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第一章《10年前の記憶を探る》
#4
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まだ外は明るいが時刻はすでに七時を回っている。
キャンパスの端も端。奥まった茂みの奥にひっそりと建っている大学附属図書館。利用者が日に数えるほどしかいない。
そのことが直接の原因かどうかは知らないが、附属図書館は七時には閉館する。大学の付属図書館としてはかなり早い閉館時間なのではなかろうか? 疑問形なのはここしか知らないからだ。
他の附属図書館は、おそらくもう少し遅い閉館時間なのだろう。
すでに閉館した図書館の中で帰り支度を始める。
同僚はすでに帰宅済み。七時になった瞬間には姿が無かったのは気のせいだと思いたい。新人司書であるシオリは最後の戸締りを任されている。
図書館は四階建ての建物で、一階と二階が図書館として使われており、三階と四階が書庫として使われていた。
手提げ袋に荷物を突っ込み、肩にかける。そして職員専用階段(非常階段)を一気に駆け上がる。建物が立っている場所とその廃墟のごとき外観からも想像がつくとは思うが、かなり古い建物で、エレベーターなんて便利なものはない。書物専用のエレベーターは存在するが、あまりにも古いために、ギギギィと錆びた金属音が動かすたびに聞こえる。
シオリの体重くらいなら難なく運んでくれるだろうが、途中で止まってしまうと本格的にまずいので、そんな冒険は出来ない。
しかし、一階から四階まで階段を登るのはかなりきつい。インドア派のシオリは必要最低限の運動しかしない。通勤・帰宅それ以外は極力動きたくない。紙本シオリはそういう人間だ。もちろん例外はある。出無精のシオリでも活動的に外出する時もある。普段は受動的――やむを得ない場合以外動かない不動のシオリだが、好きな作家の最新作の発売日など、本のためであれば普段の性質からではありえない程能動的になる。
今日のシオリは能動的だった。帰宅ついでに書店に寄らなくてはならないのだ。
昨日、フミハルに大見得切ってしまった以上は、出来うる限り早く本を入手しなくてはならない。
ものすごく気合の入ったフミハルの姿を思い起こす。
あれだけ息巻いていたのだからきちんと課題は仕上げてくるだろう。その時のご褒美にでも本をプレゼントしてあげよう。
まだイマイチ絞り込めていないのだけれど……
まあ、幾つかの書店・古書店を回れば目的の本は見つかるだろう。
そんなことを考えながら四階の書庫へとたどり着き、鍵をかける。
シオリは肩で息をしている。膝に手をやる程ではないが、心臓がバクバクと警鐘を鳴らす。三階、二階と下りると息も整い始めた。
「戸締りよし」
最後に指さし確認と共に図書館の正面ドアを施錠。
これでシオリの附属図書館での司書としての一日が終わった。
司書は結構な重労働だ。段ボールいっぱいに詰め込まれた書物はかなりの重さになる。シオリがそういった荷物を運ぶことはない。ダンボールいっぱいの本を運んだのは大学の入学式――仕事始めの時だけだ。しかもその時運んだ本は図書館所蔵の本ではなく、個人的に読むために自宅から抱えてきたものだった。
「今日の仕事は、これで終わり」
あとは附属図書館のマスターキーを大学の警備室に持っていくだけ。
一人無愛想で強面顔の苦手な警備員がいる。どうかあの警備員が今夜の在中担当じゃありませんように。心の中で信仰心の無い神様に手を合わせる。
すると背中から声が掛かった。
「何だか今日はご機嫌ですね。シオリさん」
聞き覚えのある声。
声のした方を振り向くとフミハルがいた。
「どうしたの棚本くん? 今日はもう閉館したけど」
「いや、図書館には用はないんですけど」
「あら、そうなの? だったら何でここに?」
「なんでって、昨日約束したじゃないですか。秒で終わらせるって」
「まさか本気だったとは思わなかった」
「俺は有言実行する男ですよ」
「よく判らないけど分かった」
「それって結局わかってないですよね?」
「細かい事気にする男はモテない」
「えっ!?」
「まあ、私、誰とも付き合ったことないからわからないけど」
何処か嬉しそうな声色でツッコミが入る。
「付き合ったことないんですか?」
「ええ、縁が無くて」
「だったら――」
「でもいいの。私には本があるから」
「……そうですか」
「どうかした?」
「いえ、何でもないです」
瞬く間に沈んだ表情になるフミハル。
「でも、棚本くんの頑張りには応えなくちゃね」
「……へ?」
間の抜けた声と、その声の為にあつらえたかのような顔でフミハルは首を傾げた。
シオリは先行して「ご褒美をあげる」と艶っぽく言ってみた。
これまたあっという間に顔を綻ばせたフミハルが「はい!」と忠犬の如き眼差しでシオリを見つめていた。
フミハルの瞳にはシオリ以外に何も映ってはいなかった。
キャンパスの端も端。奥まった茂みの奥にひっそりと建っている大学附属図書館。利用者が日に数えるほどしかいない。
そのことが直接の原因かどうかは知らないが、附属図書館は七時には閉館する。大学の付属図書館としてはかなり早い閉館時間なのではなかろうか? 疑問形なのはここしか知らないからだ。
他の附属図書館は、おそらくもう少し遅い閉館時間なのだろう。
すでに閉館した図書館の中で帰り支度を始める。
同僚はすでに帰宅済み。七時になった瞬間には姿が無かったのは気のせいだと思いたい。新人司書であるシオリは最後の戸締りを任されている。
図書館は四階建ての建物で、一階と二階が図書館として使われており、三階と四階が書庫として使われていた。
手提げ袋に荷物を突っ込み、肩にかける。そして職員専用階段(非常階段)を一気に駆け上がる。建物が立っている場所とその廃墟のごとき外観からも想像がつくとは思うが、かなり古い建物で、エレベーターなんて便利なものはない。書物専用のエレベーターは存在するが、あまりにも古いために、ギギギィと錆びた金属音が動かすたびに聞こえる。
シオリの体重くらいなら難なく運んでくれるだろうが、途中で止まってしまうと本格的にまずいので、そんな冒険は出来ない。
しかし、一階から四階まで階段を登るのはかなりきつい。インドア派のシオリは必要最低限の運動しかしない。通勤・帰宅それ以外は極力動きたくない。紙本シオリはそういう人間だ。もちろん例外はある。出無精のシオリでも活動的に外出する時もある。普段は受動的――やむを得ない場合以外動かない不動のシオリだが、好きな作家の最新作の発売日など、本のためであれば普段の性質からではありえない程能動的になる。
今日のシオリは能動的だった。帰宅ついでに書店に寄らなくてはならないのだ。
昨日、フミハルに大見得切ってしまった以上は、出来うる限り早く本を入手しなくてはならない。
ものすごく気合の入ったフミハルの姿を思い起こす。
あれだけ息巻いていたのだからきちんと課題は仕上げてくるだろう。その時のご褒美にでも本をプレゼントしてあげよう。
まだイマイチ絞り込めていないのだけれど……
まあ、幾つかの書店・古書店を回れば目的の本は見つかるだろう。
そんなことを考えながら四階の書庫へとたどり着き、鍵をかける。
シオリは肩で息をしている。膝に手をやる程ではないが、心臓がバクバクと警鐘を鳴らす。三階、二階と下りると息も整い始めた。
「戸締りよし」
最後に指さし確認と共に図書館の正面ドアを施錠。
これでシオリの附属図書館での司書としての一日が終わった。
司書は結構な重労働だ。段ボールいっぱいに詰め込まれた書物はかなりの重さになる。シオリがそういった荷物を運ぶことはない。ダンボールいっぱいの本を運んだのは大学の入学式――仕事始めの時だけだ。しかもその時運んだ本は図書館所蔵の本ではなく、個人的に読むために自宅から抱えてきたものだった。
「今日の仕事は、これで終わり」
あとは附属図書館のマスターキーを大学の警備室に持っていくだけ。
一人無愛想で強面顔の苦手な警備員がいる。どうかあの警備員が今夜の在中担当じゃありませんように。心の中で信仰心の無い神様に手を合わせる。
すると背中から声が掛かった。
「何だか今日はご機嫌ですね。シオリさん」
聞き覚えのある声。
声のした方を振り向くとフミハルがいた。
「どうしたの棚本くん? 今日はもう閉館したけど」
「いや、図書館には用はないんですけど」
「あら、そうなの? だったら何でここに?」
「なんでって、昨日約束したじゃないですか。秒で終わらせるって」
「まさか本気だったとは思わなかった」
「俺は有言実行する男ですよ」
「よく判らないけど分かった」
「それって結局わかってないですよね?」
「細かい事気にする男はモテない」
「えっ!?」
「まあ、私、誰とも付き合ったことないからわからないけど」
何処か嬉しそうな声色でツッコミが入る。
「付き合ったことないんですか?」
「ええ、縁が無くて」
「だったら――」
「でもいいの。私には本があるから」
「……そうですか」
「どうかした?」
「いえ、何でもないです」
瞬く間に沈んだ表情になるフミハル。
「でも、棚本くんの頑張りには応えなくちゃね」
「……へ?」
間の抜けた声と、その声の為にあつらえたかのような顔でフミハルは首を傾げた。
シオリは先行して「ご褒美をあげる」と艶っぽく言ってみた。
これまたあっという間に顔を綻ばせたフミハルが「はい!」と忠犬の如き眼差しでシオリを見つめていた。
フミハルの瞳にはシオリ以外に何も映ってはいなかった。
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