崩落

藍色綿菓子

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変化

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 玄関から外へ出ると、もうバイクは走り去ってしまっていたようで、姿がない。土埃の乗った鈍い色の家のポストに、乱雑に差し込まれてはみ出した薄っぺらい新聞がある。新聞なんてものは、もう随分前に自然と無くなったのだと思っていた。学校や企業のシステムが次々無くなっていく中で、意外としぶとく残って消えた文明の遺産だ。再び見るとは思わなかったので、不思議な物を見る気持ちで手に取る。やたら大きい紙に踊る細かい印字が懐かしい。
 人の気配がして、顔を上げると、ご近所さんが点々と家から這い出してきていた。不思議そうに行ってしまったバイクの音の方角を目で追い、次にポストの新聞を手に取る。思っていたよりもその人数は多かった。すっかりひとけのない住宅地になったと思っていたが、皆生きてはいたらしい。昔から顔見知りの向かいのおばさんも、元気そうに五体満足でいるように見える。

 新聞を、家の中に持ち帰る。一人で暮らすには広すぎる家の、リビングの中央には、今では放送される番組がないテレビが置いてあって、その前に寝心地の良いソファがある。体重の分だけ柔らかく沈む、革張りの大きいソファだ。その中央に腰掛けて、新聞の内容に目を通した。いつ座ってもソファに尻が優しく包まれて、尻型に変形しているのではないかと心配になる。新聞の内容はこうだ。
 変異治療薬完成の目処が立った。長く苦しい日々は直に終わる。我が会員の著しい研究成果は、輝かしい人間の未来を約束するだろう。そこで、より早く変異治療薬を完成させるために、人々の手を借りたい。変異が最終段階に到達した肉塊を、指定の場所へ集めるように。彼らの保有する唯一の抗体が必要だ。今はとにかく数が要る。……最後に、連絡先の電話番号と、収集場所が書いてある。
 大きな紙面の最も強調された見出しの内容が、以上の物だった。残りのスペースには、治療薬開発の研究内容、動物実験の結果、そして団体の共有する思想とこれまでの活動等で埋められていた。いつか見た、人間を信じる会だと記されている。
 最近ポッと出た民間団体がなにやら大口を叩いている。治療薬というのも現実味がないような気がした。しかし、読んでいると、開発研究員の名前や元々所属していた製薬企業の名前がある。どこも一流の技術を持っていた。信憑性の有無でいえば、この上ないと言うほかないだろう。
 その新聞が届いてからしばらく、町は騒々しくなった。外を歩けば日に二度は重い荷台の音を聞く。前まで道の端に転がっていた、蠢くピンクの肉塊が姿を消した。四肢のある人々が挙って肉塊を運んでいる。
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