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第3章 覚醒編

第55 エチゴヤ出店(後編)(リヨン視点)

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◇◇◇◇ リヨン視点 ◇◇◇◇

 ポーションや魔道具などの商品が整然と並べられ、店内は準備万端だった。私を含めたエチゴヤのメンバー全員が、レイ様の優れた商品に対して期待と誇りを胸に抱き、販売開始を心待ちにしていた。

 レイ様のポーション作りに関われたことは、私にとって最高の名誉であり、心から誇りに思っていた。そのポーションは、安価ながらも、数え切れないほどの人々の命を救ってきたという素晴らしい実績を持つものであったからだ。

 レイ様が言っていた通り、開店30分前になって面接者が来たようだ。桑年の女性と、20歳くらいの女性に続き、商業ギルドのガイさんが現れた。

 レイ様は、面接の為に二階の部屋に案内していった。この者達からは、妙な殺気や変な行動をとりそうな気配は感じられなかった。レイ様も特殊なスキルで悪意を読み取れるらしいので、今の所は大丈夫そうである。

    私は、レイ様には同行を断られたが、素性のわからない人達に対しては警戒を緩めるべきではないと判断した。ここは首を振り、無理に同行させて頂いた。

 私は、エチゴヤの二階にはまだ上がったことがなかった。そこは、特に何もない場所だった。レイ様は、店が落ち着いたら、皆が休憩時間に休めるスペースにしたいと言っていたことを思い出した。

 全員が二階に揃うと、レイ様は手作りの『ザブトン』なるアイテムをカバンから取り出して床に並べていった。

「あ、あの。これは、『ザブトン』と言います。床に敷いて座る為に使うものです。座っても足が痛くなりにくくて快適ですよ。どうぞ、お掛けください。」

 レイ様がやっているのを真似て、一同がゆっくり座り始めた。

(!!これは、柔らかくて足が痛くならない。流石はレイ様です。)

 皆一様に初めての感覚に驚いている様子だった。私も含めて…。

 私は、レイ様のやや後ろ側に、彼女達と向かい合う形で座っていた。

「コホン。では、始めさせて頂きます。私は、このエチゴヤの経営者であるサカモト・レイと申します。あなた方のお名前を教えて下さいませんか?」

「キーネと申します。」
「ソラと申します。」

 桑年の女性がキーネ。若い方がソラと言う。二人は親子関係だそうだ。レイ様が丁寧な口調で話を伺っていた。

 内容を要約すると、この二人は、ベニー様がおっしゃっていた、先日亡くなられたこの店のオーナーの家族なのだそうだ。ガイさんは、この二人を不憫に思っていた所、ベニー様よりレイ様の話を聞き、急いで取次したのだと言う。

(確かに辻褄は合うわね…。)

 彼女達も、稼ぎ頭を失い、収入面で心配していたことや、元々商売していたお店で働けると言うことで、募集に応募する決心をしたのだそうだ。

「なるほど、あなた方の事情は承知しました。ご縁が巡ってのお話と言う訳ですね。なるべくご希望に沿うように致します。まずは、仮採用と言う形で一日お仕事して頂き、その上で決定させて頂きます。」

「承知しました。ありがとうございます!宜しくお願い致します。」

 二人は、深々と頭を下げた。やはり、私の杞憂だったようだ。それは、レイ様も同じだったようだ。少し安堵された様だった。

「では、リヨンさん。フリン君と手分けしてお仕事を教えて頂けますか?」

「御意!」

「リヨンさん…。エチゴヤの時は…」

「し、失礼しました。レイ様。承知しました。」

(つい、アサシンの時の癖が出てしまう。お店の時は、気をつけなくっちゃ。)

 フリンに二人のことを申し伝え、仕事を教えることになった。私は、会計の担当なので母親のキーネを指導し、フリンは娘のソラを担当する。

 キーネは、商人の妻だけあって、お金の計算は殆ど問題なかった。しかし品物の価格が把握できなかったのでメモ書きして貰い、間違いの無いように工夫した。

 フリンに指導を受けているソラは、店内の商品の説明を受けていた。お客様が商品の効果や機能を把握しやすくする為に説明などのサポートをしたり、外からのお客様の呼び入れなどの業務を任せることになった。

 ガラフさんは、行列時の整理や店内の在庫不足時の補充を担当する。ミザリとミミさんは、アイテムの実演や呼び入れ、人員不足箇所へのフォローに入る。

 レイ様は取り扱い注意商品の説明と同意書を担当するそうだ。

 皆で値札のチェックと陳列を確認する。5・4・3・2・1のカウントダウンを持って開店時刻となった。私とミザリで入口のドアを開けた…。既に大勢のお客様が開店を待って並んでくれていた。

 お客様は、30人以上はいるだろう。皆さん綺麗に整列して並んでくれており、何故だろうと辺りを見回したら彼がいた。素材屋のメサである。

「よう!ねーちゃん。俺もエチゴヤの手伝いをしてやるぜぇ。」

 どうやら列を整理してくれていたのは、彼のようである。

「感心ね。レイ様もきっと喜ばれるわ。」

 このことをレイ様に報告する。

「おお、メサ!来てくれたんですか!ありがとうございます。助かります!」

「おおっ!にーちゃんにはいつも世話になっているからなぁ。それににーちゃんに関わると色々面白いからなぁ。ガハハッ!」

(この二人って結構仲がいいのよね…。二人の笑顔を見ると何故かホッコリと暖かな気持ちにさせられる。私も頑張らなくっちゃ。)

 店舗が小さい為に、レイ様の指示でお客様が段階的に店内に入って頂けるよう入場制限が行われた。ここはガラフさんの立ち回りにより店内が混乱しないで済んでいる。看板商品のポーションや魔ポーションもかなり順調な売れ行きである。

「ここのポーションが良く効くって聞いて朝から並んだよ。」

「魔コンロが凄い便利だと聞いてわざわざ来たんだよ。」

 などと好評価の声をお客様から頂けた時は、私も自分のことのように嬉しい気持ちになった。

 新人の二人も一生懸命声を出して自分のやるべきことをきちんとこなしていた。最初は彼女達を疑っていたが、やはり私の勘違いなのかも知れない…。

 今の所、魔道具の売れ行きが伸び悩んでいるが、店の外でミミさんとミザリが実演販売をした所、格段に売れるようになった。見慣れない商品なのでその良さが理解できると途端に売れるようになったのだろう。

 レイ様の廉価版強化薬も予想通りの大反響だった。レイ様の提案により、お試しでお客様数人に無償で使用させたのだ。大勢の前で効果を披露することには大きな意味があるようだ。

「おぉ!何だこれは!?何だか力が湧いてくるぞ!!」

「なんだ!?身体が軽くなった。動きが素早くなったぜ!」

 使用した者達が次々に感激の歓声を上げた為に、廉価版強化薬のコーナーにあっという間に人だかりができてしまった。レイ様の読み通りの結果なのだろう。本当に感心してしまう。商品に絶対の自信があるからこそできる戦略なのだと思う。

 レイ様は、混乱を避ける為に、お客様を10人ずつグループにまとめていた。10人に対して同時に注意点を説明して、そのまま質疑応答した後に、同意の署名を取るのだそうだ。それによって注意点の説明や、質疑応答の時間が、10人分を1回で済ませられて、大幅な時間短縮となった。お陰でトラブルもなく、商品が次から次へと売れていった。

 しかし…。

「レイ様、大変です。倉庫のマジックバッグが……無くなりました…。」

「何ですって!?」

 ガラフさんに呼ばれて、私とレイ様は大急ぎで倉庫部屋に入った。元々は品物の保管はマジックバッグで行っていたため、部屋には多少の商品は置かれていたが、マジックバッグだけが消えていた。

「一体誰が…。そして何処から…?」

 この店は売り場の奥が会計カウンターになっている。私は会計カウンターでキーネの補助をしながら店内監視していた。その為、倉庫部屋への出入りに関してはエチゴヤメンバー以外の出入りはなかったと断言できる。

「もしかして!」

 私は急いで二階へ駆け上がった。しかし二階の窓は人が出入りできるタイプではなく、二階へ侵入するのは不可能である。そして誰かが隠れていることもなかった。私は再び倉庫部屋に戻った。この部屋は二階へ上がる階段と店舗側との出入口があり、後は裏口がある。

 (まさか裏口か!)

 裏口のドアを回した。しかし、ロックが掛かっていた。ここから出入りしたのならロックが掛かっているのは矛盾してしまう。

 悔しいが手詰まりだ。私の表情を確認してレイ様が声をかけて下さった。

「手がかりは無かった…みたいですね。ですが大丈夫ですよ。これ以上今日は販売できなくなったのは残念でしたけど、お客さんは喜んでくださいました。リヨンさん、協力ありがとうございました。とりあえず戻りましょう。今日は事情をお客様に説明して、売り切れたら閉めましょう。」

「申し訳ございません。」

 レイ様の後に続いて店に戻ることにした。レイ様がお客様に事情を説明すると、皆さんは同情されたり納得されて店を後にしていった…。今店頭にある物は全て完売となり、本日のエチゴヤは閉店となった。

「皆さん今日はお疲れ様でした!途中で終了せざるを得なくなったのは残念ですけど、お客さんは喜んでくれたので良かったです。ありがとうございました。」

 皆一様にレイ様の挨拶によってホッとした表情になり会釈していた。マジックバッグを盗まれたのは悔しいが、販売業務に関しては非常に達成感を感じていた。

「にーちゃん楽しかったぜぇ。また言ってくれたら手伝うからよぉ~。」

「メサありがとうございました!一緒に仕事できて楽しかったです。良かったらこれからも私達の仲間としてエチゴヤで働いてみませんか?」

「いいのか?そりゃ面白そうだなぁ。にーちゃんは面白ぇ道具を沢山考えてくれるしなぁ。やるぜぇ!俺はエチゴヤやるぜぇ!」

 この二人…思いつきで提案して、勢いで簡単に決めてしまった…。この人達は直感型で、ある意味似てるのよね。しかし、このドワーフのメサは、見かけに寄らず仕事はできるようだし、レイ様もそれを見抜いてのことだと思う。

「私達も初めてお仕事させて頂きましたが、とても楽しくやらせて頂きました。ありがとうございました。」

 仮契約のキーネとソラも気持ちのいい笑顔で一礼していた。

「二人ともありがとうございました。仕事に関しては特に問題点はありません。あなた方が宜しければうちで正式に雇いたいのですがどうでしょうか?」

「ええっ!?本当ですか!?」
「レイ様、ありがとうございます!」

 キーネとソラは驚きと喜びの声を上げた。

「レイ様、今の状況で彼女達を採用するのは早計ではありませんか?」

 私はレイ様に問いかけた。ガイのことが気になって仕方なかった。

「ガイさんの件ですね?多分彼女達は無関係でしょう。悪意スキルには反応ありませんし、彼女達の仕事ぶりは本気で働いてる方の姿でした。私はお二人を信用しようと思います。」

     レイ様は、ガイのことに気づいていた…。私も面接の後から姿が見えないことを思い出した所だった。ガイが盗んだ可能性が高いことを考慮しても、彼女達にはそれを払拭できるだけの働きは見せて貰った気がする。

「申し訳ありません。出過ぎた真似を致しました。」

「いえいえリヨンさん。ありがとうございます。あなたの意見も正しいのです。ただ、確証はありませんが、今回は自分の直感を信じてみたいのです。申し訳ありません。」

「レイ様、恐れ多いです。」
「キーネさん、ソラさん。あなた方は、ガイについて何か情報はありませんか?」

「私達は、商業ギルドに仕事のことを相談したら、あのガイと言う方が現れて、それからは彼の言うことに従いました。お父さんが働いていた店でまた働けるよと言うので…。」

「疑って申し訳ありませんでした。事情はわかりました。レイ様のご好意に応えられる様頑張りましょう!」

「はい!」「はい!」

 正式にエチゴヤのメンバーが三名加入した。大変器用で、武器から特殊な道具まで作ることのできるドワーフ族のメサ。

 山賊の襲撃により命を失った、夫であり父である者の意志を受け継ぎ、商業の道を再び歩み始めた人族の親子、キーネとソラ。

 このようにして、新たなエチゴヤのメンバーが誕生した。店内の整理を終えた後、今日は解散となった。商品が盗まれたため、明日は店に集まって商品を製造することになった。

 三人とは店先で別れた後、私たちはミルモル様の屋敷に帰った。到着後、それぞれが自分の部屋や仕事に戻っていった。

 レイ様は「アイテムを改良しなくちゃ…魔剣も…」とつぶやきながら自室に籠もってしまった。

 私は屋敷を出て馬に跨り、走り出した。私にしかできない使命があるからだ。そう、ケジメをつけなければならない。私の仲間たちに嫌がらせをした者たちに対して…。

 その者たちは商業ギルドに居るはずだ…。

◇ 商業ギルド 執務室 ◇

「アサシンバージョンでの登場ですか、迅雷のリヨン様。それにしては、殺気が漲り過ぎていますよ。それでは不意打ちはできませんね…。」

― to be continued ―
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