100日後に死ぬ彼女

変愚の人

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「由梨花、顔色が悪いよ?」

向かいの優結が心配そうに訊いた。「大丈夫」と言おうとしたけど、上手く言葉に出ない。

「あ……うん。色々あって」

「彼氏君と何かあったの?ここ最近、ずっと元気ないじゃん」

「いや、俊太郎とは上手くやってるよ。とにかく、色々ね」

「ふうん」と、優結が訝しげにあたしを見る。優結はあまり詮索するタイプじゃないけど、さすがに疑われてはいるみたいだ。

「色々って?葵が死んでたことと、関係があるわけじゃないよね?」

「……まあ、ね」

無関係じゃない。ただ、どう繋がってるのか分からないのが不安なのだ。


俊太郎が襲われた後、あたしには警察から護衛がつくようになった、らしい。
らしい、というのは誰がそうなのかさっぱり分からないからだ。もっとも、あたしに分かるようじゃプロ失格なんだろうけど。

毛利さんからは、「狙われているのは多分俊太郎だ」と聞いていた。彼曰く、俊太郎たちがエバーグリーン自由ケ丘の倒壊を阻止するのを快く思っていない人たちがいる、らしい。
そして、俊太郎に怪我をさせることで、妨害しようとしたんじゃないかということだ。

ただ、誰が狙っているのかはまだハッキリしないという。
先週、あたしたちを見ていたあの慶應の男がその一員である可能性があるみたいなんだけど、どうしてあいつがこの件に関与しているのかも全く不明だ。
そもそも、あたしはあの男の顔しか覚えていない。切れ長の目がどこか冷酷な印象があったから記憶にあっただけだ。

頭は未だに混乱している。ただ、安心して日々を過ごせる状況にないことだけは間違いなかった。
狙われているのがもし俊太郎だとしても、あたしを拐えば俊太郎を強請ることはできる。一体いつ、こんな日々が終わってくれるのだろう。


あたしは軽く首を振った。いけない、周りに異変を悟られちゃダメだ。
このことは、くれぐれも内密にしてほしいと毛利さんからは言われている。確かに、「未来の記憶」やらなんやらがもしマスコミに漏れたら、大騒ぎになることは間違いない。
あたしだって、まだ半信半疑なのだ。今はただ、我慢して嵐が過ぎ去るのを待つしかできない。

「由梨花、今日は終わりにする?もう大体、設営の準備はできてるし。来週の早稲田祭に向けて備えなよ」

「うん、そうす……」


視線を上げた先に、いつぞや見た「名探偵コナン」似の少年がいるのが分かった。あの時のように、窓際で若い女性と一緒に何か話している。
そしてあたしを見ると、こちらに手招きをしたのだ。


「えっ……」

「どうしたの、急に」

「ごめん、少しだけ席外すね」

あたしは少年の方に向かった。一体この子、何者?
「コナン」はあたしを見ると、小さく頷いた。

「怖がらせてすまない。僕のことも、そろそろ伝えた方がいいと思った」

「……君、何者なの」

「毛利仁刑事の同僚、と言ったところかな。今日のあなたの警備担当は、僕だ」

同僚……つまり。

「警察なの?あなたが?」

「半公認、だけどね。竹下さんから、『未来の記憶』の話は聞いたはずだ。僕もそれを持ってる。
自己紹介がまだだったね。僕は藤原湖南。探偵……ではなく警察だ」

女性がペコリと頭を下げた。この人も警察なんだろうか。

「ああ、彼女は……」

「吉岡愛結です。彼の担任をしています」

「……担任、か」

「コナン」がムッとした様子になった。吉岡さんと名乗る女性は、クスクスと笑った。

「でも、そう説明するしかないんじゃない?」

「まあ……ね。とにかくあなたは僕らを気にせず、友達の所に戻るといい。この後、予定は?」

あたしは首を振った。俊太郎は今日、東大に用事があるということだ。
優結と早稲田祭の打ち合わせをした後で彼に会いたかったけど、用事がいつ終わるか分からないと断られていた。多分、エバーグリーン自由ケ丘の件だろうと想像はついたけど。

「そうか。じゃあせっかくだし、食事でもご馳走しようか」

「……え?」

「狙いは後で話すよ。それまでは、ここで待ってる」

……どういうことなんだろう?あたしは首をひねりながら、席に戻った。

「由梨花、知り合い?」

「う、うん。そんな感じ」

「何か微妙な言い方だね……というかあの男の子、コスプレなのかな。ほぼ『名探偵コナン』の江戸川コナンだけど」

「ど、どうなんだろね」

まさか本当に「コナン」という名前とは思わなかった。でも、今はそれ以上に彼の誘いの意味が気になる。
……狙いって、何なのだろう?

*

「どこに行くの」

「安全な所さ。とりあえず、高田馬場までしばらく歩こう」

優結と別れたあたしは、「コナン」君と合流した。早稲田から高田馬場までは、徒歩で15分ぐらいある。

「君……あなたも、『未来の記憶』を持ってるって本当なの?」

「ああ。愛結さんは違うけれど」

彼女は苦笑した。この2人、どういう関係なんだろう?

「どうして吉岡さんも一緒なの?」

「親子に見られるためのカモフラージュさ。それと、今日はもう一つ、さっき話した狙いがある」

「どういう……」

「ま、すぐ分かるよ」

のんびりとした様子で「コナン」君が言った。愛結さんがやれやれと首を振る。

「単に私とデートしたいだけでしょ」

「それを言っちゃ身も蓋もないよ。愛結さんも、大分慣れたでしょ?」

「まあね。……来てる?」

「来てるね。少しだけ訓練されてるけど、基本素人だ」

「コナン」君がチラリと後ろを見た。あたしも振り返ろうとすると、「ダメだ」と制止される。

「尾行者に気付かれる。ある程度引き付けて叩きたいからね」

「……やっぱり、いるの?」

「ああ。あなたがカフェから出てくるのを張ってたらしい。恐らくは、竹下さんを襲ったのと同一グループだ」

「随分余裕ね」

「そりゃそうさ。木ノ内さんの警備に僕を付けたのは、彼らを油断させるためだ。わざと隙があるように見せ掛けて、然るべきタイミングで叩く。それが狙いだ。
いつもはもう少し分かりやすく、本物の警察がこっそり警護してたんだけどね。それじゃいつまでたっても尻尾を出さない。
だから、僕と愛結さんの出番というわけだ。僕らが『警察』とは、まず思われないからね」

高田馬場に近付くにつれ、人通りは多くなってきた。「コナン」君は駅の手前を右に曲がって、目白方面へと向かう。
もう20分近く歩いている。ヒールを履いてこなくてよかったな、と少し思った。

神田川が見えると、今度はまた早稲田方面へと川沿いに歩き始めた。人通りはすっかり少なくなっている。

「……この辺りでいいか」

おもむろに「コナン」君が立ち止まる。そして振り返ると、急に走り始めた!?

「……!?」

あたしもつられて後ろを見る。小学生とは思えない凄まじい速さで、「コナン」君が原チャリに乗った小太りの男に向かって走っていくのが見えた。

「嘘だろっ!!?」

男が叫ぶのが聞こえる。彼が懐に手を入れるのとほぼ同時に、「ぐああああっっ!!」という悲鳴が聞こえた。

「『コナン』君!?」

近寄ると、男は原チャリから転げ落ちて痙攣している。「コナン」君は、銃のような何かを手にしていた。

「え……まさか、殺しちゃったの……?」

「いや、昏倒させただけさ。そもそも、小学生が銃を持てるわけがない。
ま、こいつも非合法の代物だけどね。本物よりは規制がずっと緩い」

「コナン」君は銃のような何かをジャケットの内ポケットにしまうと、男の身体を探り始めた。すぐに、財布と、何かの錠剤を取り出す。

「やはりね。2錠、致死量を超えた量か。柏崎のように、これを飲んでから襲えと言われたんだろうな。愛結さん、手配を」

「分かった」

吉岡さんはスマホで誰かに連絡を取り始めた。「コナン」君はすっかり暗くなった空を見上げ、一息つく。

「この人、誰なの?」

「……運転免許書には『東根貴之』とあるな。明治の学生か。金で雇われたのか、別にネットワークがあるのか……。木ノ内さん、名前に聞き覚えは?」

あたしは首を振った。見たことも聞いたこともない人だ。

「だろうね。ただ、これで連中は2回しくじったことになる。誰かが竹下さんや木ノ内さん、そして水元さんを護っていると察していい頃だ」

「……水元さんも、狙われているの」

「そうなる可能性がある。だからこそ、黒幕候補が彼に接近してきた。
そろそろ焦り始めている頃だろうね。こちらもいい加減、尻尾を捕まえたい所だ」

「あたしは、どうすれば」

「いつも通り過ごしてもらって構わない。大丈夫、身の安全は僕らが保障する。
ひょっとしたら明日、あなたたちに連絡が行くかもしれない。こいつが何か吐けば、だけど」

「コナン」君が、気絶している男を見下ろした。

「来週、早稲田祭だったっけ。そこで連中が勝負を仕掛けてくるかもしれない。
僕も行きたいとこだけど、今日の件で警戒される可能性がある。だからもう一人、こっちの隠し球を行かせるつもりだ」

「……隠し球?」

「コナン」君がニヤリと笑った。

「ま、楽しみにしててよ。驚くと思うな」
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