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8、お話のプレゼント

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 雪の降るクリスマス、幼い姉弟は窓の外を眺めながら両親の帰りを待っていた。今日の帰りは遅いかもしれないと聞いていた姉は、弟が寂しがらないように、ずっと恐竜のおもちゃで遊んであげていた。ハウスキーパーさんは家にいてくれるが、主に家事をしていて、遊んでくれるわけではなかった。
「おねえちゃん、今年はプレゼントもらえるかな。ぼく絵本がいいな。去年もらった絵本も好きだけど、また新しいやつがほしいんだ」
 無邪気にそう言う弟を見て、姉は去年の光景を思い出す。弟はもらった絵本を気に入って、何度も寝る前に読んでもらっていた。姉も一緒に聞いていたので内容は覚えているが、まだ字は読めないので、読んであげることは出来なかった。
 期待に胸を膨らませる弟に、姉は複雑な心境だった。最近の両親の言動を聞いて、プレゼントは毎年もらえるわけではないことを知ってしまったのだ。両親が何の話をしていたのか詳しくは知らないが、今年はもらえないような気がした。けれど、それを弟に何といえばいいだろう。弟の希望をむやみに壊したくはない。
 隣でどんな絵本かな、と考え始めた弟に、姉は頭をひねって何か名案はないかと考える。そして、ひらめいた。
「実はね、私、サンタさんに会ったの」
「ええ! どうして?」
「サンタさんはね、クリスマスプレゼントをもらえないかもしれない子に、お話をプレゼントするんですって。でも今年のクリスマスは忙しくて全員のところには行けないから、弟の分は私に授けるって言ったの」
「さずける?」
「代わりに渡してあげてってことよ。絵本はもらえないかもしれないけど、代わりにお話をプレゼントするから話してあげてって言われたの」
「そうなんだ。え、じゃあぼく絵本はもらえないの?」
「そうかもしれない。だけど代わりにお話をしてくれたのよ。アンタが好きな、大きな動物が出てくる冒険のお話」
「本当!? おねえちゃんすごいや。どんなお話なの?」
 食いついてくれてほっとする。絵本はないと知って落ち込みかけた弟の顔には一瞬焦ったが、今はもうお話を聞きたくてわくわくした顔だ。姉は早速話を始めた。
「主人公の男の子がね、ある日一人で家を飛び出して、大冒険をするの」
 男の子は一人で砂地を歩き、川を飛び越え、船を手に入れて海を渡る。弟が好きそうな展開を盛り込みながら、姉は身振り手振りも加えて大げさに語った。
「旅の途中、夜に森で一人で寝ていたら、大きな影が寄ってきたの。よく見たら、それは影ではなく、とっても大きな動物だったの」
 姉はその動物がいかに大きくて強いかを話した。弟は大きくて強い動物が大好きだから。
「ぞうより大きい?」
「そうよ。何倍も大きいの」
 両手を広げて大きさを表して見せる。
「ライオンより強い?」
「そうよ。うんと強いの」
「恐竜より?」
「そう、恐竜よりもよ」
 両手で握りこぶしを作って力説した。
「牙もあるのよ。するどい牙で獰猛なの」
「じゃあきっと爪もするどいんだね」
「そうよ。力強い爪が全部の指に生えてるの」
 両手の指を折り曲げて、ひっかくような動きをして見せると、弟も真似をした。
 襲われかけた主人公は、その動物と戦い、勝利する。旅の途中のどこかで都合よく手に入れた剣を使って戦ったのだ。弟が得意げに何か剣の名前を言っていたので、姉はよくわからなかったが、その剣だということにした。
 その動物に何故襲ってきたのかを聞くと、自分の縄張りに入ってきたから身を守るためだと言った。それを聞いた男の子は自分が悪かったのだと思い、傷を負った動物を手当した。それをきっかけに仲良くなり、実はひとりで寂しかった動物は、男の子と行動を共にする。
 一緒に船に乗り、食料を分け合い、夜空を見上げて話し、共に寄り添って眠りにつく。そうして心を通わせ、彼らの絆は確かなものになっていく。
「だけどね。その動物はある部族の間では邪悪な存在だと恐れられていたの。旅の途中でうっかりその部族のいるところに行ってしまって、見つかって殺されそうになるの」
「でもそいつは負けないんでしょ? 勝つんでしょ?」
「どうだと思う?」
「負けないよ。絶対勝つんだ。だって強い牙と爪もあるんだから、最強なんだよ」
「そう。その動物は襲ってきた部族を返り討ちにしたの。身体も大きいし皮膚も硬いから、投げられたやりも刺さらなかったの。でも実は前足のところに弱点があってね。そこの皮膚だけ柔らかくて、一本だけ弓矢が刺さってしまったの」
「ええ、そんな。大丈夫だよね。だって大きいトラだもん」
「とら?」
 動物としか言っていなかったが、弟の中ではいつの間にかトラということになっていたらしい。最近のお気に入りかもしれない。
「うん、そうね。大きなトラよ。そのトラが怪我をして動けなくなってしまうの。それを見た部族の仲間が追いかけてきてね。男の子は守ろうとしたんだけど、またやりを投げてきたの。危うく男の子に刺さりそうになったんだけど、トラが素早く動いて男の子を守ったの。それでまた深手をおってしまってね」
「それでどうなったの?」
「その姿を見た部族がね。獰猛なだけのはずの邪悪なトラが、男の子を守ろうとする姿を見て、違和感に気づいたの。これはもしかしたら感情があるのかもしれないって」
 それで、それで? と身を乗り出してくる弟に、姉も身体を寄せて声音を小さく調節して緊迫感を演出する。
「そのトラを守りたい男の子が一生懸命説得したの。これは全然邪悪なんかじゃない、友達だって。ちゃんと心を通わせることが出来るって」
「部族は納得してくれた?」
「なかなか納得してくれなくて、とうとう彼らは捕らえられちゃうの」
「そんな」
「地下牢に入れられて縛られてしまったんだけどね。二人は同じ夜空を見上げてお願いをするの。『どうか自分たちの気持ちが彼らにも伝わりますように』って」
「助けてください、じゃなかったんだ」
「そう。仲間を思う気持ちが伝われば、余計な争いも起きないって思ったのね。そうしたらその部族たちは、不思議なことに全員同じ夢を見たの。それは男の子とトラが一緒に過ごした日々の夢だった」
「わあ、それでみんな納得したんだね」
「そうよ。全員が同じ夢を見ていたおかげで、話が早かったの。それでも縛っていた縄を解く時は怖がっていたのよ」
 そうして彼らは部族とも仲良くなり、その場を後にした。
「そのトラと男の子はね、今もずっと冒険をしているのよ」
 動物と冒険が好きな弟の為に考えたお話は、弟に大好評だった。



 両親が帰宅すると、弟は抱きついて興奮気味に今日の出来事を話した。
「おねえちゃんがサンタさんに会ってね、お話をプレゼントしてくれたんだよ。それでおねえちゃんが話してくれてね」
 まとまっていない話を一生懸命話す弟に、根気よく耳を傾けて全容を理解した両親は、姉の頑張りを褒めて抱きしめてくれた。
 伝わったのは、姉がサンタからもらった話を弟にしたということだけで、プレゼントがないことには触れられていなかったが、それを忘れるくらい弟は楽しんでくれたらしい。姉はこっそりママに耳打ちした。
「あのね、本当はね。今年はクリスマスプレゼントないかもしれないから、頑張って私が考えてそう言ったのよ。お話はサンタさんじゃなくて、私が一生懸命考えたの」
「まあ、それは大変だったわね。とてもすごいわ。でもどうしてプレゼントがないなんて思ったの?」
「この前ママとパパが話していたでしょう。今年のクリスマスプレゼントは、もういいんじゃないかみたいなこと」
 ママは驚いた顔をした。
「ああ、聞こえていたのね。心配させてごめんなさいね。あれはそういう意味じゃないのよ。クリスマスプレゼントをどれにしようか、パパといろいろ考えていてね、それで候補がいろいろ増え過ぎちゃって、もういいんじゃないかってことだったの」
「結局、全部やめちゃったってこと?」
「いいえ、そうじゃないのよ。プレゼントはちゃんとあるわ。だから当日まで楽しみに待っていて」
「プレゼントあるの?」
「ええ、あるわよ」
「本当? 私にも?」
「ええ、もちろん」
 姉はやっと笑顔になった。



 クリスマス当日、弟には絵本が、姉には赤いワンピースがプレゼントされた。弟は、今年はサンタさんからも両親からもプレゼントがもらえたと、大喜びだった。そして来年は自分がサンタさんに会うんだと意気込んでいた。
 姉が「プレゼントがもらえるなら会えないから、たぶん会えないわ」と教えてやると、少し残念そうな顔をされたが、すぐにもらった絵本を開き始めて夢中になっていたので、自分もさっそくもらったワンピースを着て、クリスマスを大いに楽しんだ。
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