようにして店を後にする万引き犯。
「どうしたんだ? 今日こそは現行犯で捕まえられると思っていたのに」
アキラが悔しそうな声で呟く。
そんなアキラを他所にシオリは監視カメラを見ていた。
万引き犯を映したものとは別の映像に、視線を注いでいた。
「コラ! お前ら何してる!!」
音もなく現れたおじさんが怒鳴り声を上げる。
音もなくと言うのは言い過ぎで、万引き犯に気を取られて近づいてくるのに気づかなかっただけのことだった。
現れたのは店主のおじさんで、シオリもフミハルも全く知らない仲ではなかったが、一番問題なのはアキラだ。現在進行形でバイトをしているのだから今回のことが原因でやめさせられたりしないだろうかと心配をする。
しかし、逡巡した後、巻き込まれたのはこちらだったと思い出して、フミハルは腹が立った。
店主に叩き出された三人――フミハルとアキラは平謝りしながら店を出た。
全く、なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ。無性に腹は立ったものの、感情の任せて怒ることは控えた。
フミハルはちょっと自分が大人になったのを感じた。
「結局、謎は解けませんでしたね」
無念といった様子のアキラが拳を握る。
かなり強引なところのあるアキラだが、こういう正義感が強いところなんかにはフミハルも好感を持った。
「落ち込むなよ。またチャンスはあるさ」
アキラを慰めていると、シオリが横から口をはさむ。
そして、一連の万引き事件の真相がわかったと、帰り支度をしながら投げやりに言った。
今すぐその真相とやらを教えてはくれないようだ。
「色々と疲れた」
そう言い残してシオリは帰路についた。
フミハルとアキラの二人は首を傾げながら、橙色の空の下、大きく伸びた影が見えなくなるまでシオリを見送った。
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