愛などもう求めない

白兪

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決意

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婚約者と面会した後、ヴェリテは1人泣いていた。

「ひくっ…ひくっ…うぅっ…。」
家族にも、婚約者にも自分は愛されていなかったのだ。その事実が7歳の小さな肩に重くのしかかる。
部屋に飾られた、美しく微笑む母親の肖像画を見る。美しい金髪、聡明そうな菫色の瞳。しかし、暖かい雰囲気を纏う彼女は全く自分に似ていない。

「僕はお母様の子ではないのですか…?では誰の子だというのですか…?」

このままいけばヴェリテは死ぬ。父親に殺されて呆気なく死ぬのだ。

「うぅ…ひくっ…ひくっ…」

静かな部屋に泣き声だけが共鳴する。
だんだんと体が熱くなってきた。フラフラとしてきて意識が朦朧とする。
ベッドに倒れ込み、そのまま意識を失ってしまった。

「皇子殿下!お目覚めになられたのですね!心配いたしました。」
ガルディエーヌがほっと一息つく。
「僕、何があったの…?」
「熱を出されたのですよ。でも大丈夫です。すぐ良くなるとお医者様が。」

その後も微熱のような状態がしばらく続き、ずっとベッドの上で苦しんでいた。
しかし、家族は誰もお見舞いに来なかった。
「陛下は忙しくてお見舞いに来れないのですって。」
アーヌが口元を歪めて笑う。
そんなことを言われても何も悲しくなどなかった。初めから期待などしていない。
父は僕のことを愛していないのだから。
このまま愛されず、皆んなから憎まれ死んでいくのだ。


そんなの、そんなの絶対に嫌だ!

突如としてヴェリテの中で強い感情が芽生えた。

何としてでも生き延びてやる。次こそは、自分を愛してくれる人を見つけ、幸せに暮らすんだ。

ヴェリテは強く決意した。

王宮を出よう。
知り合いのいない遠い国で静かに暮らそう。

ヴェリテは逃亡計画を立てた。


「随分と勉強熱心になられましたね。」
ガルディエーヌが褒める。
「勉強の大切さに気づいたんだ。」
知識がなければ、外に出たところですぐに死んでしまう。どこの国へ逃げるのか、どんな職に就くのか、最適な選択肢を選ぶためにも勉強は重要だった。

「とてもお上手です!皇子殿下は刺繍の才能がございますわ!」
マダムに褒められヴェリテは恥ずかしそうに微笑む。
ヴェリテは男だが、将来ジュスティスの元に降嫁することが決まっている。だから剣術の時間よりも刺繍の時間のほうが多く取られていた。

お針子になるのもいいかもしれないな。

ヴェリテはそんなことを考える。
「これは百合ですね!こんなに緻密に縫える方はそうそういらっしゃらないでしょう。」
「ありがとうございます。」
ヴェリテは刺繍の時間が大好きだった。


普段、夕食は部屋で1人で食べているのだが、今日は父親と兄と食べることになった。
ヴェリテは面倒くさいと思いつつも、しばらくの辛抱だから、と身を引き締める。
ヴェリテの目標は15歳で逃亡することだ。

「お待たせいたしました、陛下。」
陛下という言葉に父親はぴくりと眉を動かす。
「いつから陛下と呼ぶようになったのだ?」
「僕ももう7つになりました。きちんと立場はわきまえたほうがいいかと思いまして。」
こんなの建前である。本当は父親を父親と思えなくなってしまったからだ。
「最近、とても勉学に励んでいると聞いている。刺繍の腕前も素晴らしいそうだな。」
「お褒めいただきありがとうございます。」
「何か褒美を与えよう。何でもいい。言ってみなさい。」
「では、外国語を学びたいです。」
「今、エトランジャー語学んでいるではないか。」
「他の語も学びたいのです。」
「分かった。手配しよう。」
またシンとした静寂が訪れる。普段はヴェリテが必死に話題を提供していたが、今回はそんなつもりは毛頭ない。
「今日はやけに静かだな。」
兄が感情のよく読めない表情で言う。
「殿下は煩いのがお好きではないとお聞きしたので。」
殿下という言葉に兄は眉を顰める。
「なぜ俺のことも殿下と呼ぶ?いつもはお兄様と呼んでいるではないか。」
「陛下と同じ理由です。もう、そんな歳ではないので。
…すみません、体調が良くないようなのでここで失礼させていただきます。」
ヴェリテは席をたった。
兄も父もその様子をポカンと眺めた。


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