上 下
7 / 24
第二章《万引き許しちゃダメ、絶対!》

#2

しおりを挟む
 市民プールからかなりの道のりだったと思うのだが、インドア派のシオリに疲れの色は見えない。いや、額には大粒の汗が浮かび、ツーっと輪郭をなぞって流れ落ちる。

 しっとりと濡れた神は艶やかで、汗の滲んだ上着を脱いだシオリは、ノースリーブの純白のブラウスに藍色のジーンズとシンプルな色の組み合わせだが、シンプルな服の組み合わせだからこそシオリが並みの美しさでないことを再確認させられる。

 何よりプールでは見ることのできなかった生肌だ。
 白い二の腕は静脈が見えるほど透き通っていて、美しかった。
 むき出しになった二の腕の蒼白い皮膚の色は目に焼き付いて、二度と忘れることはないだろう。
 タイトなジーンズがシオリのスタイルの良さをより際立たせている。
 フミハルは、眼福眼福と心の中で拝んだ。

「どうぞこっちです」

 店の裏口から入るようにアキラが指示する。
 
「なんで裏口からなんだよ」
「監視カメラの映像見てもらおうと思って。でもプライバシーだとかで部外者に見せちゃダメなんだと」
「じゃあ俺とシオリさんに見せるのもダメだろ」
「大事の前の小事。または必要悪だ」
「うーん、いいのか?」

 完全に乗りで押し切られてしまっている感は否めないが、現在本の盗難と言う事でいつにもましてシオリがアクティブになっているため、フミハル一人ではアキラとアクティブシオリの二人を抑えるのは不可能と判断。二人が暴走した時にストッパーとなるべく、過度なツッコミは控える。

 ――ガチャ。

「何してるのアキラ君?」
「「「――え?」」」

 極秘潜入早々に見つかってしまった。
 極秘って程隠密性はなかったと思う。ただ裏口――スタッフ用の入口からこっそり入るというだけの事だったのだから。
 
「えっと……そちらの方たちは?」
「あ~、その~何て言えば……」
「面接です」
「右に同じく」
「そうなの? もし面接受かったらよろしくね」
「はい。お願いします」
「それじゃ、私仕事に戻らないと、じゃあねアキラ君」

 手を振って仕事に戻る彼女を見送って、三人は一息つく。

「あっぶねぇ~……」
「生きた心地しなかったぞ」
「………………」
「シオリさん助かりました」
「………………」
「シオリさん?」
「………………ビックリした」

 相当驚いていたらしい。でもシオリのお陰で難を逃れた。見事に機転を利かせてくれた。
 こういう咄嗟の時に、パッと局面を乗り切れるのが大人な女性だなという印象を受けた。それと同時に、自分とは身の丈が合っていないのではという考えが頭を過った。必死に頭を振ってその考えを追い払う。
 
「今フミカ先輩が店の方に出たので、今がチャンスです」

 フミカと言うのは今しがた顔を見せた店員の名前だろう。
 小さい書店のため店員の数は限られている。
 この日はフミカだけがシフトに入っていると言う。つまり店主とバイトのフミカの二人しかスタッフはいないと言うことだ。

「こっちです」

 アキラの誘導に従って裏口から店内に入る。
 更衣室を素通りし、狭まった通路を抜けて管理室と書かれたプレートがドアノブに掛かった部屋に入る。
 ゆっくりとドアを閉めると、監視カメラの映像をブラウン管のテレビに繋いで映し出す。
 画質は悪いが、顔の判別はつく。
 もう一つあるブラウン管テレビでは、監視カメラの映像を早送りしていた。機械を操作しながらアキラが言う。

「毎回同じ時間帯に現れるんですよ」

 アキラの話によると、万引き犯は毎回決まった時間帯に姿を現すのだと言う。
 土曜日の夕方。それが万引き犯の犯行を行う時刻だ。
 そして今日は土曜日。犯行が行われるであろう日だ。
 行われるであろうというひどく曖昧な表現をしているのは土曜日イコール犯行が行われる日という訳ではないからだ。

 しかしオールS評定のアキラも仮説を立てて犯行日を絞ったらしい。
 その仮説から導き出した犯行日が今日なのだと言う。
 そこまで広くないとはいえ店内を二人で網羅するのは厳しい。二人の見ていない隙に万引きすることはそこまで難しいことではないだろう。

 だが、防犯カメラに収められていると言う犯行の瞬間を捉えた映像を見てみると、確かにコミックスコーナーに平積みされている人気漫画『追撃の巨神』の最新刊を慣れた手つきで掴むと、そのままダボダボの上着の袖に隠して立ち去った。

 ふむふむ、随分と数をこなした感がある。常習犯に違いない。
 この万引き犯の狙いは『追撃の巨神』だと言う。そして今週『追撃の巨神』の最新刊が発売された。
 発売されたのは三日前だが、万引き犯がわざわざ発売日に、書店に買いに出向いているとは考えにくい。土曜日以外に万引き犯は姿を現さないと言う事なので、今日姿を現す可能性は大いにあるとの見解だ。
 
「ねぇ、この映像おかしくない?」

 シオリさんがアキラの話を遮って訊ねる。

「土曜日の夕方にしか犯人は来ないって言っていたけど、この万引き犯が映っている映像は午前中よね? しかも日曜日」
「あ、ほんとだ」

 シオリの指摘通り、映像の右下に表示された録画された日時は、日曜日の午前中だった。

「ああ、その日はいつもと違って日曜日に来てたんですよ。いつもなら俺がシフトの日だからマジで悔しかったんです。
 どうしても外せない用事があって、フミカ先輩にシフト代わってもらったんですよ。いや~マジで助かりました」
「山本って言うのがさっきの人よね」

 壁に貼られたシフト表を指さしながら首を傾げる。

「そうですよ。山本フミカ先輩です。それがどうかしましたか?」
「ええ、ちょっと――」
「あっ! 来ましたよ、万引き犯!!」

 シオリを遮ってアキラは防犯カメラの映像を切り替える。
 コイツです、そう言って指さしたのはダブダブの上着を羽織った男だった。

 画質は荒いが、服装がこれまでカメラに映っていた万引き犯の姿と酷似していた。上着に関してはまるで一緒だ。
 万引き犯は慣れているのだろう。店内を優雅に見回しながらコミックコーナーへと近づいてゆく。店員の位置を確認しているのだろう。

 すると万引き犯の視線が止まった。かと思うと、すぐさま動きだす。そしてキョロキョロと辺りを見回し、挙動不審になる。なにかあったのだろうか。
 しばらくすると踵を返すようにして店を後にする万引き犯。

「どうしたんだ? 今日こそは現行犯で捕まえられると思っていたのに」

 アキラが悔しそうな声で呟く。
 そんなアキラを他所にシオリは監視カメラを見ていた。
 万引き犯を映したものとは別の映像に、視線を注いでいた。
 
「コラ! お前ら何してる!!」

 音もなく現れたおじさんが怒鳴り声を上げる。
 音もなくと言うのは言い過ぎで、万引き犯に気を取られて近づいてくるのに気づかなかっただけのことだった。

 現れたのは店主のおじさんで、シオリもフミハルも全く知らない仲ではなかったが、一番問題なのはアキラだ。現在進行形でバイトをしているのだから今回のことが原因でやめさせられたりしないだろうかと心配をする。

 しかし、逡巡した後、巻き込まれたのはこちらだったと思い出して、フミハルは腹が立った。
 店主に叩き出された三人――フミハルとアキラは平謝りしながら店を出た。
 全く、なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ。無性に腹は立ったものの、感情の任せて怒ることは控えた。
 フミハルはちょっと自分が大人になったのを感じた。

「結局、謎は解けませんでしたね」
 
 無念といった様子のアキラが拳を握る。
 かなり強引なところのあるアキラだが、こういう正義感が強いところなんかにはフミハルも好感を持った。
 
「落ち込むなよ。またチャンスはあるさ」

 アキラを慰めていると、シオリが横から口をはさむ。
 そして、一連の万引き事件の真相がわかったと、帰り支度をしながら投げやりに言った。
 今すぐその真相とやらを教えてはくれないようだ。

「色々と疲れた」

 そう言い残してシオリは帰路についた。
 フミハルとアキラの二人は首を傾げながら、橙色の空の下、大きく伸びた影が見えなくなるまでシオリを見送った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

転校生は朝ドラ女優!?

小暮悠斗
キャラ文芸
若者に絶大な人気を誇る若手女優――新田結衣には夢があった。 普通の生活がしてみたい。国民的女優の仲間入りを果たしつつある彼女に普通の生活など送れるはずもなく、多忙な日々を送っていた。そんな中、結衣は周囲を巻き込み自分の夢をかなえる手段を思いつく。 問題は山積みのまま。  朝ドラ女優の二重生活が幕を開ける!! ※この作品はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係ありません。  小説サイト「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

媛神様の結ぶ町

ながい としゆき
キャラ文芸
 幽玄社という出版社で、オカルトやスピリチュアルなど、不思議でミステリアスな出来事や事件等を専門に扱っている月刊誌『エトランジュ』の記者をしている加藤れいこは、カメラマンの神林皓太と共に、会社に送られてきた一通の手紙により、差し出された町に取材に向かう。  一見、どこにでもあるような過疎・高齢化の町であったが、この町で起こっている不思議なことというのは・・・。

【掛け合いセリフ集】珠姫言霊産魂(たまひめことだまむすび)

珠姫
キャラ文芸
セリフ初心者の、珠姫が書いた掛け合いセリフばっかり載せております。 一人称・語尾改変(ごびかいへん)は大丈夫です。 少しであればアドリブ改変なども大丈夫ですが、世界観が崩れるような大まかなセリフ改変は、しないで下さい。 著作権(ちょさくけん)フリーですが、自作しました!!などの扱いは厳禁(げんきん)です!!! あくまで珠姫が書いたものを、配信や個人的にセリフ練習などで使ってほしい為です。 配信でご使用される場合は、もしよろしければ【Twitter@tamahime_1124】に、ご一報ください。 覗きに行かせて頂きたいと思っております。 特に規約(きやく)はあるようで無いものですが、例えば劇の公演で使いたいだったり高額の収益(配信者にリアルマネー5000円くらいのバック)が出た場合は、少しご相談いただけますと幸いです。

おまえらゼンゼン信用ならんっ!

ふくまさ
キャラ文芸
佐々田夏瑪(ささたなつめ)16歳。深旭(みあさひ)高校に通う高校1年生。 ほぼ帰宅部同然とウワサされる、『生物研究部』なる部活動に入部した彼は、部員である3人の女性とともに、華々しい青春を送る。……はずだった。 彼女たちには、裏がある。 そして、彼にも。 一筋縄ではいかない、恋と疑いの日常系青春ラブコメディ。

君に★首ったけ!

鯨井イルカ
キャラ文芸
冷蔵庫を開けると現れる「彼女」と、会社員である主人公ハヤカワのほのぼの日常怪奇コメディ 2018.7.6完結いたしました。 お忙しい中、拙作におつき合いいただき、誠にありがとうございました。 2018.10.16ジャンルをキャラ文芸に変更しました

たい焼き屋のベテランバイトは神様です

柳田知雪
キャラ文芸
祖父のお店であるたい焼き屋『こちょう』の代理店長を任される結貴。 神様なのはお客様じゃなくて、ベテランバイト!? 結貴と和泉、そしてお店にやってくる人々のたい焼きと共に紡がれる物語。 読めばきっとたい焼きが食べたくなるはず! 12月18日に完結いたしました!ありがとうございます!

ヒツネスト

天海 愁榎
キャラ文芸
人間の想いが形となり、具現化した異形のバケモノ━━『想獣』。 彼らは、人に取り憑き、呪い、そして━━人を襲う。 「━━私と一緒に、『想獣狩り』をやらない?」 想獣を視る事ができる少年、咸木結祈の前に現れた謎の少女、ヒツネ。 二人に待ち受ける、『想い』の試練を、彼ら彼女らは越える事ができるのか!? これは、至って普通の日々。 少年少女達の、日常を描く物語。

処理中です...