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3、予期せぬ子供の来訪者

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 毎年の恒例となっている、親族や友人を集めた盛大なクリスマスパーティーは、今年はアリスとマリー姉妹の自宅で開かれることになった。
 七歳のアリスと、五歳のマリーは、よく知らない大人たちに挨拶したり、よくわからないジョークに笑ったりして疲れることもあったが、ディナーはとても美味しく食べられた。
 それが終わると、大人は大人同士、子供は子供同士の時間がようやく訪れる。さあ、これからが楽しい時間。子供たちはみなアリスの部屋へ行くことになった。そうして階段を上っている最中、アリスはふと、見たことのない子供の姿を見つけた。
 今まで一度も見たことのない、自分達と同じ年くらいの子供。浅黒い肌で髪は坊主、茶色い布のような服を身にまとっている。明らかに自分たちと違う格好の少年だが、家にいるということは、誰かの関係者なのだろう。
 様子を見ていると、その少年は大人たちの間をするするとすり抜け、さっとテーブルの下に隠れた。
「アリス、どうしたの?」
 上から妹のマリーの声がする。先に行ってて、と言ってアリスは少年の隠れた場所に向かった。
「何してるの?」
 自分も中に入ってみると、そこにはぱっちりとした黒目の大きな少年がいた。相手は何も答えない。
「私の部屋に行きましょう。子供はそこへあつまるのよ」
 ほら早く、とアリスが急かすと、その子は後ろをついてきた。二人は大人たちの間をすり抜けて、一緒に階段を上っていった。

「その子誰?」
「誰だよそいつ」
「どこの子?」
「だれなの?」
 部屋に入ると、みな一様にその少年をじろじろと見つめた。誰も知らないらしい。
「誰も知らないの?」
 アリスも驚いた。誰かは知っていると思っていたのだ。少年は何も言わず、黙ってみんなを見るばかり。無言の時間が五秒ほど続いた。そして一番年下のロムが、あ、と小さく声をもらした。
「知ってるの?」
「いや、知らないけど、たぶん……」
「はっきり言いなさいよ」
 マリーの問いに言いよどむ彼に、アリスがいらいらして言った。
「あれじゃないかな。みんなあの話しってる? クリスマスの子供たちの調査の話」
 その言葉で、全員の表情が一斉に変わった。みな誰もが一度は聞いたことがある、あの話。

『聖なる夜、子どもが良い子か悪い子かを調べるために、神聖なる使者が調査をしに家族に紛れてやってくる』

 それは子供たちの間では有名な話だった。クリスマスが近くなると、この地域ではみな親から聞かされるのだ。その姿かたちはわからず、恐ろしい姿をしているとも、普通の格好をしているのでわからないとも、家族の姿になって現れるとも言われている。
 そして良い子だと判断されるとプレゼントがもらえ、悪い子だと判断されるとクリスマスの日に連れていかれてしまうのだ。
 この日は12月23日。当日までまだ日がある。それはつまり、調査の期間。
 クリスマス前に親族の集まるパーティーに現れた、誰も知らない子供。子供たちの脳裏によぎったそれは、すでに確信になっていた。彼らの行動は決まった。
 沈黙の落ちるなか、口火を切ったのはこの部屋の主だった。
「初めまして。私、アリスっていうの。よろしくね」
 アリスは赤いドレスの裾を広げ、膝を曲げて挨拶した。
「俺はケインだぜ。こんばんは」
 ケインは胸を張ってそう言った。
「僕はロムって言うんだ。こんにちは」
 ロムは穏やかな笑顔で丁寧に言った。
「あたしはね、マリーっていうのよ。アリスの妹なの。えっと、ごきげんよう」
 マリーは姉の真似をして、ピンクのスカートを両手で広げて脚を曲げた。
「ぼくは、タイです。おめにかかれて、こうえいです」
 タイは聞いたことのある言葉を、たどたどしくもしっかりと口にした。
 五人はそれぞれ自己紹介をした。少年はようやく微笑を浮かべてくれた。子供たちはほっとする。そして同時に考える。このあとはどうすれば。
 目配せのあと、最初に口を開いたのはまたしてもアリスだ。
「えっと、うちの料理は食べた?」
 少年は黙ったままだ。
「ぜひ食べていって。今もってきてあげるわ。マリー、下からお菓子もってきて」
「え、ママに怒られないかな」
「お客様をもてなすのは大事なことよ。いつもママも言ってるじゃない」
「そうね。わかったわ」
 マリーが部屋を出て行くと、ケインがロムを促した。
「お前も手伝ってこいよ」
「あ、うん」
 ロムはマリーの後を追い、階下に降りていった。
「どうぞ座って」
 アリスの誘導にならい、皆はカーペットの上に輪になって座った。


 一階では大人たちがグラスを片手に話に花を咲かせていた。食卓には一口サイズのケーキや軽食が並べられている。
 両親を見つけたが、こちらには気づいていない。マリーは椅子にのぼって、ケーキののったトレーに手を伸ばし、自分の方に引き寄せた。椅子から降りるとロムが椅子を戻すのを手伝ってくれた。
 部屋に戻って、トレーを輪の中心におくと、アリスが言った。
「これだけ?」
「だってこっそり持ってきたんだもの」
「これじゃ全然お腹いっぱいにならないでしょう」
「じゃあ自分で行ったらいいじゃない」
「私はこの部屋のあるじだもの。お客様をもてなさなくちゃ」
「今度はあたしがもてなすから、アリスが行ってきてよ」
「私はこの部屋のあるじだって言ってるでしょう」
「妹に優しくないのは悪い子じゃないかしら」
 その一言が効いたらしい。アリスはむっとしながらも立ち上がる。
「わかったわよ。私が行ってくるわ。じゃあ、お客様はくつろいでいてね」
 アリスは部屋のドアの開ける前に振り返る。
「ケインも手伝って」
「何で俺が」
「一人じゃたくさん運べないでしょう。ほら早く」
 ケインを連れ立って、二人は階下に下りていく。

 一階は相変わらず大人たちの賑やかな声に包まれていた。構わずアリスは堂々とテーブルの上の軽食の乗ったトレーに手を伸ばすと、引き寄せてケインに持たせた。更にいくつか他のトレーの上からも見繕って、ケインの持つトレーに乗せる
「あら? それをどこに持っていくの?」
「お部屋に持っていくのよ」
 光沢のあるオフホワイトのドレスにゴールドのネックレス、長い金髪を頭の上でひとまとめにした女性に見つかった。アリスとマリーの母親だ。
「食べるならここで食べなさい。こぼしちゃうでしょ」
「今日はクリスマスのパーティーよ。それに来客が来たらちゃんとおもてなしをしなきゃ。ママいつも言ってるでしょ」
 それを聞いた親族が笑った。
「えらいじゃないか。あの子なりに客人をしっかりもてなそうとしてるんだ。今日くらい大目にみてもいいんじゃないか」
「そうね。じゃあ今日だけよ」
「わかったわ」
「おや、ジュースはいいのかい?」
「あ、そうね。ママ、ジュースは?」
「どこかのテーブルか、冷蔵庫の中ね」
 アリスはケインを引き連れてジュースを見つけ、六人分のコップに注ぐと、新たなトレーに乗せ、アリスが持った。
「六人分のジュースって結構重いのね」
「そうだろうな。たぶんこっちの方が軽いと思う」
 階段の途中でアリスが後ろのケインを振り返る。
「そうよ。なんで私が重い方を持ってるわけ? ケインがこっちを持ちなさいよ」
「そんなこと言ったって、もう部屋はすぐそこじゃないか」
 アリスはケインを睨んだが、確かにここからならこのまま行った方が早い。アリスはぷりぷりと怒りながらも足を進めた。
「お待たせ」
 両手がふさがっているので、声をかける。開けてくれたタイに重いジュースの乗ったトレを渡し、アリスは自分の位置に座った。
「お待たせしました。さあ、どうぞ」
 輪の中心に置かれた軽食は更に豪華になった。みんなで少年に食べるように促すと、少年はそれらを食べ始めた。みんなもそれぞれ食べだした。

「私はピアノのお稽古がんばったわ」
「あたしもよ。宿題もがんばったわ」
「俺は転んでも声をあげなかったぜ」
「僕は、おばあちゃんの手伝いをしたんだ」
「ぼくはママのお手伝いをいっぱいしたよ」
 五人は今年頑張ったことをたくさん話した。少年はどれも笑顔で聞いているが、何もしゃべらなかった。
「まだ足りないのかな」
「他に何をしろって言うんだよ」
 タイとケインがこそこそ話している。全員に聞こえているが、皆似たような不安が拭えない。少年が何も話さないからだ。
「そうだ」
 アリスは自分のデスクに向かうと、引き出しをあけて中からブレスレットを取り出した。
「これ、あなたにあげるわ」
「そんな女ものなんてもらってどうするんだよ」
「いいのよ、プレゼントなんだから。ブレスレットだし、男の子がしててもおかしくないわ」
 ケインはアリスに文句を言ったが、少年は受け取った。眺めているだけなので、アリスが少年の手首につけてあげる。
「じゃああたしも持ってくる」
 マリーが自分の部屋へと向かった。戻ってきた彼女が持っていたのは、小さな淡い黄色のぬいぐるみだった。
「それも女ものじゃないか」
 またケインがけちをつけたが、少年は受け取った。
「ずるいぞお前ら。俺たちは自分の家じゃないからあげるものなんてないんだ」
「残念だったわね」
 睨むケインにアリスはふふん、と勝気な笑みを浮かべた。むっとしたケインは立ち上がると、アリスのデスクの上にあったペンを取った。戻ってくるとそれを少年に差し出した。
「これやるよ」
「ちょっと! それ私のじゃないの」
「いいだろ、べつに。ペンくらい」
 少年が笑顔で受け取ったので、アリスも黙ってしまった。彼の行動に、タイとロムも立ち上がる。
「ちょっと、どこ行くのよ」
 二人してアリスのデスクに向かったので、彼女は慌てた。案の定、二人ともアリスのペン立てを探っている。勝手に持って行こうとする二人を制し、アリスは強制的に交渉することに。
「これならいい?」
「それはダメよ」
「じゃあこれは?」
「まあ、それならいいわ」
 本人の許可を得て、アリスのデスクから持ち出したカラーペンをロムとタイも少年にプレゼントする。少年はにこにこと嬉しそうに受け取った。
「他にもっといいのないのかよ」
 再び立ち上がったケインが向かったのはクローゼット。勝手に開けて中を物色している。
「ちょっと」
 駆け寄ったアリスにケインが、これは? とショルダーバックを持って聞いてきた。
「ダメに決まってるでしょ。お気にいりのバッグなんだから」
「じゃあこれ」
 それはグレーのカーディガン。女の子用ではあるが、シックな色合いで、男の子が着ても違和感はなさそうだ。黙って考え込んでいるアリスに、ケインは了承と受け取ったようで、それを少年に手渡した。
「これもやる」
 少年は明らかに喜んでいた。
 また立ち上がるロムとタイに、アリスは慌てた。
「ちょっと! もうダメよ」
 ノックが聞こえた。返事をすると、アリスとマリーの父親が入ってきた。
「やあ、君たち、お揃いで。……君は誰だい?」
 子供たちは何も言わない。少年も何も言わない。少年は立ち上がると、立っている父親の脇をすり抜けて出て行こうとした。手にはもらったプレゼントをもって。
「待ちなさい」
「いいのよ、パパ。調査はきっと終わったんだわ」
「そうだよ。大人が来たから終わったんだ」
「調査? 何を言ってるんだ。それにマリーのぬいぐるみと……アリスのカーディガンを持ってなかったか?」
「あれはあたしがあげたのよ」
「私もブレスレットをあげたわ」
 俺も、ぼくも、僕も、と声が続いた後で、アリスの「私のだけどね」の言葉でしめくくられた。



「格好からして、あれはスラムの子供だ」
「まあ、怖い。どこからか忍び込んだのね」
 両親の会話が聞こえてくる。マリーはアリスに聞いた。
「すらむってなあに?」
「貧困街のことよ」
「ひんこんがいって?」
「とにかく私達とは住む世界が違うってこと。ママたちがいつも言ってるでしょ」
「そうなのね」
「君たちは大丈夫だったかい? 何もされなかった?」
「何もされてないよ」
 それぞれの両親が心配して子供たちを抱きしめる。それぞれのバッグや身につけているものを確認し、被害がないかを調べている。
「父さんが一応警察に話すって言ってるぜ」
 ケインの言葉にアリスは言った。
「ふーん。そんなことしても無駄なのに」
 それぞれが被害が何もないことを確認すると、パーティーは何事もなかったかのように再開された。窓や出入り口の確認をした上で、大人たちは談笑に戻り、子供たちは部屋に戻ることを許された。知らない子がいたら教えるようにと、念を押されて。

「あの子、スラムから来ていたのね」
「ええ、私達とは住む世界が違うのよ。だからあんな格好をしていたんだわ」
 マリーとアリスの会話に、ロムが満面の笑みを浮かべた。
「じゃあやっぱり調査だったんだ」
「ええ、そういうことでしょうね。スラムの子として潜入してたんだわ」
「もうスラムに戻ったのかな」
「いいえ、きっともう別の子供の調査に向かったのよ。次は私達みたいな格好に変装してるかもしれないわ」
 タイの言葉にも、アリスは自信満々に胸を張る。
「それで、俺たちは大丈夫だったかな」
 ケインの発言に、五人は静かになった。結果はクリスマスの日まで待つしかない。


 当日。子供たちは全員、自宅で目が覚めて、連れ去られなかったとようやく安堵した。そして来年はもっといいものを用意しておかなくちゃと、こっそり思っていたのだった。
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