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第4章 超越者の門出編
第97話 ワイバーンの元へ……油断は大敵でした
しおりを挟む首都ファルムは、城壁が三重になっている非常に強固な首都である。
先ず街自体を囲う第一城壁。更に街の中心部を囲う第二城壁。そして、第二城壁の中心部にある城自体を囲った第三城壁。
今回の目的地であるワイバーンのいる小屋は、第二城壁の中にあるそうだ。
月が厚い雲に隠れ、あちらこちらに闇が生まれる絶好の忍び込み日和に、俺とティアは第二城壁の上に降り立つ。
目指すは第二城壁内の北東角にある馬小屋ならぬワイバーン小屋。ちなみに本当の馬小屋は、ワイバーンが馬を怯えさせるという事で対極の南西にあるらしい。まあ、余談だけど……
高い第二城壁の上で城壁内の様子を窺っていた俺は、思わず笑みをこぼしてしまった。
はっきり言って、今回の隠密行動はチョロいと感じたからだ。
城壁内に警備の兵はいるが城内程ではないし、その警備の兵も俺達の気配を察知出来るほどの手練れは見受けられない。
念の為にアユムに兵のレベルを確認してもらったところ、平均で五十前後だそうだ。
全くもって、チョロ過ぎる。
それでも、【暗視】なんかを持ってる奴の視界に入れば見つかるのは必然なので、気を緩めずに気配を読みながら人の気配のしない場所へと降り立つ。
《ティアちゃんから報告で~す。後方、敵の気配無しだそうだよ》
降り立った瞬間、ニアが緊張感の無い口調でティアの報告を代弁する。
隠密行動中は声を出さずに【共に歩む者】を介して連絡を取り合う。これは、ダンジョン攻略時代からの俺とティアの決め事。更に隠密行動に移ると、俺は前、ティアは後ろと当たり前の様に警戒箇所の役割分担を行っているのも、ダンジョンでの共同生活の賜物だ。
(うん、了解。前は警邏の兵がこっちに向かってるから、ちょっとこのまま待機って伝えておいて)
《了解!》
元気の良いニアの返事を聞きながら、俺は前方に意識を集中させた。
俺達が降り立ったのは建ち並ぶ兵舎と第二城壁の間。
この第2城壁内には兵馬やワイバーンの小屋の他に、兵舎や兵達の練習場などがあり、思いの外遮蔽物が多く忍び込む側としてはとても有り難い空間になっていた。
俺は兵舎の裏に身を潜め、表側を歩く警邏の兵の気配を用心深く探っていたが、警邏の兵は兵舎と兵舎の間に軽く明かりを照らすとサッサと先に進んで行ってしまった。
(……うん、警邏の兵が行ったから、先に進むぞ)
《ん、了解……だって》
ニアによるティアのモノマネを聞き、緊張感が削がれると思いつつも、俺達は先へと進んだ。
(この国は暫く戦争をしてないんだっけか?)
偶に通る警邏の兵を木陰に身を潜め、やり過ごしつつ、その兵を観察していた俺はアユムに確認を取る。
[はい。この国どころか、この大陸ではここ五百年、戦争らしい戦争はありません。唯一、三百年ほど前に『闇の国』と『火の国』の間で小競り合いがあった位でしょうか]
(成る程ね)
アユムの話を聞いて納得した。と言うのも、警邏の兵にあまりにも緊張感が無いのだ。
先程の雑な見回りはあの兵士だけかと思ったら、皆、似たようなものだった。談笑しながら歩く者がいれば、欠伸をしながら気怠そうに歩く者もいる。
ダンジョンで命懸けの成長を遂げた俺から言わせてもらえば、闇は敵が潜んでいる可能性のある恐怖の対象。そんな闇が至る所にある場所を、彼等はあまりにも無防備に歩いているのだ。全くもって不用意極まりない。
(本当に戦争を仕掛ける気があるのかねぇ)
[兵の質が悪過ぎますね。平和な世が続いたせいで、気構えを教える者がいないのではないでしょうか]
(気構えを教えられないって……こんな腑抜けた兵を揃えて本当に戦争を起こすつもりだとしたら、はっきり言って能天気過ぎる)
[だからこそのワイバーンなのではないでしょうか]
(ん? と言うと?)
[ここの兵がこんな感じという事は、攻め込む国の兵もこんな感じだと思っている可能性があります。ですから、見た目で分かりやすい脅威であるワイバーンを揃えれば、相手の兵は何もせずに逃げ惑い、労せずに勝てると踏んでいるのかもしれません]
他の国もここの兵みたいに緩み切っているなら、それも有り得るかも知れない。しかし、『風の国』は見え見えの軍事強化を行なっている。それに脅威を感じている隣国なら何かしらの対策をしていると思うけど……例えばーー
(俺なら、実戦経験豊富な冒険者を教官にして兵士を鍛え上げるけど)
[ですね。冒険者ギルドと『水の国』の関係は香奈美殿の口振りからみて大分良好のようですし、恐らくはその位の対策はやっていると思われます]
(だとしたら結局、戦争になったら勇者の力量の差が大きな要因の一つになるよな。健一達が前線に出る事になる可能性が俄然高くなる訳だ)
[確かに、その可能性は高いですね。ここの兵士を見る限り、戦場で役に立つとは思えませんから]
(要するに宰相の考えている戦争というのは、ワイバーンと勇者を使ったゴリ押しって事だ。一般の兵なんて張りぼて程度にしか考えてないな)
[歴史的に考えても、練度の高い兵を揃え、数で優位に立つ事が戦略の最重要課題の筈なんですけど、宰相はそれを重要視してないようですね。見た目で数が勝っていればいい位の考えなのではないでしょうか]
(なんか、そう考えてみると宰相が凄い無能みたいに感じる。確か、この国を影から牛耳ってる奴なんだよな)
[謀が得意な者が、戦略にも精通しているとは限りませんから]
(ははっ、それじゃあ、ただ保身が得意な小者って感じだな……っと、気配が遠退いたな。行くぞ)
アユムの辛口コメントを聞いた後で、俺達は木陰から身を踊らす。目的のワイバーンがいる小屋はもう目前で、俺達は城壁に沿って走り、小屋の側面にへばり付いた。後は正面入り口の前に居る兵士にちょっと眠ってもらえば、目的はほぼ達成したも当然。ここの兵士の気構えなら、眠ってもらっても居眠りした程度にしか考えないだろう。
そんな算段をしつつ、正面の角まで移動したのだが……
(……!!)
いきなり気配が屋根の上に現れたと思ったら、音も無く俺達の背後へと降り立った。
俺は背後を取られまいと咄嗟に前に出ようとして、それでは見張りの兵に見つかってしまうと、瞬時に踏み止まる。その判断ミスにより、まんまと背後を取られてしまった。
ティアはエルフ特有の超感覚で、俺よりも少しだけ早く気配に気付いた様で、咄嗟に振り向いて突然現れた気配の主と対峙しているようだが、武器を抜く行為をする迄には至らなかった様だ。
(ティア、無茶はダメだ)
背後で、ティアが無手で飛び掛かろうとしているのを気配で感じ、直ぐに制止する。
今のところ謎の気配の主から殺気は感じられないから、先手を取ればもしかしたら制圧出来るかもしれないが、それは同時にここの兵に見つかり作戦が頓挫する事を意味する。
悔しいが後手に回るしかない。
相手も気配を殺して小屋の屋根に身を潜めていたところをみると、『風の国』の者ではないだろう。状況次第ではこのまま見逃してもらえる可能性もある。
……最悪の事態に陥ったら、時空間転移で緊急脱出だな……その場合、作戦の遂行は無理になるが、それも仕方がない。命あっての物種だから……
気の抜けた兵ばかりで油断してたのかなぁなどと思いつつ、俺は相手の出方を待った。
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