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6、クリスマスカードの魔力

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 街はクリスマス一色。レストランもブティックも本屋も電気屋さんも。おもちゃ屋やデパートはわかる。だが関係なさそうな八百屋さんやクリーニング店までもクリスマスの人形を飾ったり、ポインセチアやヒイラギを飾ったり。どこもかしこもクリスマス。
 色は華やか、夜も明るくて嫌いではないけれど、仕事ばかりで無関係な人間からすれば、八つ当たりの対象になってしまいそう。とはいえ楽しげなクリスマスソングが流れてくれば、一人で家に帰っても無意識にハミングなんかして楽しんでいる自分に、素直になれと言いたくなる。
 そんなクリスマスを数年過ごしていたせいか、今年は素直になることにして、彼女はショッピングモールのクリスマスカード売り場の前で足を止めた。
 暫くカードなど送っていないし、送られてもいない。けれど思い付きで誰かに送ってみるのも気分転換にはいいだろう。買うだけ買って、結局誰かに送らなくても、気分を変えるには役立ってくれそうだ。
 商品棚を上から下までざっと眺めてみる。動物やテーマパークのキャラクターもの。流行のアニメの柄や、シンプルでシックなもの。久しぶりにじっくりみるカードたちに、すさんだ心が潤ってくるのを感じてくる。
 その中で、まず一番派手なものを手に取ってみた。ごちゃごちゃとたくさんのサンタと動物がいて、目にうるさい。しかもプッシュボタンがあり、押すとクリスマスメロディが流れるらしく、耳にもうるさいらしい。これは今の気分ではない。
 今度は一番大人しそうなものを手に取った。白地の中心に小さなクリスマスリースが描かれているだけのもの。赤いリボンとゴールドのベルが、緑のリースの飾りとしてついていて、色も三色だけでシンプルだ。開けば中は真っ白で、自由に書き込めるようになっている。今はこういうシンプルなものが自分には合っているようだ。
 次は猫がクリスマスの赤い帽子を付けたものを手に取った。背後にはきらびやかなクリスマスツリーがあって、こっそりネズミが隠れている。コミカルな雰囲気に思わず少しだけ口許が緩んだ。そういえば、こういうネタっぽいもの好きな人いたな、と親戚の誰かを思い出す。ああ、あの叔母さんだ。こういうの可愛いわよねと言っていた。
 それを戻して、今度はキャラクターものを手に取った。パステルカラーで彩られたそれは、複数のキャラクターがみんなでパーティーをしている様子が描かれている。こういうのは小さい子が好きかもしれない。そういえば、友人の娘が今年三歳になると言っていたっけ。
 普段忘れているのに、カードを見ているときに思い出すなんて。誰かを思い出すために眺めているわけではないけれど、イラストや雰囲気で誰かとの思い出を連想してしまうらしい。なんてことだ。ちょっと楽しいかもしれない。
 昔、クリスマスカードをもらったことを思い出す。そういえば、以前祖父母から可愛らしいクリスマスカードをもらったことがある。優しい笑顔のサンタさんが何人か描かれており、背後のクリスマスツリーに小さなベルがついていた。それは小指の爪ほどの大きさだったけれど実際に触ることができ、カードを動かすと揺れるのだ。家族と共にそれを見て喜んだ記憶がよみがえる。
 今度手に取ったのはフェルトのサンタがついたカード。触れて楽しめるものはやはり楽しい。こういうものは大人でも子供でも、いくつになっても楽しめる。
 もう一度、最初に目にうるさいと思ったカードを手に取ってみる。こういう騒がしいものが好きな人もいるだろう。自分の知り合いの中では誰だろう。
 考えて、同僚の一人が思い浮かんだ。自分でも意外な人物が浮かんだことに驚いた。普段あまり話さない相手なのに、これが好きそうだと勝手に思ってしまう。何かを送るとき、無意識に相手のことをイメージしてしまうのは、珍しくはない。何も気にせず送る人もいるが、やはり考えることが多いと思う。だからこそ、贈り物には心がこもっているのだろう。
 今年は誰かに送ってみようか。いや、やめておこう。でも買おう。新しいことにこっそり挑戦する自分がなんだかこそばゆくて、妙に勇気が要った。突然送ってきたら向こうも驚くだろうけれど、まあ、いいか。気分転換には丁度いい。
 なんとなく選んだ三つのクリスマスカードをレジに持っていく。シンプルなものと、可愛らしいものと、騒がしいもの。ひとつは友人に、ひとつは家族に、ひとつはなんとなく。理由なんてちゃんとしていなくていい。なんとなく、だけでいい。それでも行動は変わるのだ。
「あれ? やっぱりだー」
 聞いたことのある声に顔を向けると、目の前に自分に手を振る同僚がいた。あの騒がしいカードが似合いそうな同僚。あまり話はしたことはないけれど、お互い名前は知っているし、顔も知っている。こんなところで会うなんて。
「あ、それクリスマスカード? かわいいですよね、こういうの」
 のぞき込まれてなんとなく気恥ずかしい。愛想笑いを返していると、相手がひとつのカードに反応した。
「わあ、このカード良いですね。こういうごちゃごちゃしたの、私好きなんです」
 そのカードを確認し、思わず笑ってしまった。突然の満面の笑みに向こうは引いたかもしれないというくらいの破顔。予想が当たってしまったことで笑っているが、それを知らない相手は不思議に思って当然だ。
「好きそうですもんね」
「そうですか?」
「はい。勝手なイメージですけど。これ音も鳴るんですって」
「わあ、かわいい。私も買おうかな。自分用に」
 不覚にもテンションが上がって饒舌になってしまった。相手も乗ってくれたので良かったが、普段がこうだと思われるのはなんとなく困る。そこまで親しくなるつもりもないのだし。
「じゃあ、また今度」
「ええ」
 そう言って立ち去ると、相手も追いすがることはしない。当然なのに何故かほっとして、同時に少しの罪悪感と羞恥が湧いた。
 明るい相手だからと、もっとしゃべりたそうにされたらどうしようと勝手に思ってしまった。向こうだってこちらと仲良くなる気なんてなくて、ただ知り合いがいたから挨拶してくれただけなのに。偏見にもほどがある。自意識過剰な自分を恥じた。
 慣れないことをすると、慣れない状況を呼ぶらしい。意外なところで意外な人と出会ってしまっただけで、パニックに陥った自分が情けなくなる。新しい行動は、それ自体が別の何かに繋がる可能性があることは覚えておこう。何がどうなるかわからない。
 家に帰って一息ついて、買ったカードを眺めていると、今日の出来事が脳裏に流れる。実はけっこうイイ刺激になったかもしれない。
 疲れていたのに、なんだか気分は悪くない。数年ぶりに自ら選んで買ったクリスマスカード。さっそくなんて書こうかと考える自分がいた。今なら楽しく書けそうだ。
 贈る相手を思い浮かべながら、あれこれと仕事とは違う頭を使う作業は、予想以上に胸の内を高鳴らせてくれた。


 次の日から、職場であまり話したことのなかった同僚が、やけに話しかけてくるようになった。きっかけはもしかしなくても、ばったり会って満面の笑みでクリスマスカードの話をしてしまったことだろう。そのせいか、彼女の知り合いからも挨拶の頻度が増えた。
 よく話すわけではなくとも、話しかけても大丈夫な気さくな相手だと一度認識されてしまうと、そこからは話しかけられやすくなってしまう。別に嫌いな相手でもないし、苦手、とまではいかない相手ではあるが、そこまで得意な相手でもない。けれど考えてみれば「好きそうですもんね」と相手のことをイメージした言葉を言ってしまったのは自分なわけで。
 あのとき「そうですか」と軽く答えていたら、こんなに話しかけられるようにはならなかったろうに。思い起こせば起こすほど、自分から気さくで親しみのある人物を演出してしまったような気がしてならない。しかも「これ音も鳴るんですよ」と、話を続けてしまったのも自分だ。相手の方が驚いたのではないだろうか。好かれていると誤解されたかも。そうだとしてもさせたのはきっと自分の行動だ。
 そんなことをぐだぐだと考えていて、はっと気づく。またも考えすぎている。彼女から挨拶される頻度が増えたからと言って、別に友人になったわけでも親しくなったわけでもない。彼女はただ「意外と声かけて大丈夫な人なんだな認定」をして、ちょっと世間話もできる関係と思っているだけのはずだ。いけない、いけない。また勝手な偏見を暴走させそうになっていた。
 反省をしてから一週間。彼女から飲み会や遊びに誘われる回数が増えた。なんてこった。
 クリスマスカードは送らなくても人を引き付ける威力があるらしい。たった数秒の出会いと会話でここまで人間関係に変化が現れるなんて。きっとクリスマスという日は、当日に限らず何かしらを狂わせる魔力が宿っているらしい。なんてこった。
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